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巨人と少年  作者: 暫定とは
六章『約束』
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「やはり、ここに現れたか」

 同日、夕刻。帝都アルバティクスの正門に辿り着いたリリたち一行の前に、その男は立ちはだかった。想定していたより幾らも早い迎えに、ミドは戦慄(せんりつ)した。こうもあっさりと、終わりは訪れるものなのか、と。

 男の半生を一しきり聞いてしまったリリが彼に対して抱く印象は、――千年を生きていようと、所詮は同じ人間だと思えていた――数日前までとは大きく変わっていた。話を聞く限り、彼は本物の天才だ。そして同時に、悲劇の天才でもある。狂ってしまうのも無理はないと思えるほどに、その人生は壮絶であった。リリは今や、彼に哀れみすら覚えていた。銀色の髪を風に(なび)かせるその男の名前は、ジークフリードだ。その身体(からだ)には白銀(はくぎん)の光を――(とき)のフォルスを、彼は(まと)っている。

「随分と早いじゃないの。ミド様が恋しくなっちゃったのかな? モテる男はつらいねェ~。でも悪いな、ジーク」

 言いながら、ミドは背中のホルダーから取り外した(つち)を、手に取って構えた。「オレはもう、そっちに戻るつもりはない」

 先ほどミドに目覚めさせられたままだったバロンも、ミドの左隣で臨戦態勢を取った。「ミど、マもル」

 二人の瞳には、決意の炎が燃えている。それは彼らを背中側から見ていたリリにも、はっきりと感じ取ることが出来た。リリはそこに、頼もしさと共に心強さをも感じた。が、現実は余りにも無情であり、また惨酷(さんこく)であった。

「何か、勘違いをしているようだが、お前の不在(ごと)き、私の計画には何の支障も来たさんよ。ただ……」

 ほんの一瞬だった。十メートルほど離れた地点にいた筈のジークは、リリが気が付いた時にはもう、ミドの寸前まで迫っていた。差し出された右手には杖剣(じょうけん)の柄を握っており、杖剣の先端に備え付けられた、細く鋭い刃は、ミドの左胸を貫いている。声にならない声が、ミドの口からは漏れた。

「――裏切り者には制裁がなければな。他の者が浮かばれん」

 言うなり、ジークはミドの胸から、杖剣を引き抜いた。傷口から大量の血を吹き出しながら、ミドの身体は糸を切られたマリオネットのように、その場にぐったりと倒れ込んだ。ぬるり、とミドの手から零れ落ちた彼の鎚は、地を(えぐ)ってその場に落下した。ミドの身体が完全に倒れ切る前に、リリがそれを受け止めた。「ミド!!」

「ジーク貴様ッ!!」

 バーンズは(うな)るように吠えて大剣(たいけん)を引き抜くと、ジークに向かって駆け出した。柳葉刀(りゅうようとう)を手に、シンもそれに続く。バックステップを踏んで距離を取ったジークに追い付くと、彼を挟み込むような形で、二人は連撃(れんげき)を見舞った。が、二人の攻撃のその全てを、ジークは紙一重(かみひとえ)(かわ)すばかりか、仕舞いには回転を掛けた超高速の蹴りをその場で打ち放ち、二人の身体を後方へと大きく吹き飛ばした。ジークの素早い身のこなしと圧倒的な攻撃力の高さに、バーンズとシンには、彼が三日前に戦った男と同一人物であるとは思えなかった。と同時に、三日前に戦った時には、ジークが自分たちをまるで相手にしていなかったということを、二人は認めざるを得なくなった。地に転がされた二人は、歴然(れきぜん)たる戦力の差に、唖然とした。

「ミドから、何処までを聞いたかは知れぬが、これで分かった筈だ。私とそなたらでは、格が違いすぎるとな」

 ミドに駆け寄ったルチカは、ラメールを呼び起こして〝共鳴(チェイン)〟をし、治癒の力を以て、懸命にミドの回復に当たった。が、その手応えの一切を、ルチカには感じ取ることが出来なかった。(およ)そ心臓を貫かれたミドの肉体を前にして、ルチカは無力であった。悔しさに涙を流しながら、ルチカは止めどなく血を流すミドの左胸に、フォルスを込め続けた。力を失っていくミドの身体を抱きかかえながら、リリは何度も、彼の名前を呼んだ。(かたわ)らに立つバロンは、ショックに開いた口を塞ぐことも出来ずに、瞠目(どうもく)して動かなかった。リリの背後で、ドボロも同じようにして立ち尽くしていた。

 侮蔑(ぶべつ)の目で一同を見下しながら、ジークは静かに、次のように述べた。

「猶予をやろう。私に対抗し得る(すべ)を探し求めるも、遠方へ逃げ隠れるも、そなたらの自由だ。計画の実行は次の春、四の月三の日。我が愚弟(ぐてい)の命日に、再び貴様を手にかけられること、楽しみにしているぞ……、リリーシア」

 と、ジークはくるり、と(きびす)を返して、トリュンマの方角へと去って行った。その歩みは決して急ぐことはなく、平々凡々(へいへいぼんぼん)たる速度だったので、バーンズやシンにはそれを追うことも可能だった。が、そうすることは二人には躊躇われた。走って彼に追いついたとて、今の自分たちの力では、彼を倒すことなど到底出来はしないと、たった今思い知らされたところだったからである。

「ミド! ミド! クソ!! ねえミド、死んじゃダメだ! まだやることがあるだろ!? バロンはどうするんだよ!! やっと分かり合えたのに……! もう、お仕舞いだなんて……」

 リリはミドの肩を抱くようにして、涙に震える声で、張り裂けるようにそう言った。リリに向かい合う形で膝をついたバロンは、ミドが死んでしまうことを漸く理解したらしい。白い瞳を潤ませて、彼はポロポロと、涙を溢し始めた。震える左手でリリの身体を押し返しながら、「リリちゃん」、とミドは擦れ声を上げた。

「胸がないや……、君、ホントに男だったんだね」

 痛みに歪む顔をくしゃっと笑わせて、ミドはそう言った。

「今、そんなことどうでもいいだろ……」

 リリの瞳から零れた涙が一つ、ミドの頬へと落ちた。今度はニッコリと、ミドは満足そうに笑って見せた。

「うん、性別なんてどうでもいい。オレ、ホントに君のこと、愛してたんだぜ。千ウン十年目の、一目惚れだけどさ……。だからさ、せめて忘れないでくれ。オレのこと」

 一度だけ頷くと、リリはもう、彼の言葉を否定したりはしなかった。それが彼の、最後の言葉であることを悟ったからだ。

 「それから」とミドは続ける。その左手は、千年を連れ添った相棒の土の頬に、優しく添えられた。バロンはそこに自らの左手を、そっと重ねた。温もりが、まだそこにはあった。「バロン、ありがとう。オレと、一緒に生きてくれて。怒ったり、殴ったりして、ごめんな。お前、スゲエ馬鹿だけど、スゲエ優しいから、次の使役者とも、仲良くやれよ。……大好きだぜ、バロン」

 瞳から大粒の涙をボロボロと溢しながら、バロンは声にならない声で、それに答えた。「みド、だいすき。イままで、あリガと」

 静かに頷き返すと、ミドは再び、リリとルチカを向き直った。もう、その身体には何の力も残っていないことが、彼を抱きかかえるリリには分かった。最後に、ミドは言った。

「バロンの、生きる世界を……、救ってくれ。頼む……」

 一筋だけ涙を溢して、ミドは逝った。それと同時にバロンの肉体は、山吹色(やまぶきいろ)の細かい光の粒子(りゅうし)となって、風に舞い上がった。太陽の光を反射して、それは一層強く、強く(きら)めいた。

 ミドの亡骸(なきがら)を抱いて、リリは泣いた。ルチカとドボロも泣いていた。リリたちの後ろに立ったシンとバーンズは、瞳をじんわりと潤ませて、彼らが泣き止むのを、何も言わずに待った。

 アシリア歴二〇四八年、十二の月十四の日。ミドの魂は、アシリアの空に消えた。

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