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巨人と少年  作者: 暫定とは
六章『約束』
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「そうか……。リリ殿のような少年に、私はそのような宿命を背負わせねばならぬのだな」

 三週間余りを以て、ヴェッセルを経由して帝都アルバティクスに戻ったリリたちは、バーグニクスの村や、デロス島での出来事とその成果を、ライラット王の私室にて、彼に報告していた。ライラットは険しい面持ちになって、それを聞き届けた。

「良いんです。僕とドボロが決めたことですから。僕たちにやらせてください」

 リリの言葉に対し、頼もしさと申し訳のなさを感じると共に、ライラットは昨年の五月、納物祭の舞台で初めて出会った時と比較すると、彼がこの一年弱に渡る旅の中で、幾らも逞しく成長したものだな、と感ぜざるを得なかった。それからライラットは、リリたちがアルバティクスを発ってから現在までの間に、コントゥリの住民全員の、フルリオへの避難が完了していることを述べた上で、「実はな」と神妙そうに言った。

 続くライラットの言葉に、一同は驚愕と焦燥(しょうそう)を禁じ得なかった。結果としてリリたちは、この日の午後には取り急ぎアルバティクスを発ち、ジークとの決戦の舞台へと、再び旅立つこととなった。然し、その舞台はリリたちが想定していた、――またリリやルチカ、バーンズには想像に容易い――見慣れた巨大遺跡の姿とは、凡そかけ離れた大都市であった。

「ジークらが根城を築いているという、コントゥリ北部の巨大遺跡に遣わした騎士団の部隊から伝達があった。巨大遺跡が突如として銀色の光に包まれ、広大な都市の姿へと変貌を遂げた、と」

 『数名が偵察に向かったが、戻ってくる気配がない』という通達を最後に、その部隊との連絡は途絶えたという。それが一週間ほど前の出来事であり、ライラットはいよいよ、ジークたちが動き出したものと見て、現在フルリオに於いて迎撃(げいげき)の体制を整えているところだと、リリたちに話した。

 リリたちから見ても、ライラットの見解は間違いではなさそうだった。急ぎ準備を整えて、一行はアルバティクスを発ち、共鳴術(きょうめいじゅつ)による高速移動で、巨大遺跡のあった方角へと向けて走り出した。


「良いマントだね、これ」

 自身と共に山吹色の光を放ちながら、アルバティクス西の平野を凄まじい速度で疾走するドボロの背中に背負われて、リリはそう言った。ラメール、クーラン、ヘルズも同様に、それぞれ水色、浅緑(あさみどり)紅蓮(ぐれん)の光を放ちながら、使役者であるルチカ、シン、バーンズをその背に乗せて、西の方角へと駆けている。

 ドボロの背中には今、旅立ちから今日の昼まで付けられていたボロボロのマントとは打って変わって、美しく、真新しいマントが羽織られていた。

「ンだ。ずっとボロボロだったから、新しくなって気持ちも良いだ」

 リリたちの出発前、慌ただしくアルバティクスの門までやってきたライラットは、一枚のマントをドボロへと手渡した。「余計な気遣いだったら申し訳ない」とした上で、ライラットはそれを、「いつも年季の入ったマントを羽織っておられるので、独断で申し訳ないが、ドボロ殿の決戦装束(けっせんしょうぞく)として家臣に(こしら)えさせたものだ」と説明した。それから、「悪いものは使っていないので、もし良ければ受け取ってもらえないだろうか」と。

 ドボロは喜んでそれを受け取り、リリはそれを、ドボロの着用する、古びたボロボロのマントと付け替えた。新しいマントの肌触りは非常に良く、ライラットの言う通り、悪いものでは決してないことが、知識のないリリにも分かった。そして、ドボロの背に広げられたそのマントに施された、或る紋様に気が付くと、リリはそれに驚き、また喜びを露わにした。

「陛下、これって……!」

 リリが普段身に着けている、葡萄色のケープに施されているものと同様の、――千年前にはクアセルス王家の家紋でもあった――太陽を模した金の刺繍が、その緋色(ひいろ)のマントには施されていた。

「リリ殿のマントの意匠を流用させてもらった。気に入ってもらえるといいのだが」

 ライラットの言葉に、リリがドボロの顔を仰ぎ見ると、彼はそこに満面の笑みを浮かべており、満悦(まんえつ)そうだった。

「リリとお揃いで嬉しいだ。王様、ありがとうだ」

 ライラットに見送られ、リリたちはアルバティクスを発った。コントゥリの皆が不安に駆られながら過ごしているであろう、城砦(じょうさい)都市・フルリオを通り過ぎ、バウムの森の手前で日没を迎えた一行は、そこで一夜を過ごした。翌朝早くには再び、リリたちは共鳴術を使った高速移動で走り出し、昼前にバウムの森を抜け出た彼らの目には、驚くべき光景が飛び込んできた。

 コントゥリの北側にあった筈の、高く聳える搭を中心とした遺跡群の姿を、リリたちには見つけることが出来なかった。その代わりに、白い土の外壁に赤い瓦屋根と、同じく赤い装飾が特徴の、巨大で絢爛(けんらん)な城を中心として、同じく白と赤を基調とした建造物が立ち並ぶ、宏遠(こうえん)明媚(めいび)なる都市の姿が、そこにはあった。ジークが(とき)のフォルスを以て蘇らせた、かつてのクアセルス王国の王都で、それは間違いなさそうだった。その広大さはリリたちに、それを復活させたジークの持つ力の大きさを、改めて認識させると共に、畏怖(いふ)と戦慄をも齎した。

 彼方に見えるその城と街並みを、茫然と見つめるリリを背に乗せて走りながら、ドボロはふと、「リリ」と彼の名を呼んだ。リリはドボロに目をやって瞠目し、「うん?」とそれに反応した。

「……一つだけ、約束して欲しいだ」

「……うん」

 数秒を置いて、ドボロは次の言葉を放った。その言葉が、風の中に失せてしまわぬよう、土の巨人の声に、リリはそっと耳を傾けた。

「オデのこと、忘れないでくれ。そうしたら、オデもリリのこと、忘れないでいられる」

 今一度、地平線に揺らぐ彼の王城に目をやって、リリはドボロの言葉について、思いを巡らせた。

 きっと、その約束は成就(じょうじゅ)しない。さりとてその約束が、万に一つ叶うことがあるとするならば、それはリリにとっても望むべき結果であった。然し、ほぼ叶わないと分かった上で約束を交わすのは、如何(いかが)なものかとリリは迷った。

 約束が成就しなかった場合、生まれ変わったドボロには約束をした記憶すらない。ともすれば、ドボロはそのことについて、後ろめたさや責任を感じることはせずに済む。自分が背負っていけばいいだけの話だ。が、寧ろそのことこそが、リリにその約束を躊躇わせた。ドボロが記憶を失うからといって、約束をしたという事実自体は、決して消えるわけではないのだから。

 心に巣食う二つの思いの間で揺れながらも、リリの中では次第に、ドボロの言葉に賭けてみよう、という気持ちが強まっていった。それがきっと、今の彼を、そしてこれからの自分を救うことになるのだろうと、リリには思えたからである。

「……分かった。約束だよ」

 真剣な口調でそう言ったリリに、ドボロは嬉しそうに笑みを浮かべた。背中側から、その横顔が微かに垣間見えるだけのリリにも、それは何となく伝わった。念を押すように、ドボロは続けて尋ねた。

「オデのこと、ずっと覚えていてくれるだか?」

 涙に声が震えぬよう、リリは今一度、低く(おごそ)かな声色で、それに答えた。リリの頬を伝って、一粒の涙が風の中に消えた。

「……――忘れるわけないだろ」

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