第八十九話 「おう、今日はありがとうな。」
今日三話目
「少しばかり多めに入れた。それは俺の誠意分って所だ。そして、この件に関してもう1つ話したい事がある。」
「…はい、なんでしょう。」
俺は受け取った報酬に驚き、返事に少し間があいてしまった。
「お前ら今朝の新聞は読んだか?」
「新聞ですか。いえ、まだ読んでません。」
(まだと言うよりこの世界に来て1度も読んだ事がない。元居た世界でも新聞ではなくネットニュース派だった。)
「そうか。いかんぞ、冒険者だったら手に入る情報は貪欲に齧り付かないとな。これが今朝の新聞だ。全部は読まなくていい1面だけ読んでくれ。」
ベールさんは新聞を取り出しテーブルに置く。
「はい。」
俺は言う通りに新聞の最初のページだけを読んだ。
「…な!」
少し読んだら支部長が何を話そうとしているのかが分かった。
「どうしたんすか。」
ジャックが聞く。俺は無言で新聞を渡した。
「…え!」
ジャックも新聞の1面の記事に驚いている。
「この記事って?」
俺はベールさんに聞く。
「ああ、冬越し熊討伐の記事だ。ったく何処でかぎつけたのかは知らんがご丁寧にも討伐者の名前まで書かれていやがる、お前達2人の名前がな。」
ベールさんの言う通り新聞の1面には冬越し熊の記事が載ってあり、ついでに俺とジャックのフルネームと冒険者ランクまで書かれていた。
(なるほど、これで合点がいった。俺達がギルドに入った時ギルド内がざわざわしていたのはおそらくこの記事のせいだ。妙な視線もケビンさんにではなく俺達に向けられたものだったのか。)
「安心しろ。さっきこの記事を書いた記者を呼んで、説教した所だ。これ以上お前達の情報は流出しないと思う。」
俺達が部屋に入る前に慌てて出てきた男は記者だったのか。
「配慮ありがとうございます。」
ベールさんが心配したのは俺達の情報が流れて、他の冒険者からいやがらせされるかもしれない事だろう。
(まあ、どの世界にも有名人を妬む人は一定数いる。)
「いいんだ。つまらない事で将来有望の冒険者が潰れるのは俺達、ギルドからしたらただの損失だからな。ガハハハ。」
「まあ、ケビンがそばにいる時はそういう事も起きないだろうがな。ガハハハ。」
隣にいるケビンさんを見ると深くうなずいていた。
「それでは俺達はこれで失礼します。」
「おっと、もう1つ言い忘れていた事があった。」
話が1通り終わり支部長室から立ち去ろうとした俺達をベールさんが呼びかける。
「お前らEランクに上がる気はあるか?」
「Eランクですか?」
「ああ、冬越し熊は下級冒険者2人で討伐するような魔物じゃあねえ。お前らの実力はEランク相当だ。望むんだったら俺が推薦しとこう。」
ベールさんは説明を続ける。
(確かに冬越し熊は下級冒険者ではきつい相手だろう。それは戦った俺達が1番分かる。)
「ランク昇格ってそんな簡単に出来るんですか?」
ジャックが素直に聞く。
「まあな、上級冒険者や中級冒険者だったら簡単に昇格は出来ないが、下級冒険者から中級冒険者に上げる事くらいだったら支部長の俺でも出来る。」
「そうですか。…折角ですが、俺は遠慮しときます。記事では2人で討伐したって事になってますが、実際はほとんどヒロシ1人で倒したようなものですし。」
ジャックは少し考え、丁寧に断った。
「…そうか。じゃあヒロシは?」
断られたベールさんは少し驚いていたが納得したようにうなずいた。
「俺も辞退させていただきます。ありがたいお誘いではありますけど。」
俺も断る事にした。
「どうしてだ?」
ベールさんが聞いてきた。
「どうせ近い将来ジャックと一緒に上がるつもりなんで。」
俺は自信満々に答え、真っ直ぐベールさんを見る。
(どのみち上がるならジャックと一緒がいい。それに自分のペースで上がりたいし。)
「ガハハハ、そうか、そうだな。」
ベールさんは大笑いし、俺の背中をバシバシと叩く。
「痛たた。…それでは俺達はこれで失礼します。」
「おう、今日はありがとうな。」
シモン・ベール怖い支部長から、大笑いの明るいおっさんにイメージが変わる(笑)。