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巨人と少年  作者: 暫定とは
六章『約束』
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「わっ、ちょっと二人とも、何してんの!?」

 ドボロを連れて、リリたちのいる砂浜まで出て来たルチカは、傷だらけの身体でそこに横たわるリリと、同じく傷だらけになって、リリの隣に坐すシンの姿を見るなり、驚きにそう声を上げた。

 「軽い組み手だ」とシンが答えると、疑いの眼差しをシンへと向けて、「そんなわけないでしょ」とルチカは言った。

 未だ朝の白い光に包まれる、午前五時を過ぎた観光地は、早朝の散歩を楽しむ滞在客の声で、微かに賑わい始めている。程なくして、砂浜にはバーンズもやってきて、一行はこの浜辺に集結する形となった。ラメールと共に、リリとシンの身体を回復させながら、ルチカは二人に言った。

「男同士、お熱いのは勝手だし結構だけどね、あんまり無茶しないでよ。アタシとラメールがいなかったら、アンタたち一週間は動けてないんだからね」

「ああ、礼を言う」

 自分の言わんとしていることを何も分かっていなさそうなシンの物言いに、「そうじゃなくて……」と額を抑えて、ルチカは悩ましそうにした。

 「ごめんって、ルチカ」とリリ。「でもいいじゃない。ルチカとラメールが、こうして回復してくれるんだから」

 やはり悪びれる素振りのないリリに呆れながらも、好意を向けるリリの、その無邪気な笑顔の前には、ルチカは屈服せざるを得なくなった。誤魔化(ごまか)すように溜め息を吐き出すと、ルチカは明後日(あさって)の方角へと視線を逸らしながら、呆れた風に「もう」と漏らしてから、「ホントに悪いと思ってるの?」と言った。

「思ってる思ってる」

 十数分ほどでほぼ全快に回復したリリは、シンと共にそこに立ち上がると、いよいよ自身の後方に立つ、ドボロと向き合わねばならなくなった。意を決して、リリが振り返ると、ドボロは不可思議な表情をその顔に浮かべて、そこに立ってリリを見つめていた。

「……」

 無表情というわけではないが、日頃のドボロと比較すると、その表情は幾らも起伏に(とぼ)しく、どういう内容のものなのか判別に難しい。が、リリにはそれが、複雑に交差する幾つかの感情に駆られている表情なのだと理解することが出来たし、少なくともリリは、悲しみと充足感(じゅうそくかん)の二つの感情を、そこから見出すことが出来た。

 ルチカ、シン、バーンズが見守る中、二人は言葉を発することはなく、暫し見つめ合った。

 シンとルチカとしては、彼らがどんな言葉でその壁を乗り越えるのか、ということには興味があったが、結果としてそれを聞くことは、二人には叶わなかった。リリとドボロの間で交わされた会話の、その殆どは、口に出されることがなかったからだ。

 リリはドボロの黒い瞳を、ドボロはリリの濃紺の瞳を、それぞれ真っ直ぐに見つめ合った。最早、そこに言葉は必要ないのだと、二人にはお互いに、通じ合うように分かった。暫くそうして見つめ合ってから、強張った表情を、リリが少しだけ綻ばせると、ドボロもそれにつられて、緊張のほぐれた顔になった。

「ドボロ」

「……ンだ」

 リリの眼差しには、先のドボロと同じように、複雑に絡み合った数種類の感情が込められている。それは愛しさでもあったし、悲しみでもあったが、然しその多くを占めるのは、リリにとっての決意だった。ただ、迷いが完全に消えたわけではないことは、リリ自身には明らかだった。それはドボロにも伝わったし、ルチカの話を聞き、その中でリリの心に触れたドボロもが、今や迷いを感じないではなかった。が、共通して抱くその痛みを、取り除くことの出来ないものであると二人には理解することが出来たし、それを受け入れる覚悟は、リリとドボロの心に決まっていた。そしてそれは、二人にとって諦めることではなかったし、自棄(やけ)によるものでもでもなかった。二人にとっての、その痛みとの融和は、もう一度――、

「もう一度、」

 迷いと向き合いながらでも、前へと進んでいくことだった。

「――戦ってほしいんだ。僕と、……一緒に」

 差しのべられたリリの右手を、ドボロは数秒間、黙って見つめ返してから、それを両の手で優しく包み込むと、横長の口を縫い合わせるようにピッタリと閉じて、満足そうにニンマリと笑った。

「勿論だ」


(決心は、付いたのだな)

 再び赴いた火山中腹の祭壇で、リリたちは昨日と同じ方法で、アポロンを召喚した。リリとドボロの目付きが、昨日とは変わっていることに気付いたアポロンは、そう言って、少しだけ嬉しそうにした。

「迷いや恐れがないわけじゃない。でも決心は付いた。この痛みと向き合って、宿命を背負う決心がね」

 (細かいことはよい)と、アポロンは言った。(兎角(とかく)、やるのだな)

 リリと、その左隣に並んだドボロは、意志の(こも)った目付きでアポロンを仰ぎ見ると、その言葉に強く頷き返した。アポロンは続ける。

(では、我が使役者となるリリよ。お前の誓いを聞こう)

 アポロンから一旦視線を落とすと、リリは溜め息を一つ吹き出してから、小さく唾を飲み込んだ。それから、眼前に羽ばたく、黄金に光り輝く巨鳥の姿を、リリは今一度見据えると、ゆっくりと、然しはっきりと、それに答えた。

「……ジークの野望を阻止する為に、どんなことがあっても、立ち止まらずに進み続ける。これが僕の誓いだ」

 その言葉はドボロの胸に、頼もしく、力強く届いた。微かに鼻で笑ってから、(いいだろう)とアポロンは言った。

(小僧との決戦の時が来たならば、『太陽神招来(たいようしんしょうらい)』と呼ぶがよい。但し、お前たちがこの力を使えるのは一度きりだ。機会を見誤ることのないようにな)

 それからアポロンは、ジークの連れている(とき)のアーツ・リュンヌの能力や、それに対抗する為の戦術と戦法をリリたちに伝授して、祭壇から姿を消した。去り際、アポロンはドボロに向かって、次のように教えてくれた。

(ドボロ、と言ったか。リリーシアからの言伝(ことづて)がある。もしも巡り合うことがあれば伝えてほしい、とな。まさか、本当にこうして会う日が来ようとは思わなかったが)

 宙へと目をやって、アポロンは言った。(迎えに行ってやれなくて、すまなかった。それから、君に出会えて本当に良かった、と)

 自分のことでもないのに、リリは胸の中がじんわりと、痛むように温まるのを感じた。アポロンはそのまま去って行ってしまったが、当のドボロは唖然とした様子で、リリの左に立ち尽くしていたので、リリは彼の横顔を仰いで、「よかったね、ドボロ」と言ってみた。やはり丸くしたままの目で、ドボロはアポロンがいた空間を見つめていたが、暫しの沈黙の後でリリを向き直ると、満足そうな微笑みを浮かべて、彼は言った。

「リリーシアのこと、オデはもう思い出せないだが、昔のオデが聞いたらきっと喜ぶだ。前のパートナーも、リリとおんなじ優しい人で、オデも嬉しい」

 心臓を掴まれるように、胸がギュッと痛むのを、リリは感じた。決意をその胸に抱く半面で、ドボロが記憶を失ってしまうことへの寂しさは、変わらずにリリの心にあり続けていたからだ。リリーシアの話になれば必然的に、リリはそれを思い知らされざるを得ない。当然ではあるが、ドボロは自分との記憶をも、同じようにすっかりと失ってしまうのだろう、と。

「うん」

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