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巨人と少年  作者: 暫定とは
七章『決戦』
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 所は移り、ネーデルラントの商店街広場。ステンドグラスを挟んで届く、仄青い光の下では、〝第二共鳴(セカンドチェイン)〟を発動したリザとサフィーに対し、ルチカとラメールが悪戦苦闘していた。

 サフィーの造り出した氷の牢に閉じ込められた二人は、そこから脱出するべく牢の破壊を試みていたが、恐ろしく硬いその氷を前に、二人の攻撃は無力化された。牢を手で殴りながら、ルチカは怒鳴る。

「クソッ! 出しなさいよコラ!!」

 氷の牢へと歩み寄りながら、左手で腹を抱え、右手でルチカとラメールを指差すと、リザは甲高い声で、「アッハッハッハー」と台詞(せりふ)のように笑った。

「良いザマねえ、ずっとここにいる? それともこのまま、氷漬けにしてあげようかしら~?」

 言いながら、リザがパチン、と指を弾くと、牢の内部の地面は、外側から内側に向かって、少しずつ凝固(ぎょうこ)の範囲を広げ始めた。凍り付いていく靴を、表情を歪ませて見つめながらも、ルチカは好機を伺っていた。

 リザは今に、牢の目前まで近付いてくる。そして言う筈だ。牢から出す代わりに、自分たちに(はずかし)めを受けさせるという条件を。それは勿論罠で、それを実行したところでこの女は自分たちを氷漬けにするつもりだろう。だからその内容については、ルチカにはどうでも良かった。()(かく)、この女が自分の攻撃の射程範囲内に来てくれれば、それで――。

「どうしてもっていうなら、牢から出してあげてもいいわ」

「早く出してよ! もう!」

 それらしい反応を見せつつも、ルチカは内心、ほくそ笑んでいた。リザの足は少しずつ、ルチカへと向かってくる。ルチカは感付かれないよう、ラメールに目配せをした。ルチカの考えに、ラメールも気付いていたようで頷き返した。

 「私の言う条件が飲めたらね」、と、リザは続ける。「そうね~、どうしよっかな~~。……あっそうだァ! ここで丸裸になって~、あなたのその貧相な身体、この場で晒してもら――」

 牢の目前まで迫っていたリザの身体は、「水神招来(すいじんしょうらい)」というルチカの声と共に繰り出された強烈な蹴りによって、牢の格子の破片と共に、後方へと吹き飛ばされていた。声にならない声を上げながら、リザは地面に打ち付けられる。瞬間的に距離を詰めたルチカに、横たわったリザは無防備だった。使役者を案じて「リザ!」と呼びかけたサフィーの前にも、同じくしてラメールが、瞬間的に詰め寄っている。驚愕に顔を顰める暇を与えられることもなく、二人の身体は――水色の光をその瞳に宿した――ルチカとラメールによる、凄烈(せいれつ)な連撃に晒された。

 嵐のような猛攻から、隙を突いて逃れたリザとサフィーは、相当なダメージを負っていながらも、怒りの感情を失うほどに憔悴(しょうすい)してはいなかった。咆哮(ほうこう)を発しながら、リザとサフィーはそれぞれ、ルチカとラメールへと駆け出し、二組の戦いはそのまま続けられた。氷のロッドによる接近戦を好むリザに対し、弓での対抗が難しいと考えたルチカは、同じく水のフォルスで造り出した水のロッドで、これに応戦した。

「あなた、あのリリって坊やに惚れてるんでしょ! 一年も旅してて、何にも進展なかったのかしら!」

「ないわよ! 悪い!?」

「良いとか悪いとか、私には関係ないけどね! 悪いことは言わないわ! あの子は――」

 大きく振り被ったロッドで、リザは横薙(よこな)ぎを放ちながら叫ぶ。「やめときなさいッ!」

 水のロッドでこれを防ぎつつも、その衝撃の大きさを受け止めきれずに、ルチカは後方へと強く吹き飛ばされた。空中で体勢を立て直しながら、「アンタには指図されたくないッ!」と吠えたルチカは、距離の開いたそのついでに、着地ざま、共鳴術技の詠唱(えいしょう)を開始した。これに対抗する形でリザが唱え始めた彼女の詠唱もが、そこには重なった。

「〝踊れ滄溟(そうめい)破邪(はじゃ)(いかずち)宿りし海神(わだつみ)槍撃(そうげき)――〟」

「〝零下(れいか)の化身よ、仇成(あだな)す者から我が身を(まも)(たま)え――〟」

 ルチカの詠唱に応えるように、リザを中心として彼女の足元の地には、水色に輝く巨大な魔方陣が浮かび上がる。また、魔法陣にはバチバチと音を立てながら、小さな黄色い稲妻が無数に走っていた。リザの共鳴術技もまた、彼女の詠唱に合わせて発動し、それは天に向けて伸ばされたリザの掌の上に、白縹(しろはなだ)の魔法陣として、リザに覆い被さるように出現した。

「〝トライデント・レイ!〟」

「〝グラキエス・シールド!〟」

 リザが出現させた白縹の魔法陣は、バキバキと音を立てながら瞬間的に凝固し、それは青白い光を放つ、地面を内側に湾曲した氷の盾となって、リザの頭上に形を取った。対するルチカの魔法陣は、リザの盾ごと彼女を覆うような形で、水流と稲妻をドーム状に走らせると、屋根のように広がったその部分からリザに向けて、槍を模った無数の稲妻に、渦巻く水流を纏わせたものを光線のように放ちまくった。盾によって遮られた光線が、リザへと届くことはなかったが、数秒間に渡った猛攻には、リザの盾もその表面にヒビを走らせていた。最後の一撃、と言わんばかりの強力な雷撃(らいげき)が、ドームの中央部分から放たれると、それを防ぎ切ると共にリザの盾は、粉々に砕け散って宙を舞った。

 時を同じくして激しい(つば)()()いに、強力な一撃の打ち合いによって一旦幕を閉じたラメールとサフィーと共に、ルチカとリザの間には、不穏な沈黙が流れた。沈黙を破ったのはリザだった。

「まあ、あなたがどうしようが勝手だし、私には関係ないけどね、一つだけ忠告。……どうしてもあの子を追いかけ続けるなら、あなた、きっと色んなものを犠牲にすることになるわよ」

 不信感に、ルチカは眉間を顰めた。彼女の言葉が何を意味しているのか、ルチカには分からなかった。ふと、サフィーが口を挟む。「あなたがそうだったものね、リザ」

 「うるさいわねサフィー」と、リザはサフィーに一瞥(いちべつ)をくれると、改めてルチカに視線を向けて、次のように続けた。

「似てるのよ、私が好きだった人に。無垢で真っ直ぐで、目的の為なら自分を犠牲にすることは(いと)わないでしょう、あの子。人畜無害(じんちくむがい)そうに見えて、案外危険なのよ、それに付き合おうとする人はね。自分の興味のあるものにしか、丸っきり目を向けないもんだから、結局、幾ら追いかけたって振り向いてもらえないかも知れない。それに気付かないうちは、どうにかして振り向いてもらおうと努力してしまう。私はその為に二度、自分を捨てたわ。それでもダメだった。それから気付いたのよ。きっと何をしても意味がないんだって。だから諦めた。研究が好きな彼が好きなんだと、自分に言い聞かせた。でもやっぱりダメ。どう足掻(あが)いても好きなものは好きだから、いつまで経っても踏ん切りが付かずに、どんどん心を荒ませたわ」

 貞操観念(ていそうかんねん)のなさそうに見えるリザが、意外にも純粋で一途だったことに、ルチカは驚いた。そして確かに、自分がどう努力しようが、リリは振り向いてくれなさそうなことから、ルチカはその話には頷ける部分もあった。然し、必ずしも全ての人がそうではないのではないかと、ルチカは反論しようとした。ルチカよりも早く、口を開いたのはラメールだった。

「それ、ジークのことよね?」

 ルチカはそこまで頭が回っていなかったので、それに気付くことはなかったが、よくよく考えればミドの話の中でも、二人の恋仲(こいなか)については触れられていたのだし、そう言われてみればリザの話は、ルチカにも分からないでもなかった。納得の表情を浮かべるルチカに対し、勿論、ミドからそこまでの話を聞いているとは知らないリザ自身は、言い当てられたことへの驚愕に、その表情を歪ませて、開いた口を塞げずにいた。「な……、なんで……」

 リザの表情が紅潮(こうちょう)していくのを尻目に、ルチカは先ほどのリザの独白を脳内で反芻(はんすう)しながら、そこにリザとジークの関係性を当て嵌めてみて、改めてそこに同意と納得を覚えた。然し――。

「確かに、リリとジークって似てるかもね。でもやっぱり違うと思う。リリはきっと、どんなことがあっても最後まで諦めないだろうし、例えリリに振り向いてもらえなくても、アタシは自分を捨てたりはしない。研究が好きなジークが好きなんだって、自分に言い聞かせたってアンタは言ったけど、アタシは違う」

 恥辱(ちじょく)にふるふると震えながら、ロッドを握り締めるリザに、あっけらかんとして、ルチカは続けて言い放つ。「言い聞かせるも何も、アタシは元より、何に対しても真っ直ぐに向かっていくリリが好きなのよ。そりゃ勿論、(たま)(きず)になることもあるけど、それを含めてリリなんだって、アタシは思ってる。それを含めたリリを、アタシは好きなんだよ」

 真っ直ぐな眼差しで自身を見つめるルチカの目に、リザは雪辱(せつじょく)と共に、若さゆえの眩しさをも感じ、そこに怒りを覚えた。

 「聞かせてくれるわね、小娘……!」とリザは、ロッドを構えて走り出した。攻撃に備え、ルチカも身構える。

「そんなにあの坊やが好きなら、同じところに送ってあげるわよ! この私がね!!」

 叫び声と共に放たれた、リザの一撃を皮切りに、二組の戦いは再び幕を開けた。

 体格と経験値の差は、ルチカにとって勿論、大きなディスアドバンテージにはなった。が、ルチカは冷静な判断力とラメールの援護を(もっ)てこれに応じ、二組の戦いは拮抗した状態で続いた。互いに攻撃を避け切るのが難しくなってから、体力の限界まではそう長くなかった。(とど)めを刺しに動いたのはリザのほうだった。立っているのがやっとの筈の身体で、彼女は隣に並んだサフィーと共に、巨大な氷のロッドを生成し始める。それに応えるように、ルチカも最大級の共鳴術技を打ち放つべく、引き絞った弓に、水のフォルスを強く込めた。

「お願いラメール、ウンディーネ」

「ええ」

(分かったわ)

 三人のフォルスが混ざり合いながら、引き絞られた矢へと集まっていくのが、ルチカには手に取るように感じられた。視界の奥に立つ、リザとサフィーを見据えて、ルチカは言う。

「リリは諦めないし、絶対に負けない! アタシはそう信じてる! だからアタシも、負けない!」

「ジークとあなたのところの坊や! どっちが負けたのか、あの世で確認なさい! 勝つのはアタシよ、小娘!」

 氷のロッドの生成が終わる。白縹に輝くそのロッドは、先端に鋭利な矢尻を持っており、それは美しい花の形状を模っていた。槍のようにも見えるそのロッドを、右の手に握ったリザは、ニヤリ、と口角を上げて見せた。

「〝明鏡(めいきょう)氷華結晶槍(ひょうかけっしょうそう)〟」

 と、ルチカのほうも、矢へのフォルスの注入が終わる。強烈な蒼い光を放つその一矢(いっし)には、外側に向かって流れる水流が纏わされており、その勢いは凄まじい。

「〝水神(すいじん)波濤伐蒼穹(はとうばっそうきゅう)〟」

 振り被った氷のロッドを、リザはルチカへと向かって、真っ直ぐに投げ飛ばした。それを迎え撃つ形で、ルチカは矢を放つ。空中でぶつかり合ったリザのロッドとルチカの矢は、それぞれが猛烈な光を放ちながら、互いに穿(うが)()い、削り合った。アーケードのステンドグラスが、衝撃波に弾け、吹き飛んでいく。怒号のような二人の叫び声が、辺りには響き渡っていた。

「――死ね!! 小娘ェェエ!!」

「――黙れクソババァァア!!」

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