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再び、ネーデルラント入出門広場。横たわったハウルの傍らには、息を切らしたシンが立っている。
「言ったろう、絶望など言い訳でしかないのだと。絶望に抗って、最後までもがき続けた者だけが、栄光を手に入れることが出来るのさ」
強気で言ったシンに対し、ハウルは笑って見せる。
「認めざるを得ませんね。私の負けです。……元素機構とやらの研究に、私も生きて、身を投じたかった……」
憐れむような視線をハウルに向けると、シンはそれに答えた。
「アンタたちの時代は、千年前に終わってるんだ。後のことは俺たちに任せて、安らかに逝け」
「ええ。ですが」と、ハウルは今一度、神妙な面持ちになって続ける。「人間というものは、いつ何処でスイッチが切り替わるか分かりません。あなたほどの知恵者なら、それを見誤ることはないでしょうが、それでも油断は禁物です。利便性に溺れて量産に走れば、いずれは元素機構も、アーツと同じ轍を踏むことになる。それだけは、忘れないでください。人類が、同じ過ちを繰り返さないことを、祈っています」
最後には、ハウルはニッコリと微笑んだ。ポケットに手を突っ込むと、満天の星空に目をやって、「分かっているさ」とシンは言った。
ジークと同じく、刻のフォルスから解放されたハウルの身体は、急速に老化し、骨と化し、粉になって風に舞った。リリの勝利を察したシンは、安堵に溜め息を吹き漏らすと、城への道を進み始めた。
「あなたみたいな小娘に、してやられるなんてね」
同時刻。所は移り、商店街広場。地に転がるリザの脇に立って、ルチカは両の手を腰に当てている。
「アタシは負けないって言ったでしょう。リリも、他の皆も、きっと」
詰まらなさそうに目を細めて、ルチカの表情を仰いでいたリザは、長い溜息を吐き出すと、「あーあ」と嘆くように言った。
「ま、今回は私の負けね。大したものよ、あなた。認めてあげるわ」
負けて尚、高飛車な態度のリザに対し、眉間を顰めてルチカは返す。
「別に、アンタなんかに認められようが、嬉しくもなんとも――」
「そうじゃないわよ」とルチカの言葉を遮ると、リザは言う。「ジークも、リリって坊やも、あなたくらい一途に、真っ直ぐに好意を向けられたら、振り向かざるを得ないのかもねってこと。私はそういう意味では、芯がなかったからいけなかったのかも知れない。……精々、諦めずに追いかけ続けることね」
リザの表情は何処か寂しげで、ルチカはそこに、憐憫すら覚えた。が、それを表情や口に出すことはしなかった。それこそリザにとっては、この上ない雪辱にしかならないのだろうと、ルチカには分かったからである。
「まあ」とルチカは宙に目をやる。夜の闇に、商店街の街灯は美しく輝いていた。
「それこそアンタに言われなくても、そうしてやるわよ」
ルチカの言葉に、リザは鼻で笑った。最後に一つ言い残すと、リザの肉体もまた、刻のフォルスからの解放を受け、ジークやハウルと同じように、ネーデルラントの空に舞った。リザとサフィーを見送ったルチカはラメールと共に、リリが待つ筈の王城へと、大通りを辿った。
「……本当に、可愛くない子」
辺りには、メラメラと炎の燃える音と、時折木の枝が割れて弾ける音が響いている。戦闘を終え、燃え残った微かな火に包まれる、ネーデルラント城の城門広場。
眠りの中から、ハッと目を覚ましたバーンズは、ここが何処であるのかと、自分が何をしていたのかということを思い出すと共に、急ぎ立ち上がろうとした。が、身体中に走る激痛に、それは阻害された。
「バーンズ、動かないほうがいい」
バーンズの目覚めに気付いたヘルズが、噴水の縁からそう、声を掛けた。
「戦いは終わった。ヴェイグとハデスは死んではいないが、気を失ってる。ルチカたちが来て、回復してくれるのを待とう」
「そうか」と返そうとしたバーンズは、喉に鋭い痛みを覚え、そこに火傷を負っているのだと気付いた。ヘルズの言葉に頷き返すと、バーンズは地に伏したまま、暫くそうしていた。
視線の先には噴水と共に、そこに腰掛けるヘルズの足が見える。後方に人間の気配を感じるので、それが恐らくヴェイグのものだろう。ハデスは、更にその向こうだろうか、正確な位置を把握することは、バーンズには出来なかった。
痛みが落ち着いてくると、バーンズはゆっくりとその身体を起こして、噴水まで這った。ヘルズが手を貸してくれ、噴水の壁面まで辿り着いたバーンズは、そこに背中を預けることが叶った。辺りは既に暗く、自分が幾らか気を失っていたことが分かった。仰向けに倒れたままのヴェイグとハデスには、動く気配はない。
それから更に、幾らか時間が流れると、バーンズは喉の痛みを覚えつつも、擦れ声を出すことくらいは出来るようになった。それから間もなくして、横たわっていたヴェイグの身体がピクリと動いた。やはり身体が痛むのか、呻き声を上げたヴェイグにバーンズは身構えたが、彼がその場から動くことはなかった。自身の身体が動かないことを悟ってか、ヴェイグは仕方のなさそうに笑みを浮かべると、静かに言った。
「俺の負けだ、バーンズ……。良い、火だったぜ……」
バーンズもまた、フ、と小さく笑みを溢すと、擦れた弱々しい声で、それに答えた。
「お前の火も、……なかなかだったよ」
「フン」と鼻で笑ったのを最後に、刻のフォルスから解き放たれたヴェイグの肉体は、凄まじい速度で老化し、白骨化し、粉状に変わると、夜空へと舞い上がった。
間もなくして到着したルチカとラメールに回復をしてもらい、その後クーランと共に現れたシンに肩を借りて、バーンズは漸く、その場に立ち上がることが叶った。三人と、そのアーツたちは、決戦を終えたリリの待つ、ネーデルラント城、謁見室へと向かった。




