第二十三話
何とか書き上がりました。
宇宙暦四五二二年十月十一日。
アルビオン王国及び自由星系国家連合の連合艦隊はダジボーグ星系のヴァロータ星系側ジャンプポイント付近に留まり続けている。
ここにはヤシマ艦隊に守られた補給艦や工作艦などの補助艦艇が多数あり、第五惑星サタナー周辺での戦闘で傷ついた艦の応急補修を行っていた。
また、この待機期間を利用し、艦を脱出した友軍将兵や帝国軍捕虜の回収も行っている。
その帝国軍の捕虜だが、連合艦隊幹部が想定していた以上に多かった。
その理由を調べてみると、戦闘開始直前に帝国艦隊の司令官リューリク・カラエフ上級大将が人命最優先で脱出するよう命令していたことが判明した。更にカラエフがそのような命令を行ったのは皇帝アレクサンドル二十二世の命令であったことも分かった。
皇帝は連合艦隊が脱出した帝国軍人の救出を行うと信じており、例え敗北したとしても自らの戦力を回復させるために、少しでも人的資源を残しておきたかった。
更に自らの直属ではないスヴァローグ艦隊の将兵に対し、使い捨てにしないという姿勢を見せることで、同じスヴァローグ人であるカラエフの信頼を得ようとした。
そして、それは成功した。
カラエフは自らの策を無条件で受け入れる度量を見せ、更に同胞を見捨てる姿勢を見せなかった皇帝に対し、忠誠を誓っていたのだ。
このことは皇帝の今後の行動に大きな影響を与えることになる。
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アルビオン第九艦隊旗艦インヴィンシブル89はダジボーグ会戦で大きく損傷した。
左舷側の武装であるカロネードとミサイル発射管は全数が破壊され、外殻装甲にも多くの貫通が生じていた。それだけではなく、巡航戦艦の命ともいえる通常空間航行機関も損傷し、更にセンサー類に大きなダメージを受け、戦闘艦としての能力は三割以下にまで低下していた。
艦隊の工作艦による必死の補修作業でNSDの修理は完了し、装甲板の応急補修を終えた。しかし、艤装類の換装までは手が回らず、左舷側の攻撃力はほぼ皆無の状態のままだった。
艦長であるクリフォード・コリングウッド大佐は艦の補修作業を指揮しながら、負傷兵たちを見舞った。
「諸君らの働きでインヴィンシブルは生き延びることができた。今一度、感謝の言葉を捧げたい……今は静養に専念し、回復に努めてほしい」
インヴィンシブルは大きな損傷を受けたが、奇跡的に戦死者を出していない。
しかし、これは戦闘を回避した結果ではなかった。インヴィンシブルは常に最も激しい戦場にあり続け、会戦の最後まで戦闘を継続した。更に多くの敵艦を葬る戦果を上げている。
戦死者を出さなかったのは船外活動用防護服の着用を義務付けたことと、クリフォードと副長であるジェーン・キャラハン中佐の的確な指揮があったことが大きい。
ハードシェルはパワードスーツと呼ばれる装甲服であり、耐衝撃性と放射線防護能力を持っている。そのため、爆発の衝撃や強いガンマ線に曝されても即死を免れたのだ。
また、クリフォードとキャラハンはダメージコントロールに際し、明確な優先順位を定めていた。今回の場合、防御能力を維持する防御スクリーン、質量-熱量変換装置、そして主機である対消滅炉がそれに当たる。そのいずれもが艦の中心部にあり、危険な外郭部に部下を送り込まずに済み、それが人的被害の減少に繋がった。
もし、攻撃力を優先し、最外郭にある兵装類の補修を指示していたら多くの戦死者を出していただろう。
応急補修を終えた後、クリフォードはキャラハンを労った。
「副長がいてくれて助かった。君がいなければ艦は行動不能に陥っただろう」
「過分なお言葉ですわ。私は本分を尽くしたにすぎません。それに部下たちのがんばりがあったからこそ最後まで戦い抜けたと思っています」
「そうだな。私はいい部下を持って幸せだよ」
そんな会話をしながら笑いあったが、帝国領内にいるためすぐに任務に戻っていった。
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帝国軍はサタナー周辺での戦闘の後、有人惑星ナグラーダ周辺に撤退し、軍事衛星群と連携して迎え撃つ決意を見せた。
しかし、稼動可能な戦闘艦は二万隻を割り込み、連合艦隊の三分の一以下しかなかった。大型軍事衛星の支援があっても長距離ミサイルによる飽和攻撃を仕掛けることで、連合艦隊が勝利する可能性は高いと見られていた。
それでも連合艦隊は攻撃しなかった。
一部には徹底的に叩くべきという意見もあったが、総司令官であるアルビオン艦隊のジークフリード・エルフィンストーン大将は無理に降伏させる必要性を感じておらず、反対の姿勢を見せた。
「軍事衛星群は五個艦隊に匹敵する。残存艦隊と連携されれば大きな損害を受ける。我々の目的はロンバルディア解放なのだ。敵に焦りを生じさせ、ロンバルディアに居座るニコライ藩王率いるストリボーグ艦隊を引き返させねばならん。そのことを考えれば、無理に攻撃を仕掛ける必要はない」
エルフィンストーンが言うように最終的な勝利のためには、ロンバルディア星系に居座る帝国艦隊を引き返させる必要があった。
ヤシマからロンバルディアを経由してダジボーグに到着するには最短でも三十日程度掛かる。
最短のケースでは本日中に到着すると考えられ、実際に三日前に帝国の情報通報艦が現れ、通信が送られている。
暗号文の完全な解読はできなかったものの、各国の情報機関の分析では、ストリボーグ艦隊が早期に戻ってくると見ていた。
連合艦隊側も無為に時間を過ごしていたわけではなかった。
艦隊に同行しているヤシマ政府の首相タロウ・サイトウからダジボーグにいる皇帝アレクサンドル二十二世に向け、交渉の席に着くよう通信を送っていたのだ。
「今回の不法なロンバルディア星系占領に対し、即時解放とロンバルディア連合政府及び国民への補償を求めるものである。また、自由星系国家連合及びアルビオン王国は銀河帝国による戦闘行為によって受けた損害に対し、謝罪と補償を求めるものである。本要求に対し、十月八日までに正式な回答を求める」
しかし、皇帝は返答しなかった。
一つにはロンバルディア方面艦隊が戻れば艦数としてはほぼ互角になること、時間が経てばスヴァローグからの増援と合流できるためだ。
これだけが理由なら交渉により時間を稼ぐという方法も採れることができた。しかし、もう一つの理由により交渉の席に着けなかったのだ。
それは皇帝自身が交渉の場に出るということは負けを認めることになり、この後に始まるであろうストリボーグ藩王ニコライ十五世との政争に不利になるからだ。
(あと十日もすればスヴァローグから二個艦隊が到着するはずだ。それにニコライは強欲だが、愚かではない。ダジボーグを失えばストリボーグも危険になることは理解している。ならば、ニコライの艦隊は最短の時間で戻ってくる。そうなれば我が方が圧倒的に有利になるのだ……)
しかし、ナグラーダとイデアール星系JPでは距離が離れすぎ、各個撃破の可能性がある。そのことも皇帝は理解していたが、彼は昏い考えを持っていた。
(アルビオンがニコライの艦隊を叩いてくれるなら、それはそれでよい。アルビオンは領土に興味はなく、自由星系国家連合も戦争という選択肢は採らぬのだから。艦隊を失ったことは痛恨の極みだが、帝国国内の安定という点ではストリボーグ艦隊を叩いてくれる方が助かる……)
アレクサンドルはあわよくば政敵であるニコライを連合艦隊に処分させようと考えていたのだ。
しかし、そのことはおくびにも出さず、未だに勝利を諦めていないという姿勢を見せた。
「ニコライ殿の艦隊が戻れば、互角以上に戦える。今は敵に動く隙を与えないよう守りを固めることが重要である」
カラエフは交渉による早期の戦争の終結を願うものの、ニコライの艦隊が戻ることで勝機が訪れるというアレクサンドルの言葉を受け入れた。
(確かに陛下のおっしゃる通りだ。しかし、ニコライ閣下の艦隊と合流することは至難の業だ。各個撃破の絶好の機会を与えることになるのではないか……)
そのことをアレクサンドルに問うと、
「FSUもアルビオンもニコライ殿の艦隊を攻撃することはあるまい。これ以上損害を増やすことを望まぬからな」
「なぜでしょうか?」
「いずれもこのダジボーグ星系を欲してはおらぬのだ。もし、欲しておるなら、今頃全力で攻撃を受け、我らは全滅しておる」
アレクサンドルは自嘲気味に言ったが、それは現実のものとなった。
カラエフが疑問に感じたことは連合艦隊内でも議論になっていた。
ロンバルディア艦隊の主戦派は祖国を占領したストリボーグ艦隊を殲滅すべしと主張した。しかし、アルビオン第九艦隊のアデル・ハース大将がそれに反対している。
ハースはこれ以上戦死者を出すことは、自国の安全保障上の問題となるだけでなく、国家財政の悪化を招くと考えていた。既にアルビオン艦隊だけでも二十万人近い戦死傷者を出している。
これだけの数の傷痍軍人や戦没者遺族に対し、年金を支払うことで大きな財政負担になることは分かっている。また、先のゾンファ共和国との戦争でも多くの戦死・戦傷者を出しており、無駄な戦闘で更にそれを増やすことは考えられなかった。
更なる犠牲を払ってまで開発が遅れているダジボーグ星系を得るつもりはない。ダジボーグを開発するより豊かなキャメロット星系を発展させた方が遥かに有意義だからだ。
また、ハースはアレクサンドルのニコライの戦力を減らしたいという思惑に気づいていた。
しかし、あえてそれを話さず、同胞の命という点で説得しようとした。これは好戦的になっているロンバルディア人に帝国内での内戦の話をすれば、介入しようと考えることを危惧したためだ。
「ストリボーグ艦隊にロンバルディア人の捕虜がいる可能性があります。もし、攻撃を仕掛けた後に捕虜を盾に停戦交渉を迫られたら我々の方が圧倒的に不利になります。ですので、ストリボーグ艦隊が戻ってきたら交渉によって人質を解放させるべきでしょう」
「帝国が人質を取っているなら、交渉にもならないのではないか。奴らは脅してくるだけだ。それならば、確実に敵にダメージを与え、優位に立っておくべきだと思うのだが」
それに対し、ハースは毅然とした態度で答えた。
「敵が人質を使って脅してくるなら、我々も脅し返せばよいのです。ナグラーダに向けて質量兵器を撃ち込むと脅せばストリボーグ藩王も屈せざるを得ないでしょう。現状では我々が制宙権を握っています。この状況で完全には防げないと分かるでしょうから」
そういうものの、その脅しを行うつもりはなかった。交渉するなら、ニコライがアレクサンドルに対して有利になるように仕向ける方法を採るつもりでいたためだ。
ヤシマの将官が発言していたロンバルディア将官に嫌味を言った。
「貴艦隊が追撃していれば、今頃ナグラーダは我々の手に落ちていたのではないかな。今更勇ましいことを言われても信用しかねる」
言われた側はその嫌味に青筋を立て、反論しようとした。しかし、ハースがやんわりと間に入る。
「グリフィーニ提督の判断は妥当でしたわ。敵の補助艦艇群の動きは異常でしたから。私の考えに過ぎませんが、あの補助艦艇には罠が仕掛けられていたと思います。恐らくステルス機雷が隠されていたのではないかと……」
実際、ハースの言う通りの状況であった。
補助艦艇群には多数のステルスミサイルと機雷が配置されていた。接近してきた敵に対し、格納庫から直接ミサイルを発射し、奇襲を掛け、更に接近してきた敵に対しては自爆攻撃を掛けることも視野に入っていたのだ。
但し、その証拠はなく、補助艦艇の動きの悪さと帝国艦隊の動きからその可能性が高いとされたに過ぎない。
しかし、戦略家として有名なハースの言葉には一定以上の重みがあり、ヤシマの将官もそれ以上何も言わなかった。
ハースの仲裁により、ロンバルディアの将官も矛を納め、連合艦隊はニコライの艦隊に手を出さないことで決着した。
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標準時間一〇〇〇
ストリボーグ藩王ニコライ十五世率いるロンバルディア方面艦隊四万隻がイデアールJPに現れた。
ニコライは二万隻を割り込んだ艦隊を見て、皇帝に対する怒りをぶちまける。
「何をしておるのだ! アルビオンがいるとはいえ、弱敵であるヤシマやロンバルディアにこれほどやられるとは! 今の皇帝に至高の座に着く価値があるとは思えん!」
その言葉に対し、ストリボーグ艦隊の司令官ティホン・レプス上級大将が嗜める。
「お気持ちは重々理解いたしますが、兵たちの目がございます。ご自重ください」
そう言いつつもニコライへの追従は忘れない。
「皇帝陛下は何ら交渉を行えておらぬ様子。ここは大兵力を有する藩王陛下がアルビオンらと交渉すべきでしょう。さすれば、帝国の行く末を託すにふさわしい方がどなたであるか、誰の目にも明らかになるはずです」
怒りをぶちまけていたニコライだったが、その分かりやすい追従に機嫌を直す。
「確かに余が交渉の場に出るべきであろうな。敵はどのような要求を突きつけてくると思うか」
「恐らくは人的損害に対する補償と、ヴァロータ、イデアールの領有権放棄、ロンバルディア人財産の返還程度でしょう」
「どう対応すべきだと思うか?」
「強気に出てくるでしょうが、長居はできぬはずですから、すぐに折れると考えます。補償についてはダジボーグの財産から幾ばくかを出させればよいかと。領有権につきましては今後の陛下のことを考えれば譲っておいても問題ないかと」
レポスは“今後”という言葉を強調する。それにニコライも分かっているとでも言うように頷いた。
「ロンバルディアで奪ったものはどうすべきか?」
ニコライたちはロンバルディア占領で国庫にあった貴金属、希少金属、宝石類などの財産を奪っている。但し、今後の統治を考え、個人及び企業から掠奪は行っていなかった。
「恐らく気づいておらぬと思いますので、しらを切るだけでよいと考えます。万が一気づかれておりましたら、正式に譲渡されたと主張しましょう。実際、ロンバルディア政府の承認を得ているのですから」
方針が決まったところで、ニコライはレポスに連合艦隊の総司令官に交渉を持ち掛けるよう命じた。自らが交渉すると言いつつもレポスに任せたのは軍同士の交渉となると考えたためだ。
実務的な話になるのであればレポスの方が適任であるということもあったが、格下である軍司令官に対し藩王である自分が最初から出るわけにはいかないというプライドもあった。
「銀河帝国ストリボーグ艦隊のティホン・レポス上級大将である。ニコライ十五世藩王閣下より交渉の全権を委ねられておる。貴艦隊の最高責任者と話がしたい」
距離が百光分ほどあるため、会話は成立せず、連合艦隊側からも通信が入った。
「ヤシマのサイトウである。我々は銀河帝国の暴挙に対し正義の鉄槌を下すべく艦隊を進めてきた。帝国が正式に謝罪し、賠償に応じなければ、帝国を滅ぼすことも辞さない」
ヤシマの首相がいることに驚くものの、その強気の発言にニコライは嘲りの笑みを浮かべる。レポスは「吼えておるだけです。ここは私にお任せを」と言って交渉を続けた。
その間に連合艦隊側はゆっくりと前進し始めた。針路はロンバルディア方面艦隊を遮る形で、ナグラーダ周辺の残存艦隊との合流を阻もうとしているように見える。
「皇帝陛下と連絡が取れぬため、藩王であるニコライ十五世閣下の権限によって貴国と交渉するものである。我々は貴国の要求を聞く用意がある」
レポスは下手に出ることで連合艦隊との戦闘を回避するつもりでいた。これは劣勢であることもあるが、それ以上にその後の皇帝との戦いで戦力を減らさないためだった。
ニコライは帝都スヴァローグの将兵、役人たちに誰が皇帝としてふさわしいかを示すつもりでいた。
既に皇帝は大きなミスをしている。それは帝国の領土に敵を招きいれたというもので、皇帝の失敗を彼が最小限に留めたことを見せつけるつもりだった。
緩慢なやり取りが始まるが、この通信はナグラーダにいる皇帝アレクサンドルにも届いていた。
「ニコライは余に代わって交渉するつもりか」と呟くが、下手に介入してニコライがへそを曲げ、ストリボーグに撤退すればダジボーグは陥落する。仕方なく見守るしかなかった。
連合艦隊側は帝国艦隊の合流を防ぐため、ストリボーグ艦隊の停止を要求した。
「まず、貴艦隊の停止を要求する。それがなくば、貴官との交渉は時間稼ぎとみなし、全艦隊をもって攻撃を行う」
レポスはニコライに向かい、停止を提案する。
「ここは相手の要求を飲み、一旦停止いたしましょう」
「それでは我が艦隊は不利なままだが、何か意図があるのか?」
「もちろんございます。我々は皇帝陛下に代わり交渉を行う権利を得ました。そして、皇帝陛下は我々がストリボーグに戻ることを恐れておられます。ここで止まらなければ、ナグラーダに向かわざるを得ず、そうなれば、皇帝陛下が交渉の場に出ようとされるでしょう」
「つまり、余が主導権を握り続けるにはストリボーグに向かうルートを確保しておく必要がある。それを敵が用意してくれたということか」
「その通りでございます」と言って恭しく頭を下げる。
ニコライの許可を得たレポスは艦隊を停止させ、交渉を再開する。
連合艦隊側からの更なる要求が届く。しかし、それはレポスたちの予想の範囲内だった。
「それでは我々の要求を伝える。貴国に囚われているであろう自由星系国家連合及びアルビオン王国の関係者の解放。貴国が取得した両国の資産の返却……帝国軍との戦闘により戦死傷した将兵及び遺族への補償と失われた艦船に相当する額について、支払いを要求する。なお金額は一兆FSUクレジットに相当する額とし、帝国通貨ではなく、貴金属や希少金属類での支払いを要求する……帝国との不戦条約の締結。条約にはFSUの租借地を……」
FSUクレジットは自由星系国家連合内で使用されている通貨で、一兆クレジット(日本円で一千兆円に相当)は帝国の国内総生産(GDP)の一割に相当する。
また、帝国との間に不戦条約を締結し、更に貿易の拠点となる租借地の建設を要求した。
「……最後にヴァロータ及びイデアールの領有権の放棄と両星系にFSU軍の常駐を認めることを要求する」
これらの要求に対し、レポスは明確に答えなかった。
「貴国の要求に対し、前向きに検討する用意がある。なお、本艦隊にはロンバルディア連合関係者を含むFSU関係者は存在しない。また、アルビオン王国関係者についても同様である。しかしながら、条約については皇帝陛下と連絡が取れない状況であり、明確な回答は保留させてもらいたい」
この回答は連合艦隊側の想定の範囲内であった。
「貴官は全権を任されていると聞いたが、それは偽りであったのか!」
サイトウは恫喝した後、更に期限を切ることで脅しを加えた。
「我々の要求に対し回答する権限を持たぬのであれば、交渉を打ち切り、貴艦隊に降伏を勧告する。回答の期限は十月十二日標準時間〇一〇〇。それまでに明確な回答がなされない場合は、貴艦隊を含む本星系に存在する銀河帝国軍に対し、攻撃を再開する」
現在の時刻は十月十一日の二十時であり、回答期限は五時間後となる。
ニコライ率いるロンバルディア方面艦隊はナグラーダから九十光分の位置にあり、連合艦隊はサタナー周辺にまで近づき、艦隊間の距離は二十光分にまで接近していた。
レポスは即座に回答を行った。
「回答期限については了解した。藩王閣下のご裁可を得るため、しばし時間をいただきたい」
それだけ言うとニコライと協議を始めた。
「藩王陛下がダジボーグのために尽力されたと見られるように文言を修正させましょう。ヤシマの拝金主義者たちは文言より実を取るでしょうから問題はありますまい。条約についても皇帝陛下の代理として陛下が調印してしまえば、誰の目にも陛下のお力は明らかになります。補償については本艦隊にあるロンバルディアで得たものをストリボーグの資金と言って渡しましょう」
ストリボーグ艦隊が奪った資産は十億クレジットに相当する。
「ロンバルディアから奪ったものを返すのか? 我らが独力で得たものをみすみす手放すというのは気に入らぬ」
その言葉にレポスが静かに反論する。
「ここは藩王陛下が大きな度量をお持ちであることを示すよい機会と考えます。元々我らのものではありません。それで帝国内での評判が買えると思えば、安いものではありますまいか」
その言葉に魅かれるものの、未だに未練があるのか、更に問い質す。
「ロンバルディアの資産であれば、返却とみなされるのではないか?」
「その点は問題ないでしょう。彼らも実が取れれば無駄に騒ぐことはありません。藩王陛下は帝国内に向けて自らの資産を手放したと宣言すればよいのです」
「つまり、帝国の民の忠誠をロンバルディアの金で買うということか……それはよいとして、ダジボーグの資産で残りを支払えるとは思えん。それにダジボーグのものであっても帝国の財産。安易に支払うと約束することはできん」
ニコライは自分が皇帝になるつもりでおり、帝国の資産の減少を認めたくなかった。
「ダジボーグの資源の採掘権を与えると約束すれば問題はないでしょう。これならばダジボーグの開発のためという理由にもなりますし、採掘開始後に奪い返せば、結果としてヤシマの技術を得たことになるのですから」
そこでニコライは静かに目を瞑る。そして、ゆっくりと目を開くと、
「よかろう。ダジボーグの連中は問題視するかもしれんが、スヴァローグの者たちは納得しやすかろう」
ニコライは帝都のあるスヴァローグ星系の貴族や民衆がどう考えるか思案した。
今回の戦争は“ダジボーグ人”のアレクサンドルが起こしたものであり、ストリボーグとスヴァローグは巻き込まれたに過ぎない。だから、責任はダジボーグが取るべきだとすれば、スヴァローグ人の支持も得られると考えたのだ。
「さすがは陛下。深謀に感服いたしました」とレポスは大げさに追従する。
レポスは連合艦隊に向けて回答を行った。
「銀河帝国ストリボーグ藩王ニコライ十五世閣下は自由星系国家連合及びアルビオン王国政府の提示した要求に対し、以下の通り回答する。今回の不幸な事案により死亡もしくは負傷した貴国民に対し、救恤金を贈るものとする。贈呈方法については、ダジボーグ星系内の惑星アガート、シェールイの希少金属採掘権とし、期間は千年間とする。なお、救恤金の一部については、ストリボーグ藩王府が保有する資金により即座に支払うものとする……」
更に不戦条約の話が続く。
「また、不戦条約の締結についてはFSUからの提案を受け、締結に向けた努力を行う……ヴァロータ星系及びイデアール星系の領有権についても、不戦条約にてその帰属を確定させるものとする……」
言い方は違うものの、内容的には連合艦隊側の要求に限りなく近いものであった。




