第三話
『最強の艦種は何かという問いに“戦艦”と答える者は多いだろう。全長一千メートルを超える一等級艦、すなわち大型戦艦は“黒鉄の城”と呼ぶに相応しい威容を誇る。その戦闘力は二十五テラワットという戦闘艦最強の出力を誇る主砲と、その強力な主砲を跳ね返す二百テラジュール級防御スクリーンを有し、重巡航艦十隻からなる戦隊を粉砕することが可能と言われている。
それでも私はその問いの答えを迷うだろう。いや、宙軍士官なら多くの者が迷うはずだ。
最強の艦種、それは“巡航戦艦”ではないかと。
巡航戦艦は主砲である二十テラワット級陽電子加速砲に加え、大型対艦ミサイルであるスペクターミサイル発射管を四本持つ。スペクターミサイルは大型戦艦に対しても有効であり、特に艦隊戦においては一等級艦を凌駕する攻撃力を持つと言われている。
(中略)
巡航戦艦に大きな欠点がいくつもあることは、私も承知している。
最大の弱点は何と言っても防御力の低さだろう。正面こそ同クラス艦の主砲に耐えられるものの、僅か二系列しかない防御スクリーンでは連続で砲撃を受けると容易に過負荷に陥ってしまう。一等級艦の四系統はもとより二等級艦の三系統にも比ぶべくもなく、重巡航艦の攻撃ですら危機に陥る可能性があるほど脆弱だ。
また、総質量で二倍近い一等級艦と同じ主機を持ち、更に大型艇並の大きさを持つスペクターミサイルを保管するため、艦内は非常に窮屈な設計となっている。そのため、作戦指揮に必要な探査や通信などの機能は重巡航艦に劣り、戦闘には他の艦種のサポートを必要とする。
それらの欠点を補って余りあるのはその機動力だ。
五kGという重巡航艦並の加速力は軽快な艦隊機動を可能とし、鈍重な戦艦たちを翻弄することができる。優秀な指揮官にとっては戦術の幅を大きく広げることができる理想的な艦なのだ。
第三次対ゾンファ戦争の初期に発生したゴグマゴグ会戦におけるビーチャム提督の高機動戦術は、巡航戦艦なくしては成立し得なかった。
螺旋を描くような美しい機動は芸術とまで言われ、今でもアルビオン軍の士官たちを魅了している。
その主役である巡航戦艦を信奉する者は多い。私もその一人である……(後略)
ノーリス・ウッドグローイン。(ライトマン社発行:マンスリー・サークレット別冊“巡航戦艦”より抜粋)』
宇宙暦四五二一年七月二十二日。
シャーリア星系から帰還し、一年半の時が流れた。
キャメロット第一艦隊第一特務戦隊、通称王太子護衛戦隊に新たな強襲揚陸艦と駆逐艦が加わり、クリフォード・コリングウッド中佐は戦隊司令として、またデューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)の艦長として精力的に任務をこなしていた。
エドワード王太子はシャーリア星系での戦闘後も精力的に慰問を行った。特にヤシマ星系に駐留する艦隊に対しては一年半で二度の慰問を行い、この方面の重要性を暗に国民に訴えた。
軍も王太子の安全を考え、今まで以上に情報収集と警備強化に努めたが、クリフォードに掛かる重圧は減ることはなかった。
そんな忙しい日々を過ごしながらも、家族との時間をできる限り取るようにしていた。これはストイックなまでに仕事に打ち込むクリフォードを見かねた王太子が注意したためだ。
「私のために誠心誠意尽くしてくれることはありがたいが、家族との時間を犠牲にすることは君だけでなく、君の部下、そして軍全体、国全体にもよいとは思えない」
「それはどういう意味でしょうか?」
「君はメディアから注目を浴びている。そんな君が家族との絆をないがしろにしていると見られれば、それを正しいと思う者も出てくる。特に君のことを間近で見ている部下たちは強い影響を受けるはずだ。だから君は彼らの模範にならねばならんのだよ。まあ、これは私にも言えることなのだがね」
クリフォードは自らの考えが足りなかったことを謝罪すると、家族との時間を大切にするようになる。
愛妻ヴィヴィアンは一児の母となったが、未だに初々しさを残しており、彼の心を癒していた。
一粒種のフランシスは二歳になり、その元気な姿が彼を和ませる。
そのことに気づけたことに、クリフォードは改めて王太子に感謝した。
そんな日々を過ごしていたが、彼に一通の封書が届いた。
それは大佐の親任状と新たな指揮艦への異動命令書だった。
最初にその命令書を見た時、クリフォードは自らの目を疑った。
そこには第九艦隊の旗艦、巡航戦艦インヴィンシブル89号の艦長となることが書かれていたのだ。このことをまず信頼する副長であり親友でもあるサミュエル・ラングフォード少佐に話した。
「どういうことなのだろうか。先任順位が最も低い私が旗艦の艦長というのは?」
サミュエルは昇進の祝福を行った後、
「第九艦隊の司令官はハース提督だからな。君を指名したんだろう」
アデル・ハースは前年の四五二〇年に大将に昇進し、猛将エルフィンストーン提督から精鋭第九艦隊を引き継いでいる。
「そうかもしれないが……それでもこれは明らかにおかしいと思うのだが……」
「君の実力なら何もおかしくはないさ。この戦隊の指揮官として充分な実績を示していることだしな」
この議論はハースがクリフォードを指名した時にもあった。
第九艦隊の旗艦インヴィンシブル89号の艦長が准将に昇進すると決まった際、ハースはクリフォードを旗艦艦長にしたいと艦隊人事部を通じ、軍務省の国防人事局に申請した。
司令官が自らの旗艦艦長を指名することはそれほど珍しいことではない。正規艦隊の旗艦ともなれば艦の運用を安心して任せられる人物でなければ、司令官が艦隊の指揮に集中できないためだ。
しかし、クリフォードが自ら言っているように中佐から昇進して旗艦艦長になるというケースは未だかつてなかった。そのため、保守的な将官から軍の秩序を乱す行為であるという声が上がっている。
特に大佐が慣例となっていたDOE5の艦長に中佐でなっていることから、あまりに優遇し過ぎるという声があったのだ。
その声を上げたのはハースの後任である総参謀長のウィルフレッド・フォークナー中将だった。
「いかに功績あるハース提督とはいえ、艦隊には守るべき伝統があります。それを守らずしてはアルビオン艦隊の栄光は地に落ちるでしょう」
第一艦隊司令官であり、キャメロット防衛艦隊司令長官になったジークフリード・エルフィンストーン大将にそう進言している。
エルフィンストーンはその考えに対し、否定的だった。
「コリングウッド中佐ならば実績は充分だと思うが? そもそも伝統というが、彼の実力と実績を評価してこそ、我が軍の誇るべき伝統だと思うのだが、違うかね?」
「しかし、それでは他の士官の士気が下がるのではありませんか?」
「本当にそうなのかな? 私も今の旗艦艦長でなければ彼を招きたいと思っているよ。何なら他の司令官や指揮官に聞いてみるといい。恐らく私と同じ考えだ」
フォークナーが確認したところ、艦隊司令官たちの考えはエルフィンストーンとほぼ同じであった。彼らはクリフォードの不屈の精神と独創的で柔軟な考えを認め、実績は充分であると断言した。
しかし、参謀が多い統合作戦本部ではフォークナー中将の意見に賛成する者が多かった。
最終的には司令長官であるエルフィンストーンの意見が通り、クリフォードの第九艦隊旗艦艦長就任が決定した。
八月一日。
クリフォードはキャメロット星系第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある要塞衛星アロンダイトに向かった。
出発に際し、王太子エドワードから激励される。
「君がアデルの艦長になることは喜ばしいことだよ。ただ、私としてはもう少し私の艦長でいてほしかったのだが」
サミュエルとも二人で語り合い、互いの健闘を祈り合った。
アロンダイトにある司令長官室でエルフィンストーンとハースが待っていた。
「おめでとう。コリングウッド大佐」とエルフィンストーンが祝福し、
「今回もアデルにしてやられたよ。さすがは“賢者”だ。タイミングが合えば、私の艦長になってもらいたかったのだが」
ハースは前司令長官グレン・サクストン大将とコンビを組むことが多く、サクストンが“蛮人王”と呼ばれていたことから、“賢者(ドルイドの女性形)”と呼ばれていた。もっとも彼女を嫌う者は陰で“魔女”と呼んでいる。
「あら、今回は特に策を弄したわけではないですよ。本当に偶然だったんですから」
エルフィンストーンとハースの会話を聞きながら、自分が過大評価されているとクリフォードは感じていた。
(“烈風”のエルフィンストーン提督に、“賢者”のハース提督、本物の英雄である二人からこれほど評価されてもいいのだろうか。私はまだ半人前の士官に過ぎないのだが……)
彼がこれほど不安に思っているのは艦隊での勤務の短さが原因だ。
艦長になったのは僅か四年前であり、その時も砲艦という特殊な艦であったため、通常の艦隊勤務とは言い難い。
また、三年前にDOE5の艦長となり、軽巡航艦の指揮を執ったが、王太子護衛戦隊という独立戦隊の指揮官という立場であった。
本来、駆逐艦や軽巡航艦の艦長時代に艦隊の中で経験を積み、集団戦について学ぶのだが、彼にはその機会が与えられなかった。
今回のように巡航戦艦という強力な艦種の艦長であっても、旗艦でなければこれほど困惑することはなかっただろう。
旗艦は司令官が乗る艦というだけでなく、艦隊機動の中心として僚艦の手本とならなければならない。その手本となる艦の指揮官が経験不足であるという事実は、彼自身が最も気にしていることだった。
クリフォードの表情を見て、ハースが「不安に思っているようね」と言った。
「全力を尽くして任務に当たります」と答えるに留めたが、
「あなたなら大丈夫よ。巡航戦艦より難しい独立戦隊の司令を経験しているのだから」
「それにね」と言ってエルフィンストーンを見てから話し始める。
「本当は私の首席参謀になってほしかったのよ。でも、前例がないって断られたの。この件に関して提督は全然役に立ってくれなかったわ」
それに対し、エルフィンストーンは肩を竦め、苦笑しながら反論する。
「そうは言うが、上級士官コースを修了した佐官を参謀にするのは不味いだろう。彼の今後のこともあるのだから」
上級士官コースは別名“艦長コース”と呼ばれ、上級指揮官を養成する教育プログラムだ。これを終了した者は艦長を経て戦隊司令、分艦隊司令官と昇進していく者が多い。
もう一つの昇進プログラムが“参謀養成コース”だ。こちらはその名の通り、参謀を養成するもので参謀長を経て司令官になるコースだ。
この二つのコースのいずれかを修了していないと、大佐以上になることは難しく、更に大きな武勲をあげても戦死以外で中将以上になることはない。
クリフォードは指揮官となるプログラムを修了しているため、参謀になることはアルビオン軍の慣例を無視することになる。また、彼の昇進速度から言って、このまま大佐の間に艦長を経験しないということは四等級艦以上、すなわち重巡航艦以上の大型艦の艦長を経験しないということだ。
参謀としてのキャリアを歩むならともかく、今後、戦隊司令官などの指揮官としてのキャリアを進むのであれば、艦長としての経験不足は大きなハンデとなりかねない。
「だから妥協したんです。これだけの才能を一艦長にしておくのは惜しすぎます。特に政略まで考えられる指揮官は本当に貴重なんですから」
「それは分かるが……まあ、そういうことだ大佐。今回のことはアデルのわがままが発端なのだ。今後も迷惑を掛けると思うが、よろしく頼む」
よろしく頼むと言われてどう答えようかクリフォードは悩むが、
「了解しました、提督」ときれいな敬礼と共に答えるだけに留めた。
司令長官室をハースと共に出ると、彼女は真剣な表情で話し始める。
「この先、スヴァローグ帝国との戦いが始まるわ。それも自由星系国家連合を巻き込んだ大きな戦争が。今までのようにゾンファだけ、帝国だけという単純な戦いでは終わらない。もっと複雑で面倒な戦いになるの。だから、私はあなたに来てもらった。あなたなら敵の考えを読んで的確に助言してくれるから」
その言葉にクリフォードは異を唱える。
「旗艦艦長の職務は旗艦を適切に運用することにあります。艦隊の各艦の運用について司令官に助言することは権限の範囲内ですが、戦略や政略については参謀の職務であり、旗艦艦長の権限を逸脱します」
「分かっているわ。でも、そんなことを言っていられない状況になるのよ。正式な助言でなくとも個人的に考えを伝えてくれるだけでもいい。今の参謀はエルフィンストーン提督時代の参謀だから、戦術面では優秀であっても戦略面では視野が狭いの。その点をカバーしてくれるだけでいいわ」
エルフィンストーンは高機動艦による戦術を極めた提督だった。そのため、第九艦隊には鈍重な一等級艦や二等級艦といった戦艦は一隻もなく、旗艦を含め巡航戦艦以下で構成されている。
守勢になると脆いという弱点はあるが、その破壊力は絶大でジュンツェン星系会戦でもその攻撃力をいかんなく発揮している。
当然参謀たちも優秀で、彼らが提案する戦術はエルフィンストーンの指揮能力と相まって高い評価を得ていた。
一方でエルフィンストーンは典型的な猛将型の指揮官であり、戦略や政略を得意としていなかった。そして、彼の参謀も同じような傾向を示していた。
現在エルフィンストーンは第一艦隊に移っており、キャメロット防衛艦隊の総司令官となっている。今までのような戦術だけを考えているわけにはいかなくなったわけだが、現状ではハースが育てた参謀たちが支えているため不安要素とはなっていない。
ハースが第九艦隊を引き継いだ後、参謀の入れ替えを行っているが、人事のタイミングなどで、彼女の要求に答えられるほどの人材を集められなかった。
ハースは時間を見つけて若手の参謀たちを鍛えようとしているが、クリフォードのような政治的な観点から戦略を語れる人材は未だに育っていない。
そのため、仕方なくではあるが、第九艦隊の参謀ではなく、クリフォードに戦略や政略の面での助言を期待したのだ。
クリフォードはその期待に困惑するが、更に気が滅入るような話を聞かされる。
「うちの参謀長は巡航戦艦戦隊の司令だった人。つまり、巡航戦艦のプロということよ。彼には戦術面での助言を期待しているけど、元々戦略面では期待していないわ。これは彼を貶めているのではなく適性の問題なの。副参謀長はとても優秀な戦術家だけど、彼も視野はあまり広くないわ……」
第九艦隊の参謀長セオドア・ロックウェル中将はハースが招聘した人物だった。彼女自身、戦術家としての能力も高いが、高機動艦隊の特殊性を考え、そのプロを身近に置きたかったためだ。
また、副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将はエルフィンストーンを支えた戦術家で、大胆な作戦を立案することで有名だった。
「……あなたになってもらいたかった首席参謀なんだけど、リンステッド大佐は軍大学の講師を務めた英才よ。経歴だけなら、私なんか足元にも及ばないわ。エルフィンストーン提督はとても評価していらっしゃったけど、その彼女も戦術家でしかないの。でも、プライドが高いからあなたはやりにくいかもしれない」
「ご期待に沿えるよう全力を尽くしますが、本来の任務である艦長の仕事をないがしろにするつもりはありません」
「ええ、それは分かっているわ。あなたが手を抜くとは思っていないから」
そのまま、アロンダイトに停泊しているインヴィンシブル89に向かう。
ハースとクリフォードという有名人が並んで歩いているため、下士官兵たちの視線が集中する。既にクリフォードが第九艦隊の旗艦艦長になったことは下士官兵の間で知れ渡っているためだ。
「どんなものかは知らないのだけど、下士官たちのネットワークって本当に凄いわね。いつも感心するわ」
「ええ、私もそう思います。本人より先に知っていることがありますから」
そんな会話をしながら宇宙港に到着した。
彼の目の前には全長八百五十メートル、高さ百六十メートルの巨大な艦体があった。
アルビオン艦隊の標準色であるダークグレーに塗装されており、巨大さしか印象に残らない。
舷門から艦内に入ると、出迎えの士官と下士官兵たちがきれいな敬礼を見せ、即座に「ようこそ、本艦へ。提督」と「ようこそ、本艦へ。艦長」という声が響く。
ハースとクリフォードはそれに答礼し、艦内に入っていった。