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巨人と少年  作者: 暫定とは
五章『宿命』
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「……遅かったか」

 四日後、夕刻。

 ネーデルラントより東に五〇キロほど進むと、そこには広大な平野が開けている。辺りには村や街はなく、アンモス海を臨む――緩やかな曲線を描く――海岸線を有してもいることから、この場所は戦時下には、敵国の上陸を許しやすい場所にもなっていたという。が、彼の王による統治があってからは、それも昔のことだとジークは聞かされていたし、そう信じていた。この中央アンモス平野が、再び戦火の舞台となる日など、もう二度と来はしないのだろう、と。

「……遅いな。あなたはいつも遅い」

 ソレイユと共に、リリーシアは切り立った海岸線の向こう側で、海面から上空一〇メートルほどの地点に、背中を向けて浮遊していた。左手には太い両刃(りょうば)を有する一本の(つるぎ)を持ち、その身体には煙のような黄金の光を――(そら)のフォルスを纏っている。

 本来であればここに辿り着いている筈であった連合軍の兵士と、そのアーツたちの姿は、そこにはなかった。その代わりに、ジークの眼前に広がるアンモス海の海面(うみも)には、原型も分からないほどに破壊しつくされた何十隻もの船が、残骸となって浮かんでいた。一帯の海水は、ところどころにどんよりと、血の赤を滲ませている。

「アンモスの大地を、蛮族(ばんぞく)の血で汚したくはなかったのでな。上陸前に船ごと焼き払ってやった」

 感情の籠っていない声でそう言いながら、リリーシアはソレイユと共に身体を(ひるがえ)し、断崖に立つジークを見下ろした。

 ソレイユは、三メートルほどの身の丈にがっしりとした図体を持ち、鎧のような金と赤の装甲を身に纏ったアーツだった。鎧兜(よろいかぶと)を思わせる頭部の左右両側からは斜め上に向かって突き出た角が、中ほどから直角に折れ曲がって天を向いている。彼を生成する際、ジークはドボロのデザインを踏襲しつつ、長身のリリーシアと並んだ時に見栄えが良いよう大型のものとし――(そら)のフォルスを定着させる為には大きな器が必要だったことも、その理由の一つである――、またリリーシアと共に民衆の前に立ち、彼らを導いていけるように、(おごそ)かで高雅(こうが)なデザインを心がけた。結果としてその思いは成就(じょうじゅ)し、ソレイユはジークの思い描いた通りに民衆の目に映り、リリーシアと共に、彼らの人生の道標となった。が、最早それも間違いだったのかも知れないとすら、ジークには思えていた。

「肝心なところで、いつも詰めが甘い。あなたのその詰めの甘さが、かつてはドボロによるフォルスの暴発を、そして今は、フォルスの枯渇を、延いてはこのアーツ戦争を招いたのだ。問題点に気付くのが遅いから、対応は必然的に後手に回る」

 見下すようにジークを睨み付けながら、リリーシアはそう述べた。右の拳を強く握り締めて、ジークは答える。

「ああ、そうだ。私は、取り返しのつかないことをしてしまった。だから……、だから今度こそ……」

 発言が躊躇われたのは、〝これ〟が受け入れられなければ、ジークにはもう、リリーシアを殺して止める以外の選択肢がなかったからだ。迷いを振り払うと共に、心に決めていたその言葉を、ジークは解き放った。

「――私は失敗はしない。リリーシア、もう一度私を信じてくれ。私には、そしてこの世界には、……まだお前が必要なのだ」

 ジークの真紅の瞳は、変わり果ててしまったリリーシアの中で僅かに息づく、純粋に国と民を愛していた頃の彼だけに、真っ直ぐに向けられた。

 表情を消し去って、リリーシアは暫し沈黙した。短い溜め息を吹き出してから、「フ」と笑みを溢すと、リリーシアはジークの腰に掛けられた、青と銀を基調とした、まだ真新しいドルミールを、右手の人差し指で差して言った。

「ならば、何の為にそれを造った? もう分かっているのだろう、兄よ。この世界は終わっている。せめてクアセルスだけは、この大地と空と、そこに生きる家族だけは、俺は守り抜きたいのさ」

 一拍を置いて、リリーシアは続けた。「然し、あなたは勿論、そんなことはさせないと言う。……初めから決まっていたんだよ。俺たちはここで、どちらかが死ぬまで、殺し合わなくちゃいけない。いや、…………そうするべきなんだ」

 リリーシアは、遠い目をしていた。そこには安らぎさえ垣間見えたし、一瞬でも、ジークはそこに、かつての彼の面影を見つけることすら出来た。リリーシアの声は余りにも儚く、切なげであった。

 が、そんな弟の言葉に、ジークは素直に諦めが付いた。彼の言うとおり、ジークも心の何処かでは、そうしなければならないことを、初めから悟っていたからかも知れない。最早、そこに正義と悪はなかった。あるのはただ、言葉にしようのない二つの信念のみだ。覚悟を決めるように長い溜息を吹き漏らすと、ジークは背中のホルダーから、右の手で杖剣を取り外しながら、左の手でそっと、腰のドルミールに触れた。

()くぞ、リュンヌ」

 眩い白銀の光を放ちながら、ドルミールは活動体である巨人の姿へと、変化を遂げた。

 リュンヌの生成に当たって、ジークはソレイユのデザインを活かしつつ、それとは対になるようなイメージで造形を行った。ソレイユと同じく三メートルほどの身の丈に、凡そ人間のそれに近しい、細身の体格。これもソレイユを意識した、鎧のような青と銀の装甲。そして鎧兜を思わせるその前頭部からは、斜め上前方に向けて一本の角が生えている。それが、(とき)のアーツ・リュンヌの特徴だった。

「〝共鳴(チェイン)〟」

 杖剣に備えられたフォルスチェインに手を翳しながら、ジークがそう唱えると、二人の身体は瞬く間に、白銀の光に包まれた。煙のようなその光を身に纏ったジークとリュンヌは、同じく黄金の光に身を包む、リリーシアとソレイユを見上げて、四人はお互いに、暫く見つめ合った。嵐の前の静けさのように、吹き荒れていた風が唐突にピタリと止んで、辺りは一斉に静まり返った。惜しむように、リリーシアは口を開いた。

「あなたは常に、俺の良き兄であり、友であり、一番の理解者だった。愛すべき相棒でありながら、乗り越えるべき壁でもあった。いつもいつも、あなたは俺の一歩前を歩いていた。羨ましかったし、鬱陶しかった……! だけど……、それも今日で終わりだ」

 リリーシアの言葉を合図にするように、風は再び、強く吹き荒んだ。

 二人はお互いに、武器を持っていないほうの手を前へと差し出して、その掌を天へと向けた。リリーシアは右手を、そしてジークは左手を。鏡に映した自分自身のように、二人の動きはシンクロした。呟くようにして、二人は言った。「太陽神――」「月光神――」

「招来」

 刹那、天上からは稲妻の閃くが如く、それぞれ黄金と白銀の光を放つ二つの光の球体――アポロンとセレーネが飛来した。アポロンはリリーシアの、セレーネはジークの、差し出されたそれぞれの手の中に、吸い込まれるように落ちていく。と、リリーシアの濃紺の瞳は黄金に、そしてジークの真紅の瞳は白銀へと色を変え、輝きを放ち出した。

 切っ掛けは、どちらからともなかった。ピンと張り詰めた空気が、何かの拍子に崩れ落ちるように、二人の意識は重なった。ジークはリリーシアへと跳躍し、リリーシアはジークへと降下した。剣戟(けんげき)が一つ、この平野に木霊した。

「――いざ!!」

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