第十一話
宇宙暦四五二二年七月十二日
スヴァローグ帝国の大艦隊がダジボーグ星系に集結中との情報が、キャメロット星系に入った。また、ヤシマ派遣艦隊の総司令官ナイジェル・ダウランド提督からの増派の上申も合わせて届く。
アルビオン王国軍は対応方針を決めるべく、直ちに協議に入った。
キャメロット星系での実戦部隊の責任者は統合作戦本部副本部長であるマクシミリアン・ギーソン大将だ。
統合作戦本部は本国であるアルビオン星系に“本部”が置かれているが、最前線であるキャメロット星系に“前線本部”という組織が置かれ、その長が副本部長である。また、前線本部には“作戦部”、“戦略・戦術研究部”、“諜報部”があり、アルビオン星系への移動時間のタイムラグによる影響を極力受けないような配慮がなされていた。
その実戦部隊の長であるギーソンだが、彼は部下である作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミス少将に作戦案の説明を丸投げした。
ゴールドスミスはギーソンの代役に過ぎないが、自らが主役であるかのように堂々と今後の方針案を説明していく。
「……帝国の目的はロンバルディア及びヤシマ星系の占領であると考えられます。しかしながら、我がアルビオン王国に対し、何も行動を起こさない可能性は低いと言わざるを得ません。作戦部ではキャメロット星系からの増援を妨害するため、テーバイ星系方面で我が国に対し何らかの牽制を行ってくると考えております……」
ゴールドスミスの説明は帝国艦隊がキャメロット星系に襲来する可能性が高く、想定される敵の数は三万隻前後、艦隊数にして五個から七個という大規模なものになるというものだった。
「……これに対し、作戦部が提示する案は以下のようなものになります。アテナ星系に駐留中の第七艦隊および第十艦隊をキャメロット星系に移動させます……」
アテナ星系にはゾンファ共和国に対する備えとして、大型軍事要塞“アテナの盾Ⅱ”に加え、常時二個艦隊が駐留している。その二個艦隊をキャメロットに引き揚げさせるという案に出席者から僅かに不満の声が上がった。
それを感じたのか、ゴールドスミスはゾンファ共和国に対する考えを説明する。
「……現在ゾンファ共和国は艦隊の再建中であり、更に政争で混乱した軍組織の立て直しを図っております。この状況に置いて、彼の国が大規模な侵攻作戦を実施する可能性は極めて低いでしょう。また、帝国とゾンファは我が国と自由星系国家連合によって分断されており、共同作戦を採ることは事実上不可能です。これらのことから、アテナ星系から艦隊を引き抜いても何ら問題はありません」
その考えに第九艦隊司令官のアデル・ハース提督は同意するという意志を込めて大きく頷く。
ゴールドスミスはそれをあえて無視して、作戦の続きを説明していく。
「想定される敵に対抗しうる数の艦隊、具体的には戦略予備の二個艦隊を残し、七個艦隊を派遣することといたします。これは帝国軍が動員できる最大数に対抗でき、戦力の逐次投入の愚を犯さないための措置です……」
七個艦隊派遣という大規模な作戦に、参加者から感歎の声が漏れる。
「……派遣は可及的速やかに行うこととします。テーバイ星系へ接近してくる艦隊を確認していると有利なJP付近での迎撃が間に合わなくなりますので。派遣艦隊は第一、第四、第五、第八、第九、第十一、第十二の各艦隊となります。総司令官はエルフィンストーン提督、副司令官には第四艦隊のブレット・バロウズ提督……」
ハースはその作戦案に既視感を覚えていた。
(これは演習の時のクリフの考えと同じね。合理的だからよいのだけど、敵が同じように動くとは限らないことは理解しているのかしら……)
ゴールドスミスの説明が終わると、キャメロット防衛艦隊司令長官ジークフリード・エルフィンストーン提督が発言を求めた。
ギーソンがそれを認めると、張りのある声で質問する。
「テーバイ星系に向かうことは問題ない。しかし、艦隊の目的はいかなるものか。侵攻してくる帝国艦隊の撃滅か、それともテーバイ星系の確保か。あるいはダジボーグへの逆侵攻か。その点を明確にしてほしい」
ギーソンはゴールドスミスに目で答えるよう伝える。
ゴールドスミスはそれに小さく目礼で返し、
「帝国艦隊の数によって変わりますが、六個艦隊以上であれば敵の拘束、五個艦隊以下であれば敵を撃破後、直ちにキャメロットに帰還し、ヤシマ星系に増援を送ることが目的となります」
「つまり、数が多ければ敵を引き付けてヤシマへ向かわせないようにする。少なければ短期決戦で勝利した後、敵の主攻方向であるヤシマに向かうということだな」
「その通りです」
そこでハースが発言を求めた。
「帝国の意図が我が国に対する牽制なら、テーバイ星系に艦隊を派遣することは敵の思惑に乗るだけではないかしら?」
彼女はこの作戦自体が不要ではないかと考えていた。帝国がテーバイ星系を占領したとしても本国から遠く離れており、補給の面から維持は困難だ。短期間だけ奪われるだけなら、大規模な艦隊を派遣する意味はない。
それに対しゴールドスミスは慇懃無礼な態度で答えた。
「テーバイ星系を抑えられれば、キャメロットの喉元にナイフを突き付けられた状態になるのです。提督はキャメロットに帝国艦隊が侵攻してきても構わないとおっしゃるのですか?」
「そうは言っていないわ。敵艦隊の数を確認してから、必要があればテーバイ星系で迎え撃てばいいというだけです。闇雲に大艦隊を派遣することは戦略の幅を狭めることにならないか懸念しているのですけど」
「政府、そして国民に対し、軍が機能していることを示さねばなりません。つまり、キャメロット星系が安全であるということを示す必要があるのです」
ゴールドスミスの言葉にギーソンが大きく頷く。
「帝国軍を迎撃するという方針は決定事項だ。この件に関して議論は不要」
ギーソンはキャメロットが帝国軍に侵攻されれば、軍の怠慢であるとメディアに叩かれると考えた。また政府から無能と言われれば経歴に傷がつき、引退後に名誉職に就くことができなくなることを懸念している。
ハースはばかばかしい理由であることは理解したが、これ以上反論しても意味がないと質問を変えた。
「では先ほどのエルフィンストーン提督の質問に関連するのですけど、もし敵艦隊の数が少なく、かつ敵が決戦に応じない場合、例えばテーバイからアラビスに撤退するような場合はどう考えたらよいのかしら? 追撃するのか、それとも一定期間様子を見るのか、一部の艦隊を残しキャメロットに帰還するのか。その点はいかが?」
ゴールドスミスはハースの質問をはぐらかす。
「そこは臨機応変ということです。そのために現地指揮官がいるのですから」
「では、エルフィンストーン司令長官の裁量に任されるということね」
「その通りです」とゴールドスミスは答えるが、本来答えるべきギーソンは無言を貫いている。
アテナ星系への連絡と並行し、テーバイ星系に派遣される七個の艦隊は直ちに発進準備を開始した。
旗艦インヴィンシブル89に戻ったハースは艦長であるクリフォード・コリングウッド大佐を呼び出した。
簡単に会議での決定事項を説明する。そして第九艦隊がテーバイ星系に向かうため、準備を行うよう命じた。
「……我が艦隊はテーバイ星系に向かいます。旗艦を万全な状態にしておいてちょうだい」
「了解しました、提督」ときれいな敬礼と共に答える。
話は終わったと思い、出ていこうとしたクリフォードに対し、ハースが声を掛ける。
「忙しくなるのは分かるのだけど、少しだけ話を聞かせてほしいわ」
「話ですか?」
「ええ、今回の帝国の思惑について、あなたの意見を聞きたいのだけど。もちろん、私見で結構よ」
クリフォードは先に釘を刺された格好となり、意見を言わざるを得なくなった。
「帝国の思惑は我が軍の艦隊を拘束することにあると考えます。もし帝国が大艦隊を派遣しても戦わずして撤退することでしょう。我が国と戦って消耗するつもりはないでしょうから。恐らく主目標はロンバルディアです。ロンバルディアを占領した後、ヤシマに侵攻し、占領という流れを考えているのではないかと」
「私もそう思うわ。では我が軍はどう行動したらいいと思うのかしら?」
「九個艦隊でダジボーグに向かいます。そうすれば、ロンバルディアは無理でもヤシマは守り切れるのでしょう」
彼が考えたのは帝国の領土であるダジボーグが脅威に晒されていると“思わせる”ことだった。
ダジボーグはロンバルディア、ヤシマだけでなく、スヴァローグ、ストリボーグ、そしてアルビオン王国とも繋がる車輪の軸のような星系で、ここを占領されることは帝国にとって大きな痛手となる。また、現皇帝アレクサンドル二十二世の出身地でもあり、心情的にも守らざるを得ない。
「そうね。ダジボーグを占領すれば、ロンバルディアも放棄するしかないわ。これが一番合理的な考えなのよ……」
最後は独り言のように呟いていた。
「ありがとう、艦長。助かったわ」
クリフォードは敬礼してから司令官室を退出した。
司令官室を出たところで首席参謀であるレオノーラ・リンステッド大佐とすれ違う。
「提督に何か用だったのかしら?」
「艦隊が出撃することになったので準備をするよう命じられました」
それだけ答え、立ち去ろうとした。
「それだけかしら? 艦長の権限を逸脱して献策したのでは?」
「個人的な話はしましたが、それが何か」
それだけ言うとその場から立ち去った。
残されたリンステッドは憎しみを込めた目で彼の後姿を見つめる。
(提督に気に入られようとしていることは知っているのよ。必ず尻尾を掴んで破滅させてやる……)
そう考えた後、司令官室に向かった。
ハースはリンステッドの訪問に驚いたものの、「何か用かしら?」と笑みを浮かべる。
「司令部として、我が艦隊の今後の方針について会議を開く必要があるのではないかと思い確認に参りました」
「会議は超空間に入ってから行うつもりよ。今は艦隊の出港準備を優先してもらえるかしら」
「了解しました、提督」と答えるものの、
「コリングウッド艦長とどのようなことを協議されたのですか? 艦長は今後の方針について意見を求められたと言っていましたが」と鎌を掛ける。
ハースはクリフォードがそんなことを軽々しく言うはずはないと思い、
「本当にコリングウッド艦長がそんなことを言っていたのかしら? まさかと思うけど、故意に間違った情報を流そうとしているのではないでしょうね?」
リンステッドは言い当てられたことに動揺し、
「そ、そのようなことは……艦長がそう言っていたので……」
「コリングウッド艦長がありもしないことを言うはずがありません。あなたが勘違いをしただけなら許せますが、有能な士官を不当に貶めるようなことをするのであれば、相応の覚悟を持つことね」
「はい、提督。私の勘違いだったようです。失礼しました」
そう言って逃げるように司令官室を後にした。
ハースはリンステッドが退出した後、大きくため息を吐く。
(ゴールドスミス少将から何を言われたのかは知らないけど、艦隊の和を乱すようなことは許せないわ。もしかしたら、フォークナー中将も噛んでいるのかもしれないけど……一応気を付けておいた方がよさそうね……)
戦闘指揮所に入ったクリフォードは出港の準備に忙殺される。
インヴィンシブル89は第三惑星ランスロットの衛星軌道にある軍事要塞アロンダイトに入港しており、司令官であるハースが戻り次第、出港しなければならないからだ。
「出港は二〇〇〇を予定している……機関長は主機関の調整状況を直ちに報告せよ。副長は主計長の報告結果の確認を急げ。航法長、テーバイJPまでの航路計算結果は承認した。航路設定後、再チェックを頼む……」
彼には自分の艦以外にも艦隊内の艦長から届く依頼や情報を捌く必要があった。指揮官用コンソールを見ながら、その加速度的に増える情報に目眩を起こしそうになる。
(レナウンの防御スクリーンの制御が不安定だと……一系統あれば超光速航行中に調整できるはずだな……ネルソンは消耗品の受領が遅れているようだ。これは港湾司令部に直談判せねば……)
その様子をリンステッドは参謀用シートから冷ややかに見つめていた。
艦隊司令部にも各戦隊司令部からの要請が来ているのだが、副参謀長アルフォンス・ビュイック少将と各主任参謀が処理していくため、彼女は暇を持て余していた。
本来なら首席参謀であるリンステッドにも仕事があり多忙なはずだった。しかし、昨年八月のシミュレーション訓練から司令部内ですら浮いた存在となり、完全に居場所を失っている。これはハースや参謀長セオドア・ロックウェル中将らが主導したことではなく、彼女自身の協調性の無さが原因だった。
リンステッドは事あるごとに首席参謀としての権力を用いて、部下たちを自らの思い通りに動かそうとしたが、その行為により参謀たちの反感を買った。そのため、参謀たちは人当たりのよい副参謀長に従うようになっていった。
彼女自身も自らの落ち度であると気づいていたが、プライドの高い彼女は自らが正しいと思いこむことによって精神を守ろうとした。そのため、クリフォードが自分を陥れているという妄想を事実として捉えるようになった。
(この男がいなければ、こんな理不尽な思いをすることはなかった。提督のお気に入りであっても軍の秩序をないがしろにすることは許されない。必ずその証拠を見つけ出し、軍から追い出してみせる……)
この妄想はハースの予想通り、ゴールドスミスによって示唆されたものだった。
ゴールドスミスは、一度はリンステッドを見限ったものの、捨て駒にはちょうど良いと考え直した。クリフォードを陥れることによってノースブルックの人気を落とし、自らの政界進出の手土産とする。そのために精神的に参っていたリンステッドを利用しようとした。
リンステッドはゴールドスミスに自らの後任に推薦すると示唆され、その甘い罠に自らはまっていった。
リンステッドの憎しみを込めた視線にクリフォードは気づくことはなく、尽きることのない任務に全力で当たっていく。
既に旗艦艦長として一年近い時間を過ごし、更に高慢な首席参謀の鼻を折ったことから、自らの部下だけでなく、同僚である艦長たちとも良好な関係を築いている。
また、リンステッド以外の司令部の参謀たちとも親密とまではいかないものの、一定の敬意をもって接することができるようになっていた。
参謀たちのリンステッドへの当てつけという面が強いが、それ以上にクリフォードの努力によるところが大きい。彼はハースとの関係を誇示することなく、参謀たちの立場を慮り、ハースに問われる場合もできる限り参謀たちのいる前で答えるようにした。
これは参謀たちに隠れて提督に献策しているのではないことを示すために行ったことだが、参謀たちはクリフォードの意見を聞くにつれ、彼の見識が予想以上であると認めざるを得なくなる。
そのことがリンステッドの怒りを更に増大させていた。




