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初めに、大きな地割れが起こった。パラム大陸でのことだ。幸いにも人の住んでいる地域からは離れていた為、人的被害は出なかった。然しこの地割れは、これから始まる天変地異の、ほんの序章に過ぎなかった。
それからの一年間、世界各地で地震や台風が頻発し、年間を通しての発生回数は、地震と台風のいずれも記録史上最高となった。が、この時点ではまだ誰もが、今年は災害の多い年だ、というくらいの認識でしかいなかった。リリーシアやジークはその都度、対応に追われはしたが、一つ一つの案件に意識を集中してしまっていた為に、それらの全てがひと繋がりであり、共通の原因によって引き起こされているなどということには、気付く由もなかった。
二年目、地震や台風の他にも、竜巻や津波、火山の噴火などが、世界のあらゆる地域で発生し、人々に牙を剥いた。また土壌も悪くなり、この年は絶望的な不作であった。秋ごろになって、どうやらアシリア全体の様子がおかしいということに気が付いたジークは、ハウルと共に原因の究明に乗り出した。一連の自然災害がほぼ同時期に頻発し始めたことから、ジークたちはこれらが、共通した何らかの問題点に起因して、連鎖的に発生しているものなのではないか、という推量には至った。が、その問題点が一体何であるのか、というところまでは、なかなか辿り着くことが出来なかった。解決に向けての糸口が見えぬまま、始まりの地割れから、ジークたちは三年目を迎えた。
三年目に入ると、災害の頻度は更に増加し、それに加えて各地での地盤沈下や、沿岸部では大地の液状化なども始まった。アーツの力を以てしても、いよいよそれは手に負えないレベルのものになって来ており、カタストロフィだ、世界の終わりだと民衆は騒ぎ立てた。輝きに溢れた時代から一転して、世界は再び、暗鬱な空気に包まれてしまっていた。それも、彼の王の死後とは比べ物にならないほどのものだ。最早いつどこで、どんな災害が発生してもおかしくはなかった。明日は我が身と、誰もが覚悟せざるを得なくなっていた。逃げ場のない状況に絶望し、自ら命を絶つ者も中にはいた。対策に、ジークたちは困窮した。
或る日、研究所の机に向かって、災害の原因を探っていたジークの下に、山吹色に輝く、小さな光の球体が飛来した。ノームだ。
(ジークよ、話がある)
鹿の姿にはならず、球体のままの姿で、ノームは語り出した。結果から言えば、ノームから告げられたその事実に、ジークは心を失いそうになるほどに、強いショックを受けることとなった。
(アシリアに宿っているフォルスの総量が、著しく低下している。アーツによる爆発的な消費があったからだろう)
精霊側からの視点で、ここのところの天変地異の原因を探った結果を、ノームは淡々と報告した。
まず、この惑星アシリアを巡るフォルスは確かに莫大だが、無限ではない、というところから、その話は始まった。
通常、アシリア上で精霊などによって使用されたフォルスは、不完全な状態でフォルスの流れへと還り、長い時間をかけて純粋な状態――フォルスとして使用可能な状態へと修復される。精霊によって使用されるフォルスの量は高が知れており、本来なら、その総量が低下し始めるよりも先に、修復が追い付く。その為四大精霊は、フォルス総量の低下について、これまで特に気を回す必要はなかった。が、ここ十数年に於けるアーツの爆発的な普及の裏側には、これまでとは比べ物にならないほどの、厖大な量のフォルスの消費があった。そしてその消費速度は、ノームら四大精霊の想定を、遥かに凌駕していた。
精霊によってフォルスが使用される時、四大精霊はそれを感知することも出来た。だから余計に油断をしてしまっていたのだと、ノームは言った。仮にそれが精霊による消費であったならば、もう少し早い段階で、フォルス総量の低下に気付くことが出来ただろう、とも。
四大精霊が、中・小精霊によるフォルスの使用を感知出来るのは、そもそも中・小精霊を生み出したのが、自分たち大精霊だからであり、例え星の裏側に存在していようと、その活動は自らの身体の一部のように、ノームたちには感じ取ることが出来るのだという。然し、使用されるフォルスの使い手が、ジークが造り出したアーツともなれば話は別である。ノームたちには当然の如く、アーツによるフォルスの使用を感じ取ることは出来ないし、結果的にフォルスの総量が著しく低下してしまった現在まで、それに気付くことすら出来なかった。
フォルスが完全に枯渇すれば、アシリアは星として機能しなくなるばかりか、その形を保つことすら出来なくなる。ノーム曰く、アシリアは現在、人類とアーツを、凄まじい勢いでフォルスを喰らう〝異分子〟として認識し、それらを排除しにかかっているのだという。それが、ここのところ頻発している自然災害の、直接的な要因だった。
「ということはだ、ノーム。災害の発生を食い止める為には、フォルスの使用を――つまりアーツの使用を止めねばならない。……そういうことだな」
(……然様だ)
それからノームは、(もう少し早く気付いていれば、手の打ちようはあったかも知れない。済まなかった)と謝罪して、ジークの前から姿を消した。
なんということだろう、と思いながら、ジークは頭を抱えて、自分のしてしまったことの重さについて考え込んだ。そうしているうちにジークは、ドボロの力でリリーシアに怪我をさせてしまった、幼い日のことを思い出した。あれは警告だったのかも知れない、とジークは思った。
リリーシアの喜びを望めば、リリーシアに怪我をさせる。世界人類の繁栄を望めば、世界人類に厄災を齎す。リリーシアの怪我は今では完治して見る影もないが、今回ばかりはそうはいかない。ノームの話によれば、アシリアのフォルスが完全に修復されるまでには、数百年単位の時間がかかる。数ヶ月間・数年間アーツを使わなければそれで済む、などという話ではないのだ。そして例え修復が完了したとしても、今までと同じようにアーツを使っていい、というわけでもない。
ジークは絶望した。自分が造り出してしまったものに備わっていた重大な欠陥と、それに気付けなかった自分の愚かしさを、ジークは強く憎んだ。世に繁栄を齎すと信じて造り出し、あらゆる方面からの絶大な評価をも与えられたアーツが、ジークには突如として、悪魔のようにも感じられるようになった。然し、いつまでも落ち込んでいる暇は、ジークにはなかった。全ての責任は、自分にある。自分が動かなければ、いずれにしても遠くない未来、この世界は終わる。未来へのほんの僅かな希望に全てを懸けて、ジークは行動を開始した。




