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巨人と少年  作者: 暫定とは
六章『約束』
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 宿屋を出たシンは、ゆったりとした足取りで、リリのいる砂浜へと向かっていた。海沿いに続くこの道は、街灯と微かな星明りに照らされるのみで仄暗(ほのぐら)い。シンは石畳に(つまづ)かぬよう、足元によく注意を払って歩いた。柔らかい風と波の音だけが、辺りには響き渡っていた。

 闇の中に、シンがリリを見つけた時、彼の背中はいつもより、随分と小さく見えた。そんなリリの姿に、シンはふと、自分やバーンズと同じ使命を持って、共にここまで歩き続けてきたリリが、たかだか十四歳の少年であることを思い出した。普段、自分を省みずに行動するリリの頼もしさは、シンにそのことを忘れさせていたし、アーツとの別れを強いられて悲しみに暮れる今のリリの気持ちは、その背中から、シンにも痛いほどに伝わってきた。

 海沿いに造られた石畳の道から、短い階段を伝って砂浜へと降りたシンは、背中を丸めて縮こまるリリへと歩を進めながら、「リリ」と彼の名前を呼んだ。ぴくり、と身体を震わせて、リリは反応した。彼の後頭部の癖毛が、それに呼応するようにふわりと揺れる。

「宿に戻るぞ。皆心配してる」

 シンの言葉に、リリは返事をしなかった。数秒間待ってみても、抱えた膝に頭を(うず)めたまま、彼は微動だにしない。そんなリリの反応――というよりも反応のなさ――に、シンは苛立ちを覚えずにはいられなかった。が、今のリリの状況では、何を言われようが答えたくないのもしようがないとも、シンには思えた。仕方なさげに溜め息を吹き出しながら、渋々とリリの左隣まで歩み寄ると、その傍らに立ってポケットに手を突っ込み、海の向こう側を真っ直ぐに見つめて、「お前は本当にへっぽこだな」とシンは言った。

 数秒の沈黙を挟んで、リリは漸く顔を上げると、同じく海の向こうに視線をやったまま、それに答えた。

「……今だったら、シンにも負けないよ」

 やっと見せた反応がそれか、という呆れと共に、シンの中には、他人(ひと)の心配を気にも留めないリリへの怒りと、然しリリが、それだけは自信を持って答えたことへの面白さが、一斉に沸き起こった。海岸線と並行に、シンはリリから十歩ほど遠ざかりながら、ベルトの鞘から柳葉刀を引き抜くと、リリを振り返って言った。

「剣を抜けよ、へっぽこ。格が違うってことを、もう一度思い出させてやる」

 リリは海を見つめたまま、シンの挑発に乗るべきかを、暫し黙考した。悲しみの為の涙は枯れたが、今少し決心が付かずにいたリリは、これが思い切る切っ掛けにもなるかも知れない、と考え、立ち上がるなり、腰の鞘から短剣を引き抜いた。売られた喧嘩を買わないような真似も、リリはしたくなかったし、何よりもリリには、今ならば本当に、シンをも打ち倒すことが自分には出来る、という自信があったからだ。

 冗談半分だったシンの闘争心にも、リリが立ち上がったことによってスイッチが入った。構えも取らずに、半端な姿勢でふらつくリリに向かって小さく舌を打つと、リリたちと出会った頃のようなぶっきらぼうな口調になって、「ルールは二つだ」とシンは言った。

「相手の武器を落とすか、負けを認めさせた時点で、もう一方の勝利とする。精霊、アーツは共に使用禁止だ。いいな?」

「……いいよ」

 風がピタリと止んでしまうと、二人の間には静寂(せいじゃく)と、波の音だけが残った。黒い闇に包まれる夜の海辺に、月明かりに照らされる二人の姿は、亡霊のように白く浮かんでいる。短く溜め息を吹き漏らすと、シンは目を閉じて、リリを取り巻く今の状況や、旅の中での経験を取り払った、純粋な状態の、『人間シン』から見た『人間リリ』に、一つの思いを馳せてみた。

 元来(がんらい)、自分はリリのことを、()(きら)う立場にあった。リリは誰にでも好かれたし、常に自身よりも他者を優先することが出来た。それが出来なくて(みじ)めだった自分にも、リリは同じように手を差し伸べてきた。だからこそ、自分は余計に惨めになったのだ。リリの瞳には曇りがなく、シンはそこに、綺麗事だけで世界が回ると信じていた、かつての自分を重ね合せてもいた。そしてそれを(うと)ましく、(ねた)ましくも思ってきた。自分とは違う存在としてリリを認められるようになった今でも、シンは時折、その影を見つけずにはいられないこともあった。

 リリへの嫉妬に(さいな)まれながら生きていくことを、シンは自らに課せられた(ごう)のようにも感じていたので、それを完全に消し去ることは諦めていた。そうやって心の底に沈めてきた、リリへの対抗心を、時の中に(うず)めてきた、リリへの劣等感を、シンは今再び、闘志として強く、強く燃やした。

 瞼を開くと、そこに彼はいる。シンは今一度、柳葉刀の柄をしっかりと握り直すと、リリへと駆け出しながら、吠えた。剣戟(けんげき)が一つ、夜の海に轟いた。

「――()くぞッ!!」

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