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第十三話

 宇宙暦(SE)四五二二年七月二十日標準時間二〇三〇


 テーバイ星系のアラビス星系ジャンプポイント(JP)にスヴァローグ帝国の艦隊が現れた。情報通報艦からの情報通り、敵艦隊の数は五、艦数は約二万五千隻で、アルビオン艦隊の七個、三万五千隻に劣る。

挿絵(By みてみん)


 アルビオン艦隊はアラビスJPから九十光分の位置にあり、現状の速度、最大戦速である〇・二(光速)でも減速時間を含めれば八時間以上掛かる。


 アルビオン艦隊の総司令官、ジークフリート・エルフィンストーン大将は現状の速度を維持したまま、アラビスJPに向かうよう命令を発した。


「全艦隊で攻撃を行う。目標はアラビスJP。ついては艦隊編成等について協議を行うため、七月二十一日〇一〇〇に作戦会議を実施する。それまでは現状を維持すること。以上」


 アラビスJPに現れた帝国艦隊はステルス機雷の排除作業を行った。二時間ほどで掃宙を終えると、日付が変わったところでアラビス星系に撤退した。


「予想通りね」と戦闘指揮所(CIC)の司令官シートに座る第九艦隊司令官アデル・ハース大将が呟く。


「この後の作戦会議ですが、どのような作戦が提示されると思いますか」と参謀長のセオドア・ロックウェル中将が質問する。


「どうでしょう。エルフィンストーン提督なら即座に追撃と命じられる気はしますけど……副参謀長の考えは?」


 小首を傾げるような仕草で副参謀長アルフォンス・ビュイック少将に話を振る。

 ビュイックは「そうですね」といつも通りの柔らかな表情でいうと、


「エルフィンストーン提督は即断即決される方ですが、猪突されることはほとんどありませんでした。今回も艦隊の再編後に追撃を命じられると思います」


「艦隊の再編? 具体的にはどういうことを考えているのかしら?」


「恐らくですが、戦闘艦と補助艦艇を分離し、戦闘艦のみでの追撃をお命じになると思います。JP付近の掃宙後に高速艦と戦艦部隊を分離し、高機動艦での追撃を命じるのではないかと」


「ありそうな話ね。首席参謀ならどうするかしら?」とハースは首席参謀であるレオノーラ・リンステッド大佐に話を振った。


「小官ならJPに機雷を敷設後、敵を待ち受けます。もし敵が追撃を予想し、再ジャンプに入れば、テーバイ星系への侵入を許すことになりますから」


「そうね」とハースは答えるものの、それ以上何も言わなかった。


 指揮官シートでその会話を聞いていたクリフォード・コリングウッド大佐はその可能性は低いと考えていた。


(トンボ返りのような冒険をするだろうか? 敵が優勢ならあり得るが、我が軍が即座に追撃するか分からない状況では賭けの要素が強すぎる。帝国の目的はアルビオン艦隊の拘束。ならば、アラビス星系でも最大巡航速度で撤退しているはず。副参謀長はそのことを考えて、高機動艦部隊と戦艦部隊に再編すると考えたのだろうな……そんなことは提督も分かっておられる。これは首席参謀への配慮か……)


 帝国軍が採り得る策としては三つ考えられるとクリフォードは思っていた。

 一つ目はアラビス星系からマヤーク星系に撤退するため、最大巡航速度でマヤークJPに向かうことだ。

 この選択肢は戦略的に合理的で、かつ安全だ。


 二つ目はアラビス星系のテーバイJPで迎え撃つという策だ。テーバイJPには当然ステルス機雷が敷設されており、五個艦隊でも七個艦隊と渡り合える可能性は高い。しかし、この策は帝国軍も大きな損害を被る可能性が高く、戦力を温存したい敵の思惑から考えると実施される可能性は低い。


 三つ目はリンステッドのいう逆侵攻の策だ。成功すればアルビオン王国に危機感を煽ることはできるが、敵の中に艦隊が孤立する可能性がある。長大な補給路が必要な帝国軍が採るには冒険的すぎると考えている。


 それに対し、アルビオン側が採り得る策は追撃と防衛、そして無視だ。

 追撃の場合、アラビス星系には補助艦艇を除く全戦闘艦で突入することになる。もし、待ちうけているならそのまま戦闘に入り、敵を殲滅する。


 また、敵が撤退しているなら高機動艦群による追撃を行うか、そのまま敵がマヤーク星系に撤退するのを確認した後、テーバイ星系に転進するかのいずれかとなる。


 もし、高機動艦部隊を編成するならば、その指揮はハースが執る可能性が高い。他の艦隊であれば、戦艦から巡航戦艦に旗艦を変えなければならないが、第九艦隊は元々高機動艦だけで編成された艦隊であり、旗艦を変える必要がないためだ。


 防衛はリンステッドが言ったアラビスJPで敵艦隊を待ち受ける作戦だ。しかし、敵が少数であり、再侵攻してくる可能性は極めて低く、時間を浪費するだけだ。エルフィンストーンの性格的にも採る可能性は低いのではないかと考えていた。


 そして最後の選択肢である無視は、文字通り帝国軍を無視してキャメロットないしスパルタン星系に向かうことだ。

 キャメロット星系にも既に情報は届いているはずなので、統合作戦本部からの命令が改めて届く。その命令の内容が帰還ならキャメロットへ、ヤシマ救援ならスパルタンに向かうことが合理的だ。

 但し、キャメロットからの命令は早くても七月二十三日にしか届かないため、どちらに向かうかの最終的な決定は三日後以降となる。


 クリフォードはそんなことを頭の片隅で考えていた。そして、アルビオン軍が採り得る最善の策は即座にヤシマに救援に向かうことだと考えていた。


(七個艦隊のうち、三個艦隊だけでも先行させれば、ヤシマで充分に戦える。キャメロットに戻らずにそのままスパルタンからヤシマに向かえば、三十日以内に到着できる。もし、ロンバルディア攻略部隊がヤシマにそのまま流れてきても、ギリギリ間に合う。ただ、今回は難しいだろうな……)


 クリフォードが難しいと考えたのは、今回の作戦がテーバイ星系の防衛であり、ヤシマを含む自由星系国家連合フリースターズ・ユニオンの防衛ではないためだ。そのため、追撃するか、キャメロットに帰還するかのいずれかだと考えていた。


(統合作戦本部がヤシマに艦隊を派遣してくれればいいのだが……)


 キャメロット星系には戦略予備として四個艦隊がある。その艦隊を派遣すれば充分に間に合う。しかし、現在の統合作戦本部は消極的な策を採る傾向にあり、艦隊の派遣は行われないのではないかと危惧していた。



 七月二十一日の午前一時にヴァーチャル会議が開始された。

 会議の冒頭、総参謀長であるウィルフレッド・フォークナー中将から作戦の概要が伝えられる。


「アラビスJPに失われたステルス機雷の再設置を行う……艦隊はここで再度侵攻してくるであろう敵を迎え撃つ……艦隊の配置はJPを半包囲する形で中央に第一、第四、第九艦隊を、右翼に第五、第十一艦隊を、左翼に第八、第十二艦隊となる……」


 エルフィンストーンは総参謀長の説明を、苦虫をかみつぶしたような表情で聞いている。

 ハースはエルフィンストーンが自らの考えとは異なるのだと直感した。


(総参謀長に押し切られたという感じね。戦術的には最も安全な策だけど、戦略的には最悪に近い手ね。これなら追撃した方がまだマシだわ。いつまでここにいるつもりかは知らないけど、帝国艦隊は必ずダジボーグに向かう。そして、あの五個艦隊がヤシマに向かったら……)


 フォークナーの説明が終わった。

 エルフィンストーンが「疑問点があればこの機会に解消しておいてほしい」と発言する。

 ハースは一番に発言を求め、認められた。


「迎え撃つということですが、どの程度の期間をお考えでしょうか? いたずらに時間を掛ければ、戦略的には敵が有利になることは明らかだと思うのですが」


 それに対し、フォークナーが落ち着いた口調で答える。


「ご存知の通り、アラビスまでは五パーセク(約十六光年)あります。超光速航行(FTL)でも往復に十日は掛かりますから、最低十五日はここで待機することになります」


 ハースは視線をエルフィンストーンからフォークナーに変え、口調も改める。


「十五日間も無為に待ち続けるのかしら? 敵はこちらの戦力を見ていますよ。劣勢の状況で再侵攻を行う可能性は低いのでは? それでも敵が再侵攻してくるというのなら、根拠を示していただけないかしら?」


「根拠はありません。ですが、テーバイ星系を敵に渡すことはキャメロットの喉元に刃を突き付けられたも同然なのです。祖国の安全を考えれば、本作戦以外の選択肢はないと愚考致します」


 フォークナーの感情のこもっていない言葉にハースは僅かにいら立つが、冷静さを保ちながら更に反論する。


「戦術的にはその選択で問題ないわ。でも戦略的に見て正しい判断と言えるのかしら? 敵艦隊が再侵攻を考えずダジボーグ星系に戻った場合、補給を含めても三十日以内に帰還できます。更にヤシマへの侵攻にその艦隊が向かうとすれば、最短で四十五日程度でヤシマ星系に辿り着けます……」


 そこでハースはフォークナーからエルフィンストーンに視線を戻した。


「一方、我々がここで無為に十五日という貴重な時間を浪費した場合、キャメロット星系に帰還し、艦隊を再編してから出発することを考えると、五十日は必要となります。つまり、ヤシマへの救援が間に合わない可能性が高いということなのです。それだけではありません。作戦部の予想でもロンバルディア星系占領後、早期にヤシマへの侵攻が行われるとありました。そう考えれば、今すぐにでもヤシマへ艦隊を派遣することが戦略的に最も適切な策であると考えます」


 エルフィンストーンが同じことを考えていると思い、彼に強く訴えたのだ。


「ハース提督の言は正しいと思う」とエルフィンストーンはいい、


「直ちにキャメロットに帰還する。反対意見があればこの場で述べてほしい」


 その言葉にフォークナーが挙手をする。


「帰還するにしても全艦隊で行う必要はないと考えます。二個艦隊を先行させ、五個艦隊でアラビスJPを防衛してはいかがでしょうか? ヤシマに救援に向かうにしても、現在キャメロットには四個艦隊があります。二個艦隊が戻れば、三から四個艦隊は派遣することが可能かと思われます」


 ここまで来てもまだ消極策を提案するフォークナーにハースは苛立ちを覚える。


(三個艦隊ではヤシマにいる三個艦隊と合わせても六個艦隊にしかならない。帝国の動員可能艦隊数は十三個。それにまだプラスアルファがないと決まったわけじゃない。戦力集中の原則を考えたら、ヤシマには最低五個、できればここにいる七個全部を送り込まないと勝てたとしても損害が大きくなるわ。そのことをどう考えているのかしら……)


 ハースの懸念はロンバルディアに八個艦隊が送り込まれ、更にテーバイ星系に侵攻した五個艦隊がヤシマに向かえば、計十三個の艦隊がヤシマ星系に殺到することになるという点だ。


 更にスヴァローグには十個艦隊程度があるはずで、帝都での反乱を抑止するため残すとしても、半数の五個艦隊程度は動かせる可能性が高い。そうなると、計十八個艦隊という途方もない数の艦隊がヤシマに集結することになる。


 一方で自由星系国家連合(FSU)側もヤシマに戦力を集中させることが可能だが、ロンバルディア軍が戦略構想通りラメリク・ラティーヌ星系に撤退したとしても、ロンバルディア六、ヤシマ四、ヒンド二の十二個艦隊程度の戦力にしかならない。


 そこにアルビオン艦隊が六個加わっただけでは数的に同数になるものの、練度の低い自由星系国家連合(FSU)軍が主体では、戦力的に大きな差がつくことは明白だ。せめてアルビオン艦隊が十個あれば、数的にも優位に立てるし、質的にも実戦経験豊かなアルビオン艦隊が主導権を握ることで互角近くまで持っていける。

 そうなって初めてヤシマ防衛の可能性が出てくると考えていた。


「戦力の分散は戦略的に意味がないのではありませんか? ここは戦略の幅を広げるため、可能な限り大兵力で転進すべきです」


 ハースが強く迫ると、エルフィンストーンは大きく頷く。


「小官もそう考える。では、第十一、第十二艦隊はこのままアラビスJPに向かい、ステルス機雷の再配備を実施し、キャメロットに帰還。その他の艦隊は直ちにキャメロット星系に向けて転進する。以上だ」


 最後は総司令官の権限をもって決定した。


 会議が終わった後、転進命令が実行された。

 命令が実行されたことを確認したエルフィンストーンはハースに通信を入れた。ハースは自らの司令官室で通信を受け、エルフィンストーンの3D映像が浮かび上がる。


 その場には今後の補給計画等の方針を話し合うため、クリフォードが来ていた。

 クリフォードは提督同士の会話に遠慮し、「失礼します」と言って司令官室を退出しようとしたが、二人の提督はいずれも彼に残るように命じた。


「クリフにも聞いてもらいたいのよ。だからここにいなさい」


「ですが……」と反論しようとすると、エルフィンストーンもハースに同調する。


「アデルの言う通りだ。私も君の意見が聞きたい」


 そう言われて仕方なく司令官室に残った。

 エルフィンストーンはすぐにハースに謝罪し、感謝の言葉を述べた。


「先ほどはすまなかったね。でも助かったよ。総参謀長が(かたく)なで何ともし難かったのだ」


 その言葉に「お疲れ様です」と労うものの、


「参謀本部には戦略的な視点で物事を考えるよう指導していただかないと困ります。まだ、何人かは考えられる者が残っていたと思うのですけど」


「そうなんだが、派閥意識の強い者が多過ぎて困る。この国難にあって派閥がどうのと考えること自体信じられんのだが」


 エルフィンストーンは生粋の戦術家で戦略的な思考は苦手としていた。ただ、理解力がないわけではないため、適切な助言があれば大局に立って決断することはできる。

 しかし、現在の総参謀長であるフォークナーは自らの派閥の強化を考え、統合作戦本部の意向を優先する傾向にあった。


「今後ですが、ヤシマの防衛作戦についてどうお考えですか?」


「私としては、最低五個艦隊は必要だと思うが、ギーソン副本部長は認めんだろうな」


「ゴールドスミス少将がいるからですか?」とハースがストレートに聞く。


「そうだ。作戦部長は最大効率での勝利を狙う傾向にある。つまり、最小の戦力で最大の効果を得ることこそが作戦の妙だと思っているのだ。現場の人間からしたら迷惑極まりないが、国家という視点で見れば分からないでもない」


 艦隊の派遣には多くの費用が掛かる。

 燃料や消耗品だけでもキャメロット星系で防衛する場合に比べ、三倍から四倍になるし、出征に伴う兵たちの手当ても馬鹿にならず、軍事予算を圧迫する原因となっていた。


 仮にハースが考えるような十個艦隊規模であれば、ヤシマ星系に一ヶ月程度駐留するだけでも、年間の軍事予算を食いつぶすことになる。更に戦闘が行われれば、補正予算を組んでも足りず、戦時国債を発行したとしても経済的には非常に厳しい状況になる。


「確かにそうですが、帝国がヤシマを占領したら、そんなことは言っていられなくなります。ノースブルック首相がいらっしゃればいいのですが、アルビオンは遠いですから」


 クリフォードの義父ウーサー・ノースブルックは今年の一月に念願の首相に就任していた。


「話が脱線しましたが、今後の方針についてお聞かせください。特に統合作戦本部を説得する方策は何かお考えですか?」


「そこは君に期待しているよ、アデル」


 その言葉にハースは苦笑するが、突然振り返り、後ろに立つクリフォードに視線を向ける。


「ヤシマへの増援をどうしたらいいか、あなたの意見を聞きたいわ、クリフ」


 突然話を振られ、クリフォードは困惑の表情を浮かべる。


「命令に従うだけです、提督」とだけ答え、直立不動で正面を見る。


「戦略家としてのあなた個人の意見が聞きたいの。旗艦艦長としての意見ではなくね」


「私も聞きたい。率直に言って君の方が私よりよほど戦略家だからな」


 二人の提督にそう言われ、クリフォードは諦める。


「では、私見として述べさせていただきます」と宣言し、


「今からキャメロットJPに向かった場合、五十時間以上掛かります。恐らくキャメロットからの指示が届くタイミングと同じでしょう……」


 現在位置から減速し、再加速することを考えると、五十一時間掛かる。キャメロット星系には四日前に情報が届いており、四十八時間以内に新たな指示が届く可能性が高い。


「でもキャメロットの統合作戦本部は何も言ってこないと思うわ。恐らくだけど、この星系に残っているとも思っていないのではないかしら」


はい、提督(イエスマム)。私も同じ意見です。ですが、統合作戦本部は現在の艦隊を縛るような命令は出さないはずです。恐らく総司令官閣下の命令を追認するという程度の命令が来るだけでしょう……」


 そこでハースは何か閃いたのか、目を大きく見開く。しかし、何も言わずにクリフォードの次の言葉を待った。


「追認されるという前提でヤシマに向かう艦隊をスパルタン星系に移動させてはいかがでしょうか。スパルタンなら燃料の補給も可能ですし、簡単な整備も行えます。キャメロットにジャンプし、更にスパルタンにジャンプするという無駄を省くことができますし、情報通報艦による連絡でも数日程度は縮めることが可能です」


 スパルタン星系は自由星系国家連合(FSU)との連絡線であり、軍事要塞などはないものの、ゾンファ共和国のヤシマ侵攻を機に、補給と整備に関する施設を大幅に増強している。これはスパルタンだけではなく、その先のトリビューン星系でも同様だ。


 クリフォードの考えに「なるほど」とエルフィンストーンが頷く。


「つまり、ヤシマに向かう艦隊を予めスパルタンに送っておけということだな。そうすればジャンプの無駄も省ける」


 エルフィンストーンの言葉にハースは「もっと悪辣なことを考えていますよ」と笑い、


「腰が重い統合作戦本部に艦隊の派遣を認めさせるため、なし崩しで派遣させるのね。総司令官の命令を追認した手前、ギーソン副本部長も反対することはできないと。そういうことでしょ、クリフ?」


 クリフォードは「そう言うわけではありませんが」とあいまいに答えた。


「提督、クリフの案は検討の余地があると思います。全艦隊を送り込むのは無理ですが、三個艦隊程度をスパルタンにジャンプさせておけば、最低でもそれだけは派遣できるでしょう。後はどれだけプラスできるかということです」


「そうだな。私の第一艦隊はキャメロットに向かわねばならん。テーバイ星系の防衛を命じられた私が勝手にヤシマに赴くわけにはいかんからな。君にもキャメロットに戻って統合作戦本部を説得してほしいのだが」


 エルフィンストーンの言葉にハースは即答しなかった。


「クリフ、あなたはどう考えるのかしら? 第九艦隊はキャメロットに戻るべきだと思う?」


いいえ、提督(ノーマム)」と即答する。


「理由は?」とハースが聞く。その様子をエルフィンストーンは興味深げに眺めている。


「提督がお戻りになられたら、第九艦隊がヤシマに向かうことは難しくなります。恐らく、第一艦隊と共に総司令官閣下が派遣され、スパルタンで待つ三個艦隊と合流してヤシマに向かうことになります」


「それはなぜかね?」とエルフィンストーンが聞く。


「統合作戦本部にはハース提督が武勲を上げることを忌避する方がいるのではないかと。これ以上は申し上げられません」


 クリフォードが考えたのは統合作戦本部のゴールドスミスがライバルであるハースにこれ以上武勲を上げさせたくないため、第九艦隊を排除する可能性があるということだ。


「第九艦隊を外すのは戦術の幅を狭くすることになる。その程度のことは理解していると思うのだが」


「これは戦術の話ではありませんよ、提督」とハースがいい、


「政治的な思惑に近いとお考えください。私としては(はなは)だ迷惑なことですけど」


「では、第九艦隊をスパルタンに向かわせるべきだな。しかし、そうなると統合作戦本部との交渉で私の味方がいなくなるのだが、仕方あるまい」


 クリフォードは表情を変えることなく、直立不動で立っている。その姿に違和感を覚えたハースは彼に意見を求めた。


「クリフ、他に懸念があるなら今のうちに言ってほしいのだけど?」


いいえ、提督(ノーマム)」と答えるものの、ハースはもう一度問う。


「あなたの意見で兵士たちが無為に死ななくても済むかもしれない。それに既に私が考えていることと同じかもしれないでしょ」


「そうだぞ、クリフ。君の意見を採用するかは、私が自らの責任で決めることだ」


 二人の提督の言葉にクリフォードは口を開いた。


「ヤシマ防衛に関する戦略についてです。帝国はダジボーグとロンバルディアの二方向から攻めると考えられますが、帝国の特徴として、スヴァローグ、ストリボーグ、ダジボーグの三つの星系の艦隊が混成艦隊を形成することは稀だと考えます。今回、テーバイ星系にはスヴァローグの艦隊が侵攻してきました。つまり、ストリボーグ艦隊はロンバルディアかヤシマへの侵攻作戦で使用されることになります」


「その通りだが、それが何か」とエルフィンストーンが首を傾げる。


「ストリボーグ藩王はダジボーグ藩王と共に前皇帝に反逆しました。しかし、皇帝になったのはダジボーグ藩王です。私が聞いた情報では、ストリボーグ藩王はそのことに不満を持っているのではないかということでした。そこに付け入る隙がありそうな気がします」


「つまり、ストリボーグの藩王ニコライとダジボーグの藩王だった今の皇帝アレクサンドルの間にくさびを打ち込むような戦略を考えれば、帝国は勝手に崩壊するかもしれないということね……」


 ハースは納得したものの、エルフィンストーンは今一つ納得していない。


「ストリボーグの藩王もそこまで愚かではないのではないか? 侵略戦争の途中で味方を攻撃すれば自らの命を縮めることになる。第一、皇帝が前線に立つことはないのだから、反逆を起こす隙はないのではないか」


「それは違いますわ。クリフはそうなるように仕向けてはと言っているのです。つまり、ダジボーグ艦隊を集中的に攻撃し、逆にストリボーグ艦隊には極力手を出さない。そうすれば、皇帝直属の兵力が減り、ニコライが反逆を起こしたくなるように仕向けるのです。そういうことよね、クリフ」


いいえ、提督(ノーマム)……そこまでは考えていませんでした」


「いずれにせよ、キャメロットに帰るまでに時間はたっぷりあるわ。この戦略について検討してみましょう」


 エルフィンストーンは苦笑気味に、


「私の苦手な分野だ。アデルと君とで考えた策を聞かせてほしい」


いいえ、提督(ノーサー)」とクリフォードはきっぱりと断った。


「これは参謀本部で検討すべきものです。一介の艦長が戦略にまで口を挟むことは組織の秩序を乱すことになります」


「相変わらず堅いわね」とハースは苦笑するが、クリフォードは表情を変えずに真っ直ぐ見詰める。


「あなたの考えは分かったわ。では、戦略戦術研究の一環としてレポートを出してちょうだい。あなたの戦隊指揮官としての適性を確認するために。これなら昇進後のキャリアを考えているだけの話だから何も問題はないでしょ」


了解しました、提督(アイ・アイ・マム)。五時間以内に提出します」


 そう言って敬礼し、司令官室を退出した。

 残されたハースとエルフィンストーンはドアが閉まった後にクリフォードが上手く撤退したと気づく。


「見事な戦術的な撤退ですね」とハースが笑うと、


「全くだ。私にはこれほど見事な撤退はできんよ」と笑い返すが、すぐに真面目な表情に変わる。


「ヤシマにはナイジェルがいる。彼がいれば何とかなると思うが、よろしく頼む」


 現在ヤシマ星系には第二艦隊のナイジェル・ダウランド大将と第三艦隊のヴェロニカ・ドレイク大将、第六艦隊のジャスティーナ・ユーイング大将の提督がいる。

 ダウランドは知将型の指揮官で、参謀本部時代にハースの上官だったことがあり、気心が知れている。

 また、ドレイクとユーイングも同じ女性将官として面識があり、性格は全く異なるものの意気投合していた。


「分かりました。ダウランド提督にドレイク提督、それにユーイング提督がいらっしゃいますから、心配はいりません。それよりもキャメロットからの増派の方が心配です。最低二個、できれば四個艦隊の派遣を統合作戦本部に認めさせてください。数が少なければ、ロンバルディアの解放が失敗するだけでなく、我が軍に大きな損害が出ます。そうなった場合、後の対帝国戦略、対ゾンファ戦略の大きな見直しが必要になることだけは心置きください」


「了解だ。責任の重大さは理解しているつもりだ。何としてでも帝国の野望を打ち砕かねばならん」


 二人の提督は表情を引き締め、会談を終えた。

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本シリーズの合本版です。
(仮)アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)
内容に大きな差はありませんが、読みやすくなっています。また、第六部以降はこちらに投稿予定です。
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