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bukimi

陶芸家

作者: yuyu

 蓄えた白い顎鬚を手で撫で付けながら、若い女性レポーターの取材に応じる人影がある。


 楠慶次郎は70を手前にして、数々の陶芸品を作り上げてきた人物である。見る者を魅了し、日本以外の外国から、大金をはたいてでも、買い占める輩が続出している。


 もちろん、弟子入りを希望する者も跡が絶えない状況だ。楠は基本、一人だけで集中して、陶芸品を作り上げていきたい考えの持ち主である為、希望者に対しては、毎回断り続けていた。


 そんなある日、一人の若者が意気揚々と、楠の元を訪れた。弟子入りを希望とのこと。


 楠は断ろうとし、訪ねてきた若者の姿を見た。


 年齢にそぐわない落ち着いた風貌。一重の瞼からわずかに見える眼光は、強い意志を携えている。身長は楠の頭3つ分も上だ。見上げる格好となる為、このままでは首を痛めかねない。


 青年は、右肩にかけていた大きな鞄から、一つの陶芸品を取り出した。あまりの神々しさに目を剥く。無駄の無い色使い。歪さの欠片も感じさせない。本当に、人の手で作られた物かと疑わざるを得ない程の代物。


 楠は直感した。こいつは天才だ、才能があると。


 青年は笹川康夫と名乗り、楠にその才能を見初められ、その日から弟子入りが決まった。


 笹川は安堵していた。ここで追い返されようものなら、今までの苦労が無くなってしまうと焦っていた。陶芸を始めたのは、約十年前。一日も欠かさず陶器と向き合ってきた。


 楠の弟子になれる事は、腕前を上げるだけでは無く、世界的にも有名になれるということ。


 つまり、世界に自分の腕を認めてもらえる事に繋がると確信していた。蔵の中で、ろくろを回し続ける楠の姿は年齢にそぐわない気迫を放っている。その姿、手付き、動作の一挙一動に目を注がざるを得ない。自然と自分の手が止まってしまう。見惚れてしまう。


 その度に、楠からは集中力が欠けていると怒鳴られてばかりだ。慌てて、自分の目の前で回転し続けているろくろに向き合う。そんな日々が続いた。


 数ヶ月後


 楠の自宅の長い廊下を歩いていると、


 ガシャン!


 何かが割れるような音が蔵の方角から聞こえてきた。決まって、夜の9時頃に必ずこの音が響き渡る。


 初めて聞いた時は、何事かと思い、慌てて蔵のほうへと走って行った。蔵の両開きのドアは内側から鍵がかけられていた。そこで、ドアの向こうに向けて、声を張り上げると、聞き慣れた太い声で返答があった。


 「いつもこの時間に、失敗作を割ってる。そんなに気にするな」


楠の声を聞き入れ、安堵の溜息をつく。てっきり、何かを落とし、割ってしまったのかと考えていたからだ。


その日以降から、決まった時間に音が聞こえても気にしない様になっていた。今日も同じ音が響き渡る。


ふと、笹川は疑問を抱いた。こんなに大量の失敗作を作る時間があっただろうかと。どんなに考えても、割っていく音と、日々作り上げている陶芸品の数が合わないと感じた。


一度、湧き上がった疑問はなかなか払拭する事は出来ない。笹川は諦めて、頭に巻いていたタオルをほどき、首元に引っ掛けると、ゆっくりと音を立てないように、蔵へと足を進めた。


蔵は庭を横切らないといけない位置に建っている。庭には砂利が敷き詰められており、ゆっくりと歩を進めても、砂利と靴底が擦れる音は発生する。


しかし、蔵の中で失敗作を割る音に紛れて、ほとんど聞こえないまま、蔵まで近づくことが出来た。後は、中を覗き見るだけだが。


 (どうやって中を見ればいい?)


笹川は内心で舌打ちをした。蔵の入り口まで辿り着くことは出来た。だが、鍵が内側からかけられている。これでは、中の様子を見ることは不可能だ。


(そうだ!思い出した!)


毎日、蔵の中で作業を行っていた笹川は、あることに気付く。蔵の正面から見て、左側に換気用の小窓がある。その窓からであれば、気付かれずに中を覗き見る事が出来る。


急いで、蔵の左側にまわりこんだ。薄明りが小窓から漏れ出ており、その光に導かれ、虫が数匹たかっていた。


(よし、これなら)


眼を輝かせながら、そっと小窓から中の様子を覗き込んだ。


ガシャン!


割り続ける音が続いている。丁度、小窓を背に床に座り込んでいる楠の姿が見えた。右手で振りかざしたハンマーで、何かを砕いている。それがどんな失敗作であるか、もっと見えないかと視線を周囲に注ぐ。


途端、吐き気がした。笹川の視線の先、楠の左側に白い大量の物体が見えたからだ。


誰が見ても分かる。あれは人骨だ。さらに、肉を綺麗にそぎ落とし、丁寧に洗った後であるのか、天井の明かりに照らされて、鈍い光沢を放っていた。


 楠は骨の一つを左手に取ると、右手に持ったハンマーを振りかざし、叩き割る。


ガシャン!


 楠の表情が見えない分、どんどん悪寒と吐き気が襲ってくる。毎晩、聞き続けていた音は骨を叩き割っていた音であったのだ。


眩暈も伴い、思わず後ろによろける。


ジャリ……


しまったと思った時には、手遅れであった。砂利の擦れる音に気付いた楠が振り向き、笹川と目が合った。楠の眼からは、光が失われていた。脇にある人骨の光沢にも劣っていた。


「うわああああああ!」


笹川はすぐに蔵から駆け出した。部屋にあった自分の荷物を滅茶苦茶に鞄に詰め込むと、一目散に楠の家から出て行った。


数年後


結局、警察に話すタイミングを失い、毎日悪夢にうなされる日々が続いていた。警察に数年前の事について話そうと何度も考えた。


だが、相手は世界的にも有名な人物である。すぐに信じてもらえるはずが無い。笑われて終わりだといつも決め付け、諦めていた。


 何気無く、自室のアパートにあるテレビを点けてみる。何か気を紛らわさないと、またあの光景が頭に浮かび上がってしまうからだ。


古びた液晶テレビに電源が入り、番組が映し出される。テレビに映りこんだ人物を見た瞬間、鼓動が高まる。


楠だ。


特集であろうか。レポーターが蔵の中の取材を行っている。楠に丁度話を伺っている最中であった。


「やはり、楠さんの作品は素晴らしい物ばかりですね!これからも、現役で続けていかれるのですか?」


「もうこの歳の為、そろそろ引き際かと」


「そうなんですか!これは驚きました。それでは、お弟子さん等はおられないのですか?」


そのレポーターの声を聞き終わるか否やの間に、楠は陶芸品を飾っている棚へと歩いていた。その中の一つを手に取る。笹川の作品だ。弟子入りを志願した際の渾身の一品である。


楠は曇った眼差しで、その陶芸品を抱えると涙を眼に浮かべながら話始めた。


「実は、数年前に弟子入りを志願した方がいました。作品は見ての通り、素晴らしいの一言。弟子入りをさせましたが、何故か数年後に急にいなくなってしまいました」


「今でも、この作品を眺める度に、涙が出てきます。どなたでもいい。見つけて下されば、私の作品を無償でお渡しします。弟子の作業中の写真があります。参考になれば幸いです。どうかお願いします」


「そんな事が……お辛いですね。私たちも可能な限りそのお弟子さんを探してみます!」


レポーターの威勢の良い返答を聞き、笹川は絶望だと思い知った。こんなに有名な陶芸家だ。沢山の人がこの番組を観ている。皆、作品を目当てに、自分の事を探し出すだろう。


テレビの画面に映る楠と目が合った気がした。まるで、笹川の事が見えているかのように、薄ら笑いを浮かべた顔がそこにはあった。

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