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巨人と少年  作者: 暫定とは
七章『決戦』
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 外からでは城壁(じょうへき)に阻まれて確認が出来なかったが、この街の入り口は、直径三十メートルほどに開けた、円状の大きな広場になっていた。広場からは幾つかの通りが伸びているほか、門を背に立つリリたちから見て、正面には十段ほどの階段を上った先に、千年前には大勢の民衆による賑わいを見せていたのであろう、一際立派な大通りが広がっている。そしてその更に奥には、ジークが待ち構えているでのあろう王城が、リリたちには見えた。建造物は一貫して、白の外壁と赤い瓦屋根を(たた)えており美しい。白い石畳の地面はその景観の良さを、一層際立たせてもいた。――『(いにしえ)栄都(えいと)・ネーデルラント』だ。

 一行は大通りに、()いては王城へと向かって、真っ直ぐに広場を歩き出した。そこへ――。

「おやおや、我らが王の勘は、随分と優れているようですね。まさか本当に、今日この日に、あなた方がここに現れるとは」

 広場の(およ)そ中心まで歩いたところで、その声は突如として、リリたちの耳に届いた。嫌な聞き覚えのあるその声に、シンは柳葉刀に手を掛けて身構えながら、「気を付けろ」と囁いた。一同は同様に、それぞれ武器に手を掛けながら、背中を合わせるようにして陣形を取る。

「そう焦らずとも。心配しなくても、不意打ちなどという無粋(ぶすい)な真似はしませんよ」

 広場正面の大通りに続く階段の、手前左手、一つの建物の影から、アーツと共にその男は現れた。

 ミディアムストレートに整えられた、焦げ茶の髪。特徴的な糸目には、小豆色(あずきいろ)の瞳。一見してニコニコとしており、穏和そうな顔付きではあるが、何かを企むような悪い笑みにも、それは見えた。上下共にダークグレーで、ツヤツヤとした光沢を放つ衣服を、男は纏っており、末広がりになったその袖と裾は、それぞれが手と足を殆ど覆い隠すほどに長い。襟はタートルネックのように立ち上がっており、またその上から、男は身体の前後を覆うマントのようなものを羽織ってもいた。マントの裾は腿の辺りまで伸びており、燕尾服(えんびふく)のような深いスリットが、その前後共に入っている。首からはループタイを下げており、彼の胸元には金色のアグレットが、陽光を反射して輝いていた。

 一方で、彼の右後方に立つ、二メートル強ほどの身の丈を持つ彼のアーツは、――文化として現存はしない――とある島国が発祥の、『着物』と『(はかま)』と呼ばれる衣服を、その身に纏っていた。それぞれ、着物は若竹色(わかたけいろ)をしており、袴は黒い。頭部には『笠』と呼ばれる、竹を編んで作られる三角柱の被り物をしており、足にはイグサを編んだ『草履(ぞうり)』という履き物を、そのアーツは履いていた。また、漆黒の肌を持つ彼の肉体は、炎の揺らめきのように不規則に、実体化と透明化を繰り返しており、常に確かなことは、笠の下から微かに覗く、黄色く鋭い眼光のみであった。その腰には、長身の刀が一本、携えられている。

 シンの下からクーランを盗み出し、トリュンマ大空洞にてリリたちと一戦を交えた、その男とアーツの名は、ハウルとヒエンだ。

「ハウル……」

 リリはそう呟きながら、二人を迎え撃つように、彼らに身体を向けて構えた。ルチカとバーンズもそれに続く。短剣を抜きかけたリリを、一歩前に出たシンの言葉が遮った。

「――ここは俺が引き受ける。お前たちは先に行け」

 驚きに目を見張って、リリは言う。「そんな!」

「昨日の話を忘れたのか? 俺たちの第一目標は、お前たちをジークの元まで連れていくことだ。こんなところで四人で戦っていたら、ジークに辿り着く頃には日が暮れてる。それに……」

 キッと目を細めて、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくるハウルの姿を、シンは睨みつけた。「こいつにはクーランの一件で、一つ貸しがあるからな」

「でも……」

 (くすぶ)るリリに対し、シンは構えの姿勢を取ったまま、瞳だけを動かしてリリに視線をやると、優しい口調で言った。

「安心しろ。こいつを倒したら、すぐに追い付いて加勢する」

 シンの言葉に、リリは今少し迷ったが、一通り考えを巡らせたところで、彼の意志を尊重することにした。真っ直ぐにシンの目を見つめると、「分かった」と答えて、リリはルチカとバーンズを振り返った。

「ルチカ、父さん。行こう」

 二人が頷き返すのを確認すると、リリはドボロと共に、ハウルの右側を通り抜ける形で、階段を駆け上り、大通りへと駆け抜けた。バーンズとルチカも、その背中を追いかけていく。二人の後ろ姿を、シンは祈るように見つめて、彼らを見送った。

(バーンズ、ルチカ……。リリたちを頼む)

 空いている左手で、シンが腰のドルミールに触れると、浅緑(あさみどり)の光を放ちながら、それは二メートルほどの巨人の姿へと変わった。白く浅い羽毛の身体に、彼は深緑のマントを被っている。マントのフードに覆われて、顔の上半分は隠れてしまっているが、影の向こうには黄色の(くちばし)が、微かに輝いて見えた。太い腕の先からは、橙色の鱗の皮膚を有した五本の指が生えており、その爪は鋭い。膝から下も手指と同じく、鱗の皮膚に覆われており、ほっそりとしたその脚の先からは、二本が前方を、一本が後方を向いた、三本の指が生えていた。鳥類を思わせる肉体を有する、そのアーツの名は、クーランだ。

「舐められたものですね。この私が、あなた一人で相手が出来る程度に思われているとは」

 シンのほうへと歩を進めながら、ハウルは文句ありげにそう言った。

「そう言う割には随分みすみすと見逃したようが、お前こそリリたちを追わなくていいのか?」

 シンの問いに、ふん、とだけ鼻で笑ってから、ハウルは答える。「流石に、四対一では分が悪いと判断しただけですよ。あなたを倒してから、彼らを追うとします」

 「お前もお前で、俺を随分と舐めてくれているようだが」と、シンは柳葉刀を引き抜くと、宙を裂くように振るって、その刃先をハウルへと向けた。「こんなところでお前にやられるほど、俺は弱くはないぞ」

「……まあ、口で言い合っていても始まりませんね」

 ニヤリ、と右の口角だけを上げると、ハウルは大きく跳躍をし、空中で一回転をしてから、階段の上へと着地した。

「計算や試行は勿論大切ですが、何よりも重要なのは実行と、その結果です。試してみようではありませんか。私とあなた、どちらが本当に優れているのかを」

 言いながら、ハウルはループタイのアグレットを、右の手で包み込むように握った。差し出したままの右手の甲を、シンは天へと向け、地面と平行に柳葉刀を握る形で、その手首に嵌められたバングルに重ねるように、左手を(かざ)した。二人の声が、広場には響き、それは大通りを駆けるリリたちの耳にも、微かに届いた。

「――〝共鳴(チェイン)〟!!」


 正面へと真っ直ぐに続く進路の他、大通りの途中には、――街の入り口にあったのと同じような――幾つかの広場が設けられており、大通りと交差する形で伸びる別の通りも、そこからは続いているようだった。シンと別れてから六つ目の広場で、リリたちの前には二組目の刺客(しかく)が現れた。大通りに入って数十分、城までの距離は、残り凡そ半分、といったところだった。

 前後左右に連なる大通りは、ステンドグラスの屋根を持つアーケードとなっており、喫茶店や服屋、宝石店や時計店等が軒を連ねている。所狭しと並ぶ建物の数々に、ここがかつては、さぞ活気のある商店街だったのだろうと、リリには思えた。ステンドグラスの屋根はリリたちのいる広場にも及んでおり、彼らの頭上でドーム状に膨らんだそれには、――神話の物語を想起させる――鮮やかな青い巫女服(みこふく)の女性を中心に、水景の中に精霊(せいれい)神獣(しんじゅう)のような生き物たちが描かれていた。ガラスを透過して地上に届く太陽光は仄青(ほのあお)く、白い石畳と相まって、辺りは幻想的な光景に彩られている。

「待ちなさい」

 広場の先に続く大通りを塞ぐ形で、声の主である女性とそのアーツは、背中合わせになってリリたちの前に立ちはだかっていた。

「アンタは、確か……」

 ルチカの脳裏には、王立ファンテーヌ学院の地下、ドルミール安置室での出来事が、はっきりと思い起こされていた。ルチカが初めてラメールを目覚めさせた直後、彼女らはそこに姿を現したのだ。

 ウェーブを描く美しい金髪に、銀縁の眼鏡と蒼の瞳。グラマラスな彼女の肢体(したい)は、袖だけがない、紺碧(こんぺき)の全身タイツのような衣服にぴったりと包まれており、その胸元は大きく開いている。両腕にはロンググローブを、足にはロングブーツをそれぞれ着用しており、それらは共に黒く、タイツと共に(つや)やかな光沢を放っていた。

 使役者(しえきしゃ)豊満(ほうまん)な肉体とは対照的に、そのアーツの体型はスレンダーで、顔付きと共に人間のものに程近い。頭部にはやはり人間らしく、白縹(しろはなだ)の短髪も生えているが、その肌の色は黒にも似た暗い灰色で、腕や背中からは後方に向かって、水晶のような水色の(とげ)が無数に突き出ている。また側頭部の、人間であれば耳の付いている位置からは、斜め後方に向かって先の丸まった角のようなものが生えてもいた。

「ここから先へは行かせないわ」

 使役者のリザと、そのアーツ・サフィーだ。

 リリたちを背中に回すように、前へと歩み出ると、ルチカはリザを見つめたまま、静かに言った。

「リリ、バーンズさん。ここはアタシが」

 ルチカの言葉に、リリはやはり、表情を歪ませた。「駄目だよルチカ、危険すぎる」

「大丈夫。アタシだって、ここまでリリたちと一緒にやってきたんだよ? リリに守られてばかりだった頃とは違う。それに――」

 背中のホルダーから、右手で弓を外しながら、左手で腰のドルミールに手をやって、ルチカはラメールを目覚めさせた。水色の光を放ちながら、巨人の姿へと変わったラメールは、ルチカの隣に立って、水の大剣を構えて見せた。

 サフィー同様に、人間の女性に近しい体型を持つラメールの身体は、コバルトブルーで光沢を放っており、またゲル状で流動性を持っていた。頭部からは肩の辺りまで伸ばされた、美しい紫の頭髪を生やしており、胸から下にはパーティドレスを思わせる、藤色の衣を纏っているが、それらは共に、肉体と同じゲル状の質感で、流動的にうねりを持っている。また肩甲骨の辺りからは、左右に一本ずつの、細く白いリボンのような帯が生えており、ラメールはこれを、緩く身体に巻き付けていた。

「アタシにはラメールがついてる。だから大丈夫」

 迷いに心を揺らがせつつも、リリは幼馴染の言葉を、信じることにした。ルチカの言うことは(もっと)もでもあったし、そう言い出した彼女を、リリには止められる気がしなかったからだ。

「分かった。必ず無事で。一緒に、コントゥリに帰るからね」

 リリの言葉に、背中を向けたまま頷き返してから、「バーンズさん」とルチカは言った。

「リリとドボロを、お願いします」

「……ああ。ルチカも無事で」

 そう言い残すと、バーンズはリリとドボロと共に、リザとサフィーの隣をすり抜けて、大通りの更に奥へと駆けていった。三人の背中を見送ると、ルチカは再び、リザとサフィーへと目をやった。

 ヒールの音を鳴らしながら、リザはサフィーと共にルチカへと歩きながら、挑発的に言う。「あっらーん? いつぞやのペチャパイ娘じゃないの。相変わらず貧相な身体だこと」

 他人(ひと)を小馬鹿にするようなリザの物言いに、――決してリリには見せられないほどに――ルチカは思い切り表情を歪ませて、リザを睨み付けた。

「うるさいわね。アタシはまだ十四なのよ。まだまだ未来があるの」

 それから一転して、ルチカは嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべると、哀れむように次を言った。

「そういえば? 聞くところによれば? アンタって千年も生きてるんだってね~~。ってことは~~、幾ら若さを保ってたって~~」

 一拍を置いて、今度はその顔から表情を消し去ると、ルチカは続けた。「本質はただのお婆ちゃんじゃん」

 と、今度はリザのほうが、般若(はんにゃ)の如くその表情を顰ませて、憤慨(ふんがい)(あら)わにした。いつもの甲高い声とは打って変わって、ドスの利いた低い声で、リザは(うな)るように言う。

「言ってくれるわね、小娘……!」

 怒りを吐き出すように、視線を逸らして溜め息を吹き出すと、リザは詰まらなさそうに、「ま、いいわ」と言った。

「アンタとは、いずれ決着付けたいと思ってたのよ。無邪気で清楚で……、なーんか気に食わないのよね~。アンタみたいなカワイイ糞餓鬼って」

 「アタシだって」とルチカは返す。「ラメールとの出会いを邪魔されたこと、ずっと根に持ってんのよ。同じ紅一点(こういってん)同士、年増(としま)には負けたくないしね」

 年増、というワードに、リザは再び眉間を顰めると、顎を上げ、見下すようにルチカを睨みつけながら、次のように言った。

「どうやら、本気でグチャグチャにぶっ壊されたいみたいね……。――サフィー!」

 「ええ」とサフィー。

「今回ばかりは、アンタの破壊の美学に乗ってあげるわ。美しさなど考えなくて結構。糞生意気な小娘とそのアーツ、徹底的にぶっ壊していいわよ」

 そう言って、リザは眼鏡のテンプルの左側を、左手の人差し指と中指で押し上げた。それが彼女のフォルスチェインであることを、しっかりと覚えていたルチカは、右耳のピアスに手を触れて、〝それ〟に備えた。

「覚悟なさい、小娘ッ!」

「望むところよ!」

 怒鳴るように放たれた二人の声が、響き合うように重なる。(ほとばし)らんばかりの水色の光が、広場を激しく包み込んだ。

「――〝共鳴(チェイン)〟!!」


「……(ようや)く来やがったか。待ちくたびれたぜ」

 更に数十分後、ネーデルラント城の城門広場まで辿り着いたリリたちを、一人の男が出迎えた。広場の中心に位置する噴水の、向かって右側の(へり)に腰を掛けて、男はその後方に、四メートルほどはありそうな超大型のアーツを立たせている。

 前傾姿勢(ぜんけいしせい)が通常の体勢と思しきそのアーツは、鱗状に連なる、漆黒の岩で出来た身体を持っている。体躯に比べてやや小さめの頭部には、対を成す二本の太い角を持っており、突き出た下顎からは同じく対を成す、鋭く尖った牙が天に向かって伸びている。強靭(きょうじん)な両腕は上半身を支えるように、握り拳の形で地に着けられており、またその手首から肘に掛けては、身体の外側上方に向かって、刃のような形状の岩塊を纏わせてもいた。背中には火山の噴火口のような穴が開いており、穴の中からは怪しげな青い光が、煙と共に微かに立ち込めている。その眼光は鋭く、また青い。

 人間のほうは、というと、凡そ二メートルはありそうな――一八〇センチを超えるバーンズと並んでも、バーンズが小さく見えるほどの――巨躯(きょく)に、彼は白と赤が基調の鎧と、赤いマントを纏っていた。マントには太陽を模した金の刺繍が施されていることから、それはかつての、クアセルス王国騎士団の鎧で間違いなさそうだ。腰には太い刃を持つ、一本の(つるぎ)が携えられている。兜はなく、彼の顔付きは明らかだった。

 太い眉に、赤茶の瞳を持つ切れ長の目。背中の中ほどまで伸ばされた、荒々しく長い白髪(はくはつ)は、後頭部で一つに纏められている。三十代半ばほどに見えるが、彼とてジークの持つ(とき)のフォルスで若さを保っているのだろうから、その年齢は定かではない。低く威厳に溢れた声色(こわいろ)やその体格からは、彼の持つ(いか)つい雰囲気が醸し出されており、それは何処となく、バーンズに通じるものをリリには感じさせた。

 ミドの話に登場した、もう一組のジークの部下で、彼らは間違いなさそうだった。二人の名を、ヴェイグとそのアーツ・ハデスだと、リリは記憶していた。そして――。

(ハウルやリザとは、纏っている空気が段違いだ。間違いなく、奴らよりも強い……!)

 初対面であることを今一度確認すると共に、リリはそのような印象を、ヴェイグから感じ取った。が、バーンズの反応は違った。腕を組み、ヴェイグとハデスの姿をその目に見据えて、バーンズは言った。

「――やはり、あの時の刺客はお前たちだったか」

 その言葉に、リリは驚き、右隣に立つバーンズの横顔を仰いだ。その物言いからは、過去に彼らと会ったことがある、という語意が垣間見えたからである。

 「フン、気付かれてたってわけかよ」と(あざけ)るように言ってから、ヴェイグは不敵な笑みを浮かべて尋ね返した。「……何処で感付いた?」

「リリたちからの手紙を読んでアーツ泥棒の話を知った時から、〝かも知れない〟とは思っていた。あの夜お前は、真っ先にヘルズのドルミールを狙ったからな。少なくとも、俺の命を狙っての犯行ではないことは分かっていた」

 話に付いていけずに、眉間を顰めて首を傾げるリリを余所目(よそめ)に、バーンズは続ける。「ミドの話に白髪(はくはつ)の男が出て来た時には、殆ど確信に変わっていたよ。夜の闇に紛れようとも、白い髪をした男だということだけは、不鮮明ながらも見えていたからな。極め付けは、その男が連れているというアーツの特徴だ。四メートルを超える超大型で、青い火を操ると来れば、そんなものはこの世に幾つもありはしない」

 バーンズの口から、改めて発せられたハデスの特徴に、リリは漸く、それがミドの話を聞く前から、自身の記憶の中にも存在していた情報だということに気が付いて、ハッとした。

 旅立ちの数日前、学校からの帰り際に、それは教師の口から、注意事項として告げられていた。『青い大型の魔物が、巨大遺跡に棲み付いた』と。もしかしたらアーツではないか、というジンとニックの言葉に乗せられて、二人と共に忍び込んだ巨大遺跡で、自分はドボロに出会ったのだ。よくよく考えてみれば、当時からこの場所を本拠地にしていたジークの部下のアーツが、この場所にいるのは当然のことでもある。そしてその晩、父であるバーンズは、まさしく『四メートル近い、青い火を纏うアーツ』に襲われ、全治一ヶ月の大火傷を負わされていたのではないか。あの時は時間惜しさに話を聞くことが出来なかったが、父はその使役者の姿をも、きっとその目に映していたということだろうと、リリは推察すると共に、改めて驚愕した。

「ま、話に聞くだけで実際に目にしてはいないリリたちには、ピンと来てなかったみたいだがな」

 唖然としたままのリリに、バーンズは漸く視線を向けると、ニヤリ、と笑って見せた。

「成程な。殆ど最初から、バレちまってたってわけか。まあ、それはそれでいい」

 言いながら、ヴェイグは噴水の縁から立ち上がると、改めてこちらに身を向けた。

 バーンズは右の手でヘルズを目覚めさせながら、左手をリリの頭に乗せると、「リリ」と呟くように呼んだ。「こいつの相手は俺がやる。噴水の左側を走り抜けて、城に飛び込むんだ。振り返らなくていい。止まらずに走り抜けろ」

 「うん」とリリは頷き返す。その後方では、高音と共に紅蓮(ぐれん)の光を放ちながら、ヘルズが活動体として、そこに姿を現していた。

 三メートルを超える、茶色い岩の身体には、そのところどころに亀裂が入っている。亀裂の隙間からはマグマのような赤い光が覗き、時折それは、強く輝いた。肩は大きく突き出しており、その肉体、特に上半身は屈強だ。頭部は後ろに長く、前面は平たい。鋭くつり上がった目には瞳はなく、その全面が黄色く輝いている。鼻はなく、口は横に長い。

「負けんなよ、リリ」

 獣が唸るような声で、ヘルズは言った。リリが頷き返すのを確認すると、続けてヘルズは、ドボロを呼んだ。「ドボロ」

「ンだ」

「リリを頼むぜ。それと、……今までありがとうよ」

 ヘルズの言葉に、ドボロも強く頷き返した。

 「俺からも頼む、ドボロ」とバーンズ。

「リリと出会ってくれて、一緒に旅をしてくれて、リリを成長させてくれたこと、本当に感謝している。俺もお前のこと、ずっと待ってるからな」

 「父ちゃん……」と、瞳を潤ませるドボロに、「涙は取っとけよ、この戦いが終わるまで」とバーンズは言った。鼻を大きくすすると、ドボロは返した。

「ンだ!」

 今一度、バーンズは中腰になって、「リリ」と自身の息子の名前を呼んだ。それは亡き妻・リリアの名前から取りたかったが為に、女性らしいという妻の反対を押し切って、自分が考えて付けた名前だ。リリが生まれる頃には、リリアもその名前を気に入ってくれていたし、彼女の魂を憑依でもさせたかのように、リリはリリアと同じく、好奇心旺盛に成長してくれた。

「ずっと子供のままなんだと、心の何処かで思ってたんだ。だからいつも、お前には厳しく当たってきた。お前が大人になって、何処かへ行ってしまうのが怖かったのかも知れない。でも、それは間違ってた。俺が思っているよりも、お前がずっとしっかりしていることを、俺はこの旅を通して知ることが出来たし、お前の成長を見守る中で、俺は俺自身も、新しく成長出来ることを教えてもらった。済まなかった。そしてありがとう、リリ」

 そして、リリというその名前は、顔付きと共に中性的であることがコンプレックスだったリリ自身にとっても、この旅の中で、特別な意味のあるものへと変わっていった。千年の昔からこの地に受け継がれる、この血筋と名前こそが、自分とドボロに運命的な出会いを(もたら)し、またジークとも渡り合い、アーツのいる世界を守り抜くことの出来る可能性――(そら)のフォルスをも、自分に与えてくれたのだから。

「別れってのは、往々(おうおう)にして辛いものではあるが、それが教えてくれることも沢山ある。これから先、当たり前だと思ってたことが特別だったんだと、きっと何度も気付かされる筈だ。だからな、リリ」

 自分の目を見つめるバーンズの目を、リリは見つめ返した。いつからか、畏怖(いふ)や嫌悪の対象として認識し、何となく避けてきた父の目に、リリはかつて、それが純粋な憧れだった日のことを思い出した。村長として、人格者として、何よりも父として、いつも自分に大切なことを教えてくれた、その温かな眼差しに宿る、父の意志を。

「辛くても、怖くても、最後の最後まで、眼を逸らすんじゃない。それが、今のお前に問われていることなんだ。そしてこれからのお前が、問われていくことなんだ」

 父の言葉に、一つだけ頷き返すと共に、リリは前を向き直り、眼前に聳える城に、今一度視線をやった。この先に、乗り越えるべき壁はある。

「行け、リリ!」

 バーンズの言葉を合図に、リリはドボロの手を取って走り出した。噴水の脇を走り抜け、城へと続く最後の門をくぐり抜けようというところで、ハデスがリリのほうへと駆け出した。

 「ヘルズ!」というバーンズの呼び声を合図にするように、ヘルズは地面を拳で殴り、噴水を中心として、リリのくぐって行った門を含め、辺り一帯に円状に、炎の障壁(しょうへき)を出現させた。リリを追いかけようとしたハデスの行く手は、足元から噴き出した赤い火によって、遮られる形となった。火の壁の内部の気温が、急速に上昇していく。

「いいねえ、アツいねえ。親子の絆っていうのか? 俺には縁はないけどよ」

 言いながら笑みを浮かべるヴェイグの隣に、ハデスは戻ってくると、その背中の火口から、ボコボコという沸騰音(ふっとうおん)と共に、青い光と煙を激しく放ち始めた。腰の鞘から(つるぎ)を引き抜きながら、ヴェイグは続ける。

()くいう俺たちの関係も、なかなか因縁感じさせると思わないか? なんてったって、あの晩の俺とお前の出会いが、お前の息子を旅立たせて、知らず知らずのうちに、この戦いを招いたようなもんなんだからよ……!」

 ハデスの背中の火口からは、少しずつ青い炎が溢れ出している。それに応えるように、ヘルズは自身の赤い火で、この戦の舞台を焼き続けた。

 「悪くはない」とバーンズは、背中の大剣を右手で引き抜きながら言う。「俺たちの赤い火と、お前たちの青い火。どちらがより強く、大きく燃えるのか……。あの夜の、続きと行こうか!」

 学生ランダを思わせる、白く裾の長い衣服を、左の手で勢いよく脱ぎ去ると、バーンズは左後方の灼炎の中へと、それを放り投げた。続けてバーンズは、握った左の拳で、自身の心臓の辺りを、強く殴った。構えたヴェイグは右手に握った剣の刃に、ずん、と左の手を翳す。二人の声が轟くのと同時に、城門広場は赤と青の炎と共に、同じく二色の激しい光に、その全てを埋め尽くされる形となった。

「――〝共鳴(チェイン)〟!!」


 王城へと続く最後の門をくぐると、長い階段が待ち受けていた。走り出した勢いのままに、リリとドボロは階段を駆け上がった。後方からは、凄まじい熱気が追いかけてくる。息を切らしながらも、階段を上り切ったリリたちの前には、木製で両開きの巨大な扉が現れた。バーンズに言われた通り、リリは後ろを振り返ることはしなかった。ドボロと力を合わせ、その重厚な扉を開くと、リリは漸く、城の内部へと入ることが叶った。

 ネーデルラント城の内部は、大理石で出来た白い内壁と白い床、そして赤い装飾に包まれていた。大きく開けたそのエントランスは、三階部分までの吹き抜けになっており、天井は高い。白い天井には、弓なりに湾曲した形状の木枠が嵌められており、木枠の向こう側には菱形(ひしがた)のパターンが描かれている。リリたちの足元に敷かれた赤い絨毯は、入り口から見て正面の、幅広の階段へと誘うように続いていおり、階段を(のぼ)った先には玉座があると思しき、謁見室(えっけんしつ)の扉が見える。階段は途中、二階部分に踊り場を持っており、そこから二階通路へと繋がってもいた。無数の蝋燭(ろうそく)を持つ豪勢なシャンデリアが、天井からは三つ垂れ提げられているほか、階数を問わず、ガラスの窓も多分に設けられており、城内は明るかった。垂れ幕や旗等の布地に限らず、扉や階段の手すり等の細部にまで、王家の紋章――太陽を模した金の装飾――は施されており、リリはそこに、その紋章を、延いてはクアセルス王国を大切にしてきた、祖先であるバルドリリーシアや、その父の思いを垣間見た。

 赤い絨毯をなぞるように、リリは正面の階段へと歩を進めた。リリの左後方から、ドボロもそれに続く。階段の先に見える扉の向こう――玉座の間に、きっと彼はいる。そこが自分たちの、最後の戦いの舞台であるのだと、リリには何となく、感覚で分かった。扉の前へと辿り着いたリリは、口は開かずに、ドボロに目配せだけをした。リリの視線に、ドボロは頷き返す。両開きの扉の片側ずつを、二人は強い力で、ぐい、と引いて開いた。

 円状に形成された謁見室は、壁一面にステンドグラスの窓を連ねており、エントランスよりも幾らか明るい。リリは初め、これに少しばかり目を(くら)まされた。室内は広く、直径にして四十メートルは下らなさそうだ。エントランスほどではないが、天井も十分に高く、ドーム状の膨らみを持つその天井からは、シャンデリアが一つ、垂れ提げられていた。謁見室の外、円状に連なるステンドグラスの向こう側には、浅い風のそよぐ広大な中庭が広がっている。室内は凡そ中心から、三段の段差によって、リリたちのいる扉側とその反対側に分けられており、扉側から見て、段差を上がったその先には、絢爛(けんらん)な装飾の施された玉座が置かれていた。

 玉座には、銀の長髪と真紅の瞳を持つ、一人の男が坐している。脚を組み、両の腕を肘掛けに乗せて踏ん反り返るその男は、入室したリリとドボロに、哀れむような視線をやると、静かに口を開いた。

「むざむざ、命を散らしに来るとはな」

 男の声は低く、喋りはゆったりとしていて特徴的だった。ストレートの銀髪(ぎんぱつ)は背中の中ほどまで伸ばされており、強く持ち上げられたその前髪は、中心から左右に分けられている。タートルネックのような形状の襟を持つ、チャコールグレーで艶やかな質感の上衣(じょうい)と、ややダボつきのある白い下衣(かい)、そしてそれに重ねる形で、男はショールカラーの襟を持つ、インバネスコートのようなアイボリーの衣服を纏っていた。コートの前はボタンで留められており、その裾は膝下ほどまであり長い。足には漆黒のブーツを履いており、またその背には、今までは着けていなかった紺青色(こんじょういろ)のマントを、男は羽織っていた。男の衣服には青と銀の装飾が、ところどころに施されている。世界の君主を名乗るその男の名は、ジークフリードだ。

 玉座には杖剣(じょうけん)と呼ばれる、先端に鋭利な刃を持つ杖が立てかけられており、またリリたちから見て、玉座の右後方には、人型に近しい体型を持つアーツが一体、(ひざまず)いていた。

「命を散らしに来たんじゃないよ。戦いに来たんだ。あなたを倒して、人とアーツの世界を、守り抜く為に」

 濃紺の瞳に、決意の炎を灯して、リリは言った。「フン」と鼻で笑うと、ジークは問う。

「私の力を忘れたのか? そなたと、その土人形の二人だけで、一体何が出来るというのだ」

 「二人じゃない」とリリ。「アポロンが力を貸してくれる。ノームだって。それに、この旅で関わった色んな人たちと、アーツたちの思いを、僕は背負ってるんだ」

 リリの言葉に、ジークは表情を歪ませると、「何?」と尋ねた。

 目を閉じて、リリは旅の中で世話になった人々の顔を、脳裏に思い浮かべながら言った。

「一緒に旅をしたルチカやシン、父さんは勿論、ライラット国王陛下や、ファンテーヌのフランクさん。ニルバニアの族長カレタカさんや、娘さんのマカちゃん。ヴェッセルの頭領(とうりょう)グリントさんと、船大工(ふなだいく)の皆。ルドニークの鉱山長ジャンヌさん、ヴィント村の長老パニーニさん、バーグニクスのマートンさん一家、デロス(とう)島長(とうちょう)アーノルドさん。そして、ミドとバロン――」

 旅を通して知り合う者は皆、個性豊かで考え方も様々であったが、その誰もが一貫して、アーツを愛していたし、アーツは使役者を愛していた。アーツを危険視するジークの言い分を、必ずしも間違いではないと思いつつも、やはりその考えは飛躍(ひやく)しているとリリには思えたし、旅の中でアーツ使いと出会う度、強い絆で結ばれる使役者とアーツを引き裂き、その全てを滅ぼそうとするジークの野望は、やはり止めなくてはならないと、リリはその都度、心に強く感じていた。

 開いた目に、リリは自身の右の掌を映すと、それを数度、握ったり開いたりした。

「彼らの生きる世界、彼らの愛した世界を、――そして、僕とドボロの生きる世界を、僕は守りたい。だから、ジーク」

 右手を強く握り、リリはその瞳を、真っ直ぐにジークへと向けると言った。

「――僕はあなたを倒す」

 玉座から立ち上がると、ジークは立てかけてあった杖剣を手に、リリに対して右半身を向けて、ステンドグラス越しに中庭を見つめながら、嘆くように言った。

「……ミドか。あれも、愚かな最期だった。着く側を見誤らなければ、命まで失うことはなかったものを」

 くるり、とリリを向き直ると、ジークは続ける。「それにしても、どんな策を取ったのかまでは分からぬが、アポロンまで味方に付けているとは恐れ入った。こうなれば最早、ミドを生かしておいた私自身も、愚かだったというものだ」

 俯き加減に、大理石の床を見つめながら、「愚かじゃないさ」とリリは言った。「ほう?」とジーク。

「ミドも僕も、人とアーツが共に生きる、この世界が好きなんだ。だからミドは、それを守ろうとしたし、その遺志は今も、僕の中で生き続けている。あなたもまた、愛するクアセルス王国の、そしてこのアシリアの発展を願って、アーツを造った。制御を失った人々に絶望し、一度は全てを滅ぼしてしまったけど、千年経った今でも、あなたを突き動かし続けているのはきっと、人とアーツへの不信感だけなんかじゃない」

 リリを見つめるジークの眼差しは、ゆっくりとその色を変えていった。愚者(ぐしゃ)を見つめる侮蔑(ぶべつ)の目から、それがどういうものなのか、今一度見直す吟味(ぎんみ)の目へと。そんなジークの目を、確かめるように見つめ返しながら、リリは続けた。

「人の心の芯の部分なんて、そう簡単に揺らぐものじゃない。それはずっと昔から、きっとあなたの子供の頃から、変わらずにあなたの中に在り続けた、アシリアへの愛だ。愚かなだけなら、憎しみと絶望だけなら……、千年も待てる筈がないよ」

 感心するように、ジークは薄い笑みを浮かべると、ほう、と息を吹き漏らしてから、再び鋭い視線を、リリへと向けて放ち、「分かっているのなら、話が早い」と言った。

「そうだ。私もそなたも、等しくこの世界を愛している。そして私が、愛ゆえに壊す者であるのに対し、そなたは、愛ゆえに守る者だった。それだけのことだ」

 右手で短剣を引き抜くと、リリはドボロへと目配せをした。ドボロが頷き返すのを確認してから、リリは今一度、ジークへと視線を向けると、次のように言い放った。

「僕たちは、人とアーツが築く世界の可能性を信じている」

 杖剣をその手に、(うれ)うような目でリリを見つめると、ジークはそれに答える。

「私は、人とアーツが築ける世界などないと知っている。……宿命に導かれた、因縁の衝突なのだよ。この戦いは」

 「リュンヌ」とジークが呼びかけると、「は」という声と共に、その後方に跪く彼のアーツは、音もなく立ち上がった。女性性を多分に与えられていた彼女の声は高く、美しかった。

 人間の体格に程近い、三メートルほどで細身の身の丈に、彼女は青と銀の、鎧のような装甲を纏っていた。鎧兜(よろいかぶと)を思わせる前頭部からは、斜め上前方に向けて、一本の角が生えている。(とき)極精霊(きょくせいれい)・セレーネの力をその身に宿す、(とき)のアーツ・リュンヌだ。

「王の末裔(まつえい)よ! 覚悟は、出来ているのだろうな……!」

 差し出した杖剣の、杖と刃の境目になっている金色のリングに、ジークは左の手を翳す。

「村を出た時から、覚悟なんてとっくに決まってるんだよ! いくよ、ドボロ!」

 リリの呼びかけに、ドボロは右隣に立つリリに、左手の拳を向けて見せた。

「ンだ!」

 ドボロの左の拳に、自身の、同じく左の拳を重ね合せながら、ドボロと共に、リリは唱えた。ジークの声もが、それに重なる。山吹(やまぶき)白銀(はくぎん)の光の中で、その戦いは始まった。リリにとってのその言葉は、今や現象の引き金というところだけには留まらない、特別な意味を持っていた。自分とドボロの間を、その言葉はきっと、ずっと繋いでいたのだから。そして今日この時、それはリリにとって、今まで以上に特別だった。少なくともそれを、リリは今後数年間に渡って、口にする機会を失ってしまうからである。声が震えぬよう、リリは腹部に力を込めた。それに応えるよう、ドボロも精一杯に、強く吠えた。

 さようなら、大切な友よ。これが、最後の――。

「――〝共鳴(チェイン)〟!!」

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