放課後の教室
「でさ、神田のやつマジであり得なくない?」
「ないわ~」
「でしょ?」
放課後の教室。
夕暮れが窓から緩やかな光を注ぐこの時間、友人のトモちゃんとその日の出来事を話すのは私の日課のようなもの。
女子高生として生活するのも後半年。
トモちゃんとは別々の大学に進学を決め、毎日会うことは出来なくなるだろう。
そうなればきっとこの時間も特別に変わることだろう。
けれど私達はまだどこにでもいる女子高生のまま。
こんななんてことない日常の一幕もまた、今の私にとってはなんてことないものなのだ。
「あ、そういえばトモちゃん朝、手紙もらってなかった?」
「ん?」
「誤魔化してもダメだって。靴箱に入ってたの見たんだから! あれってさ、ラブレター?」
「そんなんじゃないってば!」
「え~、でも靴箱に入れる手紙って言ったらやっぱりラブレターが定番でしょ! 隠さなくてもいいのに」
「だから違うってば! もう帰るよ!」
「え、もう? じゃあ私も変える!」
頬をぷっくりと膨らましたトモちゃんはバッグを手に、さっさと教室を後にする。
どうやら怒らせてしまったらしい。
「待ってよ~」
追いついたら謝らなきゃ。
そう思って急いで自分のバックを肩に下げて廊下に飛び出す。
――けれどそこにトモちゃんの姿はなかった。
いつもだったら怒っても待っててくれるのに。
本気で怒らせた?
怒るフリをすることはあれど、トモちゃんが本気で怒ったことなんて今までなかった。
もしかして手紙が地雷だったとか?
急いでバックからスマホを取り出す。
校内は使用禁止だからと電源を消していたが、起動するその時間さえももどかしい。
「早く、早く」
その場で地団太を踏んだところでスピードが速くなる訳でもないのに、焦る気持ちはパタパタと足を動かすことで気持ちを紛らわせている。
やっと見覚えのあるホーム画面が目に入り、ロックを解除してSNSを起動させる。
トモちゃんに『ゴメン』とだけ打ち込んで送信した。
後は許してくれることを祈るばかり。
返信がなかったら、明日ちゃんと謝ろう。
そう決めてバックにスマホをしまい、入学してから初めて一人で帰り道を歩もうとした。
「アキ」
「……っトモちゃん!」
屋上へ続く階段からトモちゃんが降りてきたのだ。
きっとメッセージを読んで、私の謝罪を受け入れてくれる気になったのだろう。
優しいトモちゃんに「しつこく聞いてゴメン!」と頭を下げる。
けれどトモちゃんはそんな私を不思議そうなに見つめる。
「何のこと?」
「なんのことって、さっき手紙のことしつこく聞いちゃったでしょ。それに怒って出てっちゃったじゃん。だからゴメンって」
「アキ、何言ってんの?」
「何って」
「私、アキに手紙のことなんて聞かれてないけど」
「え? トモちゃんこそ何言ってんの? あ、もしかしてなかったことにしたいの? ならもう聞かないから」
「そうじゃなくって、本当に聞いてないんだって」
なかったことにしたい訳でもなければ、怒っているという様子でもない。
ただ私がまるで意味の分からないことを口にしているとでも言いたげだ。
何が起きているの?
かみ合わない会話に首を傾げた私はトモちゃんがとある物を持っていないことに気が付いた。
「………………ねぇ、トモちゃん。バッグどうしたの?」
「バッグ? それならおきっぱだけど」
自分の机まで進むと横にかかったままのバッグを持ち上げ、私にほら、と見せつける。
さっきのトモちゃんが持っていったものと全く同じ物を。
「どうしたの、アキ。もしかして何も言わずに行ったこと怒ってる? 一言かけてから言おうと思ってたんだけど、アキ、トイレ行ってたから。だからメモ置いておいたでしょ?」
これ、と見せられてもそんなメモ、知らない。
見ていない。
だって置かれていた場所はちょうど『トモちゃん』の腕があった場所だから。
「置き場所悪かった? ゴメン。ドーナツ奢るからさ、許してよ」
「…………アソートのやつが食べたいな」
「ええ!? 高いやつじゃん! まぁいいよ。でも代わりに今日の話聞いてよね。話したいこといっぱいあるんだから!」
ねぇトモちゃん。
私、一体誰と話してたんだろう?
本物のトモちゃんと並んで駅前のドーナツ屋さんに向かう私の背筋はひんやりと冷えていた。




