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ノームとの契約から、凡そ一年後。
技術的な問題や、計算通りに行かない試行に悩まされながらも、十六歳になったジークは、ノームの協力の下、『人工フォルス体』と銘打ったこの生命体の、試作品となる第一号を、ついに完成させた。
エネルギーの膨張により、試作品の身体は肥満体型のように膨らんでしまったが、使役する上での問題はなさそうだったので、ジークはそれを採用した。普段のジークならば、より高い完成度を求めて設計の段階から計算し直すところだったが、この時の彼はそうはしなかった。計算からやり直していては、再形成には長い時間が掛かってしまう。ジークにはどうしても、この日に間に合わせたい理由があったのだ。
アシリア歴一〇二〇年、四の月一の日。弟であるリリーシアの、十三歳の誕生日だった。
「リリーシア、十三歳の誕生日おめでとう」
城の中庭に呼び出したリリーシアに、ジークは人工フォルス体の試作品第一号を披露し、「誕生日の贈り物だ」と告げた。
「すごい……、生きてる……。これ、本当に兄さんが造ったのか?」
ジークから完成が近いという話は聞いていたものの、初めてそれを目の当たりにしたリリーシアは、物語や図鑑の中でも見たことがないような――然し確かにそこに息づく――不思議な形の生き物の姿に、驚いて目を見張った。
「そうだよ。人工フォルス体じゃあ流石に華がないから、『アーツ』と呼称することにした。アシリア古語で『術』を意味する言葉だ。これは人の持てる技術の結晶であり、これからの技術を拓いていく存在になるからな」
試作品の完成までに、ジークは様々な形状を考察したが、フォルスの器としての安定性や、人とのコミュニケーションの取りやすさを重視した結果、人工フォルス体――アーツは、人に近い二足歩行の形に落ち着いた。が、技術的な難しさから、サイズはどうしても大きくなってしまい、結果的に第一号の身長は、二メートルを超えた。
「一ヶ月くらい前に、リリーシアの髪の毛を一本貰ったこと、覚えてるか?」
「うん、フォルスの属性を見てやるって」
「ああ。でもそれとは別にもう一つ、お前には秘密で測ったものがある」
アーツの観察に夢中になっていたリリーシアはその言葉に、ジークを振り返って尋ね返した。「何を?」
小さく一つ咳払いをすると、「フォルスの波長さ」と答えてから、ジークは少しだけ自慢げになって、こう続けた。
「フォルスには個人特有の波長が合って、本来はそれが合致している相手でなければ、フォルスのやり取りは出来ないんだ。人にフォルスを貸し与える時、精霊たちはその都度波長をズラして、その人がフォルスを受け取れるように、調整してくれている」
「うん」
「残念ながら、アーツにその機能を搭載することは出来なかった。仮に波長調整の機能まで付けていたら、恐らくアーツの大きさは、この試作品の倍では済まなかった筈だ」
ジークの言葉に、リリーシアは試作品の背丈を見上げ、更にその倍の大きさになった、彼の姿を想像してみた。もし本当にそうなっていれば、言葉を交わすことすらままならなくなりそうだ、とリリーシアは思った。
「そこで、アーツに宿るフォルスの波長は、製造の時点で固定の使役者を想定し、その人物に合わせて造っていくことにした。そしてこの第一号の波長は、リリーシア。お前のものに合わせてある」
それを聞いてリリーシアは、改めて彼と目を合わせると、嬉しそうにその瞳を輝かせた。そんな弟の反応を見て、ジークもその頬に、満足げな笑みを湛えた。
苦難の末に完成させたアーツの記念すべき第一号を、開発者であるジークが、自分を差し置いてリリーシアへと贈ったのには、或る理由があった。
ノームとの契約の後、ネーデルラントに戻ったジークは、父の勅命によって、自身の捜索の為に騎士団の特殊部隊が編成されていたことを、そこで初めて知ることとなった。勿論、父はジークの無事の帰りを、ただで喜んで迎え入れはしなかった。かといって、前人未踏の領域に踏み込んだ息子の偉業を、父として、国王として認めないわけにもいかなかった。結果、父はジークに、何も言わなかった。怒ることをしない代わりに、褒めることもしなかった。前人未踏の偉業と引き換えに、ジークは父との間に、不本意ながら大きな確執を手に入れてしまっていたのだ。
騎士団長であるヴェイグの父は、関係者の一派から、息子への監督不行届きを強く非難され、退役の直前まで追い込まれた。が、ジークとヴェイグの進言により、これはどうにか免れた。その代わりにヴェイグ本人は、貴族学校を退学することを強いられた。ヴェイグは文句を言わずに、これを受け入れた。
「俺、騎士になるよ。それなら学校の勉強は必要ないだろ? だからジークは、王になってくれ。俺は、お前の治める国を守りたい」
そう言って、ヴェイグは貴族学校を去った。接触の機会が完全に断たれたわけではなかったので、ヴェイグはその後もひと月に一度程度、城を訪れてはジークに顔を見せてくれた。二人はその都度、近況を伝えあったり、他愛もない話で盛り上がった。然し、ヴェイグが騎士学校に入学し、寮に入ってからは、その頻度はめっきりと減退してしまい、二人が最後に会ってからは、既に半年が経過しようとしていた。ヴェイグのいない貴族学校に通う意味を見失ったジークはそれ以来、再び城に籠り切り、研究に没頭するようになった。
父とは距離が出来、ヴェイグとは別の道を行くことになったジークに残された、数少ない心の拠り所は、再び勉学と、弟であるリリーシアのみになってしまっていたのだ。
一方で、中等部に上がったリリーシアは、持ち前のリーダーシップと人当たりの良さを以て、クラスや学年の中心人物となりつつあった。強い権威でこの大国と世界を取り纏めた現国王の息子というだけあって、高等部の生徒や教師陣たちの目をも引き、リリーシアは学校中の注目を集める存在となっていた。勉学については相変わらず凡才であったが、リリーシアは統率力やカリスマ性に関しては、天性の才能を持っていたのだ。
この贈り物が、そんな弟の手助けになればいいと、ジークは思っていた。そして願わくば、リリーシアがその利便性や知名度を広めてくれれば、今後アーツは人々に受け入れてもらいやすくなるだろう、とも。
改めて、ジークは右隣に立たせた試作品の、その姿を見据えた。
身体の殆どが土のフォルスで造られている為、表面の質感としては固められた土のようにザラザラとしており、茶色い。横に広い顔の真ん中には、後から付け加えられたように、芥子色の大きな鼻が付いていた。黒い目はギョロリとしており、半開きの口は、やたらと横に長い。頭部の両脇からは斜め上に向かって角が突き出ており、中ほどから先は上に向かって直角に折れ曲がっている。それからジークは、肥満体型のような彼の身体に、自身で仕立てた緋色のマントと、浅縹色のズボンを纏わせておいた。
不思議そうに目を丸めて、リリーシアの表情を伺う試作品アーツの背中を、ジークは後ろから、右手でポンと叩くなり、呟くように言った。「さあ、ドボロ」
ドボロ、と呼ばれた土の巨人は、一歩前に進み、リリーシアに向かって右手を差し出すと、横長の口を縫い合わせるようにピッタリと閉じて、ニンマリと笑った。
「オデ、ドボロって名前だ。リリーシアに会えるのを、ずっと楽しみにしてた。これからよろしくだ」




