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巨人と少年  作者: 暫定とは
五章『宿命』
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 彼の王の死後、王国内、特に王都であるネーデルラントは、暗鬱(あんうつ)な雰囲気に包まれていた。リリーシアは王として、民に対して努めて明るく振る舞ったが、リリーシアの威光を以てしても、やはりどうにもならないところはあった。ジークもリリーシアも、この国に於ける父の存在の重要性というものを、改めて思い知らされていた。

 国内の暗いムードを打破するべく、ジークは一般向けにもアーツの製造を開始した。初めに食い付いたのは、アーツを使うことで作業の効率化や時間短縮を狙った、事業主たちだ。結果的に、これは彼らから言わせても正解だった。フォルスの力を操ることが出来るのは勿論、アーツはそもそも身体が大きく、力が強い。その為肉体労働にも相性が良く、建築関係の現場では特に活躍を見せた。事業主の間で評判が広まってから、その存在が一般に浸透するまでは早かった。ジークの下には、一般家庭からも続々とアーツの注文が入るようになった。「一家に一台の時代ですね、これからは」と、ハウルは言った。然し――。

「前の王さんにも、この発明を見せてあげたかったねえ」

 やはり、というべきか、年長者を中心に、人々の心の中には変わらずに、彼の王の姿はあり続けた。リリーシアのような若造に国を任せるのは不安だ、という者も、中にはいた。人々が父を思い出す限り、リリーシアは永遠に、父と比較され続ける。人々の心に父がいる限り、結果としてこの暗いムードは払拭(ふっしょく)されない。劇薬(げきやく)が、ジークとリリーシアには必要だった。強力な突破口になるようなものを、二人は求めていた。

 リリーシアの統率力や政治力自体は、若さにしては申し分ないし、流石あの王の子だ、と言われることもしばしばあった。が、やはり強大すぎる比較対象の前では、リリーシアも無力だった。

 人々は、絶対的な存在による導きを欲している。勿論、一朝一夕(いっちょういっせき)にはリリーシアの力量は上がらないし、民からの信頼を得ることも簡単ではない。結局は、時間が解決してくれるのを待つしかない――そう諦めかけていた矢先、ジークはふと目に留まった或る建物を見て、一つのアイデアを思い付いた。それは人が出入りしているのかも怪しい、古びた教会だった。

「リリーシア、教団を開こう」

 リリーシア単体の力では足りないというのなら、リリーシアよりも更に上の存在を造り出せばいい。そのアイデアが形になるまでに、長い時間はかからなかった。

 セレーネと契約を結んでからというもの、ジークのフォルスに対する感応度は、以前にも増して強まっていた。自らの持つ(とき)のフォルスと対を成す〝(そら)のフォルス〟が、土のフォルスとは別にリリーシアの身に宿っていることに、ジークは気付いていた。弟の格を押し上げる為の材料に、それはもってこいだった。

(贄となる者の血、四大精霊による祈り、そして精霊の歌。そこまではセレーネの時と同様だ。ラトモス牛の角は要らないが、その代わりにローレルの実を捧げる必要がある。……分かっているとは思うが、アポロンを召喚出来たところで、アポロンがリリーシアと契約を結ぶかどうかということは、また別の問題だ)

 ノームはそう言った。ローレルの実を求め、ジークはリザと共に海を渡り、再びヒマロス大陸・ヒュペルボレイオス山脈のその頂、ラトモス山へと挑んだ。今度は吹雪にも遭わず、自身と波長を合わせた火のアーツを同行させてもいた為、ジークは前回ほどは手こずらずに、これを登頂することが叶った。変わらずに荘厳(そうごん)な雰囲気を(たた)える神樹から、ジークは幾つかの実をもぎ取って持ち帰った。王都へと戻ったジークとリザは、休む間もなく、今度はリリーシアと共に、アンモス海の凡そ中心に浮かぶ小さな島――『デロス(とう)』へと向かった。ノームによればこのデロス島が、アシリア形成の際にアポロンが降り立った地なのだという。

 デロス島には人も住んでおり、また常夏(とこなつ)の島でもあった為、リゾート地としても人気を博していた。年間を通して多くの観光客が訪れているということを、ジークは何となくは知っていたが、実際に目にしてみると、その盛況ぶりに彼は驚かされた。この地に古くから住む人々によって、アポロンの伝承は細々と語り継がれており、デロス島の東側に存在する山の中腹には、古の人々がアポロンに祈りを捧げたという祭壇(さいだん)も残されていた。その晩、ジークはリリーシア、リザと共に、アポロンの祭壇を訪れた。

 四本の石柱に囲まれた舞台は、断面の削られた石で出来ている。石柱と舞台は共に白く、月明かりに照らされるそれは、幻想的な雰囲気を(かも)()していた。舞台の中央に、ジークはローレルの実を置くと、セレーネの時と同じように四大精霊を招来した。四本の石柱の上空に現れた四体の大精霊は、祈るようにして(こうべ)を垂れる。リザの歌が始まると、リリーシアはジークに教えられた通りに、自身の親指の先に短剣で傷を付け、舞台の中央に血を垂らした。贄となる者――アポロンの契約者となる者の血である。

 舞台からは、黄金(おうごん)の光が立ち込めた。煙のようにユラユラと揺れながら、光は徐々に、舞台の中央上空へと集っていく。リザが歌を歌い終える頃には、その光はジークたちの前に、巨大な鳥の姿となって羽ばたいていた。初めて極精霊を目にしたリリーシアは勿論、二度目となるジークとリザも、やはりその大きさと荘厳な雰囲気には、畏怖(いふ)せざるを得なかった。

 その生命体は、黄金の光を放つ、巨大ながらもしなやかな体躯に、二つに対を成す四枚の翼と、流れるような尾を持っていた。そしてその頭部には、燃え上がる炎を思わせる赤いトサカを、冠を被るように生やしている。世にも神々(こうごう)しいその姿は、神話に語られる瑞鳥(ずいちょう)鳳凰(ほうおう)を、ジークに連想させた。(そら)の極精霊・アポロンだ。

四大(しだい)か。(わし)を呼び立てるとは如何事(いかごと)か)

 頑固な古老(ころう)のようなその声色と物言いに、ジークは彼を説得することの難しさを感じた。セレーネほど寛容で、穏やかではなさそうだ、と。そして、その見込みは当たっていた。ジークの説明に、アポロンは皮肉を込めて失笑した。

(詰まりだ。人間の国を統率し、明るく楽しい未来を創る為に、儂の威を借りたいと。お前の言っていることはそういうことだな? 人間よ)

 アポロンは睨みを向けたが、ジークは怯まなかった。

「その通りです。あなた方には小さなことかも知れませんが、私たち人類にとっては大きな問題なのです。どうかお力添えを、お願いします」

 真っ直ぐにアポロンの目を見つめてそう言い切ると、ジークは頭を下げた。それに(なら)って、リリーシアとリザも続く。暫しの沈黙の後で、アポロンは言った。

(……セレーネにも暫く会っていないが、奴も堕落したものだな。小さな星の一つに、(うつつ)を抜かすとは)

 頭を上げると、ジークはアポロンの表情を仰いだ。遠い目で、彼は星空を見上げていた。ジークは尋ねる。「駄目……、でしょうか?」

 ぐい、とジークに顔を寄せると、(面白い)とアポロンは言った。

(確かに、そっちの小僧には(そら)のフォルスも宿っているようだ。これも天命(てんめい)かも知れぬ。まあ、人間に謂わせれば儂らの力こそが、お前たちにとっての天命だがな。……力を貸そう)

 それもそうだ、とジークは思った。彼らがいなければ時間と空間は存在しないのだから、彼らは謂わば、〝逆らうことの出来ない世界の大流(たいりゅう)〟、とでも呼ぶべき存在なのだろう、と。

(儂の力を要する時には、『太陽神招来(たいようしんしょうらい)』と呼ぶがよい。まあ、この力を使いこなせるなら、の話だがな)

 こうして、リリーシアとアポロンは、ジークの仲介を以て契約を交わした。あまり頻繁には呼んでくれるなよ、と言い残して、アポロンは去って行った。

 この力で、父を超えて見せる。リリーシアはそう、強く思っていた。そして遠くない未来、結果的にこの力は、リリーシアの権威を遥かに押し上げ、人々には彼を、太陽王とまで言わしめた。彼の王の時代は終わりを告げ、新王(しんおう)とアーツによる、新たなる栄華(えいが)の時代が、幕を開けようとしていた。後に人はこの時代を、畏敬を込めてこう呼ぶようになる。栄光と希望に満ちた、未曽有の大繁栄――『太陽王の時代』、と。

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