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巨人と少年  作者: 暫定とは
七章『決戦』
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 〝第二共鳴(セカンドチェイン)〟を発動させたヴェイグの、剣の一薙(ひとな)ぎから放たれた青い炎が、バーンズへと襲い掛かる。

「燃え尽きやがれ!!」

 避け切ることが不可能だと判断したバーンズは、天へと手を伸ばすと、次のように唱えると共に、火の大精霊・サラマンダーを、その身に招来した。

火神招来(かしんしょうらい)!」

 ネーデルラント城前の城門広場。赤い火と青い火に包まれるバトルフィールドでは、文字通りに〝熱い〟、男と男の戦いが繰り広げられていた。辺りを覆う灼熱(しゃくねつ)に、噴水の水は蒸発しきって、その底が明らかになっている。

 やはり、というべきか、ヴェイグとの二〇センチほどの体格差は、バーンズに苦しい戦いを強要していた。そして同じく、自身よりも遥かに強大な相手との勝負に挑むヘルズもまた、その一メートルほどの体格差には苦戦を強いられ、歴然(れきぜん)たる力の差を、そこには感じさせられていた。戦いが始まって数十分、傷だらけの身体で、土埃の中からなんとか立ち上がるバーンズとヘルズに対し、その前に立ちはだかるヴェイグとハデスは、(いま)だ余裕を見せていた。

「バーンズと、アーツのほうはヘルズって言ったか。なかなかやるじゃねえか。俺の火を三度喰っても立ってる奴は、お前たちが初めてだぜ。が、それもそろそろ限界のようだな。特に、人間のほう」

 バーンズへと目を向けて、含みのある笑みを浮かべながら、ヴェイグは言った。サラマンダーをその身に招来し、なんとかヴェイグの火を防ぎ切ったものの、確かにバーンズの身体は、既に限界に近付いていた。

 紅蓮の光を宿した瞳で、バーンズはヴェイグを睨み返すが、その表情は苦痛に、微かに顰められていた。そしてそれは今、この戦いで負った痛みだけによるものではなかった。右腕を中心としたバーンズの右半身を、鋭い痛みが襲っていたのだ。リリの旅立つ前日、コントゥリで唯一の医者――ロダンと交わした会話が、バーンズの脳裏を()ぎる。

『さてロダン。俺の火傷、どのくらいで完治する』

 バーンズの問いに対し、ロダンはこう答えた。

『火傷自体は浅い。それでも一ヶ月だ。だが痛みが完全に引くのに、一年はかかるかも知れない』

 そう、あの夜ヴェイグに負わされた、バーンズの右腕の火傷は、完全に回復しきったわけではなかったのだ。リリを連れ戻すべくコントゥリを旅立った時点で、バーンズは病み上がりですらなかった。旅の道中、リリたちには悟らせまいと隠し通してきたが、バーンズはその右腕に、時折激しい痛みを覚え、その度にそれを、どうにか抑え付けてはここまでやり過ごしてきた。そして今、その痛みを与えたヴェイグと再び対峙したバーンズの右腕は、彼を思い出して(うず)くかのように、強く、また激しく痛んでいた。

「やはり、俺が焼いてやったその右腕、まだ完治はしていないようだな。具合はどうだ? 今も痛むのか?」

 挑発的なヴェイグの言葉に、バーンズは答えなかった。それが彼にとって、図星でもあったからだ。再び襲いくる強い痛みに、眉間を顰めながら「くっ」と漏らすと、大剣を持つ右の腕を、バーンズは左手で覆った。バーンズの痛みを悟ってか、嘲るように、ヴェイグは言う。

「ハッ、図星のようだな。……俺の火は火をも焼く! 思い出してきたんじゃないか? 俺の青い炎の恐ろしさを……!」

 言いながら、再び(つるぎ)を構え直すヴェイグに対し、バーンズは痛みの治まりを感じる共に、細く溜め息を吹き出すと、同じく大剣を構え直しながら、「それは違うな」と言った。

 「何だと?」とヴェイグは眉間を顰める。

「思い出すのはお前のほうだろう、ヴェイグ。あの夜、俺の寝込みを不意打ちで襲ったお前たちに、ヘルズのドルミールを奪うチャンスは確かにあった筈だ。が、お前はそうはしなかった。いや」

 一拍を置くと、「出来なかったんだ」とバーンズは不敵に笑った。「ヘルズのドルミールを目の前に見つけているのにも(かかわ)らず、俺の威圧に怖気(おじけ)づいて、お前は逃げ出した。与えられた任務を放り出して、生き残ることに縋り付いたんだ。……違うか?」

 バーンズの言葉に焦りを感じ、こめかみに冷や汗を浮かべつつも、「フン」とヴェイグは鼻で笑って見せた。「それが真実かどうか、この戦いの結果が教えてくれるだろうよ!」

 バーンズに向かって(つるぎ)を振るいながら、ヴェイグは叫んだ。「〝餓狼(がろう)灼炎剣(しゃくえんけん)!!〟」

 それを迎え撃つ形で、バーンズも大剣による横薙ぎを放つ。「〝闢火一閃(びゃっかいっせん)!!〟」

 狼を模した青い炎と、赤い炎による衝撃波が、空中でぶつかり合い、相殺する。続けてバーンズとヴェイグは、それぞれが互いに向かって駆け出し、剣を打ち合った。火花散る一太刀(ひとたち)の剣戟により、二人の戦いは再開した。

 猛然(もうぜん)たる戦いの中、ヴェイグは凡そ一年前になるあの夜の光景を、脳裏に思い浮かべていた。

 あの時、自身の一撃を右半身に喰らって、痛みに唸りつつも起き上がったバーンズによる威圧を、確かにヴェイグは恐れたのだ。バーンズの放つオーラは凄絶(せいぜつ)で、ヴェイグは一瞬、彼自身がアーツなのではないかとすら疑った。そしてバーンズの言い当てた通り、ヴェイグは逃げ出した。自分より体格も小さく、また今の戦いがそうであるように、力の面ではどう考えても自分より劣っているであろう、バーンズに怖気づいて。ヴェイグにとっても、それは汚点であったし、任務に失敗したという点で、恥ずべき事態でもあった。忘れかけていたその一件を、バーンズによってまんまと思い出さされたヴェイグは、動揺に思考を阻害され、戦いへの集中力を失った。が、それでも尚、ヴェイグたちの力量の大きさが作用し、戦いはヴェイグ・ハデス側の優勢に進められた。然し――。

「これでどうだ! 流石にそろそろ、堪えてるんじゃないのか!?」

 (とど)めと言わんばかりに放たれた、ヴェイグとハデスの青い大火(たいか)に、バーンズとヘルズの身体は包まれていた。勝利を確信しつつも、幾度も不屈に立ち上がるバーンズとヘルズに、ヴェイグは焦りを感じ始めていた。またヴェイグとて、長期に渡ったここまでの戦いに憔悴し、疲弊(ひへい)を隠し切ることは出来なくなってきてもいた。そして今再び、青い炎を払う赤い光と共に、バーンズたちはそこに姿を現した。その鋭い眼光は、真っ直ぐにヴェイグへと向けられている。

「くっ……、何故だ……! あれだけの炎を喰らって、何故立ち上がってこられる!?」

 左前方の地に、バーンズは血反吐(ちへど)を吐き出すと、火傷と傷に(まみ)れた身体に巻き付いた白い包帯を、スルスルと(ほど)きながら静かに口を開いた。

「……リリたちに見られたら引かれるだろうから外すのは()けてきたが、ここなら遠慮することもないな。こんな包帯(もの)は、もう邪魔だ」

 幾重(いくえ)にも巻かれた包帯が解かれると、筋肉質で強靭なバーンズの肉体が、その下からは現れた。その背には家族であるリリすらも見たことがない、バーンズとヘルズのフォルスチェインが、火傷痕として刻まれている。

 格好付けやがって、と思いながらも、ヘルズはそれを口にすることはしなかった。「フン」とだけ笑ってその背に目をやると、彼はニヤリと微笑んだ。

 バーンズの背中には、ヘルズの指先によってそこに刻まれた、不器用ながらも力強い文字列が、痛ましい火傷痕として残されていた。皮膚は(ただ)れて赤黒く変色し、未だ(へこ)みを持っているが、二人にとってそれは、出会いから三十年近くが経つ二人を、今も繋ぎ続けている絆そのものでもあった。岩盤に潰されそうになったリリアを守る為、ヘルズに焼かせたその背中の、アシリア文字による『バーンズ=ヘルズ』という文字の並びを、バーンズはなかなかに気に入っていた。

 解いた包帯を、風に乗せて飛ばすと、「さて」とバーンズは言った。その目には再び、ヴェイグの姿を映している。

「何故立てるのか、と聞いたな」

 威厳に満ちたバーンズの声色に、ヴェイグは(ひる)んで言葉が出なかった。「教えてやろう、ヴェイグ」とバーンズは続ける。

「火ってのはな、ただ単に燃えているだけじゃない。誰かを傷つけることも、守ることも出来る。お前の火は、確かに強いよ。だけどそれは、他人(ひと)を傷つける為の火でしかない」

 一拍を置くと、バーンズは更に続けた。

「俺の火は守る火だ。俺の後ろに、守るべきコントゥリの皆や、共に戦う子供たちがいる限り、俺は倒れない。守る強さを知らぬお前に、俺は焼けん……!!」

 そう言い放つと共に、バーンズは眼前に構えた大剣に、紅蓮の炎を纏わせ始めた。強気で啖呵を切ったはいいが、バーンズとヘルズの体力は、そろそろ本当に限界だった。次の一撃で戦いを終わらせるつもりで、バーンズはそこに、可能な限りの強いフォルスを込めた。ヘルズもその後方から、バーンズの背中に手をあてがい、それに協力する。またバーンズの身に宿るサラマンダーも、同じく持てる力の全てを以て、その大剣にフォルスを集中させた。熾烈な戦いを生き抜いた、二人の共闘者に、バーンズは言った。

「ヘルズ、サラマンダー、ありがとうな」

「おう!」

(気にするなよ、兄弟)

 バーンズに気圧(けお)されつつも、なんとか冷静さを取り戻したヴェイグもまた、戦いを終わらせようというバーンズの意思を察知し、それに応じるべく、ハデスと共に(つるぎ)にフォルスを込め始めた。ヴェイグの剣は青くも黒い、闇のような炎を、その刀身(とうしん)へと纏わせていく。焦りと共に、ほう、と溜め息を吐き出すと、ヴェイグは言った。

「ヘルズ、ね……。古語で『地獄の』か。確かに、何度も立ち上がるお前たちを相手にしてると、まるで地獄でも見てるようだ。だが! 『冥界の主』――ハデスの炎も、侮ってもらっちゃ困るぜ……!」

 ヴェイグの言葉に、「いずれにしても」とバーンズは答える。

「これで分かるさ。どちらが本当に、死の国へと導かれるのかはな。〝火神(かしん)煌龍灰燼牙(こうりゅうかいじんが)!〟」

 バーンズの声に応えるように、大剣に纏わされた紅蓮の炎は、鋭い牙を持つ龍の姿へと変化し、蜷局(とぐろ)を巻くような形で大剣に巻き付いた。ヴェイグもまた、(つるぎ)を固く握り直すと共に、力強く次を唱える。

「〝業火(ごうか)閻魔煉獄葬(えんまれんごくそう)……!〟」

 刀身を覆う青黒い炎が、凄まじい勢いでその激しさを増していく。炎から迸る青い光に、ヴェイグは横顔を照らされながら、「地獄の業火は……」と呟くように言った。宙を裂くように剣を振るい、その刃から炎を放ちながら、二人は互いに、強く吠えた。

「――そんなもんじゃねェぞォ!!」

「――ハァッ!!」

 龍を模った紅蓮の炎と、渦を巻く青黒い炎は、空中で激しくぶつかり合い、互いに焼き合った。混ざり合わずとも交じり合い、二つの炎は、飲み込まれまいと次第にその大きさを増していく。やがて城門広場を覆い尽くすほどに膨らみ上がり、尚も燃え盛る終わりなき戦火の中に、四人の身体は晒された。

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