第二話
宇宙暦四五二〇年三月二日。
ヤシマの特使シゲオ・ヨシダはアルビオン王国の報道各社に対し会見を行った。
メディアは彼に対してほとんど興味を示さなかったが、それでも大手だけは外交関係者の会見ということで記者を派遣する。
ヨシダはその場でヤシマの現状を強く訴えた。
「……ヤシマは現在、銀河帝国を僭称するスヴァローグ帝国の脅威に曝されております。もし、我が国が帝国に占領された場合、貴国にとっても大きな問題になるはずです……」
その訴えに対し、記者の反応は薄かったが、一人の記者の質問が場の流れを変えた。
「帝国の脅威とおっしゃるが、その証拠はあるのでしょうか? 今までの説明では抽象的すぎると思うのですが」
ヨシダはその問いに不思議そうな表情を浮かべた。
「帝国の脅威については貴国と共通認識だと思っていたのですが?」
「共通認識ですか? 確かに帝国内の内戦が終わったことは知っていますが、それがすぐに貴国への侵略には繋がらないと思うのですが?」
記者の何気ない言葉にヨシダもさりげなく答える。
「既に帝国は自由星系国家連合加盟国に対し、恫喝を行っております。このことは貴国のエドワード王太子殿下もご存じのはずです。実際、殿下はそのお命を狙われたのですから」
ヨシダは自然な形で情報をリークした。その表情はいつも通り飄々としており、記者たちは作為を感じなかった。
ヨシダの言葉に会見会場が騒然となった。
それまでは質問する者はほとんどいなかったが、一斉に手を上げ、更には「それはどういう意味ですか!」と叫ぶ記者まで現れる。
「言葉通りですが? エドワード王太子殿下がシャーリア法国をご訪問の際、スヴァローグ帝国の特使の艦隊と戦闘になったのです。コリングウッド司令の的確な指揮により、二倍近い戦力の敵を葬り、それを見たシャーリア法国政府は帝国の恫喝に屈しなかったと聞きました。我が国ではコリングウッド中佐に対し、自由星系国家連合の勲章である自由戦士勲章を授与すべしとの声も上がっておりますが……ご存じありませんかな……」
最後は小首を傾げるような仕草まで付けている。
記者たちは次々と質問をしていくが、回答しているヨシダに彼の部下から小さなメモが渡される。それを見た彼は突然慌てた様子を見せ、発言を取り消そうとした。
「さ、先ほどの発言は取り消させて下さい! 貴国の許可を得ずに公表してよい内容ではありませんでした」
そう言って大きく頭を下げると逃げ出すように会見場を後にした。残された記者たちは直ちに本社に連絡を入れる。
ヨシダの意図的な失言はキャメロット星系に大きな波紋を呼んだ。
それまでクリフォードを叩いていたマスメディアはその論調を変え、キャメロット地方政府の秘密主義に矛先を向ける。
慌てたのは政府及び軍だった。
ヤシマの外交官が機密を漏らすとは考えていなかったためだ。しかし、これはキャメロット政府側の完全な落ち度だ。
シャーリア法国での戦闘は自由星系国家連合内で発生した事案であり、アルビオン側に秘匿したいという意志があっても、FSUが公表することを止める権限はない。
ヨシダはそのFSUの一員であるヤシマの外交官であり、彼が公表したこと自体、何ら問題はなかったのだ。
そんな状況でノースブルックが登場した。
彼は政府や軍を批判するメディアに対し、それに反論することなく、煽った野党民主党を攻撃する。
『軍が公表を遅らせたのは正確な情報が揃っていなかったからです。この事実は自由星系国家連合との今後の関係を考える上で非常に重要なものであり、軽々しく公表できるものではありません。少なくともアルビオン星系の王国政府に対して報告し、方針が定められるまで機密とする事項でした。このことは議会関係者であれば容易に理解できるはずです。残念なことに一部の方は党利党略を優先し、国家のことをないがしろにしたのでしょう……』
ノースブルックの発言に保守系メディアが一斉に飛び付く。
シェイファーの発言を繰り返し報道し、クリフォードを貶める目的であったと断じたのだ。
あるコメンテーターは以下のような発言でシェイファーを攻撃していく。
『シェイファー議員の発言は誠実さに欠けますな。英雄であるコリングウッド中佐に対し、憶測をもって攻撃している……確かに中佐が異例の抜擢をされたことは軍務省からの指示だったのでしょう。しかし軍務省は軍の人事を司る機関でもあります。つまり正当な権限を持つ組織が行ったということです。それをコパーウィート次官との関係を匂わせるなど、悪意をもって事実を誤認させようとしたと言われても仕方ないでしょう。このようなことを平気でする人物がシェイファー議員なのです。政治家としての資質を疑わざるを得ません……』
更にリンドグレーン提督のスキャンダルも再燃した。
砲艦レディバード125号の戦術士であったマリカ・ヒュアード中尉がリンドグレーンの命令でクリフォードの情報を流していたと報じられたのだ。
『リンドグレーン予備役大将には失望させられますな。少佐に過ぎない若者の弱みを握ろうとするなど、軍の実質的な最高位である大将が行うべきことではありません。これは私の個人的な感想ですが、彼の縁者が政敵の弱みを握るために依頼したのでしょう。そう考えねばあまりに辻褄が合いません』
コメンテーターの言葉にシェイファーは反論するが、スキャンダルに塗れたリンドグレーンの従弟というだけで白眼視され、その言葉は信用されなくなっていく。
ここに至っては軍も鎮静化を図らずにはいられなくなり、詳細な情報を公表した。
更にエドワード王太子もコメントを発表し、
『……私を守るために命を散らした、第一特務戦隊の勇者たちに哀悼の意を表すとともに、死力を振り絞って戦ってくれたコリングウッド中佐以下の将兵諸君に感謝の意を伝えたい……』
これらの発表にアルビオン国民は激怒した。
それはスヴァローグ帝国に対するものもあったが、英雄であるクリフォードを不当に貶めたシェイファーに対してだった。
ノースブルックは自らの影響力が及ぶ保守系の報道機関に民主党を攻撃する論調とするよう依頼した。これは軍が懸念した国民の反スヴァローグ帝国感情の爆発を抑えるためで、シェイファーをスケープゴートにして見事に国民感情を逸らしたのだ。
シェイファーはクリフォードに対し、謝罪のコメントを発表したが、既に手遅れだった。
世論は完全に彼の敵となった。彼は反論の機会を与えられることなく、議会だけでなく党内でも力を失っていく。
そんな中、ノースブルックはヤシマへの支援の継続を訴えた。
そのため、政府と軍もヤシマへの艦隊派遣を継続する決定を行うしかなかった。
ノースブルックは再びヨシダと面会した。
「あなたの思惑通りですな、特使殿」
ノースブルックがそう言うとヨシダは「それをあなたがおっしゃいますか」と笑いながら言うものの、すぐに真剣な表情に切り替える。
「今回は助かりました。ですが、我が国と自由星系国家連合に対する脅威は去っておりません。特にロンバルディア連合は非常に無防備です。もし、ロンバルディアが帝国の手に落ちることになれば、帝国の国力は一気に増強され、更に皇帝の権力も今以上に強くなるでしょう。これは貴国にとっても憂慮すべき事項。そのことをお忘れなきよう」
「もちろん理解しておりますよ。ですが、ロンバルディアについては非常に難しい状況です。我々の方でも対策を考えますが、貴国だけでなく連合も真剣に考えて頂きたいものです」
ノースブルックはその言葉通り、対策を検討するよう軍務次官のエマニュエル・コパーウィートに指示を出した。
コパーウィートは政府の安全保障担当、統合作戦本部、更に防衛艦隊の主要なメンバーを集め、ロンバルディア方面の防衛計画について話し合った。その場にはノースブルックもオブザーバーとして出席していた。
「我が国にロンバルディアへ艦隊を派遣する余裕はない。そのことは私も理解している。その上で諸君らの意見を聞きたい」
コパーウィートがそう言って口火を切ると、統合作戦本部の作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミス少将が発言を求めた。
作戦部は戦略を立案する部門だが、本来なら統合作戦本部の責任者、この場ではキャメロット星系を統括する副本部長、マクシミリアン・ギーソン大将が説明すべきものだ。しかし、ギーソンは何も言わずに腕を組んで目を瞑っている。
コパーウィートはゴールドスミスに小さく頷き、発言を許可した。
「小官は自由星系国家連合軍に期待すべきと考えます。具体的にはラメリク・ラティーヌ共和国、ヒンド共和国より三個艦隊程度を派遣すれば、ロンバルディア艦隊と合わせて九個艦隊となります。スヴァローグ帝国の動員可能数は十個艦隊程度ですから、ジャンプポイントの機雷原と合わせて考えれば充分な抑止力をもつと考えます」
その意見にキャメロット防衛艦隊の総参謀長、アデル・ハース中将が反対意見を述べる。
「FSU軍はゾンファの侵攻艦隊になすすべもなく敗れています。数合わせの艦隊では抑止力にもならないのでは?」
更にコパーウィートがそれに補足する。
「帝国の侵攻が確実なら派遣もできるだろうが、ラメリク・ラティーヌもヒンドも長期に渡って艦隊を派遣することはできんのではないか? 我が軍のように駐留費用をロンバルディアが負担するなら別だが」
ゴールドスミスはハースの反論には答えず、コパーウィートに対して反論する。
「それはFSUが考えることでしょう。彼らの安全保障条約ではこのような事態に対応できるほど練られたものではありませんので」
ハースは自分の意見が無視されたことを気にすることなく、意見を述べていく。
「私はロンバルディア単独で対応することを提案します。具体的には帝国が侵攻した場合、艦隊をラメリク・ラティーヌに撤退させた上で無血開城します」
「無血開城? 無条件降伏しろというのかね!?」
ノースブルックが驚きの声を上げる。但し、その声は明らかに演技で、ハースに意見を言わせようとする意図は明らかだった。
「はい。その通りです」
「しかし、それではロンバルディアの民衆が傷付くのではないか?」
ノースブルックの懸念をハースは明確に否定する。
「いいえ。帝国としてはロンバルディアの肥沃な大地を無傷で手に入れたいのです。ですから、無駄な血を流すことないでしょう」
その言葉にノースブルックは腕組みをしながら僅かに考え、
「確かにそうかもしれんが、逃げたロンバルディア艦隊を追撃するのではないのかね」
「それはありえません。帝国軍がロンバルディア艦隊を追えば、ラメリク・ラティーヌ共和国軍七個艦隊を加えた十三個艦隊を相手にしなければなりません。また、敵の勢力圏内で補給線を伸ばすことになり、更に戦力の分散を招くことにもなります。ですから、ロンバルディア艦隊は追撃されることなく、無傷で撤退できるのです」
「つまり、その戦力を反撃に使うということかね? うむ……」
考え込むコパーウィートに、ハースは更に畳み込むように説明を加える。
「その戦力に我が国の艦隊と自由星系国家連合の各国の艦隊を加えれば、帝国の侵攻艦隊に対し、二倍以上で当たることができます。成功の確率は充分に高いと言えるでしょう」
ゴールドスミスが慇懃無礼な口調でハースの案を否定する。
「それは机上の空論ではありませんか、総参謀長閣下」
「そうかしら? 六個艦隊三万隻が無傷ならやりようはいくらでもありますわ」
「ですが、ロンバルディア政府がそれを認めるとは思えません。戦うことなく降伏しろなど、プライドの高いロンバルディア人は考慮すらしないでしょう」
ゴールドスミスは鼻で笑うような感じでそう言い切った。しかし、ハースは冷静に反論する。
「国家の危機なのです。そのようなことを言ってはいられないでしょうね」
更にゴールドスミスが言い募ろうとした時、ノースブルックが割り込む。
「ハース参謀長に聞きたいのだが、ヤシマの三個艦隊、ロンバルディアの六個艦隊に我が軍の三個艦隊が加われば十二個艦隊となる。帝国軍十個艦隊に勝てるだろうか?」
その問いにハースは「無理でしょう」と即答する。
「では、我が軍が五個艦隊、つまり十四個艦隊ならどうだろうか?」
「それでも難しいと思います。ロンバルディア艦隊に限らずFSU軍の練度は低く、我が軍の動きについてこられません。逆に足かせになると考えた方よいでしょう」
ノースブルックは少し考えた後、僅かに困惑の表情を浮かべる。
「先ほどの君の意見と違う気がするのだが?」
「戦いは会戦だけで決まるものではありません。相手に勝てないと思わせることができれば、戦わずして勝つことは可能であると考えます」
「うーん。すまんがもう少し具体的に言ってもらえないか」
「分かりました」と言ってハースは説明を始める。
彼女の考えは自由星系国家連合の戦力を各個撃破されないよう温存し、ヤシマに集中する。その上でアルビオンからの援軍を加え、ダジボーグに圧力を掛けるというものだった。
「ロンバルディアが占領された後、直接救援に向かったとしても、寄せ集めの艦隊では勝利を収めることは難しいでしょう。ならば、敵艦隊がロンバルディアとダジボーグに分散している時を狙って、敵以上の艦隊を本国であるダジボーグに派遣すれば、ロンバルディアに侵攻した艦隊の司令官は選択を迫られることになります」
「本国を守るか、新たに支配した星系を確保するかということかね?」
「その通りです」と答え、更に説明を加えていく。
「その場合、補給線でもあるダジボーグを無視するという選択肢を採ることはないでしょう。また、ダジボーグは皇帝の生まれ故郷であり、支持基盤でもあります。つまり、ダジボーグを見捨てるという選択肢は軍事的にも皇帝の心情的にも採りづらいものなのです」
ノースブルックは納得し難いという表情を浮かべ、「素人の考えで悪いが」と断り、
「帝国も愚かではあるまい。FSU軍の実力なら数で劣っていても対抗できると考えるのではないか? そうなった場合はどうするのかね?」
「その場合は戦闘になりますが、我が軍が一定以上の戦力を保有していれば、FSU軍に圧力を掛けさせるだけでも戦術的には充分に活用できます。例えば、後方に回して補給艦を叩くように見せかけるとか……そのためには少なくとも六個艦隊は派遣する必要があると考えます」
「つまりだ。六個艦隊であればFSU軍と共同であっても帝国に対抗できると」
「最低限の数が六個艦隊ですが、その理解で問題ございません。戦力の集中は戦略の基本です。中途半端な戦力では各個撃破の対象となるだけでなく、ヤシマの兵士や国民の士気を下げ、戦わずして帝国に奪われてしまうでしょう」
「参謀長の考えは理解した。今後の方針を確認したいが、意見のある者は?」
「もう一つあります」とハースが手を上げる。
「何かな」とノースブルックが先を促す。
「スヴァローグ帝国の情報が少な過ぎます。現状ではヤシマ経由でしか情報は入手できませんが、我が国でも積極的に情報収集に当たるべきではないでしょうか」
「確かにその通りだ。私も今回のことでそれを痛感している。その件に関しては統合作戦本部の諜報部に一任したいが、ギーソン副本部長、お任せしてもよろしいかな」
ノースブルックの視線の先にいる白髪で疲れた表情のギーソンに話を振る。
ギーソンは戦略を検討する統合作戦本部の副本部長であり、キャメロット星系における責任者だ。
本来議論の主役となるべき人物にも関わらず、退役が間近であることから自らの経歴に汚点が残らないよう消極的な姿勢を貫いていた。
そのため、ノースブルックに話を振られたため、「お任せいただこう」と答えるものの、やる気は一切感じられない。
ギーソンの態度を無視したノースブルックは無表情で頷いた後、「それでは他に意見はないかな」と再度確認した。
誰からも追加の意見は出なかったため、ノースブルックは全員を見回してから、今後の方針を提案した。
本来ならオブザーバーに過ぎないノースブルックにその権限はなく、政府側の責任者であるコパーウィートが提案すべきだが、この場にいる者は誰も違和感を抱いていなかった。
「総参謀長の策が我が国にとって最もリスクが少ないと思う。アルビオンの王国政府に通達するが、キャメロット地方政府の権限で総参謀長の策を実行することを推奨する。また、スヴァローグ帝国に関する情報収集については諜報部が責任をもって実行し、関係各所に伝達して頂く。これでよろしいかな、ギーソン副本部長?」
アルビオン王国では首都アルビオンと植民星系キャメロットの距離が三十パーセク(約九十二光年)と遠いことから、緊急時にはキャメロット地方政府にもある一定の権限が与えられている。もちろん、外交に関することはアルビオンでの承認が必要だが、今回のようなケースでは事後承認も可能だ。
ギーソンは少しためらった後、
「ハース総参謀長の提案を採用しましょう。作戦部長、艦隊参謀本部と協議して計画の立案を頼む」
ギーソンが了承した最大の理由はノースブルックの存在だった。
彼は外交に関する権限こそ有していないものの、財務卿という地位にあり、政府の重要閣僚の一人ということでその発言は重いためだ。
ノースブルックは更に提案を行った。
「では、ロンバルディアに送る特使だが、私としては発案者のハース総参謀長が適任だと思うが、サクストン長官、いかがだろうか」
ハースの上司に当たる防衛艦隊司令長官のグレン・サクストン提督に確認する。
本来であれば文官である外交官が特使となるべきだが、今回の策は軍事的な側面が強く、更に理路整然と説明し押しが強いハースが適任とノースブルックは考えた。
「問題ありません」とサクストンは重々しく頷いて承認した。
ノースブルックは更に提案を行った。
「ロンバルディアでの交渉が成功した後、シャーリア法国とも協議すべきではないか。ロンバルディアが占領されれば、シャーリアは孤立する。彼の国が降伏する可能性は低いと思うが、ないとも限らない。我が国の戦略をあらかじめ知っていれば導師も国内をまとめやすいと思うのだが」
その提案にハースが賛同する。導師はシャーリア法国における最高指導者である。昨年末の騒動でハキーム・ウスマーンからアブドゥル・イルハームに代わっている。
「おっしゃる通りです。幸いなことに、シャーリア法国はコリングウッド中佐の活躍で、我が国に対する好感度が上がっております。また、イルハーム導師は帝国に対して聖戦を発動しておりますし、上手くすれば牽制をしてくれるかもしれません」
こうしてロンバルディアとシャーリアに対する戦略が決定した。
ハースは外交使節団に紛れて自由星系国家連合に飛んだ。
そして、ロンバルディア連合政府に対し、秘密裏に自らの策を提示する。
当初、ロンバルディア政府高官は荒唐無稽な策と言って検討すらしなかったが、シャーリア法国から入る情報などから、スヴァローグ帝国の脅威を感じ始め、首相であるエンツィオ・ドナーティは決断した。
彼は閣僚と国防軍の間で行われる国防会議にその案を提示した。
国防軍からは反対の声が上がったが、防衛艦隊司令長官のファヴィオ・グリフィーニ大将が発言したことで流れは大きく変わる。
「ヤシマで敗れた我が艦隊が、数で勝る帝国艦隊に勝てるだろうか? 無為に敗れるだけならば、再起を賭けて撤退する方が国のためになるのではないだろうか」
その意見にも反対の声が上がった。
「しかし、戦わずして撤退して国民に被害が出たらどう責任を取るのか!」
「その時は私の首でも何でも差し出そう。だが帝国は人口が少ない。つまり彼の国はロンバルディアの肥沃な大地とともに、農地を管理する民を欲しているのだ。国防軍が抵抗しなければ虐殺など起こすまい」
グリフィーニの意見にドナーティも同意する。
「いずれにしても勝てないのであれば、無条件降伏した後のことを考えた方がよい。敵に装備を奪われるくらいなら、祖国解放のために他国に隠した方がよほど現実的だ」
結局、ドナーティが全責任を負うということで防衛艦隊と国防軍の地上部隊の装備はラメリク・ラティーヌ共和国に退避することが決まった。
楽天的であまり物事を深く考えないロンバルディア人がこのような決定をしたことに、提案者のハースですら驚きを隠せなかった。
(こんなに早く決断してくれるなんて……ドナーティ首相とグリフィーニ長官のコンビという奇跡があったからね……)
ハースはそんなことを考えながら、シャーリアに向かった。
シャーリアに到着後、すぐに導師であるアブドゥル・イルハームとの会談は行われた。その際、対帝国戦略について話し合い、ロンバルディアが占領された後、ストリボーグに向けて艦隊を動かす素振りを見せることを約束する。
「我が国は貴国の若き英雄を見ております。主君を守るために最善を尽くす姿に、戴く神は異なれど我らは大きな共感を覚えました。帝国がロンバルディアに侵攻した際には、我が国も協力は惜しみません」
こうして、アルビオン王国と自由星系国家連合の対スヴァローグ戦略が決定した。
■■■
クリフォードは自らへの批判が渦巻く中、戦死者の遺族への手紙を書きながら、DOE5の修理の指揮を執っており、大きな影響は受けなかった。
その後、彼を称賛する声が大きくなったが、それでも彼は特に何も言わずに黙々と任務をこなしていく。
クリフォードに対し、褒賞を与えるべきだという主張が出た時、彼はそれを辞退すると明言した。
「王太子殿下を危険に曝した私はそれを受けるに値しません。今回のことで称賛を受けるべきは異国の地で戦った部下たちです。特に命を散らした者には特段の配慮をお願いしたいと思います」
彼はエドワードを危険に曝したのは、自分が事前に偵察を行うなどの処置を怠ったためだと考え、処分を受ける覚悟すらしていた。
そんな考えを持っており、世論の流れで称賛されることに忸怩たる思いを抱いていた。
結局、クリフォードは昇進も受勲もしなかった。
一方で戦死傷した将兵たちは戦死傷者勲章だけでなく、青銅星勲章や勲功章なども与えられた。その陰には王太子エドワードの示唆があったとされるが、真相は明らかにならなかった。
シャーリア星系での戦いにおいて敵前逃亡を行うという不名誉な行動に走った元航法長ハーバート・リーコック少佐は、軍法会議により不名誉除隊処分となった。彼は呆けたまま全く反論せず、ごく短時間で結論が出た。リーコック子爵家の嫡男であったハーバートは当主である父に勘当され、貴族としての権利を全て失った。
もう一人の処分対象者である駆逐艦シャーク123号の艦長イライザ・ラブレース少佐も軍法会議に掛けられた。彼女は自らの行動の正当性を訴えたが、戦闘記録と旗艦DOE5の航宙日誌が証拠となり、命令不服従の罪で大尉に降格の上、予備役に編入された。
自らの功績のために友軍を危険に曝したことに対し、不名誉除隊がふさわしいと考える者は多かったが、ある上級軍人が軍法会議に介入し、降格で済んだという噂が流れた。しかし、真偽のほどは明らかにされず、うやむやのままラブレースは軍を去った。
二人の処分について、クリフォードは一切発言しなかった。
クリフォードは新たに加わった部下たちを鍛えながら、家族との平和な時間を過ごしていった。