第百七十七話 「悪かったな。きれいに戦えなくて、でも現実はこんなもんだぞ」
今月6話目。
ブシュ
ジャックの盾が壊れたことに気を取られた隙にコブの槍が俺を襲う。顔を逸らし、ギリギリで直撃を避ける。
「ッツ!」
しかし、避けきれず右耳の上半分が突き飛ばされる。全力で後ろに飛び、距離を取った。
(まずは目の前の相手に集中しろ!)
カンキンコンキン
コブは距離を詰め、変わらず槍のリーチを活かしてくる。大振りをせず、俺の隙を誘い徐々に削る戦い方だ。俺は槍の連撃を2本の短剣で捌いていく。
(あれ?さっきより体が軽く感じる。槍も軽く感じる)
「グォーーー」
横目でちらりと巨体ゴブリンが倒れていくのが見えた。
ほんの一瞬、目の前の相手が固まって見えた。相棒の死で動揺したのか、疲れからなのかは分からない。ただ、やっと掴んだ隙を見逃さない。
(今だ!)
トントン
つま先の音にコブが気付く、しかし時すでに遅く俺は槍をすり抜け懐に入った。
ザン
「電光石火!」
バツ印に双剣を振る。血吹雪が飛び静かに新人殺しは倒れた。
「ハア、ハア」
後ろで倒れているコブの生死を確かめる。冒険者から奪ったであろう青のライト―アーマーの胸に致命傷を与えられた小柄なゴブリンは仰向けに倒れていた。
「ったく、何で倒れたお前がそんな満足そうな顔で死んでんだ」
その顔はまるで勝者、最後に何かを悟ったような笑顔だった。
(生き残ったこっちの方がきつい顔しているっていうのに)
手で静かにコブの目を瞑らせた。
「これで本当に終わりっすよね?」
気づかないうちにジャックが近くに来ていた。左腕が変な方向に向いて全身ボロボロの姿だが生きていることに変わりはない。
「ジャック、腕大丈夫か?」
「大丈夫っす。こんな傷ヒロシに貰ったポーションを飲めば治るっす」
ジャックはマジックバック(中)からポーション(普通)を取り出した。
「治癒魔法ライトヒール」
ジャックがポーションを飲む前にドロシーの両手から小さな火の玉が出てきてジャックの左腕を照らした。
「右腕どう?」
ジャックはポカンと間抜けな顔をしながら右腕を軽く動かし、手を開いたり閉じたりを何度かした。
『すげえ(す)』
長時間炎の壁を維持する魔素量、炎や風魔法だけではなく治癒魔法も使える魔力。ドロシーは本当に魔導士の素質があるんだな。
「ジャック、ドロシーに礼言っとけ」
「ありがとうっす、ドロシー」
「いいわよ。こんなの大したことじゃないし。それよりも今度こそ終わりよね」
「ああ。後は解体するくらいだな」
特異個体に見える新人殺しとその相棒は解体しないで死体のまま持ち帰った方がよさそうだ。
「そう」
ドロシーが力を抜きその場に座り込むと同時に周りを囲んでいた炎の壁が消えていった。
「おい、大丈夫か」
(俺の指示を待っていてくれたのか。悪いことをしたな)
「アー、疲れたー。フフフ」
俺達の姿を見てドロシーは笑みをこぼした。
「何笑ってんすか?」
「だってみんなボロボロだから」
「悪かったな。きれいに戦えなくて、でも現実はこんなもんだぞ」
それから俺達3人はボロボロの姿で笑いあった。笑みは争いから1番遠いものかもしれない、ただし笑えるのは生者の特権だ。
ゴブリン戦終了。