5
その翌日、放課後。
「おい、リリ」
ジンとニックが、帰り支度をするリリの机の前まで来て声を掛けた。
「なんだよ」
視線を向けずに、リリは返した。その手は止まることなく、荷物を鞄に詰め続けている。
「ちょっとアンタたち、また何か――」
後方から、ルチカが声を掛ける。いつものジンなら、捨て台詞でも吐いて退散していたところだったろうが、この日は違った。ジンは強めに吠えた。
「ルチカは黙ってろよ! これは男と男の話なんだ」
年上とはいえ十四歳の少年が、『男と男の話』などと言い出したことに、リリは笑いそうになってしまった。さりとて、いつもは自分を『おとこ女』とからかうジンが、自分を『男』として扱ってくれたことに関して、リリは微かに喜びのようなものを感じてもいた。勿論、リリがそれを顔に出すことはなかったが。
不満そうに顔を顰めて、ルチカは何と返してやるべきか迷った。が、ルチカがそれを言い出す前に、リリがルチカを振り返った。
「大丈夫だよ、ルチカ。今日は先に帰ってて」
その言葉に、ルチカは更に、眉間の皺を深くした。暫く考えるように目線を泳がせていたが、数秒間そうした後で、「分かった」と呟くと、ルチカは教室を出て行った。勝ち誇ったような表情になって、ジンはそれを見送った。ニックもその顔を真似た。
「ここだと人が多いな。ちょっと校舎の裏まで回ろうぜ」
「いいよ」
ジンとニックに連れられて学校を出ると、リリは物陰になっている校舎の裏まで歩いた。空はよく晴れていた。
この辺りの気候は、年間を通して割と温暖で、暮らしやすい地域でもあった。村には小川が流れており、土壌が良いので作物もよく育った。『ピグモ』と呼ばれる豚の仲間の家畜が、多くの家で飼われている。ピグモは乳も出したし、食用としても美味であった。中でも耳の肉は珍味で、酒のつまみに最高だと、大人たちはよく言っている。
(もしかして、リンチか……?)
リリは一応、その疑いは持っておいた。そしていつでも応戦出来るように、気は抜かなかった。然し、というべきか、ジンとニックの目的は違った。
校舎の裏手に到着すると、ジンは周りに人がいないか、辺りを見回して入念に確認してから、静かに口を開いた。
「……昨日の巨大遺跡の話」
リリは昨日耳にした、巨大遺跡の話題についての記憶を巡らせた。時間を要さずに、リリは学校の授業が終わった後に、『遺跡に大型の青い魔物が棲み付いた』という話が教師からあったことを思い出した。
「それが何? まさか見に行くって言うんじゃないよね」
呆れたように、リリはそう聞き返した。然し、リリとてそれに興味がないわけではなかった。村の外に出てみたいという気持ちもあったし、何よりもリリは、好奇心と勇気だけは、人一倍旺盛だったのだ。普通の子なら好奇心に恐怖が勝るようなことも、リリはいつも、軽々とやってのけた。
驚いたように目を見開いて、ジンは人差し指を口の前で突き立てた。
「声がデカい! ……そのまさかだよ。昨日、親父たちが小声で話してるのをたまたま聞いたんだ」
ジンは再び、辺りを見回した。これから最重要事項を伝える、とでも言いたげな顔になって、彼は言う。
「二足歩行で四メートル近い、巨人の姿の魔物が棲み付いてる。そしてそいつは、岩で出来た真っ黒い身体に、青い炎を纏っている、ってよ」
思い当たる節が、リリにはあった。その見た目の情報は、ヘルズに酷似している。が、ヘルズの炎は赤だ。だからヘルズではない。然し、もしかすればヘルズと同じ――、
「――アーツかも知れない」
堪らなく嬉しそうにして、ジンはそう言った。リリもこれには動揺し、唾を飲み込んだ。
村で唯一のアーツ使いであるバーンズと共に、村で唯一のアーツであるヘルズは、村の子供たちの憧れでもあった。いつか自分にもヘルズのようなアーツが使えるようになることを、特に男子は夢見ていた。ジンもニックも、そしてリリも、その例外ではなかった。
しかも四メートル近い、ということは、アーツだとすればヘルズよりも更に大型だ。リリの心は揺れ動いた。
「俺とニックは遺跡に行く。リリ、お前はどうする?」
今一度唾を飲み込んで、リリは考えを巡らせた。
行きたい。そんなものが本当に居るのなら、願わくば自分のアーツとして使役してみたい。いや、見るだけでも良い。そう思った。然し、昨晩のバーンズの言葉が、リリの胸には引っ掛かっていた。
『一人でもやっていけるように、もう少ししっかりするんだ』
その時、リリは閃いた。もしもそのアーツを、自分のものとして使役出来たのなら、父も自分のことを認めてくれるかも知れない。そして、ジンとニックを見返すことだって出来るかも知れない、と。
俯いて悩んでいたその顔を上げると、真っ直ぐにジンの目を見つめて、リリは言った。「……――いこう」
「そうこなくちゃ!」