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巨人と少年  作者: 暫定とは
一章『邂逅』
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9

 出発は翌朝に回された。バーンズからリリたちへの旅の心得の指南や、道順の案内、そしてリリの荷物の支度に、時間が掛かってしまったからである。「すぐにでも出発しないと」と言っていたバーンズだったが、彼に抜かりはなかった。納物祭の二日前には帝都に到着する予定で日程を組んでいた為、出発が一日遅れても、納物祭には余裕を持って間に合わせることが出来たのだ。

 旅立ちに際して、村の皆がリリたちの見送りに集まった。これは毎年の恒例であった。

「それじゃあ、行ってくる」

 村の門を出てすぐのところで、――細身の体格とは不釣り合いな――大きな鞄を背負ったリリは言った。右隣に並ぶルチカの背中にも、リリのものほどではないが大き目の鞄が背負われている。リリの左隣に立つドボロもまた、ヘルズが背負う為に特注で作られた、巨大なバックパックをその背に背負っていた。その中身は、帝都へと納物する品物を始めとし、調理器具や着替え、寝袋やテントなど様々だ。

「ルチカ、必ず無事に帰ってくるんだぞ」

 ルチカと視線を交わして、ダグザはそう言った。ルチカは笑みを浮かべながら、「うん」と頷き返す。続けてダグザは、リリの髪を掻き撫でながら、冗談交じりにこう続けた。「リリ、ドボロ。ルチカを頼むぜ。何かあったら承知しないからな」

「うん。ダグザさんも、父さんが無理しないようによろしく」

 リリに続いて、ドボロは「ンだ」と頷いた。と、ダグザの後方から、青い髪の女性が現れる。ダグザの妻で、ルチカの母のシェリルだ。別れの挨拶は自宅で済ませていたものの、娘の旅立ちに不安と寂しさを隠し切れずに、彼女は充血した目に涙を溜めていた。

「気を付けるのよ、ルチカ」

 震える母の声に、自身も思わず、目頭(めがしら)がじんわりと熱くなるのを感じながらも、ルチカは涙は見せないように、ぐっと(こら)えて頷いた。

「うん、大丈夫だよ。行ってきます」

 「リリ」とバーンズは一歩前に出ると、厳しい剣幕で次を言った。「無茶だけはしないでくれ。お前には猪突猛進なところがある。納物祭が終わったら、真っ直ぐにコントゥリに戻るんだ」

「うん。父さんも、無茶はしないでよね」

 リリは笑顔を浮かべてそう返した。リリに頷き返すと、バーンズは強張らせたままの表情を、今度はドボロのほうに向けた。

「ドボロ、……リリとルチカを頼む」

「リリはオデを目覚めさせてくれただ。ルチカもリリも、命に代えても守る」

 心強いドボロの言葉に、バーンズは漸く安堵の表情を浮かべて頷いた。リリも父のその顔を見て、満足げな笑みを浮かべると、「それじゃ」と言いながら、(きびす)を返しかけた。その時であった。

「――リリ!」

 村の皆をかき分けて、その後ろから大柄な男子と、細身の男子がやって来た。ジンとニックだ。

「ジン! ニックも」

 リリの隣に立つドボロの姿を仰ぎ見ると、二人は目を見張って驚いた。ジンが悔しげにぼやく。

「ホントにお前が目覚めさせたのかよ……。クソッ! どうしてお前ばっかり……」

 それを聞いて、リリは僅かに誇らしさのようなものを感じた。リリはジンのことを、決して好いてはいなかったが、力が強く、或る程度のリーダーシップを持つ彼を、いつも羨ましく思っていたからだ。然しそれは、ジンとて同じだった。彼もまた、ルチカと仲が良く、村長の息子でもあるリリに憧れていた。彼らがそれを口にすることはなかったが、二人はお互いに、認め合っている仲でもあったのだ。

「お前さ!」

 唐突にリリに顔を向けると、ジンは怒鳴るように声を張った。その声量に、リリは少し戸惑った。「な、なんだよ」

「ル……! ル……」

 ジンはルチカとリリの顔に、交互に数度目をやった。そしてやはり気に食わなそうにして、少年らしくふっくらとした両の頬を、然し僅かに紅潮(こうちょう)させると言った。

「ルチカのこと、……ちゃんと守れよ」

 リリはその言葉には心当たりがあったので笑みを浮かべたが、ルチカのほうは、『何故それをリリに言うのか分からない』といった様子で、不審の表情を浮かべると尋ねた。

「なんでアタシの心配? あんたこそ、ちゃんと宿題やって、先生に叱られないようにしなさいよ」

 悔しそうに眉間に皺を寄せると、ジンはその怒りをリリに向けるかのように、再び怒鳴るように言う。「兎に角! 何があっても、ルチカを守り抜けよ」

 ジンは真っ直ぐに、リリの目を見つめた。リリにはその目は、切にそれを懇願(こんがん)しているようにも感じられた。そして続く言葉に、リリはそれを確信した。

「男と男の約束だ」

 表情から笑みを消し去ると、リリは真剣な眼差しで、ジンを見つめ返した。二人の視線には、言葉には出さないやり取りが確かにあった。

「分かった。約束する」

 それを聞くと、ジンは満足げな笑みを浮かべるなり、またすぐに不機嫌そうに顰め面になった。ぶっきらぼうにリリの両肩を掴むと、ジンはリリの身体を(ねじ)るようにして、再び向こうを向かせた。

「お前も! 精々怪我せず、さっさと帰ってこいよ!」

 そしてリリの背中を、ジンは右の平手で強く叩く。これはリリにも堪えた。「いったい!」

「オレからのセンベツだよ! おとこ女!」

 背中を擦りながら仕方のなさそうに笑うと、リリは最後にもう一度、村の皆を、ジンを、そして父を振り返った。信頼と心配の入り混じった眼差しで、一同はリリたちを見つめていた。

「それじゃあみんな、行ってくる!」

 ドボロとルチカが、それに続く。

「行ってくるだ」

「行ってきます」

 人だかりの中から、「頑張れよ」、「気を付けるのよ」、「頼むぜ」などと声が上がる。皆の激励(げきれい)を背に、改めて踵を返すと、三人は眼前に広がる平原を見渡した。

 リリの濃紺の瞳は、これから始まる旅路に、期待と不安を抱いて煌めいた。クリーム色の髪が、葡萄色のケープが、春の風を受けて、舞うように(なび)いている。

(――何と出会うんだろう)

 喜びを噛み締めながら、リリはその一歩を踏み出した。背の低い草がそれに応えるように、音を立てて潰れる。それだけのことすらも、リリには新鮮に感じられた。

(――何が待っているんだろう)

 唾を飲み、今一度この旅路に思いを馳せる。何もかも、初めての経験だらけになる。目に映るものすべてが、きっと輝いて見えるだろう。

「ドボロ、ルチカ」

 リリは顔を向けることなく、二人の名を呼んだ。ルチカとドボロは、リリの背中に目をやった。ルチカの紺瑠璃の髪も、ドボロの頭から生えた双子葉(そうしよう)の芽も、静かに風に揺れていた。

「――いこう」

 そして、少年の旅は始まる。

 東へ。光の帝都・アルバティクスへ――。

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