第八十話 「ッフウゥ。ふざけんな!」
主人公が恐怖に打ち勝つ回。
ベーテの森、東京ドーム2個分ほどの面積をほこる森。その森の食物連鎖の頂点には2体の魔物がいる。1体は森の最深部にある湖周辺に生息している大蛇、タイラントサーペント。そしてもう1体は体長2m強、体重約500㎏の巨体、大熊、ホワイトバック。巨体から振られる1撃は下級冒険者を軽く殺せる威力だ。故に実力が足りない冒険者はこの森で白い背中を見たら即座に逃げる。しかし、今の時期は冬。どちらの魔物も冬眠しているいるはずだった。
「ジャックその場から離れろ!!!」
俺はジャックに向かって叫んだ。
ジャックはすでにレッドボアまであと数歩の距離まで近づいていて、まだホワイトバックの存在に気が付いていない。
(レッドボアの巨体で見えないんだ。)
冬の季節とまだ新鮮な死体故に死臭もそこまでひどくないのもあるがレッドボアの元々の体臭でそこまで臭わないのだろう。
(!っくそ。完全に判断ミスだ。食後で寝そべっているとばかり思っていたが、まさかすでにホワイトバックに襲われていたなんて。)
「ヒロシどうしたんすか?」
俺の大声に気が付いたジャックがこちらの方へ走ってくる。
「しまった!ジャック後ろだ!」
俺の声に気が付いたのはジャックだけではない。当然ホワイトバックにも聞こえている。ホワイトバックはすでにジャックの真後ろに立っていた。
次の瞬間、ホワイトバックの容赦ない1撃がジャックの背中めがけて振られる。ジャックが気付いた時にはもうすでに遅く、ジャックの体は横に数十メートル吹っ飛んでいった。
「ジャック!っくそ。」
(これは俺のミスだ。もっと慎重に動けていれば、声以外にもジャックに状況を伝える方法があったはずだ。)
この間俺はその場から動けずにいた。
(動け、動けよ俺の体。)
恐怖で体が固まったように動かない。両足が鎖に縛られた様だ。両手は震え、足は動かない。ただ、心は恐怖に飲まれている。あの日の記憶が蘇る、死の恐怖が、トラウマが。
ホワイトバックはゆっくりと吹っ飛んでいったジャックの方へ向かう。まだ生きているかもしれないジャックに止めを刺すために。
(このままじゃあジャックは確実に死ぬ。俺の判断ミスで。今ならまだ救えるかもしれないのに。体が思い通りに動かない。)
(クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ。)
(俺は何なんだよ。恐怖に飲まれて、仲間を見殺しにして。トラウマを作ってるのは間違いなく自分だ。)
「ッフウゥ。ふざけんな!」
バチン
自分の中で何かが切れた音がした。それが恐怖なのか記憶なのか、はたまた別の何かなのかは分からない。だけど、確実に俺の体は動けるようになった。
次話は来月投稿します。