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巨人と少年  作者: 暫定とは
六章『約束』
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 アルバティクス城、ライラット王の私室。

「そうか……、そのようなことが……」

 リリたちからの報告に、ライラットは白い顎髭を(さす)りながら、険しい面持ちでそう答えた。

 帝都を旅立った日から、ジークとの戦いを挟んで今日までに起こったことを、リリたちは順を追ってライラットに報告したところだった。

 ジークとの死闘の末、駆け付けたミドに助けられたこと。帝都に戻るまでの三日間で、ミドからジークの過去の話を聞くことが出来たこと。その中で明らかになった、千年前のアシリアで起こったこと。ドボロの出生や、ジークが持つ強大な力の正体、そしてそれに対抗する為の手段。全ての聞き終えた自分たちの前に再び現れたジークと、彼の手にかけられ、命を散らしたミドのこと。去り際、ジークが自分たちに設けた凡そ四ヶ月の猶予と、ジークを倒す為に、自分たちがこれからしなければならないこと。

 ミドの亡骸を、バーンズはヘルズと共に焼いた。リリとドボロで開けた縦穴にその骨を(うず)めて、リリたちは彼の死を(とむら)った。『見ないほうがいい』とバーンズは言ったが、リリは眼を逸らすことなく、ミドの肉体が骨に変わるまでの間、赤い(ほのお)の中で形を失っていく、ミドだったものを見つめ続けた。そうしているうちに、ジークの持つ(とき)のフォルスの脅威に一度は折られ掛けた心が、仲間として認識し始めていたミドの死に、強い決意と共に再び奮い立っていくのを、リリは覚えた。

 強い眼差しでライラットの目を真っ直ぐに見つめて、リリは言った。

「陛下、もうお気遣いは必要ありません。何としてでも、僕たちはジークを止めないといけない。僕たちに行かせてください。いえ……、例え陛下が止めたとしても、僕は行きます」

 ジークとの戦いで負った怪我の療養の為、帝都で一週間の休息を取ってから、リリたちはアルバティクスを発った。海へ出る為に、造船の街・ヴェッセルに(おもむ)いた一行は、船大工(ふなだいく)頭領(とうりょう)グリントや、そのアーツであるバトーらとの再会もそこそこに、彼らに見送られ、ドボロ号と共に、再びこのアンモス大陸を旅立った。凡そ二週間に渡る航海を経て、リリたちはヒマロス大陸の海の玄関口である、繁華の港町・リヴィールに到着した。一晩の休養を挟んで食材などの買い足しを済ませると、一行は翌朝にはリヴィールを出発し、リヴィール川の源流でもあるヒュペルボレイオス山脈を目指して、川に沿って進路を取った。ウンディーネの契約に向かう際にも歩いたルートだったので、リリたちは道を迷ったりはしなかった。リヴィールを発って五日目の昼過ぎ、ウンディーネの神殿のある巨大な滝壺の前を通りかかったリリの脳裏には、凡そ四ヶ月前のあの日の情景が、ふと思い起こされた。

『マイ・スイート・エンジェル・リリ』

 滝の上の岩場から、彼はそう叫びながら跳び下りてきた。まさか、リリは彼からの求愛を恋しく思ったりはしなかった。が、彼に助けられ、彼の過去と現在に至るまでの苦悩を知ってしまったリリには、その最期には、決して彼のことを嫌いなままではいられなかった。その上で、自分にあれだけの好意を寄せてくれていた人間が、自分の目の前で殺されるというのは、やはりリリの心には大きなダメージとなったし、五月蝿(うるさ)いほど賑やかな彼の声を、もう二度と聞くことが出来ないという現実は、リリに幾らかの愁情(しゅうじょう)をも与えた。

「リリ、どうしただ?」

 最後尾を歩いていたリリは、振り向きながら自分を呼ぶドボロの声に、自分がいつの間にか立ち止まって、無心になって滝の上を見つめていたことと、他の皆が先を歩いていってしまっていることに気が付いてハッとした。

「ご、ごめんごめん。ぼうっとしてた」

「……ミドのこと、考えてただか?」

 ドボロは時々、妙に冴えている。思索(しさく)に没頭している時、リリはよくこうして、ドボロにその内容を言い当てられた。リリが『どうして分かったの』と尋ねると、ドボロは決まって『オデはリリのこと、いつも見てるだ』と答えた。この日も、それは例外ではなかった。

「どうして分かったの?」

 横長の口を、縫い合わせるようにピッタリと閉じて、ドボロはニンマリと笑った。「オデはリリのこと、いつも見てるだ」

 いつもと変わらないドボロの答えに、リリは安心した。それからふと、先と同じように滝の上に目をやって、リリは言った。

「……彼にとって、何が正解だったんだろうと思って」

 滝から視線を落とすと、リリは皆に追い付けるよう、早足で歩き出しながら、静かに語った。

「ミドがジークに加担したまま、僕たちに千年前のことを教えてくれていなかったとしたら、僕たちはジークの持つ(とき)のフォルスのことも、それに対抗する為の(そら)のフォルスのことも、いつまでも知らなかっただろうし、きっと当たり前のように、僕たちはジークにやられていたはずだ」

「ンだ」

「だとすればその先にあった筈の未来では、ミドは死なずに済んだ。ミドにとって最優先で守るべき存在だったバロンも、消えずに済んだ筈だ。勿論、ミドはその可能性まで考えていただろうけど、彼はそうはしなかった。自分とバロンの命と、世界を救える可能性を天秤にかけて、ミドはそれでも尚、死を選んだ。……世間から見たらそれは確かに正義だし、正解だ。でも万が一、僕が同じ選択肢を提示される時が来ても、僕はきっと、それを受け入れることなんて出来ない。自分とドボロの、例えどっちかでも、欠けてる世界なんて……」

 と、リリは左隣を歩く、ドボロの表情を仰ぐと尋ねた。「……ドボロはどう思う?」

 リリの問いに、ドボロは首を傾げたり、頭を掻いたりしながら、(しば)し唸った。数秒の思案の後で、ドボロは答えた。

「正解だったかどうかは、分からないだ。でも少なくとも、悩み続けたミドにとって、正義だって思える答えだったんだって、オデは思う。悩み続けても、ミドはきっと、どっちも捨て切れなかったと思うだ。そういう意味では、きっとミドにとっては、正解とか間違いとかで区別することじゃなかったんじゃないだか? それにオデは、ミドが死ぬことを選んだとは思っていないだ。ミドが選んだのは、沢山の人やアーツたちが犠牲にならずに済む世界だ。その選択の先に、たまたま自分が死んじまうって結果があっただけだと思うだよ。オデはそう思いたい」

 ドボロの答えに、リリは彼の成長を垣間見た。コントゥリを旅立った時と比べて、ドボロは幾らも言葉を覚えたし、考えもしっかりしたものだ、と。そしてその答えはリリにとっても、そうであってほしい、と思える内容でもあった。ミドのいない今となっては、真実を確かめることは出来ないが、彼が死を『受け入れる』ということはあっても、それを『選んだ』とは、リリは思いたくなかったのだ。例えそれがミドに対する、自分の理想の勝手な押し付けであったとしても。

「うん、きっとそうだよ。そう思おう」

 前向きなリリの返事に、ドボロは嬉しそうに笑った。「ンだ」

 前方を歩くシンが、ふとリリたちを振り返って、二人を呼んだ。

「リリ、ドボロ! あまり離れるなよ!」

 「うん、今行く」と返すと、リリは急ぎ足で数歩、シンたちのほうへと歩み寄ってから、ドボロを振り返った。

「いこう、ドボロ!」

 元気を取り戻したリリの姿に、ドボロは一層嬉しそうにして、「ンだ!」と答えた。先を行く仲間たちの下へと、二人は走った。空はよく晴れ渡っていた。

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