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ジークとセレーネの契約から凡そ一年後、アーツの製品化は、密やかに始まった。
本来であれば習得が非常に困難な精霊術と同等の力を、誰もが簡単に操れるようになるということは、その利便性とは裏腹に、多大な危険性をも孕んでいる。そんな力を突然世界中に普及させれば、大きな混乱や事件を招くだろうと考え、ジークはまずは、ネーデルラントを始め、国内主要都市の有権者を対象として、アーツの製造を始めた。
アーツを生み出すのには大精霊の力が必要不可欠となる為、実際の生成の部分は、ジークは一人で行わざるを得なかった。ともすれば勿論、効率は非常に悪く、ジークは始めのうちは、一日に一体のアーツを造り出すのが限界だった。フォルスチェインの製造や、生成したアーツの機能確認など、自分でなくても出来る作業を分担して行うべく、精霊学やフォルスに造詣の深い学者を三人雇って、ジークはその補助に当たらせた――リザはこの頃、未だ原因菌が発見されていなかった件の流行り病について、医学士の端くれとして研究に当たっていた――。
開発が軌道に乗ってくると、ジークは城の外に研究所兼アーツ製造施設を設け、三人の助手と共に、そちらで作業を行うようになった。助手は三人共に有能で敏腕であったが、中でも最も若い十九歳の青年は、この頃からジークの目を引く才能を光らせていた。彼は精霊術を嗜んでもいた為、同じ精霊術士として、史上最年少で精霊術を習得し、不可能と言われてきた大精霊との契約をも成し遂げたジークに、心底敬服し、強い憧れを抱いていた。焦げ茶のミディアムショートヘアに、特徴的な糸目と小豆色の瞳。柔らかな物腰と、誰に対しても変わらぬ敬語での会話。それが彼の――ハウルの特徴であった。
「顕現に使われる数式ですが、休眠体化と活動体化にも応用出来るのではないかと思って試算してみました。結果がこちらです」
「フォルスチェインの基本構造を見直して、改善案をまとめてみました。ご拝読願います」
「〝共鳴〟の数式に効率化の余地があったので訂正しておきました。念の為、ご確認をお願いします」
初め、ジークはハウルに対して、押しが強くて図々しい子だ、という印象を受けた。が、数週間も研究を共にしていくと、その遠慮の無さは、彼が元々持っている素養の高さと、アーツ開発に対する明確な目的意識から生まれるものなのだと理解し、ジークは徐々に、ハウルに信頼を寄せるようになっていった。
「アーツは必ず、人類史に残る重大な発明として、後世に語り継がれる筈です。そんな研究に、開発者であるあなたと共に携われることは、私にとって何よりの誇りです。私を助手として抜擢してくれたこと、本当に感謝しています」
或る日の深夜、作業を終わらせたハウルは帰り支度をしながら、ジークにそう言った。他意のない褒め言葉にくすぐったさを感じながらも、ジークは返した。
「私のほうこそ、君のような優秀な助手に巡り合えて、本当に幸運だったと思っているよ。これからも、私に付いてきてくれるだろうか」
ニッコリと微笑むと共に、「そんな風に仰っていただけるなんて、身に余る光栄です。共に、何処まででも行きましょう」と、ハウルは言った。
同じ頃、国王であるジークの父の病状は、急激に悪化し始めていた。消化が効かなくなっているのか、食べたものは殆ど戻してしまい、父は点滴での栄養摂取を余儀なくされた。父はいよいよ、後継ぎに誰を任命するべきか、決断を迫られていた。そして或る春の日、次期国王としてついに、父はリリーシアを任命した。成人しているとはいえ、まだ二十一歳だったリリーシアの着任に、王室の一部からは時期尚早であるとの声も上がったが、初めから国王にとって、これ以外の選択肢はなかった。戴冠式は、取り急ぎ行われた。
「クアセルス王国第六代、現国王の名に於いて、このバルドリリーシア第二王子を、クアセルス王国第七代国王に任命する」
王城のバルコニーで、クリーム色の髪を持つリリーシアの頭に、立っているのもやっとな筈の父が王冠を被せるのを、ジークはその斜め後方から、静かな目で見守っていた。新たな王の着任を、城門広場に集まった民衆は、歓声と喝采で祝った。ジークにとってもこの日の出来事は、大いに目出度いことであったし、望んでいた結果でも、クリアすべきポイントの一つでもあった。いつからかジークは、リリーシアの治めるこの国と世界を、技術面で支えるパートナーとして、弟の役に立ちたいと願うようになっていたのだ。戴冠式の舞台で、リリーシアは語った。
「愛すべきクアセルスの民よ。この良き日に、善良なる国民に祝福され、国王としてこの場に立てることを、私は誇りに思う。そして心より感謝する。私を愛で育み、幾多の歓びを与えてくれたこのクアセルスの空と大地に。そこに生まれ死にゆく、あなた方、全ての我が家族に。私のような若輩者を信任し、玉座を託してくださった我が父。一心に愛を注いでくれた母。いつの時も私に寄り添い、分け合い、競い合い、英知を以て私に愛国心を教えてくれた、……我が兄」
リリーシアの目配せを受けたジークは、その頬に笑みを浮かべようとした。が、出来なかった。幼い日、学校を抜け出したり、城中を駆け回ったりして、周りに迷惑をかけてばかりだったリリーシア。成長の中で父譲りの威光を芽生えさせ、多くの友人に恵まれた彼は今、王家の紋章である、太陽を模した金の刺繍の施された、葡萄色の衣をその身に纏い、この国の王として、そこに立っている。その姿は威風堂々としており、文句の付けようのないほどに立派だった。弟の晴れ姿に、ジークは堪らず、言葉にしようのない涙を、一粒だけ流した。
「このバルドリリーシア、皆の期待に応えられるよう、全身全霊を以て王の務めを為すことを、ここに誓う。共に進もう、クアセルスの家族よ!」
民衆は今一度、盛大な拍手をリリーシアに送った。こうして、リリーシアは王になった。王の名の重みこそ、計り知れないほどのものに感じていたが、リリーシアはそれでも、父や兄、ドボロら自分を信じてくれている人々の為にも、その役目を成し遂げようと、強く心に誓っていた。




