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巨人と少年  作者: 暫定とは
五章『宿命』
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 アーツの使用を直ちに停止するようにと、ジークは世界中に向けて声明を出した。天変地異の原因はフォルスの枯渇、延いてはアーツの大量稼働にあった、という発表も添えて。

 声明に従う国は、多くはなかった。人々はアーツの持つ利便性に溺れていたし、アーツを失えば成り立たなくなる商売や施設も、この頃には数多く生まれてしまっていたからだ。

 クアセルス王国ではリリーシアからの呼びかけで、国内全域でアーツの使用が禁止となったが、勿論リリーシアたちには、その全てを監視出来るわけではなかった。ジークやリリーシアの知らないところでは、アーツは少なからず使われていただろう。ジークはアーツの製造を中止し、国内外への輸出も差し止めた。そして繰り返し、アーツを使わないよう各方面に呼びかけた。

 ジークたちにとっての最も大きな障害は、バルド教という媒体を使って、アーツの使用を世界中に推奨してきてしまった、ということだった。バルド教は今回の件を受けて、正式な発表もないまま空中分解の形となったが、この混乱は信者たちに、より一層強い信仰を促した。絶望的状況下に於いては、人は神に縋るしかない。アポロンやソレイユ、そしてリリーシアによる救いと導きを、人々は求めた。一方で信者の中には、『アーツを使えば栄光に導かれるのではなかったのか』という怒りの声を上げる者も現れた。どちらの言い分も尤もだったが、それらへの対応を始めればいよいよ身動きが取れなくなることを予期したリリーシアは、彼らへの申し訳のなさは感じつつも、教祖としての発言は一切せずに、王としての職務に専念した。

 リリーシアのストレスが次第に蓄積していくのを、ジークは感じ取っていた。アーツの使用禁止と輸出停止について、各国から抗議は相次いでいたし、この間にも災害は止まずに発生し続けていた。始まりの地割れから数えて四年目となったこの年、アシリアは世界的に、異常な猛暑にも見舞われた。「自分の配慮の至らなさが招いた結果だ」と、ジークはリリーシアに謝罪した。初めのうちは「気付く由もなかったのだから仕方ない。兄さんが気に病む必要はない」と笑ってくれたリリーシアだったが、状況が悪化するに連れ、その表情は次第に険しいものへと変わっていき、怒りの矛先は、本人にも無意識のうちに、ジークへと向けられつつあった。が、それも仕方のないことだと、ジークは思っていた。軽蔑されてもしようのないことを、自分はしてしまったのだ、と。

 ジークによる声明から丸々二ヶ月が経過した、アシリア歴一〇四八年、九の月十二の日。クラスィア大陸の或る小国が、隣国に向けて、宣戦布告をした。

 古くからの因縁があった隣国に対し、その小国はひと月ほど前から、保有する全アーツの無条件引き渡しを要求していた。が、隣国はこれに応じなかった。小国から隣国に向けての攻撃が始まってから、それが世界的な大戦に発展するまでに、長い時間はかからなかった。一週間もしないうちに、世界は混沌そのものと化した。

 『自国の民の生活を守るのには、アーツとフォルスの力が必要だ。然し、アーツを使えば災害が発生し、結局は民は危険に晒される。ならば他国のアーツを収奪し、稼働するアーツの総数を減らしてしまえばいい』――それが、各国の言い分だった。

 同盟や連合といった言葉は、まるで意味を為さなくなった。敵も味方もなく、戦線は目まぐるしく形を変えた。裏切りが裏切りを生んだ。疑心暗鬼に陥り、自殺する者も、狂って味方を殺める者もいた。救いようのないほどに、世界は変わり果ててしまった。

 アンモス大陸の全土を領土としていたことが幸いし、クアセルス王国に他国からの魔手(ましゅ)が及ぶのには、或る程度の時間がかかった。が、ジークには最早、対策のしようがなかった。日に日に酷化する、アンモスを除く三大陸での戦況を新聞で目にしながらも、ジークはただただ、茫然(ぼうぜん)として過ごしていた。アーツも戦線に立たされていたことから、この戦争は『アーツ戦争』と呼ばれた。アーツ開発者であるジークに、この呼び名は酷い嫌悪感を齎した。

 どうひっくり返そうが、状況は最悪だった。世界はこのまま終わってしまうのだろうと、ジークは諦めかけていた。研究所の机に向かって、窓の外の曇り空をぼうっと見つめながら、ひたすらに時間を持て余すジークの下に、その報せは届いた。

「ジーク様! 外の広場でこんなものが……!」

 研究所に入ってくるなり、ハウルは慌ただしい様子で、まだ真新しい王都新聞の号外を、ジークに手渡した。受け取ったジークが見出しに目をやると、『中央アンモス平野の戦線、太陽王により鎮まる』と、そこにはあった。ジークはその内容に、自分の目を疑った。

 パラム大陸の或る国が、四百のアーツを引き連れてアンモス大陸に上陸し、ネーデルラントへと進攻中であるという情報を、太陽王ことリリーシアは、或る筋から秘密裏に入手していた。騎士団に所属するアーツ使いたちを率いて、リリーシアは国王でありながら、自らそれを迎え撃ったのだという。が、クアセルスの騎士団にはアーツ使いはそう多くはない。ジークの把握している限りでは五十人程度だ。不審に思ったジークが更に新聞を読み進めると、その戦線にはリリーシアと共に、(そら)のアーツであるソレイユも立っていた、ということが判明した。であれば本来なら有り得ないであろうクアセルスの勝利にも、ジークは納得がいった。

 平和と繁栄の象徴として開発したソレイユが戦闘に使われたこと対して、他のアーツが使われるのとは異なる種類の拒絶を、ジークは覚えた。そもそも(そら)のフォルスは、アシリアに宿る四種のフォルスとは存在自体が別格であり、仮にそれらがぶつかり合うような事態になれば、四種のフォルスは束になっても(そら)のフォルスには敵わない。リリーシアがどんな使い方をしたかまでは分からないが、恐らく四百のアーツとその使役者たちは、一瞬にしてアンモスの大地の肥やしへと変えられたことだろう。幾ら戦時下の非常事態で、国を守る為とはいえ、それを兵器として利用することは、余りにも非人道的であり、それを行使した弟の人格を疑わねばならぬほどのものにも、ジークには感じられた。ジークの中に生まれた拒絶は、次第にリリーシアへの怒りへと変貌を遂げた。憤慨(ふんがい)したジークは数日後、城に戻ったリリーシアを問い詰めた。

「結果我々はアンモス平野の戦線を制圧し、私とソレイユの活躍により、民には再び勇気と希望を与えたのだ。それで良いではないか?」

 城の廊下を足早に進むリリーシアの横顔は、疲れにやつれていた。声にも覇気がなく、憔悴(しょうすい)しているのは明らかだった。

「そういうことを言っているのではない。他に手はなかったのか、と聞いているんだ」

 ジークの問いに足を止めると、リリーシアは蒼い瞳の奥から、心底うんざりとした目付きで、真っ直ぐにジークを睨み付けると、怒りを露わにした様子で言い放った。

「手ならあった。平和主義なあなたの意見には耳を貸さずに、他国に倣って、十分なアーツ使いの軍隊を配備しておくという手がな」

 リリーシアの言葉に、ジークは怯んだ。それが紛れもない事実でもあったからだ。各国がアーツの軍事転用を急ぐ中、『大国として他国の手本であらねばならない』と善人ぶったことを言って、クアセルスに於けるアーツの兵器化を差し止めていたのは、他でもない、ジーク自身だったのだ。

 狼狽(うろた)えるジークに畳み掛けるように、リリーシアは続けた。

「ソレイユの力は素晴らしい。今まで兵器として考えてこなかったのが馬鹿みたいだ。これを俺に与えてくれたことには感謝している。ソレイユさえいれば、クアセルスの勝利は確実だ」

 何処か嬉しそうに、そして無邪気にそう言いながら、リリーシアは再び廊下を歩き出した。その背中を、ジークは追えなかった。目の前で戯言(ざれごと)を語る人間を、ジークには最早、弟だとは認識出来なかった。再び沸々と込み上げてくる怒りを、ジークは心の中に感じていた。

「例え千のアーツがかかってこようが、負ける気がしない。流石は極精霊の力を宿したアーツだ。中央アンモス平野での戦闘、兄さんにも見せて差し上げたかった。一方的すぎて、戦闘と呼べるようなものですら――」

 リリーシアの言葉を遮るような形で、ジークは廊下の壁を殴った。鈍い音が響き渡ると、ジークの数メートル前を歩いていたリリーシアは、身体を震わせて反応した。(うな)るように、ジークは怒鳴った。

「そんなことの為に……! ソレイユを造ったのではない!!」

 ゆっくりと、顔を半分だけ振り返ると、リリーシアは目を細めて、静かに「兄よ」と言った。

「――もう遅い。賽は投げられたのだ」

 そう言い終えると、リリーシアは再び向こうを向いて、廊下の突き当たりの扉の向こう側に、するりと消えていった。

 リリーシアの容姿について、ジークは母やリザと共に、『年を重ねるほど父に似ていく』とよく話したものだったが、今のリリーシアの姿からは、父は愚か、かつての弟の面影すらも、ジークには感じ取ることは出来なかった。

 彼は変わってしまったのだ。そして自分も変わらねばならない、とジークは強く感じた。闇の中にいる弟を救い出し、かつての彼を取り戻す為に。そして弟と共に、再び民の前に立ち、人々と世界を導いていく為に。

 が、そんなジークの思いとは裏腹に、この時既に、彼の中では或る崩壊が始まっていた。四十年余りの間培われてきた何かが、最愛の弟の存在の欠落によって、音も立てずにゆっくりと崩れ落ちていくのを、ジークはこの時、それに気付くこともなく、ただぼんやりと見つめていた。

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