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半年余りを要して、ジークたちはフォルス暴発の対策となるアイテムの開発に成功した。春のことであった。
十八歳になったジークは、――校舎には殆ど通っていなかったものの――貴族学校を卒業した。卒業式典の最中、ジークはふと、本来なら時を同じくして卒業する筈であった、親友の姿を思い浮かべた。ヴェイグ――彼は今、何をしているのだろうか、と。然し、会いに行くまでには至らなかった。彼なら騎士学校でも上手くやって、無事に卒業しているであろうという信頼もあったし、別の道に於いてもお互いに奮闘し続けることが、きっと自分とヴェイグを繋いでくれるのだと、ジークは信じていたからだ。
エリザベスは十七歳になり、リリーシアは間もなくして十五歳となった。高等部に上がったリリーシアは、貴族学校の生徒会長に立候補し、見事当選した。研究の合間を縫ってジークとエリザベスに勉強を見てもらっていたリリーシアは、この頃には特別成績の悪い生徒ではなくなっていたし、火傷痕も少しずつではあるが、着実に完治へと向かっていた。エリザベスのことを、皆はリザと呼ぶようになっていた。
「さあドボロ。これで大丈夫だ」
或る晴れた日の研究室で、ジークはドボロの左足首に、金のリングを付けてそう言った。リザとリリーシアは、その様子を嬉しそうに見守っている。
「これで、リリーシアと〝共鳴〟をしてもいいんだか? リリーシアを、傷つけずに済むんだか?」
ドボロは繰り返し、ジークに確認を取った。
検証の結果、ドボロがリリーシアにフォルスを渡す際に、その量を調整出来ていなかったことがフォルスの暴発に繋がった、ということが判明した――またこのことから、今までは着目されていなかったが、精霊が人間にフォルスを渡す時、波長だけではなく量までをも調節してくれているということも判明した――。ジークからしてみれば、やはりそれは自分の考えの至らなさが招いた結果に他ならなかったが、ドボロはドボロで彼なりに、自分の力のせいでリリーシアが怪我を負ったということに、ずっと負い目を感じていたようだった。
「ああ、間違いないよ」
ジークの返事に、横長の口を縫い合わせるようにピッタリと閉じると、ドボロはホッとしたように、ニンマリと笑った。
ドボロに付けた足輪はドボロ専用の特製品で、ドボロが使役者に渡すことの出来るフォルス量を制限する効果を持っている。然し、以後開発するアーツに初めから同じ機能を付けることは、技術的に無理が生じた。結果的にジークはそれを、〝アーツとは別に人間側が装備する装飾品〟によって補うこととし、ジークはこの装飾品を、『フォルスチェイン』と名付けた。
ジークは今後開発していくアーツには、そもそもフォルスチェインがなければ〝共鳴〟が出来ないように能力の制限をし、またフォルスチェインを通すことで、使役者に渡るフォルス量には上限を設けた。ついでにジークはフォルスチェインに、もう一つの機能を搭載した。アーツを世界的に広めていく上で立ちはだかるであろう障害を、打破する為の機能だ。
技術的な問題もあり、アーツの身の丈はどうしたところで、二メートルは超えてしまう。デザインによっては三メートルか、それ以上にもなり得るであろうと、ジークは予期していた。一般家庭や仕事場にも普及させることを考えれば、当然、サイズ感的に人々の暮らしにはマッチしない。製品化する前にこの問題は解決すべきだと、ジークは考えていた。そこで行き着いたのが、アーツの『休眠体化』だ。
休眠体化は、活動の必要がない時に、アーツを小さなオブジェのような形に変形させ、持ち歩くことを可能とする機能である。勿論、休眠体の状態ではフォルスを顕現したりすることは出来ない。が、自宅に入る際や、狭い場所の通行、長距離の移動に際して、必ず役立つ機能であるとジークは踏んでいた。フォルスチェインと連動してドボロにも休眠体化が出来るよう、ジークはドボロの足輪にも同様の機能を搭載した。休眠体のことを、ジークは――古語で『眠り』を意味する――『ドルミール』とも呼び、またこれに対して普段の巨人の姿を『活動体』とも呼称した。
二つの機能を搭載して、フォルスチェインは完成した。とはいえ勿論、初めから全てが上手くいったわけではない。ジークは当初、アーツ自体にこの機能を組み込むべきだと当然のように考えていたので、そこで躓いた。この機能をアーツ自身とは切り離して考え、別個の装飾品としてフォルスチェインを造るべきだと提案したのは、驚くべきことにリザだった。これまでのジークの研究資料を閲読したリザは、ジークが初め、アーツを人工生命体ではなく、装飾品として開発しようとしていたことに着目し、その基礎を流用してフォルスチェインの原型を造ったのだった。その他にも、ジークが計算や試行に於いて行き詰まる度に、リザは適切に助言をし、彼の研究をフォローした。真剣に研究に取り組むリザに、ジークは心底感心したが、リザからすればそれは、ジークを振り向かせる為の努力に他ならなかった。その甲斐あってか、ジークのリザを見る目にも変化は顕れた。が、やはりというべきか、そこに恋愛感情が存在していないことは、リザにも分かった。単純に、ジークは研究仲間として、リザに信頼を寄せていたのだ。リザは変わらずにジークに好意を寄せていたが、ジークを振り向かせることに関しては、少しずつ諦めが付くようになっていった。この人の傍で、この人の研究する姿が見ていられれば、それが自分にとって一番の幸せなのだろう、と。




