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第十四話

 宇宙暦(SE)四五二二年七月二十三日標準時間〇二三〇


 アデル・ハース大将率いる第九艦隊は第四、第五艦隊と共にスパルタン星系側ジャンプポイント(JP)超光速航行(FTL)に入る準備を完了させ、待機していた。


 キャメロットJPから現れた情報通報艦からの情報が入る。

 ハースやクリフォード・コリングウッド大佐が予想した通り、キャメロットの統合作戦本部は総司令官であるジークフリート・エルフィンストーン大将の判断を尊重するという訓令だけを送ってきた。

 エルフィンストーンは即座に待機している三個艦隊にスパルタン星系に向かうよう命じる。


「第四、第五、第九艦隊は直ちにスパルタン星系に移動せよ。新たな命令が届くまで補給及び整備を行い、当該星系にて待機すること……」


 三時間後、命令を受け取った三個艦隊は次々と超空間に突入していく。

 エルフィンストーンが指揮する第一艦隊は第八艦隊を従え、キャメロット星系に向けて出発した。

 更に二日後、アラビスJPに機雷を再敷設し終えた第十一、第十二艦隊もキャメロットに向かった。



 七月二十九日。

 エルフィンストーンはキャメロット星系に帰還した。二個艦隊しかいないことに統合作戦本部は訝しむが、すぐにエルフィンストーンからの通信が入る。


「……スヴァローグ帝国軍はテーバイ星系より撤退。テーバイ星系防衛作戦は成功した……第四、第五、第九艦隊を(きた)るべきヤシマ防衛作戦に投入するため、スパルタン星系に移動させ、当地にて補給と整備の実施を命じた……」


 その通信に統合作戦本部副本部長のマクシミリアン・ギーソン大将は首を傾げ、作戦部長であるルシアンナ・ゴールドスミス少将に疑問を投げかける。


「エルフィンストーン提督はああ言っているが、真なのだろうか」


「スヴァローグ帝国艦隊が撤退したことは間違いないでしょう。ただ、その事実をもってテーバイ星系防衛に成功したとするのは早計ではないかと。帝国の再侵攻がないとも限りませんから」


「では、エルフィンストーン提督は作戦を無視して、独断で戦場を離れたということになるのか?」


「そうとも言い切れません。先に送った命令は、テーバイ防衛作戦は現地司令部の判断を尊重するというものです。総司令官であるエルフィンストーン提督がそう判断されたのであれば、作戦を無視したことにはなりません」


 そう言いながらもゴールドスミスは苦々しい思いを抱いていた。


(これはハース提督の入れ知恵ね。総参謀長には強く言い含めておいたのだけど、押し切られたと言ったところかしら。やはり防衛艦隊司令部はヤシマ防衛で派手な戦果を上げたいと思っているようね。ヤシマに入れ込み過ぎることが危険だとどうして分からないのかしら……)


 ゴールドスミスはヤシマ防衛に多くの艦隊を送り込むことに反対だった。それは費用(コスト)が掛かり過ぎるためだ。


 アルビオン王国軍の一個艦隊は約五千隻。その運用には六十万人強の将兵が必要だ。三個艦隊なら二百万人弱、大都市の人口に匹敵する人員を数ヶ月に渡って派遣する必要がある。食糧や燃料は現地で調達できるとしても、それだけの艦と人員を維持するためには莫大な費用と兵站に大きな負荷が掛かる。


 現在派遣している三個艦隊はヤシマ政府が駐留費用を負担しているが、新たに送り込む艦隊はアルビオン側の負担となり、王国の財政を圧迫させることになる。


 ハースたちが懸念するスヴァローグ帝国の自由星系国家連合(FSU)への侵略は、現在可能性に過ぎない。

 ゴールドスミスは狡猾な皇帝アレクサンドル二十二世の性格を考え、アルビオン及び自由星系国家連合(FSU)の国力にダメージを与える策である可能性が高いと考えていた。


(あの狡猾な皇帝なら、こちらに疑心暗鬼を生むような策を弄してくるはず。ブラフでこちらを疲弊させ、タイミングを見て侵略に移る方が確実だから。最初から侵攻するような手を打つはずはないわ……)


 ゴールドスミスのこの考えは統合作戦本部や軍務省内で支持されている。

 しかし、合理的ではあるが、あくまで“軍事”という枠の中の話だ。帝国内の権力争いの状況など政略を含めて考えれば、悠長な策を弄する余裕はないことは想像できる。

 これがゴールドスミスの戦略家としての限界だった。



 二十二時間後、エルフィンストーンは第三惑星ランスロットに降り立った。そして、休む間もなく、統合作戦本部の前線本部に向かう。ヤシマ防衛のための協議を行うためだ。

 事前に連絡を入れていたため、統合作戦本部には既に主要なメンバーが揃っていた。


 キャメロット星系での制服組ナンバーワンであるギーソンと戦略を検討する作戦部のゴールドスミスはもちろん、駐留する艦隊司令官、艦隊参謀本部の主要な参謀などがテーブルについていた。

 更に軍政を司る軍務省からも出席者がいたが、そこには長官に当たる軍務卿エマニュエル・コパーウィートの姿があった。


 彼がキャメロットにいるのは偶然だった。ノースブルック内閣で軍務卿になった後、引き継ぎや議会対応などでアルビオン星系を離れることができず、半年経ってようやく余裕ができたため、キャメロット星系を訪問したところだった。


 ギーソンが会議の開始を宣言すると、ゴールドスミスが現状について説明を行っていく。彼女の説明では帝国艦隊の自由星系国家連合(FSU)への侵攻作戦は確認されておらず、現状ではヤシマへの追加派遣は不要であると断言した。


「……ヤシマ政府からの要請なく艦隊を派遣すれば、その費用は我が国が負担しなければなりません。ご存知の通り、艦隊の派遣には膨大な費用が掛かります。この辺りのことは軍務省から説明していただきますが、作戦部としましては現状で充分であると判断しております」


 エルフィンストーンはそれに反論する。


「ヤシマからの要請を受けてからでは遅すぎるのではないか? 知っての通りキャメロットからヤシマまでは二十二パーセク(約七十二光年)もある。最速で艦隊を派遣したとして、一ヶ月は掛かるのだ。その間に帝国が侵攻すれば自由星系国家連合(FSU)軍では対抗しきれず、ヤシマおよびロンバルディアを帝国が領有してしまうことになる」


自由星系国家連合(FSU)軍では対抗できないとのことですが、我が国の艦隊が三個艦隊駐留しております。また、ヤシマには四個艦隊があり、それに加えヒンド共和国から二個艦隊程度はすぐに応援に駆け付けられますから、九個艦隊四万五千隻もの大兵力で迎え撃てるのです。帝国が動員できる艦隊は八個しかありません。充分過ぎると思うのですが」


 ゴールドスミスの楽観論にエルフィンストーンは噛みつく。


「帝国が八個艦隊しか動員できないと決めつけられるのか!」と言ってテーブルをドンと叩く。更に強い口調で話を続ける。


「確かにダジボーグに十三個艦隊が集結したという情報だった。だが、その後に増援がないと断言できるのか! もし、帝国が時間差を付けて艦隊を動かしていたら、ロンバルディアとヤシマを守りきることはできん! 帝国がヤシマの工業技術とロンバルディアの食糧生産能力を得たならば、パワーバランスは一気に崩れる。その程度のことを理解していないのか!」


 エルフィンストーンの言葉にゴールドスミスは平然とした表情で反論する。


「では、ヤシマに増援を送るとして、どれだけの期間駐留させるのでしょうか? 補給計画すらない現状で、闇雲に艦隊を派遣するリスクはどうお考えなのですか?」


「それを考えるのが統合作戦本部と軍務省の仕事だろう! 今は一刻の猶予もないのだ! 今この瞬間にも帝国が侵略を行っているかもしれんのだからな!」


「それを言うのでしたら、我が国を疲弊させようとする策の可能性も考えられます。もし、帝国の侵攻作戦が行われなかった場合、王国は大きな損害を受けるのです」


「確かにリスクはあるが、ヤシマを失うリスクに比べれば小さなものと言わざるを得ぬ」


 ゴールドスミスが更に反論しようとしたが、コパーウィートがそれを遮る。


「エルフィンストーン提督の懸念はよく分かる。統合作戦本部の懸念も同様だ」


 そう言って両者の間に入った後、更に自らの考えを話していく。


「軍務省として言わせてもらえば、既に大きな予算超過となっており、私としても懸念を抱かずにはいられぬ……」


 その言葉にゴールドスミスが満面の笑みを浮かべて大きく頷く。一方のエルフィンストーンは顔を赤くし、声を上げようとした。しかし、コパーウィートは片手を上げることでそれを制し、話を続けていく。


「しかし、それは軍務省という組織として考えた場合だ。私は軍務卿だが、アルビオン王国の国民でもある。国家の存亡に関わるのであれば、おのずと異なる判断となる」


 視野が狭いと非難するかのように、ゴールドスミスに視線を送る。更に全員を見回した後、


「エルフィンストーン提督の英断のお陰で三個艦隊はすぐに派遣できる状態だ。私としては直ちにヤシマに向けて移動を開始するよう指示を出すべきだと思う。ギーソン副本部長、あなたの考えはいかがか」


 コパーウィートはゴールドスミスではなく、その上司であるギーソンに意見を求めた。ギーソンが政府の要人でもある自分に反対することはないと考えた上で。


「小官も軍務卿閣下の考えに賛成です。少なくとも三個艦隊は直ちに派遣すべきでしょう」


 コパーウィートは鷹揚に頷き、


「では、更なる艦隊の派遣についてはどうすべきか議論を進めましょう。防衛艦隊の考えはいかがか」


 そう言ってエルフィンストーンに意見を求める。三個艦隊の派遣が認められたことで落ち着きを取り戻しており、冷静な口調で予め考えてあった主張を行う。


「艦隊としては少なくともあと二個艦隊、でき得るなら四個艦隊を派遣すべきと考えます」


 それに対し、ゴールドスミスが手を上げる。コパーウィートが発言を許可すると、


「更に四個艦隊を派遣すればキャメロットの守りが薄くなりすぎます。テーバイ星系に侵攻してきた帝国艦隊が本当に撤退したのか確認できない状況でキャメロットの守りを薄くすることは大きなリスクを負うことになると考えます」


「四個艦隊を派遣したとして、キャメロットには四個艦隊が残る。敵が五個艦隊であれば、要塞もあることだし充分に対応できるのではないかね」


 コパーウィートがそう言うと、エルフィンストーンは大きく頷く。


「戦力の集中は戦略の基本。ヤシマが主戦場となるならできる限り多くの艦隊を送ることが勝利への近道である」


 それに対し、ギーソンが反対する。


「五個艦隊が近くにいる状況で本国の守りを薄くすることは国民や議会の理解を得られぬのではありませんかな」


「では、二個艦隊であればどうか」とコパーウィートが妥協案を提示した。


「それであれば国民や議会も納得するでしょう。ただ、帝国の動きが不明な状況でこれ以上の派遣はいささか拙速すぎるかと。先に派遣する三個艦隊の補給体制を確立することを優先し、追加の二個艦隊は準備を行いつつ、ヤシマ方面からの情報を待って動かしてはどうでしょうか」


 ギーソンが更に妥協案を示す。

 コパーウィートはこれ以上の対立は好ましくないと、エルフィンストーンに妥協を求めた。


「副本部長の案は現実的だと思う。提督、この辺りで納得してはいかがですかな」


 エルフィンストーンは不満げな表情を浮かべていたが、最低限の成果が得られたとして妥協することにした。


「了解です。ですが、追加派遣部隊の指揮を私が執ることだけは認めていただきたい」


 ギーソンはそれに小さく頷き、会議は終了した。


 ゴールドスミスは会議室に最後まで残り、コパーウィートにしてやられたことに腹を立てていた。


(本当に忌々しいわ……まあいいわ。帝国がどのタイミングで動くかで私の評価が変わる。遅ければ遅いほど私の読みが当たっていたということになるのだから……)


 彼女はそう考えたが、それはすぐに否定されることになった。

 八月八日、キャメロット星系にロンバルディア連合降伏の情報が届いたためだ。


■■■


 八月二日。

 スパルタン星系に待機している三個艦隊にロンバルディア陥落の報が届いた。

 ハースはその報を受け、トリビューン星系側JPに移動することを第四艦隊ブレット・バロウズ大将、第五艦隊のダンスタン・フェルトン大将に提案した。そして、それは即座に了承される。


 八月六日。

 スパルタン星系にキャメロットを発した情報通報艦がジャンプアウトした。

 情報通報艦からは防衛艦隊司令長官名で発せられたヤシマ星系への移動命令が送られる。

 ヤシマ側に当たるトリビューン星系側JPに待機していた三個艦隊は直ちに超光速航行に移行した。


 八月二十九日。

 第四、第五、第九艦隊はヤシマ星系に無事到着した。

挿絵(By みてみん)


 ヤシマ星系唯一の居住惑星タカマガハラ周辺には多くの艦隊が集結していた。その数はヤシマ防衛艦隊が約二万、アルビオン王国艦隊が約一万五千、ヒンド共和国艦隊が約一万、更に祖国から脱出してきたロンバルディア連合防衛艦隊約三万隻の計七万五千隻、十五個艦隊という途方もない数だ。

 そこに更に三個艦隊一万五千隻が加わるため、九万隻、十八個艦隊という史上空前の数の戦闘艦が集うことになった。


「数字では分かっていても凄いものですね」と戦闘指揮所(CIC)の指揮官シートに座るクリフォードが後方に座るハースに話しかける。


「本当にそうね。でも、この光景に騙されてはいけないわ。実戦で実力を出せるのはアルビオンだけだと思っておくべきよ。そのことを皆が分かってくれていればいいのだけど」


 ハースの懸念は自由星系国家連合(FSU)の司令官たちの反応だった。これだけの艦隊があれば、スヴァローグ帝国を力でねじ伏せられると考えることを恐れたのだ。


 更に後方にある参謀席に座るレオノーラ・リンステッド大佐はハースの言葉に反論する。


「充分過ぎる戦力ではありませんか? 祖国の解放を願うロンバルディアの士気は高いでしょうし、ヤシマも敗戦の屈辱を忘れていないでしょうから」


「そうね。でも、好戦的になったからと言ってそれで強くなれるわけじゃないわ。どの程度集団での機動が可能か確認するまでは、単に数が多いだけと思っていた方がいいということ」


 リンステッドは慎重すぎるハースに呆れるものの、それ以上は何も言わなかった。


 新たに到着した三個艦隊はアルビオンのヤシマ派遣艦隊に合流する。

 すぐに各司令官による会議が行われ、戦略のすり合わせが行われた。


 派遣艦隊の総司令官、第二艦隊司令官ナイジェル・ダウランド大将は五人の提督に現状を説明した後、基本的な戦略について語っていく。


「これまでの協議で決められたことは、ヤシマの防衛とロンバルディアの奪還である。現状ではロンバルディア奪還よりヤシマ防衛を優先すべきであり、ヤシマで帝国に大きな損害を与えた後、ロンバルディア解放に向かう。そのため、ツクシノJPに可能な限り艦隊を配して敵を迎え撃つ……」


 ロンバルディアにある帝国艦隊は八個。そのすべてが侵攻してきたとしても倍以上の艦隊で迎え撃つことができるため、大きな損害を与えることができる。

 但し、ツクシノJPにはほとんど機雷が敷設されておらず、艦隊数以外に優位性はない。


「……以上が基本戦略だが、疑問や意見があれば伺おう」


 その言葉にハースが挙手をする。ダウランドが発言を認めると、落ち着いた口調で反対意見を言い始めた。


「ヤシマ防衛を優先することは問題ありませんが、ロンバルディア解放のためにツクシノJPに艦隊を配置することには反対します」


「それはなぜかね」


「ダジボーグ側のチェルノボーグJPは濃密なステルス機雷原があり、戦術的にも有利です。また、チェルノボーグJPには建設中の要塞があり、防衛用の艦隊を置かなかった場合、破壊される恐れがあります」


 チェルノボーグJPには建設中の大型要塞があった。これはゾンファ共和国に占領された後、星系防衛を強化するために急遽作られることになったもので、完成までにはまだ二年以上掛かると見られている。現状では動力炉が稼動し防御スクリーンは展開できるものの、一個艦隊でも容易に破壊できる状況だった。


「更にダジボーグから来るであろう艦隊はテーバイ星系まで進出したスヴァローグ艦隊か、スヴァローグ星系から移動してきた艦隊です。長期間の移動で疲労している可能性があることから、この点も有利に働き、我が方の損害はそれだけ少なくできます」


「しかし、それでは敵艦隊に損害を与えてもロンバルディアの解放に繋がらないのではないか」


「いいえ。仮にロンバルディア側から来る帝国艦隊に損害を与えてもロンバルディアの解放は難しいと思います。劣勢であれば住民の命を盾に撤退を迫ってくるでしょうから」


「なるほど。ダジボーグ側の帝国艦隊に損害を与え、そのまま逆侵攻する。そうなればロンバルディアにいる帝国艦隊はダジボーグに引き返さざるを得ない。そういうことかな」


「その通りです。但し、もう一つの効果も考えております」


「もう一つの効果とは?」


「ロンバルディアにいるのはストリボーグ艦隊が主力です。ストリボーグ艦隊ではなく、スヴァローグ、ダジボーグの艦隊にダメージを与えれば、藩王ニコライと皇帝アレクサンドルの間にくさびを打ち込むことが可能となります」


「なるほど。そこまで考えていたとは。さすがは“賢者ドルイダス”殿だ」とダウランドが笑う。


「これは私ではなく、私の艦長が考えたことですけど」とハースも微笑み返す。


「あの“崖っぷち(クリフエッジ)”の坊やが? 豪胆な子だと思っていたけど、そんなことも考えられるのね」と第六艦隊司令官のジャスティーナ・ユーイング大将が独特の鼻に掛かった声で驚く。


「彼は戦略家としても優秀ですよ」というが、すぐに話題を戦略に戻す。


「現在、ゾンファ共和国は艦隊の再建中ですが、いつ牙を剥かないとも限りません。ですので、帝国には再び内戦状態に戻ってもらうのが、我が国にとって最もよい状況なのです」


 その言葉にダウランドが苦言を呈する。


「確かにそうだが、対帝国戦略は国防会議と宙軍委員会が決めることだ。制服組の統合作戦本部が素案を作るとはいえ、現地の軍人が決めていい話ではない」


 アルビオン王国では首相が議長を務める「国防会議」が国防政策を決定する。国防会議の下部組織として軍務卿が委員長となる「宙軍委員会スペースフォース・ボード」がある。統合作戦本部で作られた素案を、宙軍委員会で承認するのが一般的だ。


「もちろん理解しています。ですが、キャメロットはともかく、アルビオンは遠すぎます。帝国に最もダメージを与える方法を採用するべきでしょう」


 ハースの言葉にダウランドは頷き、


「私としてはハース提督の作戦案が合理的だと思う。貴官らの意見を聞きたい」


「ツクシノJPとチェルノボーグJPに敵が現れた場合、どちらか一方のみを迎撃すれば、タカマガハラが攻略されるのではないか」


 バロウズが眠そうな目でそう指摘する。


 チェルノボーグJPとツクシノJPの距離は約百八十光分。第三惑星タカマガハラとチェルノボーグJPとの距離は百五十光分、ツクシノJPとの距離もほぼ同じだ。

 チェルノボーグJPまたはツクシノJPからタカマガハラまでは加減速を含め、最大巡航速度の〇・二光速()で約十三時間掛かる。


 これに情報が届く時間が加味されるため、ツクシノJPに敵艦隊がジャンプアウトしたことを確認し、チェルノボーグJPからタカマガハラに向かうには最短で十六時間掛かることになる。これにチェルノボーグJPでジャンプアウトしてきた敵を排除する時間を加えると、首都星タカマガハラが先に陥落するのではないかという指摘だった。


「チェルノボーグJPでの戦いの結果は数時間後に知ることになります。圧倒的に戦力が劣る状況で星系深くに侵攻するとは考えにくいのではないかと。それにタカマガハラ周辺には軍事衛星群があります。これに三個艦隊が加われば、ある程度の抑止力になるのではないかと考えます」


 ハースの答えにバロウズは小さく頷く。彼自身同じことを考えており、一応注意喚起を行ったに過ぎない。


「帝国が戦力を集中する可能性はどうかしら? 例えばロンバルディアの戦力をダジボーグに移すとか」とユーイングが発言する。


「その可能性も低いと思います。一度手に入れた星系をみすみす放棄することになりますから、政治的に難しいと考えます」


「でも君主である皇帝が決めたらできるのではなくて? ヤシマを抑えてから改めてロンバルディアを占領し直せばいいだけだから」


「それでは皇帝自らが自らの戦略が間違っていたことを認めることになります。藩王ニコライがいなければ可能だったかもしれませんが、彼に付け入る隙を与えることを皇帝はしないでしょう」


「なら、逆の場合は? ダジボーグではなく、ロンバルディアに戦力を集中させれば放棄しなくてもよいのだから」


「その場合も可能性は低いと思います。皇帝は自らの戦力を藩王ニコライに貸すことはしないでしょう。すり潰されてしまうかもしれませんから。それに王国艦隊が増強されているとは予想していないでしょう。常識的に考えれば、ロンバルディア占領の情報を受け取ってから艦隊を派遣するのですから」


 ハースの考えに全員が頷く。


「では、この戦略で問題ないということでよいかな」


 ダウランドがそう言って四人の提督を順に見ていく。

 最初に第三艦隊のヴェロニカ・ドレイク提督が「賛成」といってニヤリと笑い、


「その方が面白そうだからね」と“海賊の女首領(パイレートクイーン)”というあだ名どおりの豪快な笑みを浮かべる。


 次に第四艦隊のブレット・バロウズ提督に視線を送った。バロウズは肥満気味の体躯を揺らし、眠そうに見える細い目でダウランドを見た後、「異論はありません」とだけ答えた。

 第五艦隊のダンスタン・フェルトン提督、第六艦隊のユーイングと続くが、二人とも異論はなく、ハースの案は承認された。


「では、次の議題だが、ここにいる艦隊の指揮権についてだ。我がアルビオン王国軍が指揮権を持てればよいのだが、ここは自由星系国家連合フリースターズ・ユニオンの支配宙域だ。我らはあくまで援軍であり、総指揮官はヤシマのオオサワ提督か、ロンバルディアのグリフィーニ提督のいずれかになるだろう。私としてはオオサワ提督が望ましいと思うが、意見を聞かせてもらいたい」


 四ヶ国十八個もの艦隊が集まっており、指揮命令系統の統一が急務であった。ダウランドはヤシマ防衛艦隊の司令官サブロウ・オオサワ大将を推したが、最大の艦隊を有するロンバルディアのファヴィオ・グリフィーニ大将を推す声もあった。


「貴官でよいのではないか?」とフェルトンが発言する。


「小官もそう思うね。アルビオンは六個艦隊を派遣しているんだ。最大ってことなら同じだ」とドレイクも賛同する。


 それに対し、ダウランドは小さく首を横に振る。


「確かにそうなのだが、防衛施設の指揮権まで考えればヤシマのオオサワ提督が指揮を執るべきだろう」


「オオサワ提督の能力が分からないので何とも言えないのですが」と断った上で、ハースが発言する。


「オオサワ提督にはタカマガハラ付近で全体指揮を執っていただき、チェルノボーグJPでの前線指揮はダウランド提督が執られてはどうでしょうか? 通信に二時間半もの時間が掛かりますから、実質的には前線指揮官が主導できます。それにロンバルディアのグリフィーニ提督は信頼に値する軍人ですが、他のロンバルディア軍人が同じとは言い切れません。もちろん、ヤシマやヒンドの軍人もですが」


 他の提督たちも他国に指揮権を与えることに不安を感じているようで、ハースの案に賛同する。


「ならば、オオサワ提督に提案してみよう」


 その後、各国艦隊との合同訓練や補給などについても協議を行っていく。すべての議題を終え、ハースは旗艦インヴィンシブル89に戻った。


 その後、全体指揮をオオサワが、前線指揮をダウランドが執ることが正式に決まったという連絡が入る。

 ロンバルディアから反対の意見が出たそうだが、グリフィーニがそれを抑え、更にオオサワらヤシマ側の将官が実戦経験豊かなアルビオン王国軍が前線指揮を執るべきと主張したことから大きな問題とはならなかった。

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本シリーズの合本版です。
(仮)アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)
内容に大きな差はありませんが、読みやすくなっています。また、第六部以降はこちらに投稿予定です。
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