第十五話
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
宇宙暦四五二二年八月十三日標準時間〇一〇〇
時は少し遡る。
銀河帝国皇帝アレクサンドル二十二世は故郷ダジボーグ星系に移動を終え、ヤシマ侵攻作戦の指揮を執っていた。
当初の戦略ではロンバルディア星系において、ロンバルディア連合の艦隊を殲滅後、ロンバルディアから七個、ダジボーグから三個艦隊をもってヤシマに侵攻する予定だった。しかし、ロンバルディア艦隊が戦わずして逃走したため、戦略の練り直しが必要となった。
皇帝はアルビオン王国を牽制するためにテーバイ星系に派遣した五個艦隊の帰還を待ってヤシマに侵攻する方針に切り替える。
そして、本日テーバイ星系に派遣したテーバイ方面艦隊が帰還の途についたという連絡が入った。
(敵は七個艦隊だったか……即座に撤退したカラエフの判断は妥当だな。問題はどの程度の期間、アルビオン艦隊がテーバイにいたかだ。再侵攻を疑えば十日ほどだが、こればかりは確認しようがない……艦隊が戻るのは八月二十二日。キャメロットに戻ってから艦隊の再編を行えば、ギリギリ間に合わないはずだ。ロンバルディアから同時侵攻するには今すぐ命令を送らねばならん。少しでも遅れればニコライが何をするか分からぬからな……)
ここダジボーグ星系からロンバルディア星系までは十二パーセク、約三十九光年の距離がある。
超光速通信が存在しない以上、情報通報艦でのリレー方式での通信が最速だが、それでも十二日掛かる。つまり、八月二十四日中に情報が届くということになる。
皇帝は直ちにロンバルディアで指揮を執るストリボーグ藩王ニコライ十五世に命令を送った。
八月二十二日。
リューリク・カラエフ上級大将率いるテーバイ方面艦隊がダジボーグに帰還した。皇帝は自ら出迎え、将兵たちを労った後、三日後に再出撃すると告げる。
「……アルビオンは予想以上にテーバイに艦隊を割いた。これは我が国の攻撃を過剰に恐れたからだ。つまり、自国の安全を優先し、ヤシマの防衛にまで手が回らないことを示している。この機を逃すことなく、ヤシマを奪取するのだ」
カラエフは宙域図を思い浮かべながら、皇帝の考えを反芻する。
(陛下のおっしゃるとおり、アルビオンがヤシマに増援を送る可能性は低い。ロンバルディア艦隊がヤシマに辿りついたとしても十四個艦隊。ダジボーグとロンバルディアから同時に進攻すれば、十五個艦隊と我が国が有利になる。不安があるとすれば各個撃破を狙ってくる可能性だが、練度が低い自由星系国家連合軍が主体なら艦隊が合流するまで守り抜くことは難しくない……後は我が艦隊の疲労だな。作戦開始から既に三ヶ月近い。超光速航行中に休養できるとはいえ、将兵たちの疲労はピークに達している。しかし、このタイミングを逃すことは敵の増強を許すことになる……)
休養を摂ることで敵が増強されるよりは、拙速と言われようが一気に攻め込んだ方が安全だと考え直す。
そのため、カラエフは皇帝に異を唱えなかった。そして、明後日の八月二十四日の作戦開始が決定した。
八月二十四日一八〇〇
ロンバルディア星系に皇帝アレクサンドルの命令が届いた。受け取った藩王ニコライはあまりに余裕のない日程に激怒する。
「八月二十五日の一二〇〇に作戦開始だと! 二十四時間の猶予もないではないか!」
それに対し、彼の部下ティホン・レプス上級大将が追従する。
「まことに! 距離の問題を無視しております。これでは実際に戦う将兵はやっておられません!」
そういうものの事前連絡を受け、既に進攻準備は終えていた。ただ、ニコライの怒りが自分に向かないよう追従したに過ぎない。
そのため、すぐに命令に従うよう勧める。
「遺憾ではございますが、皇帝陛下の命令です。無意味に遅らせれば処罰の対象とされかねません。直ちに作戦を開始いたしましょう」
「うむ。遺憾ではあるが、仕方あるまい」とニコライは鷹揚に頷いた。
しかし、頭の片隅では別のことを考えていた。
(もし、我が艦隊が遅れれば、ダジボーグとスヴァローグの艦隊が標的になる。幸い、シャーリアがこちらを牽制するような動きを見せている。それを理由に意図的に遅らせたら……)
シャーリア法国はアルビオン王国の要請を受け、帝国に何度も警告を送っていた。その中にはストリボーグ星系に進攻するというものや、ロンバルディアに向かうというものまであった。
ニコライはすぐにその誘惑を振り払う。
(この機を逃せばヤシマを手に入れられぬかもしれん。今は大人しいゾンファがいつ食指を伸ばすか分からぬ。今はアレクサンドルに花を持たせ、後で余がすべてを手に入れればよい……)
八月二十五日。ロンバルディア星系の抑えのため、一個艦隊を残し、七個艦隊が発進した。
■■■
九月九日。
ヤシマ星系に緊急情報が飛び交った。
まず、ツクシノ星系の哨戒部隊から帝国艦隊三万五千隻がヤシマに向けて進撃中という通報が入り、更にその数時間後、チェルノボーグ星系からも四万隻の大艦隊が向かっているという悲鳴混じりの連絡が入る。
ヤシマ防衛艦隊総司令官サブロウ・オオサワ大将は各国の司令官にチェルノボーグJPでの迎撃を命じた。
「ロンバルディア連合艦隊及びヤシマ防衛艦隊は事前の合意どおり、アルビオン王国軍キャメロット防衛第二艦隊司令官、ナイジェル・ダウランド大将閣下の指揮下に入っていただきたい。ダウランド閣下、チェルノボーグJPでの迎撃を依頼します……」
オオサワは命令という言葉は使わず、依頼という表現を使い、各国の将兵、特に他国の指揮下に入るヤシマ防衛軍やロンバルディア軍の将兵たちに配慮する。
「了解した。アルビオンの各艦隊が前衛を努める。ロンバルディアおよびヤシマの各艦隊は作戦計画に従い、我が艦隊の側面の防御をお願いしたい」
ダウランドもオオサワと同じように配慮を見せる。
三十時間後、アルビオン艦隊の主力二万二千五百隻は第二艦隊を中心に十字型陣形を作ってチェルノボーグJPに布陣した。
約百光秒後方に補助艦艇七千五百隻を置き、三十光秒の位置に戦闘艦を配置する。
天頂方向から見て左翼側にロンバルディア艦隊二万七千隻、右翼側にヤシマ艦隊一万三千五百隻が配置される。
アルビオン艦隊がやや前方にせり出す形の凸型でチェルノボーグJPの三十光秒離れた場所に展開した。
アデル・ハース大将率いる第九艦隊四千五百隻は主力艦隊の二光秒後方に置かれ、予備兵力とされた。
公式には最終局面で敵の側面から攻撃を仕掛けることにより、勝利を確実なものにするためとなっていたが、実際にはその機動力を生かして不安が残るヤシマやロンバルディアの艦隊を支援することを目的としていた。
タカマガハラ周辺にはオオサワ率いるヤシマ防衛艦隊五千隻とヒンド共和国艦隊一万隻が首都防衛兵力として配置される。
ヤシマ艦隊は新規に編成された艦隊であるため数合わせに過ぎず、総司令官の指揮する艦隊という名目で後方に置かれていた。
ヒンド艦隊は一万隻と少数であることと、既に十五個艦隊という充分な戦力がチェルノボーグJPに展開していることから予備とされた。
実態としては前線で指揮を執るダウランドがこれ以上使いづらい戦力を増やしても困るとオオサワに直談判し、このような配置となった。
九月十一日標準時間〇三〇〇
チェルノボーグJPに帝国艦隊が次々とジャンプアウトしてきた。
その数、約四万隻。うち四千隻が補給艦などの補助艦艇であり、戦闘艦は三万六千隻に達する。
八個艦隊の戦闘艦が弓形を作り、その後方に補助艦艇が配置されていた。
「敵は勝負を掛けてきたようね」とハースが戦闘指揮所で参謀長のセオドア・ロックウェル中将に話しかける。
一般的に敵の支配星系にジャンプアウトする場合、どの方向に敵が配置されているか分からないため、補助艦艇を中心とした球形陣を作ることが多い。この陣形はステルス機雷への対応でも有利だ。
今回、星系中心部に向けて進撃する陣形でジャンプアウトしている。
これにより星系を守る敵に対し即座に対応できるが、もし待ち受ける側がJPを包囲するように配置していた場合は脆弱な後方を晒すことになる。
ハースの予想通り、帝国艦隊でもこの艦隊陣形に反対の声が上がっている。しかし、ダジボーグ艦隊の司令官ユーリ・メトネル上級大将が余裕の笑みを浮かべて説得した。
「待ち伏せは考慮すべきだが、敵はしょせん烏合の衆。艦隊同士の連携などできぬ状況では、我らとロンバルディア方面艦隊との合流を防ぐために主星側に展開せざるを得ない」
ジャンプアウトと共に帝国艦隊が攻撃を開始する。
待ち受ける側は光速の制限を受けるため、視認と同時に攻撃を受けることになり、奇襲効果が期待できるためだ。
突出する形のアルビオン艦隊本隊に何本もの陽電子の矢が突き刺さる。
アルビオン戦艦の防御スクリーンが高エネルギー粒子を受けとめ、漆黒の宇宙を激しく照らす。
その眩い光の中に一際巨大な光の花が広がった。
運悪く集中的に攻撃を受けた戦艦が爆発してできた死の花だ。
アルビオン側も無為に待機していたわけではない。
防御力の高い戦艦を前方に配し、回避機動も行われていた。しかし、二千隻近い数の戦艦が放つ砲撃に、無傷で乗り切ることは不可能だった。
ジャンプアウト直後こそ一方的に攻撃を行えた帝国艦隊だが、すぐに強力な反撃を受ける。
濃密なステルス機雷が次々に襲い掛かったのだ。
最大五万隻の艦隊に対抗できるよう膨大な数の機雷が設置されていた。
また、精密機器に定評があるヤシマ製のステルスミサイルは優秀で、帝国艦隊の対宙レーザー網を次々と突破していく。
それに加え、帝国艦隊を視認したアルビオン艦隊から猛烈な反撃が行われた。主砲に加え、ステルスミサイルも発射され、帝国艦隊では百隻単位で爆発が起きていく。
「一方的ですね。これでは我々の出番はないかもしれません」と副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将が笑みを浮かべる。
首席参謀のレオノーラ・リンステッド大佐以下の参謀たちも同じように楽観していた。
「油断は禁物よ。特に連携訓練すらできていない艦隊では何が起きるか分からないわ」
ハースはそう言って戒めるが、リンステッドは冷笑を浮かべて、「この状況で逆転できるはずはないわ」と呟く。
「ロンバルディア艦隊の一部が前進します!」という情報参謀の声が響く。メインスクリーンに映された艦隊のアイコンのうち、左翼側の一部が徐々にせり出していく。
「グリフィーニ提督の言うことも聞けないの!」とハースは呆れるが、すぐに艦隊に対応できるよう命令を発した。
「左舷三十度、上下角プラス五度、ロンバルディア艦隊の更に左翼に向かえるよう準備を!」
その命令に艦隊の各艦が反応する。
当然旗艦であるインヴィンシブル89号も同様だ。
艦長であるクリフォードは指揮官席から冷静な口調で命令を発した。
「左舷三十度、上下角プラス五度。速度〇・〇一光速に保て。回避パターンB。手動回避継続……」
メインスクリーンの風景が僅かに流れるが、慣性制御が効いた艦内では針路変更を感じることはない。
更にクリフォードの命令が続く。
「パワープラントの出力八十パーセントを維持。質量-熱量変換装置の残量には常に注意を払え。戦術士、主砲及びスペクターミサイルの発射準備! 緊急対策所、いつでも対応できるよう準備せよ!」
その命令にCIC要員から「了解しました、艦長!」という了解と、命令を復唱する声が響く。
CICがにわかに慌しくなるが、プロフェッショナルらしい落ち着きは損なわれていない。
その間にロンバルディア艦隊の一部が戦闘に突入した。
すべての戦闘艦から主砲が放たれていた。さまざまな高速粒子が星間物質と反応し、宇宙空間に美しい色の光の柱を作っていく。
しかし、最前衛こそ十五光秒にまで近づいたが、まだ後方の艦は射程に達していないものがほとんどだった。
最大射程十五光秒程度の軽巡航艦、更には最大射程十光秒以下の駆逐艦からも主砲が放たれており、その勇壮な見た目に反し、ほとんどが拡散し効果を発揮していない。
ロンバルディア艦隊は単にエネルギーを浪費しているだけだった。
そんな中、ロンバルディア艦隊の総司令官ファヴィオ・グリフィーニ提督は突出する味方の艦隊を引き戻そうと声を荒げて命令していた。
「命令に従え! 左翼に広がりすぎるな!」
その命令がインヴィンシブルのCICにも流れている。
「これは不味いわね。ダウランド提督からの指示はまだかしら」
ハースはそう言って参謀たちに確認する。その直後、作戦参謀が「総司令部より通信です!」とやや興奮した口調で告げる。
すぐに司令官用コンソールにダウランドの姿が映る。
「このままでは左翼が崩れる。すまないが左翼から敵の側面を突いてもらえないか」
「了解です。三十分いただければ敵の右翼を崩してみせます」
「頼む。こちらも右翼側から半包囲を狙っているよう見せかける」
それだけ言うと、ダウランドの姿は消えた。
「聞いたとおりよ。ロンバルディア艦隊を迂回して敵の右翼に攻撃を加えるわ」と言い、更に、
「全艦、旗艦に続きなさい!」と力強く命じた。
クリフォードはその命令を聞き、即座に加速を命じた。
「通常航行機関出力最大。第一巡航戦艦戦隊の先頭に立て。敵ミサイルへの警戒を怠るな!」
最精鋭である第一巡航戦艦戦隊を率いる形で加速していく。
本来防御力に不安がある巡航戦艦が旗艦の場合、敵の集中砲火を受けないよう比較的後方で指揮を執ることが多い。
しかし、ハースは最前線で指揮を執ることに拘った。
クリフォードだけでなく、参謀長らからも最前線に立たないよう再三にわたって上申しているが、ハースは頑として方針を変えなかった。
「秩序だった艦隊戦だけならそれでもいいわ。でも大規模な艦隊戦の場合は指揮命令系統がズタズタになることが多いのよ。ジュンツェン星系会戦でもそうだったわ。だから、旗艦が範を示せる最前線が合理的なの」
「しかし、旗艦が早期に沈められた場合は艦隊にとって大きなダメージとなります」とロックウェルが反対すると、
「普通、最前線に旗艦がいるとは思わないわ。通信も分散しているのだし、後方の艦を狙うはずよ」
旗艦機能を持つ巡航戦艦はインヴィンシブル級だけで、帝国もそのことを理解しており、旗艦を潰すように狙ってくる。
しかし、標準型巡航戦艦のレナウン級、攻撃力特化型のアドミラル級と特徴が酷似しているため、通信の多寡で判断することが多い。そのため、別の艦を経由して全艦に命令を発信することで敵の目を誤魔化すことは可能だった。
また、艦隊旗艦が最前線に立つことは常識的には考えられず、その思い込みも利用している。
「それにこの艦は艦隊一の巡航戦艦だと思っているの。だから私は安心して前線で指揮を執れるのよ」
旗艦への信頼を言われるとクリフォードも反対しにくく、艦の安全をいかに守るかに腐心する方が建設的だと考えるようになった。
第九艦隊は旗艦を含む巡航戦艦を先頭にした紡錘陣形を組み、ロンバルディア艦隊の後方に向かう。
突出したロンバルディア艦隊だが、その数は一万隻に達し、同艦隊の三分の一を超えていた。
彼らは帝国艦隊の数が少ないこと、ステルス機雷が思った以上に効果を発揮したことなどから勝利は確実と思いこんだ。そしてその楽観的な考えは祖国を取り戻すという高揚感に繋がる。
その高揚感に酔った部隊は戦術も何もない破壊衝動に従った機動を繰り返し、艦隊陣形は更に崩れていった。当然このような状況では指揮命令系統も機能しない。
「帝国の餓狼どもを駆逐せよ!」
「祖国解放のために! ロンバルディア万歳!」
勇ましい通信が飛び交う。しかし、派手な砲撃の割に戦果はほとんど上がっていない。そして、そのことにすら気づいていない指揮官が多かった。
また、帝国軍の巧みな後退に、グリフィーニ指揮する本隊との間に間隙が生まれ始めていた。
これ以上無駄に前進すると完全に切り離されて殲滅されるだけでなく、左翼側の戦線が崩壊し、敗北の可能性すらあった。
ダウランドは第九艦隊の迂回戦術を待つことなく、麾下の艦隊に突撃を命じた。
「全艦突撃! 一気に踏み潰せ!」
普段の彼は参謀型の知将であったが、この時ばかりは“蛮族王”と呼ばれた前司令長官サクストン提督や“疾風”と呼ばれるエルフィンストーン提督を彷彿とさせる苛烈な指揮を執った。
六万五千隻を超える戦闘艦が一斉に前進する。
その姿に歴戦の帝国軍人も冷静さを保つことは難しかった。総司令官のリューリク・カラエフ上級大将は敵左翼を切り離す方針を諦め、防御に徹するよう指示を出す。その額には冷や汗が浮かび、全滅をどう防ぐかを必死に考えていた。
その時、ダジボーグ艦隊を指揮するユーリ・メトネル上級大将から通信が入る。
「我が方の右翼を後退させつつ、敵右翼のヤシマ艦隊に攻撃を集中させましょう。恐らく、これで敵の動きは止まるはずです」
リューリクはその策の意図を瞬時に理解する。
暴走する敵左翼は組織だった攻撃を行えていない。帝国軍の右翼を下げることで敵は中央と左翼に間隙を広げないためにアルビオン艦隊を前に出さざるを得ない。
ここで右翼のヤシマ艦隊に攻撃を集中させれば、アルビオン艦隊はそのフォローも必要となる。アルビオン艦隊に左右両方の“お守り”をさせることで、最も危険な中央部の圧力を軽減しようという作戦だった。
「敵右翼への攻撃は貴官にお任せする。我がスヴァローグ艦隊は敵の圧力を軽減させることに注力する」
そう返信すると、すぐに艦隊右翼を下げさせる。
暴走するロンバルディア艦隊はその動きに勝利を確信し、更に前進しようとした。しかし、艦隊の指揮命令系統が崩壊していることから、味方の艦同士で邪魔をしあい、きれいな旋回円を描けない。
その結果、無為に前進し脆弱な側面を晒すことになってしまった。そこにカラエフ率いるスヴァローグ艦隊が砲撃を叩き込んだ。
暴走していた将兵たちはその攻撃で一気に現実に引き戻された。
千隻規模で艦が沈んでいく。
「助けてくれ!」、「救助を求む!」などという平文通信が飛び交った。
アルビオン艦隊はロンバルディア艦隊の盾となるように間隙に入り込もうとした。更に秩序だった動きで帝国軍に損害を与えていく。
しかし、それ以上前進することはできなかった。
メトネル率いるダジボーグ艦隊がヤシマ艦隊に襲い掛かったためだ。
ダジボーグ艦隊は三個艦隊、ヤシマ艦隊と同数だ。
しかし、四十五歳という若さで皇帝アレクサンドル二十二世からダジボーグ艦隊を任せられたメトネルは圧倒的な力の差を見せ、ヤシマ艦隊を葬っていく。
彼の戦術は単純明快かつ苛烈だった。
あえて防御の最も堅いポイントに砲火を集中する。これにより、敵の戦意ごと戦力を削り取っていくのだ。
四年前のゾンファによる侵略により、極端に熟練者が少ないヤシマ防衛軍の将兵はその苛烈な攻撃に成す術がなかった。
唯一の救いは距離が開いていることと、未だにステルス機雷による攻撃が続いており、ダジボーグ艦隊も自由に動けないことだ。もし、自由に動かれていたら、ヤシマ艦隊を葬った後、アルビオン艦隊の後方に回りこみ、局地的な勝利だけではなく全体勝利すらものにできたかもしれない。
ダウランドは舌打ちしたくなるが、それを無理やり押さえ込むと、二個艦隊を派遣して右翼側の戦線を支えるしかなかった。
チェルノボーグJP会戦の第一幕は帝国側が主導権を握って進んだ。ヤシマ防衛側は僅か三十分の戦闘で三千隻近い数の戦闘艦を失った。一方の帝国艦隊もほぼ同数の艦を失ったが、倍近い戦力と濃密なステルス機雷原という不利な条件を考えれば思った以上に善戦しているといえた。




