第一話
クリフエッジシリーズ第五部開幕です!
大佐になったクリフォードの活躍をお楽しみください。
宇宙暦四五二〇年二月二十七日。
アルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊C01XF001、通称“王太子護衛戦隊”はシャーリア星系からキャメロット星系に帰還した。
戦隊司令であるクリフォード・カスバート・コリングウッド中佐の指揮する軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号、略称“DOE5”は、流線型の艦体に純白の塗装が施された美しい艦だ。
しかし、その自慢の塗装が剥げ落ち、無残な姿を曝している。
特に最下層であるJデッキの損傷は酷く、応急補修で取り換えられた格納庫用のハッチが艦隊標準色であるダークグレーであったため、そのチグハグさが損傷の大きさを更に強調していた。
キャメロット星系の報道機関はDOE5の無残な姿をカメラに収め、様々なメディアを通じて何度も流していく。それに付随するコメントはクリフォードを非難するもので、辛辣なものが多かった。
『あの美しかったDOE5がこのような無残な姿に……殿下は、エドワード王太子殿下はご無事なのでしょうか……未だに軍の公式発表はありませんが、王太子殿下のお命を預かるという自覚を軍は、そして指揮官であるコリングウッド中佐は持っているのでしょうか!……』
女性キャスターがヒステリックな口調と時代掛かった芝居じみた仕草で視聴者を煽る。
このような報道がなされる中、キャメロット防衛艦隊が発した公式発表は以下のようなものだった。
『キャメロット第一艦隊第一特務戦隊は自由星系国家連合の支配星系において、国籍不明の小艦隊と遭遇した。その遭遇において戦闘が発生し、国籍不明艦の排除に成功した。本戦闘により六等級艦スウィフト276号及び強襲揚陸艦ロセスベイ1号を喪失し、デューク・オブ・エジンバラ5号及び六等級艦二隻が損傷を受けた……戦死傷者については個人情報であるため、近親者にのみ文書により伝達される。以上』
キャメロット星系の民衆たちは公式発表の内容の少なさに困惑する。
アルビオン王国軍内でも正確な情報、すなわちスヴァローグ帝国による卑劣な攻撃であると発表すべきという声は上がっていた。
しかし、戦略を統括する統合作戦本部から情報統制の指示が出たことと、セルゲイ・アルダーノフ少将率いるスヴァローグ帝国艦隊が最後まで公式に国籍を明確にしなかったことから、“国籍不明艦”という表現に留めている。
統合作戦本部が懸念したのは世論における反スヴァローグ感情の暴発だった。
王太子エドワードはその飾らない人柄から多くの国民に愛されている。特に“プリンス・オブ・キャメロット”の称号を有することから、キャメロット市民の人気は絶大で、崇拝の域に達していた。
もし、その王太子を拉致しようとしたという発表を行えば、国民はスヴァローグ帝国を強く非難することは間違いなく、その声を受けた政治家やマスメディアがスヴァローグ帝国への報復を口にすることは想像に難くない。
その世論に従うと、現在戦争状態のゾンファ共和国に加え、帝国とも開戦することになる。
アルビオンとほぼ同等の国力を持つ二ヶ国と同時に戦争に突入することは自殺行為以外の何ものでもない。
そのような事態になることを懸念した統合作戦本部はキャメロット地方政府と協議を行った。
本来であればアルビオン星系にある王国政府が決めるべき事項だが、キャメロットからアルビオンまでは遠く、キャメロット地方政府と協議を行うしかなかったためだ。
その協議の結果、シャーリア法国での戦闘についてはとりあえず極力情報を秘匿し、部分的にしか流さない方針となった。
この方針が可能だったのはシャーリア法国とほとんど交流がなく、民間船などによりアルビオン王国に正確な情報が伝わる可能性が極端に低いためだ。
そのため、政府と統合作戦本部は短期間であれば情報統制は可能と判断した。
また、交流がある自由星系国家連合のロンバルディア連合やヤシマにおいても情報統制が行われており、両国政府の関係者しか帝国の関与は明らかにされていなかった。これは帝国がシャーリアに特使を送って恫喝したという事実が広まれば、自由星系国家連合の民衆が動揺し、連合自体が瓦解することを懸念したためとされる。
軍及び政府も未来永劫、事実を隠し続けるつもりはなかった。
ある程度時間を稼ぎ、国民感情が落ち着いてから調査結果という形で情報を流そうと考えていた。
しかし、国民及びマスメディアは納得しなかった。
大手メディアはクリフォードに対して取材を申し込んだが、軍広報部がそれを拒否する。クリフォードは第四惑星ガウェインの衛星軌道上にある大型工廠衛星プライウェンに入った後、公式の場に姿を現すことなかった。
王太子も定例会見などで質問を受けても、普段の明るい表情を消し、「軍の公表した事実以上に語ることはできない」と厳しい顔つきで答えるだけだった。
情報が手に入らない記者たちは噂程度の不確かな情報に飛び付いた。そして、いつも通りそれらを元に憶測で記事を書いていく。
メディアはクリフォードを堕ちた英雄として扱った。その方がセンセーショナルであり、商業的に受けると考えたためだ。そして、国民はメディアの思惑通りにクリフォードを強く非難した。
それに乗ったのが野党民主党の論客たちだった。彼らはクリフォードの義父ウーサー・ノースブルック伯爵を貶める絶好の機会と捉え、徹底的に批判する。
『……王太子殿下はご無事でしたが、たかが海賊如きに無様なことです。これは非公式な情報ですが、彼がDOE5の艦長に就任する際、経験不足を問題視する声が多数あったのです。しかし、その声は黙殺されました。私が聞いた話では軍務省からの強い圧力があったということです』
民主党のナンバーツー、ヴィンセント・シェイファー伯爵がそう発言すると、キャスターがすかさず情報を付け加える。
『軍務省とおっしゃいますと、現軍務次官にして、次期軍務卿の最有力候補コパーウィート氏がいらっしゃいますね。その辺りからの圧力と考えてよいのでしょうか?』
シェイファーはそれに対し、柔らかな笑みを絶やさずにやんわりと否定する。
『憶測で個人の名を出すことはやめておきましょう。現在、議会を通じて政府に調査委員会を設置するよう求めております。その結果が出れば明らかになるはずですから。今はコリングウッド中佐の問題を議論するべきです。これはアルビオン王国の次期国王陛下たるエドワード王太子殿下の安全に関わる重大な事案なのです。私は軍人ではありませんが、王国の未来に大きな影響を与えることを考えれば、軍と議会という垣根を越えて徹底的に調査する必要があると考えます……』
この時、シェイファーは従兄であるハワード・リンドグレーン提督の醜聞、ジュンツェン星系での戦闘で不名誉な行為を行ったという事実を、この件を利用して払拭しようと考えていた。
彼が一方的にライバル視しているノースブルックは次期首相候補筆頭と言われており、完全に水を開けられていた。それに加え、リンドグレーンの醜聞はなかなか消えず、民主党内での彼の立場は微妙だった。
ここで保守党のエースであるノースブルックを追い落とし、その功績をもって民主党の党首になり、更にその勢いを利用して政権を奪取しようという絵を描いていた。
そのような状況の中、ノースブルックがキャメロットに戻ってきた。彼は王国政府の閣僚の一人として、自由星系国家連合に対する政策をキャメロット地方政府と防衛艦隊に説明するために訪問しただけで、全くの偶然だった。
ノースブルックはこの事態を強く憂慮した。
閣僚である彼には正確な情報が届いていたが、軍の方針に対し、閣僚といえども意見を言う立場になかった。もし、彼が首相や軍務卿なら政府としての立場を伝えることができたが、財務卿である彼にその権限はなかったのだ。
しかし、ノースブルックはすぐに動いた。クリフォードがいるプライウェンに飛び、面会を申し込んだ。
幸い軍務次官のエマニュエル・コパーウィートが同行していたことから、面会はすぐに実現する。
「災難だったね。しかし、今回のことを軍はどう考えているのだろう」
その言葉にクリフォードは「上層部の考えについて言及する権限を持ちません」と答えるだけだった。
「そうだが……まあいい。では、義父として君に聞きたい。スヴァローグ帝国の思惑はどこにあると思うかね?」
個人という立場ならクリフォードも話しやすいだろうと考えたのだ。
クリフォードは少し考えた後、ゆっくりとした口調で話していく。
「帝国は自由星系国家連合への侵略を考えています。恐らくシャーリア法国には直接手を出さず、ロンバルディアに侵攻してFSU内の分断を図り、その上で復興中のヤシマに軍を差し向けるのではないかと思います」
彼の意見は目新しいものではなかった。
位置的な関係からスヴァローグ帝国が最初に狙うのはヤシマ、ロンバルディア、シャーリアしかない。
防衛システムが充実しているシャーリアに対し謀略をもって当たるのは当然で、それが失敗した今、帝国の目標はロンバルディアかヤシマになる。
しかし、アルビオンやゾンファと国境を接するヤシマに侵攻すれば、その時点で二大国と接することになり、帝国としては戦力を分散する必要が出てくる。
そう考えると必然的にロンバルディアが最初のターゲットになるという結論が導き出せる。
「つまり、武力をもってロンバルディアを占領し、その後ヤシマに向かうと。私の考えていることもほぼ同じだ。しかし、ヤシマはともかく、ロンバルディアまで守ることはできない」
ヤシマは工業国家であり、もしその技術力が帝国に奪われればアルビオンにとって大きな脅威となる。現在の帝国は内戦の影響を受け、技術力はアルビオンに劣っているが、ヤシマの技術が無制限に入れば、十年を待たずしてアルビオンを凌駕するという予測があった。
「私としてはヤシマを武力で守りつつ、ロンバルディアは政略で守る必要があると考えます。ですが、これ以上は私の口から言える話ではありません」
そう言ってクリフォードは口を噤んだ。
「いや、参考になったよ。話を戻すが今の君の状況を何とかしなければならん。これは君のため、ヴィヴィアンのためということもあるが、私のためでもあるからだ」
ノースブルックにとってクリフォードはよい宣伝材料だった。二度の殊勲十字勲章受勲者であるだけでなく、何度もメディア受けする功績を上げている。クリフォード自身は認めたくないが、若き英雄として国民の人気は非常に高い。
ノースブルックはメディアに登場し始めた頃からクリフォードに注目し、愛娘との結婚を許したとして、先見の明があったと世間的には思われている。
そのため、クリフォードが叩かれる今の状況は首相の座を狙うノースブルックにとっても大きな痛手だった。但し、彼自身は情報がどこかで漏れると確信しており、この状況が長く続くとは思っていない。
「亡くなった戦友たちが非難されていることに忸怩たる思いはありますが、私としては軍の方針に従うだけです」
「そうだね。だが、こんな状況は長くは続かんよ。近いうちに皆分かってくれるはずだ」
そう言ってクリフォードの肩に手を置いて慰めた。
ノースブルックの予想は思ったより早く実現した。
ことの始まりはヤシマの外交官、シゲオ・ヨシダの来訪だった。
ヤシマ政府は現状ではゾンファ共和国よりスヴァローグ帝国の方が脅威であると考えており、アルビオン政府に対し、艦隊の派遣継続を要請するため外交団を派遣した。
ヨシダはその外交団の責任者であり、首相であるタロウ・サイトウから交渉の全権を委ねられていた。
キャメロットに到着したヨシダはスヴァローグ帝国の脅威について政府や軍関係者に訴えるものの、芳しい反応はなかった。アルビオン王国にとってはゾンファの方が脅威であり、そのゾンファ艦隊はジュンツェン星系会戦とヤシマ攻略作戦で大きな損害を受け、完全に回復するには最低でもあと五年は掛かると見ているためだ。
更にヨシダを焦らせる事態が発生した。
現在、再建中のヤシマ防衛艦隊を支援するため、アルビオンから三個艦隊が派遣されているが、ゾンファの脅威が去ったことと、ヤシマ防衛艦隊の再建が予想より進んでいることから、アルビオン軍及びキャメロット地方政府が艦隊の帰還を検討し始めたという情報が流れてきたのだ。
実際、ヤシマ防衛艦隊は一個艦隊までに減った後、二個艦隊一万隻にまで回復している。また、一年以内に更に一個艦隊が復帰するという見通しも立っている。
しかし、元々ヤシマ防衛艦隊の練度が低かったことに加え、数少ない熟練者の多くがゾンファの侵略時に戦死したことから、実力は実戦経験豊富なゾンファ軍や帝国軍に大きく劣る。
アルビオン王国政府及び議会ではヤシマ防衛艦隊が三個艦隊まで回復したところで引き上げるべきという話が持ち上がっており、それがヨシダの耳に入った。
(これは不味い状況だ。要塞が完成するにはまだ五年は掛かる。しかも帝国とゾンファの両側に設置しなければならんから、完全な防衛体制が敷けるには十年ではきかん。アルビオン艦隊の駐留継続を何としてでも認めさせねば……)
ヨシダは関係者にヤシマ防衛の重要性を訴えていく。
『……ヤシマの技術が帝国に奪われた場合、貴国の存亡にも大きな影を落とすことになるのです。現在の帝国は自由星系国家連合に対する野心を隠そうとすらしておりません。また、皇帝アレクサンドル二十二世は油断ならぬ人物です。何卒、ヤシマ防衛に御力を貸していただきたい』
それに対しアルビオン側の反応は鈍かった。
『そうおっしゃられるが、我が国もジュンツェン星系会戦で多くの将兵を失っておるのですよ。現在艦隊の再編に注力しておりますが、三個艦隊の派遣は費用面以外でも大きな負担になっています……』
アルビオン艦隊の駐留費用はヤシマ政府から出ている。しかし、二十二パーセク(約七十二光年)という距離は往復するだけで二ヶ月という時間が必要だ。
アルビオン王国軍としてもヤシマへの駐留期間を可能な限り短くすることで対応していたが、超光速通信という手段がない状況では将兵たちの心理的負担は無視しえないほど大きい。
焦るヨシダはノースブルックがキャメロットを訪問したと聞き、次期首相候補である実力者を説得しなければという悲壮感を漂わせながら面会を申し込んだ。
多忙なノースブルックだったが、比較的短期間で面会は叶い、ヨシダはヤシマ防衛の重要性を強く訴えた。
ノースブルックはその訴えに「そのことは充分理解している」と答えるものの、肯定的な言葉はなかなか出てこない。
「現状では王国政府も強く言えぬのですよ。ゾンファの危機が去った今、我々がこれほどの負担を強いられねばならんのかという国民の声を無視することはできませんのでな」
「ならば、帝国の脅威を訴えればよいのではありませんかな。ちょうど、エドワード殿下が襲撃された事件があったではありませんか。そのことを公表すれば貴国民も納得されるのでは?」
ヨシダの指摘にノースブルックは頷くが、
「私からは言えんのですよ。コリングウッド中佐は私の義理の息子に当たりますからな」
そう言って意味ありげな視線を送る。
その視線を受けたヨシダはノースブルックの考えを理解した。
「おっしゃりたいことは理解いたしました。やはりここは我らヤシマ外交団が貴国の方々にご納得いただくよう根気よく説明するしかないということですな」
その言葉とは裏腹に、面会当初に漂っていた悲壮感はヨシダの顔からきれいに消えていた。
毎日更新で行けるところまでいきます。
初日は3話一気に公開です。