第二百三十四話 「…あいつにしては饒舌だったな」
今月第三話。
ブィンド大洞窟 中層
4月30日 23:00
ガサガサ
後ろを振り向くとテントからヴァンレンスが這い出てきていた。
「まだ、時間じゃねぇぞ」
最初の見張りから一時間、交代にはまだ時間がある。
「うるせぇ、腕の傷が痛くて眠れねぇんだよ」
「そうか。だったら、話し相手にでもなってくれや」
俺は紅茶を淹れたカップをヴァンレンスに手渡した。
ここはブィンド大洞窟中層にある水場の一つ。俺達以外にも冒険者パーティーが数組テントを張っている。時々水を飲みに来る魔物はいるが好戦的なものはいなかった。
「お、悪いな」
「それにしても、毒霧とは中々渋いものを持っているな」
「悪かったな卑怯な手を使って」
あの戦闘、正々堂々戦えば俺達に勝ち目はなかった油断と運が重なり合った結果俺達が勝っただけだ。
「なんだお前、正面切って勝ちたかったのか」
「…」
正々堂々、卑劣な行為もなく純粋に実力だけの戦い。そういったものは諦めたはずなのにやはり心の中で少しばかり残っていたようだ。
「いいじゃないか卑怯卑劣。大会や手合わせとかだと別だがよ。外で敵と出会っちまったらそれはもうルール無用のやり合いになる」
ヴァンレンスは紅茶を一口飲み、話を続けた。
「言い方は悪くなるが忍者もようは盗賊やシーフ系統の職業だろ。索敵、情報収集、暗殺などが仕事だろ。俺達のようなゴリゴリの戦闘、前衛職とは違う。戦い方も潜み、隙を伺い、死角から一撃必殺を狙う…だろ」
「ああ」
その通りだ。騎士や剣士、戦士とは基本的な戦法がまず異なる。外に出てしまったらルール無用。生きるために手段を選んでられない場面がある。あるとしたら自分が決めたものだ。自分のための一線を越えない決め事。
(それでも、レイルのようなシーフもいるんだよな)
「ああ、相棒の事は気にするな。あいつはなんていうか…変な奴だからよ」
「自分の相方を変な奴呼ばわりは酷くないか」
静かにテントから出たレイルが話に入ってきた。
「うぉ!お前いつから」
「ついさっきだ。起きたらでかいのが居ないことに気付いてな」
「紅茶いるか?」
俺はエクストラポケットから新たにカップを取り出す。
「いい、ヴァンも見つけたしついでにトイレに行ってくる。あと、毒霧は悪くない手だ。勉強になった」
(起きたのはついさっきとか言ってなかったか)
「…あいつにしては饒舌だったな」
似たような職業で格上相手に褒められると素直に嬉しく感じるな。
(自分が間違っていない道を歩んでいるって肯定してくれているみたいで)
何を大事にし、何物を目指すのか。