表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨人と少年  作者: 暫定とは
五章『宿命』
54/93

54

 一件があってから、ジークと国王の間にあった溝は更に深さを増していた。リリーシアは翌日には目を覚ましたらしいが、ジークは見舞いに行くことが出来なかった。弟にすら軽蔑されるのではないか、という危惧(きぐ)が、心の何処かにあったからだ。リリーシアにまで拒絶されてしまえば、最早自分には、この世界の何処にも居場所はないとすら、ジークには思えていた。ジークは落ち込み切っていた。食事の殆どは喉を通らず、ジークはみるみるうちに痩せ細った。あれほどまでに熱心に取り組んでいた、アーツの開発研究に対する意欲をも失くしてしまい、弟と研究を失えば、自分には何も残らないのだと、ジークは思い知らされていた。そんな折のことである。

「ジーク、入るわよ」

 自室の椅子にかけ、ぼうっとしたまま、ルーチン的にノートに計算を殴り書きしていたジークの下に、母である王妃が、一人の娘を連れてやって来た。

「あなたの従妹(いとこ)のエリザベスよ。小さい頃に一度会っただけだから、覚えていないかも知れないけれど……」

 腰まで伸ばされた――美しいウェーブを描く――金髪を持ったその娘は、ツヤツヤとした素材の、紺碧(こんぺき)のワンピースをその身に纏っていた。銀の淵の眼鏡の奥には、くりっとした蒼い瞳が見える。ジークは彼女のことを覚えていた。幼い頃、自分かリリーシアの誕生日か何か、祝いの席で初めて顔を合わせ、同じように母に紹介されたのだ、ということも。自分の一つ年下で、叔母の娘だった筈であると、ジークは何となく思い出していた。

「覚えています、母上」

 半分眠ったままの頭で、ジークは答えた。母の斜め後ろで、エリザベスは照れ臭そうに、そして何処か自信なさげに、建前的な笑顔を浮かべている。それが何を意味するのか、そもそも意味を持っているのかどうかすら、この時のジークには理解出来なかった。

「エリザベスは、あなたの許嫁(いいなずけ)なの。将来、あなたの伴侶(はんりょ)となる人なのよ」

 俯いたまま、頬を赤く染めながら、「エリザベスです。ジーク様、よろしくお願いします」と彼女は言った。高く、可愛らしい声である筈だったが、ジークの頭はそのことを、あくまでも情報として認識するのみで、エリザベスに対する特別な感情というものは、一切湧いてこなかった。

 そもそもジークは、傷心(しょうしん)の中にあることを除いても、これまでの人生に於いて、常に研究と勉学に重きを置いてきた為、恋愛には無頓着(むとんちゃく)であった。この時も同様に、ジークはエリザベスに、()いては女性と関係を持つこと自体に、全くと言っていいほど興味がなかった。が、そんなジークの思いとは裏腹に、二人の交際は始まった。

 本来であれば、凡そ半年後、ジークが十八歳になってから二人を会わせる予定だったところを、憔悴(しょうすい)しきったジークを見かねた王妃の提案により、その時期を早めることになったということは、ジークには後になって聞かされた話である。

 ジークによるアーツとフォルスの研究に、エリザベスは強く興味を持ち、それをただ一人の手で為しえたというジークに、心底惚れ込んでいた。一方のジークは、というと、兎角(とかく)この時は一人になりたい一心であったし、元よりジークにとっては、知識を持たない人間に評価されることなど侮蔑(ぶべつ)のようにしか感じられなかったので、エリザベスの褒め言葉は、ジークにはただただ鬱陶しいだけであった。が、母の気遣いにも何となく気が付いていたジークは、特に文句を言うことはしなかった。エリザベスは週に数度、――ドボロの製作にあたって城の地下に増設されていた――ジークの部屋兼研究施設を訪れては、ジークの話を聞いて、(しき)りに感心していた。

「ジーク様は本当に頭が良いのですね。私には思い付かないようなことばかりです」

 然し、ジークが自分に対して無関心であることは、エリザベスも常々感じていた。自分から話を振らなければ会話は続かないし、ジークの答えはいつも説明的で、ぶっきらぼうだった。それこそジークと同様に、恋愛経験など皆無だったエリザベスは、ジークの無機質な返答に、度々心を痛めていた。どうすればジークに心を開いてもらえるのか、エリザベスには分からなかった。

 初めて顔を合わせてから一ヶ月が過ぎた頃の或る日、エリザベスはふと気になって、ジークにとって決して他人(ひと)には触れられたくなかったことを、何の気もなしに尋ねてしまった。

「ドボロ以降の新しいアーツは、今は造っていないのですか?」

 その言葉に、ジークの脳裏には、積もらせていたエリザベスへの不満と、思い出したくもない弟の姿が、稲妻のように閃いた。必死で繋ぎ止めていた何かがプッツリと弾けるのを、ジークは感じた。勢いよく椅子から立ち上がりながら机を拳で叩くと、ジークは捲し立てるように怒鳴った。

「君はいつもそうだ! 何も知らない癖に、どうして僕の研究がすごいなどと言える!? 知識のある大人が見れば、何でもないものかも知れないじゃないか! 私には思い付かないようなことばかり? だったら何故、君は自分で学ぼうとしない? 何も知らない君に、僕の何が分かるって言うんだ!!」

 言い終えてから我に返ったジークは、後悔の念に駆られた。然し、謝ることはしたくなかった。その言葉は紛れもない、ジークの本心でもあったからだ。初めて目にするジークの激昂(げきこう)に、エリザベスは動揺し、言葉を失っていた。蒼い瞳には涙を滲ませている。数秒の後、エリザベスは「ごめんなさい」とだけ言って、部屋を出て行った。無論のことながら、言いたいことを言ったからと言って、ジークの気が晴れることはなかった。寧ろその逆に、ジークは自分の不甲斐無(ふがいな)さを、より一層、思い知らされるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ