第九十話 「今度こんな遠慮したらぶっ飛ばすからな。」
今月1話目。
12月11日 10:35
冒険者ギルド総括会ブィンド支部 1階 受付
支部長との対話を終えた俺とジャックはギルドに来たついでに以前受けたレッドボア討伐のクエストを放棄する事にした。このクエストには納期期限は記されていないが、中級以上のランクのクエストになると期日が記されている事が多い。ジャックと相談した結果、今の俺達の状況では直ぐにクエストを終える事が出来ないと判断した。無駄に依頼者を待たせる事もない、早めにクエストを放棄する事で他の冒険者が受ける事も出来る。結果依頼者を助ける事につながる。クエスト放棄のペナルティーなどもなく受付でのやり取りはスムーズに進んだ。
ちなみに依頼者は報酬を増やす事で期日の要求などクエストに条件を足す事が可能だ。当然その場合クエストのランクも上がる。
(当然っちゃ当然だ。準備期間が短ければ、しっかりとした調査もできない。不十分な準備はそれだけリスクをうむ。腕が良ければそういったリスクもどうにかなるのだろうが。)
「それでは、これでレッドボア3体討伐のクエストはキャンセルされました。」
俺は受付担当の女性職員からクエストを放棄した書類を貰う。
「ありがとうございました。」
俺達がギルドに来た数時間前と変わらず、今朝の新聞記事のせいで周囲から視線を感じる。
「ジャック、受付終わったぞ。」
近くで待っていたジャックの方に近づく。
「残念す。あと1体だったのに。」
ジャックは少し落ち込んでいた。
(まあ無理もない。装備さえ壊れてなければ今からでもクエストへ向かえるのだが、俺達2人の装備はフローズンベア戦でボロボロになったからな。)
「しょうがないだろう。また次受ければいい。今度は毒を使わずに討伐できるかもしれないしな。」
落ち込んでいるジャックを慰めながら、俺達はギルドを出た。
(いつまでも気持ちの悪い視線を味わいたくないし。)
「さて、これからどうする?」
「装備がやばいすから、装備屋に行きたいすね。」
「それは同感だ。それじゃあアナグラに行っておやっさんに見てもらおうぜ。」
俺達は装備屋アナグラの方へ歩き出す。
「貰った報酬で直してもらおう。」
俺は懐から支部長から貰った巾着袋を取り出す。
「2人で仲よく10金貨ずつ。」
俺はジャックに報酬の半分、10金貨を渡そうとするが、ジャックは受け取らなかった。
「?」
「ヒロシ…その事なんすけど、俺は貰えないっす。」
「は?どうして。」
俺は立ち止まり、ジャックの話を聞く。
「さっきも言ったすけど、フローズンベアはほとんどヒロシ1人で倒したじゃないすか。その報酬はヒロシ1人の分す。」
「バカ言ってんじゃあねえよ。俺達はコンビだろうが、ソロで受けたクエストならいざ知らず、クエストは2人で受けたんだ。まあ、出会ったのは違う魔物だったが、それでも俺は2人で乗り越えたと思ってる。」
俺は真っ直ぐジャックの目を見て話す。
「いいか。たとえ9割俺がやったとしても残りの1割が無ければあの大熊は倒せなかった。ジャックが最後に剣を貸してくれなかったら、止めは刺せなかった。だから、これは…お前の分だ。」
俺はジャックの手を引っ張り、掌に無理やり10金貨を握らせる。
「…ヒロシ。」
「今度こんな遠慮したらぶっ飛ばすからな。」
俺はジャックの胸を拳で小突き、優しく微笑んだ。
ジャックとヒロシの仲が段々良くなっている。