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巨人と少年  作者: 暫定とは
四章『解放』
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45

 翌早朝、アルバティクスを出発したリリたちは、共鳴術による高速移動で、正午過ぎにはトリュンマ大空洞へと辿り着いていた。

 アシリア歴二〇四八年、十二の月十一の日。凡そ七ヶ月ぶりに訪れるトリュンマに、リリは不思議な懐かしさを感じていた。良くも悪くも、状況は当時と比較すると、大きく変わってしまっていた。

 ハウルによって盗み出されていたクーランは、今はシンの隣で、シンと共に浅緑の煙のような光を、その身に纏わせている。あの時はいなかったラメール、バーンズ、ヘルズが、旅の仲間に加わっている。単なるアーツ泥棒の一味という認識でしかなかったミドやハウルは、人類とアーツの滅亡を企てる、ジークの手先であることが判明した。彼らの持つ力に対抗する為に、自分たちはそれぞれ、大精霊との契約を結んできた。そしてこの日、リリたちは彼のジークフリードを打ち倒し、人類とアーツの未来を勝ち取る為に、覚悟を持ってこのトリュンマ大空洞の前に、再び立っている。

「行こう、みんな。……僕たちは負けない」

 七人分の返事を背に、リリはトリュンマ大空洞の入り口をくぐった。

 青白い光を放つ、無数の鍾乳石の垂れ下がる一つ目の空洞を抜けた先には、紫に光り輝く鉱石がそこかしこから突き出す、もう一つの空洞がある。奥行きは少なく見積もっても百メートル以上あり、天井までの高さは十メートルはありそうだ。そしてその天井の凡そ中心部分には、七ヶ月前のあの日、突然の高潮に襲われたリリたちが、ここを脱出する際に開けた風穴(かざあな)が開いている。空洞の中央には摂氏(せっし)一〇〇度の温泉が湧いており、その水面からは凄まじい勢いで蒸気を放ちながら、水底から溢れんばかりの気泡を発生させている。

 七ヶ月前には空洞の奥の壁に沿って存在した、岩窟のような小屋は今日、綺麗さっぱりなくなっていた。あれは恐らく、ミドとバロンの土のフォルスによって生成されたものだったのだろう、とリリは思った。そしてその代わりに、小屋があった空洞奥側の壁の付近には、一人の男が、こちらを向いて立っていた。

 遠目に視認するには至らなかったが、彼が目を閉じていることを、リリは感覚で理解した。美しい銀髪(ぎんぱつ)の前頭部は、強く持ち上げられて真ん中から左右に分けられており、後ろは背中の中ほどまで伸ばされている。高貴な民族衣装を思わせる、青と銀の装飾が為された、アイボリーを基調としたインバネスコートのような衣服と、また黒のロングブーツを、男は身に着けている。その右手には、前回会った時には持っていなかった筈の――一八〇センチほどある自身の背丈とそう変わらぬ長さの――、木で出来た杖を持っており、天に向けられたその先端には、鋭利な刃が付いている。かつて目にした文献に、その武器は杖剣(じょうけん)という名で解説されていたことを、リリは思い出していた。

 そして彼の背後には、同じく前回は引き連れていなかった、三メートルを超える大型のアーツが立っていた。体型は人型に近く、細身でスラリとしているが、その身体には鎧のような銀と青の装甲を纏わせている。鎧兜(よろいかぶと)を思わせる頭部からは、斜め上前方に向けて青い角が一本、生えていた。俯き加減に前方の地に向けられた兜の下からは、鋭い眼光がリリたちを睨み付けるように見つめている。そしてそのアーツは、長さが微妙に違う、長身の刀を一本ずつ、左右の手に携えていた。

 「来る頃と思っていた」と、その男――ジークフリードは、唸るような低音で言った。空洞内に、ジークの声は静かに反響した。

「宿命は……、退(しりぞ)いては、くれなかったか。どうあっても私は、そなたらに直接、手を下さねば、ならないようだ」

 そう言うと、ジークは漸く、その目を開いてリリたちの姿を捉えた。その途端、リリはジークの身体から溢れ出る邪悪なオーラを、ずっしりと感ぜざるを得なくなった。空気がピリピリと張り詰め、背筋が凍るように強張る。然し、あの時と全く同じではない。自分たちが力を付けたからか、その威圧感は前回と比べ、幾らも易しくなったように、リリには感じられていた。ざ、と足音を立てて、リリは一歩、ジークに歩み寄って言った。

「ジーク、千年前のことを、ノームに聞いたよ。あなたは人の生きる世界を愛し、アーツを造り出した。そしてフォルスの枯渇に踊らされる人々の姿に絶望して、全てを滅ぼしてしまった。……当時の混沌とした世界を救う為には、確かにそれくらいのことをしなくちゃならなかったのかも知れない。でも今、同じことをする必要があるとは、僕には思えない」

 リリの説得に、ジークは「ふん」とだけ鼻を鳴らした。リリは続ける。「現代で使役されているアーツは七百程度で、千年前の四分の一にも満たない。そして今後、使役されるアーツが増えたとしても、計算の上では千に届くことはないって言われてるんだ。フォルスの枯渇は、現代では有り得ない! 人類を滅ぼすなんて、意味のないことなんだよ!」

 強い眼差しでジークを見つめながらそう言ったリリに対し、ジークはまるで虫けらでも見るかのような目を向けると、嘆くように言った。「戯言(ざれごと)だな」

 その言葉に、リリは「なっ」と漏らすなり、その目を見張って眉間を顰めた。続けて、ジークは今度はその顔に、僅かに笑みを浮かべながらシンを見つめると、称賛(しょうさん)するような口ぶりで言った。

「大精霊たちに掛けた、封印を解いたか。……シン、と言ったかな。まだ若いのに、なかなかやるようだ」

 一歩前に出、リリの隣に並んだシンは、強気に声を張って答える。「正直(こた)えたよ。三十秒おきに値の変化する精霊術の術式が、ご丁寧に三つも掛けられてるんだからな。しかも途中で間違えれば、一つ目からやり直しになると来てる。あれだけ複雑な封印を掛けたんだ、解ける人間がいないと踏むのも無理はない。然し、残念だったなジークフリード。用意周到なお前の、ただ一つのミスは、この俺を敵に回したことさ」

 それがどれだけ難しい仕掛けなのか、リリには何となくしか分からなかった。が、ジークとシンの物言いから、シンの持つ精霊術の知識の深さや地頭の良さ、そしてその能力の高さは明らかであったし、リリはそれを、改めて強く実感していた。

 「ジークよ」とバーンズ。「リリの言うことは、大人の俺でも凡そ間違っているとは思えない。何故それを、戯言だと言い切れる? お前がそうまでして人類とアーツを滅ぼそうとする、その理由はなんだ?」

 鋭い目付きでバーンズを見つめると、ジークは暫し黙りこくってから、物憂(ものう)げに、ゆっくりと答えた。

「……アーツのメカニズムを分解し、部分的に利用するなどと、よくよく考えたものだ」

 その言葉に、シンはハッとして呟いた。「元素機構(げんそきこう)……」

 ファンテーヌでフランクに教えられたその研究の内容を、リリは脳裏に思い浮かべた。元素機構とは、フォルスを操るアーツのメカニズムを分解し、部分的に利用している、自我を持たないアーツのようなものだ、とフランクは語っていた。ジークは続ける。

「今はまだ実験段階で、大量生産にはほど遠いようだが、この研究が進み、製品化が決まれば、人々はこの利便性に飛び付くだろう。そして元素機構は世界中に、爆発的に行き渡る。……フォルスは人類には、過ぎた玩具(おもちゃ)なのだよ。その有限性を前にしても、人は一度手にした利便性を、簡単には手放せなくなる。結果フォルスは枯渇し、人は貴重な資源を無為(むい)に消費した上で、自ら破滅への道を辿る。千年前と、同じようにな」

 ジークの言葉に、リリは狼狽えた。ジークの話は飛躍しているわけではなかったし、太陽王の時代の前例がある以上、人類はそこまで愚かではないと、リリには言い切ることは出来なかった。狼狽(ろうばい)するリリの隣で、リリの意思を代弁(だいべん)したのはドボロだった。

「だからって、人とアーツを滅ぼすなんて間違ってるだ! リリたちなら、そうならない方法を見つけ出せるって、オデは信じてるだ!」

 心強い相棒の言葉に、リリは心を打たれた。「ドボロ……」

 そうだ。自分たちは今まで、どんな困難も乗り越えてきた。元素機構の研究がこれから突き当たる、フォルスの有限性という壁にだって、きっと活路を見つけ出すことが出来る。

 が、ジークとて千年もの間、何も考えずに生きてきたわけではない。その意志のこもった瞳をリリたちに向けると、彼は静かに次を言った。

「この世界には、どう足掻いても抗えぬ、大きな流れ、というものがある。それは世界そのものであり、時間と空間と呼ばれるものでもある」

 ジークから放たれるオーラが次第に肥大化してくるのを、リリは感じた。息苦しさに顔を顰めながら、その威圧感に、リリは思わず腰の短剣に手を掛けた。

「その流れこそが、人類を生み、そしてこのジークフリードを生んだ。ジークフリードはアーツを生み、今や人類を、そしてアーツを滅ぼさんとしている。これが、世界の流れなのだ。私という、存在自体が、世界の意志なのだよ!」

 (おの)が野望に真紅の瞳を輝かせ、両腕を広げて悪い笑みを浮かべながら、ジークはそう言った。右手に携えられた杖剣に、フォルスが集中していくのを一同は感じ取った。どうやら、戦闘は避けられないようだ。

 弓矢を引き抜いて構えの姿勢に移りながら、ルチカは言った。

「そんなの出鱈目(でたらめ)よ! だったら世界は、あたしたちを生んだ。ジークフリードという流れを打ち砕く、もう一つの流れを!」

 その言葉に、ジークはやはり、哀れむような目をルチカに向けると、「何も分かっていないな」とぼやくように言った。杖剣の杖と刃の部分の繋ぎ目になっている、金のリングに手を翳すと、ジークはその頬に不敵な笑みを浮かべながら、呟くように唱えた。「〝共鳴(チェイン)〟」

 ジークと、その背後に立つアーツの身体からは、ゴウッ、と音を立てながら、煙のような光が凄まじい勢いで立ち込める。シンはその光の色に、自らの目を疑った。

 フォルスの色は属性によって異なり、四つの属性のフォルスはそれぞれ、火なら紅蓮、水なら水色、風なら浅緑、土なら山吹の四色だ。これに対し、ジークとアーツが纏った光は、今までに自分たちが目にすることのなかった、輝かしい白銀(はくぎん)をしていた。

 不可思議な色のフォルスに戸惑いながらも、例えその力が何であれ、自分たちがそれを打ち倒さねばならないことには変わりない、と悟ると、シンは腰の柳葉刀を引き抜いて構えた。リリとバーンズも、短剣と大剣をそれぞれ抜刀し、構えの体勢を取ってジークに向き合う。ルチカも含めた四人とそのアーツたちは、トリュンマに辿り着いた時のまま〝共鳴(チェイン)〟の状態を保っているので、その身体には既に、煙のような光を纏っている。

 逆手に持った短剣の刃を、リリは改めて見つめた。

 撃退させればそれで良かった、今までの戦闘とは違う。諸悪の根源たるこの男だけは、確実に息の根を止めなければ、何度でも同じことを繰り返す筈だ。言葉による平和的な解決が出来るのであれば、それが最良の選択肢ではあったが、現実はそう上手くはいかない。然しリリの覚悟は、もうずっと前から決まっていた。

 ジークフリードを倒し、彼の野望を止める。そして盗まれたアーツたちを解放し、元の使役者の元へと返す。その為に自分たちは、これまであらゆる困難に立ち向かってきたのだ。

 武器を持っていない左手を天に向けると、それぞれ、四人は叫んだ。「地神」「水神」「火神」「風神――招来ッ!!」

 刹那、天空から矢のように飛来した四つの光の球体たちは、リリたちの手の中に吸い込まれるように消えた。一同の瞳は、大精霊をその身に宿したことを示すように、それぞれのフォルスの色に輝き出す。山吹色に変化して光り輝く瞳で、リリは今一度、ジークの姿を見据えた。

 自分とジークは、アシリアを守りたいという共通の目的を、全く別の方法で叶えようとしている。生まれた時代や場所が違えば、ジークは自分と同じ側に立っていたのかも知れなかった。逆に、自分がジークの側に立っていた可能性すら、リリは感じていた。それが何かの拍子で、こうして敵対する形になってしまっただけなのだ、と。そう考えると、リリはどうにも胸が苦しくなった。が――。

(この戦いで、全てを終わらせる)

 自分自身に言い聞かせるようにそう念じると、リリは地を蹴って、跳躍と共に勢いよく走り出した。

「分かってないのはそっちだろ! この分からず屋!」

 ドボロとバーンズ、ヘルズが左手からそれに続く。シンは共鳴術技の詠唱を開始し、ルチカは弓矢を引き絞りながら、そこに強く水のフォルスを込め始めた。

 杖剣を持ったジークの右手側から、リリは身体を(ひね)らせながら、勢いをつけて二発の回転蹴りを放った。が、ジークは微動(びどう)だにすることなく、その二発を軽々と杖剣で受け止める。続けざま、リリは追い付いてきたドボロと目配せをするなり、ジークの眼前で舞うようにして回転しながら、ドボロと手を打ち交わして上級の共鳴術技を放った。二人分の声が、大空洞に木霊する。「〝塵芥合掌打(じんかいがっしょうだ)!〟」

 それに追随(ついずい)する形で、ルチカは引き絞っていた三本の矢を、二本、一本と順に打ち込んだ。「〝流浪(るろう)閃鮫牙(せんこうが)!〟」

 地中から出現した、掌を模した二つの土塊(どかい)は、凄まじい勢いを以てジークを挟み込む。ルチカの放った矢は、鮫を模した青い光を纏いながら滑空し、土塊を貫くような勢いで、そこに命中した。確かな手応えを感じつつ、距離を取ってからジークのほうを振り返ると、リリは然し、その光景に表情を歪ませた。土塊に挟み込まれるどころか、ジークは何事もなかったかのように土塊の正面に立って、ルチカの放った三本の矢を、その左手に握り締めていたのだ。体勢は寸分たりとも崩れるはことなく、前だけを見つめて真っ直ぐに立っている。

 理解が追い付かないリリを尻目に、ジークの足元の地には、彼を中心に緑に輝く大きな魔法陣が出現する。シンの共鳴術技だ。

「〝狂飆(きょうひょう)よ、我が(あぎと)となりて彼の地に吹き荒れよ。黒雲(こくうん)纏いし()が名は――〟」

 ジークから数メートルの上空に、突如として黒い霧靄(きりもや)がモクモクと立ち込め、その中からは、バチバチと雷が打ち合うような音が鳴り始める。と、一閃の稲妻がジークに落ちたかと思えば、足元の魔法陣から出現した、風のフォルスによって形成された竜巻に、彼の身体は晒された。

「〝テンペスト!!〟」

 ザクザクと切り刻むような音を立てながら、竜巻は何度もジークの身体を穿った。直近でそれを見ていたリリは、今度こそそれが間違いなく、ジークにダメージを与えていると確信した。が、数秒間に渡る竜巻が止み、土埃の中から姿を現したジークの姿を見ると、リリは再び、驚愕に言葉を失った。ジークはその身体に傷を付けていないどころか、その服に汚れの一つすら許していなかった。その表情には、不敵な笑みすら浮かべている。リリは混乱の中で、リザやミドの言葉を思い出していた。

『アンタたちが幾ら足掻こうが、ジークを止められるわけないのよ』

『どうやら君たちは、本気でジークを止めようとしているらしい』

 結局その言葉が内包する違和感の正体が何であるのか、リリは今日まで知ることはなかった。然し、それは今、目の前でまざまざと見せつけられている、この現実なのかも知れないと、リリには思えた。ドボロもルチカもシンも、勿論自分自身も、この戦いに様子見など必要ないと、初めから悟っている。だから手加減や温存はせずに、ハナから現状の最大級の技を打ち込んでいるつもりだ。が――。

「〝絶風剣(ぜっぷうけん)!〟」

「〝水蓮華(すいれんか)!〟」

 クーランの小刀と、ラメールの大剣が、それぞれジークを左右から襲う。が、ジークは杖剣を巧みに振るい、その連撃を全て受け流すばかりか、最後には左右に交差させた杖剣と左の掌から、白銀のフォルスを凄まじい密度の球体にして放出した。

「ハァッ!!」

 ジークの唸り声と共に、球体はその場で炸裂し、二人の身体を後方へ大きく吹き飛ばした。

 仲間たちの攻撃を次々と無力化するジークに、リリは絶望を禁じ得なかった。一体何が、彼の身体を守っているのか、リリは勿論、他の誰にも見当が付かなかった。然し――。

「許せよ、ジークフリード」

 ジークに生まれた刹那の隙を、バーンズは見逃さなかった。呟くように言いながら、バーンズは一瞬でジークに詰め寄った。〝これ〟は、パーティの中で唯一の大人である自分の役目であると、バーンズは自負していた。

「〝獅子(しし)煌焔斬(こうえんざん)〟」

 両の手で強く握りしめた大剣に、獅子の頭部を模った炎を纏わせて、バーンズはそれを、ジークの腹部に勢いよく突き刺した。寸前で跳躍し、それを躱そうとしたジークの身体は、後ろから密かに接近していていたヘルズによって、ガッチリと押さえ付けられていた。獅子を模した炎は、ジークの身体を喰らうように大きく燃え上がり、その場で爆裂した。ジークの肌は瞬く間に()(ただ)れ、髪は焦げ、腹部には血が滲み出した。凄惨なその姿に、ルチカは思わず目を伏せた。リリはドボロと共に、驚きに目を見張って息を飲んだ。構えていた柳葉刀を下ろすと、シンは何も言わずに、ジークとバーンズに鋭い視線を向けたまま、暫くそうしていた。

 バーンズがその身体から大剣を引き抜くと、ジークは腹部から血を吹き出しながら、その場に両の膝をついた。何か言いたげな表情で、その姿を数秒間見つめてから、バーンズはリリたちを振り返った。早足でリリとルチカに歩み寄ると、バーンズはその目を伏せさせるべく、二人の顔に手を伸ばした。

「さあ、これでおしまいだ」

 その時であった。

「――ああ、おしまいだな。王の末裔(まつえい)たちよ!」

 今、そこで倒した筈の男の声が、リリたちの耳には届いた。「バーンズ! こいつ!」と、ヘルズが叫ぶ。一同は慌てて後方を振り返ったが、その時にはもう遅かった。白銀の光をその身に纏わせて、ジークとそのアーツの身体は、リリたちの頭上数メートルに浮遊していた。

「〝光在るところに闇は在り。境界の扉に我は在り。聞かれよ。我、神に導かれ天地の(ことわり)()り、裁きを与える断罪者(だんざいしゃ)(なり)〟」

 捲し立てるように早口でそう言ったジークの、右手に握られた杖剣の先端が、凄まじい勢いで輝きを増しているということまでは、リリには確認出来た。

「〝アンリミテッド・ノヴァ〟」

 次の瞬間、大空洞の中は、銀色の光に埋め尽くされた。不明瞭(ふめいりょう)な視界と意識の中で、身体中が激しく連続で斬り付けられるように痛むのを、リリは感じていた。そして、次にハッキリと意識を取り戻した時、リリは傷だらけの身体で、トリュンマの地に転がされていた。ぼんやりとした視界が、徐々に鮮明になっていくと、他の皆も同じように、そこに倒れているのが分かった。意識の回復と並行して、身体中が凄まじい痛みに襲われていることを、リリは理解した。痛みと恐怖に、声は出なかった。〝共鳴(チェイン)〟もノームの招来も解けてしまっており、フォルスを練ることも出来ない。リザの言葉が、走馬灯(そうまとう)のようにリリの脳裏を過ぎった。

『アンタたちが幾ら足掻こうが、ジークを止められるわけないのよ』

 最早、抵抗する気力すら、リリには起こらなくなっていた。ここで死ぬのだろう、と理解してしまえば、痛みも多少は和らぐような気がした。諦めかけて目を閉じようとした矢先、リリの耳に、ドボロの擦れ声が届いた。

「リリ……! 諦めちゃダメだ……!」

 相棒の言葉に、リリは失いかけた意識と共に、身体の痛みの感覚を取り戻して、括目した。

「オデは、リリを信じてる。だから、リリもオデを信じてくれ。そうすれば、オデはもっともっと強くなれる。お互いに信じ合うことが、オデとリリの絆になる。それが、オデを昨日よりももっと、強くしてくれる……!」

 リリの心は、ドボロの言葉に強く、突き動かされた。自分とドボロの間には、確かな絆がある。そしてそれは、ジークたちによって盗み出された、世界中のアーツとその使役者たちだって同じだ。ジークの利己的な思想にそれを壊されたまま、こんなところで死ねる筈がない。

 ドボロの言葉はリリだけではなく、皆の気持ちも奮い立たせていた。直前で受け身の体勢を取ることが叶っていたシンは、痛みに耐えながらもゆっくりとその身体を立て直し、睨み付けるような視線で、ジークの姿を見据えた。バーンズが大剣を突き刺した筈の傷口は、初めからなかったかのように塞がっており、それどころか彼の服には、血痕すら残っていない。その姿に絶望を感じながらも、シンは強い声色で尋ねた。

「お前は、一体何者なんだ……、その力の正体は、なんなんだ……!」

 ふん、と鼻を鳴らしてから、ジークは宙に浮かんだまま両手を広げると、傲然(ごうぜん)として答える。

「先にも言った筈だ。私は、大いなる流れによって生み出された、世界の意志だ。世界が私を選び、世界がこの力を与えた。幾らそなたらが大精霊を従えてこようが、所詮人間は人間。私の前を、立ち塞ごうなどと、愚かしいにもほどがあるのだよ」

 戦いが始まる前、誇張的(こちょうてき)にしか聞こえなかったジークの言葉は今、リリたちには幾らも説得力を増して感じられた。立ち直りかけた心が、再び折れようとするのを感じながらも、リリはどうにかそれを繋ぎ止めて、そこに立ち上がった。

「僕たちは、確かに小さな人間だ。一人ぼっちで出来ることは、高が知れている。でも僕たちは、手を繋ぐことが出来る。そしてそこには、新しい絆が生まれる。その絆には、際限(さいげん)のない力が宿る」

 地に伏せるドボロに歩み寄って手を差し伸べながら、リリは語った。リリの手を取り、その顔を仰ぎ見ると、ドボロは痛みに襲われながらも、横長の口を縫い合わせるようにピッタリと閉じて、ニンマリと笑った。リリも同じように、ドボロに笑い返して続ける。

「僕は、落ちこぼれだった。勉強も運動も苦手で、いつも馬鹿にされてきた。でも、ドボロと一緒なら強くなれる気がした。何よりも、ドボロと一緒なら、落ちこぼれだって構わないと、僕は思えるようになった。人間の価値を決めるのは、そんなものじゃないって」

 全身を駆る痛みに呻きながら、ゆっくりとその巨体を起こすと、ドボロはリリの隣に立って並んだ。手を握り合いながら、二人は上空に浮遊する、ジークの姿を見据える。

「ドボロがいる限り、僕は戦う。何度でも立ち上がる。その力の正体が何であろうと、ジークフリード。……僕はお前を倒す」

 この日の為に、リリはドボロとノームと共に、或る共鳴術技を開発していた。莫大な量のフォルスを使う為、ノームの協力を必須とする上に、相応の集中力と精神力を要するが、威力は申し分のないものに仕上がったという自負が、リリにはあった。今こそ修行の成果を発揮する時だ、と、リリはドボロと繋いだ左手に、強く意識を集中させた。ドボロの身体から、僅かにフォルスが流れ込んでくるのを、リリは感じ取った。

 こんなボロボロの身体で大技を放てば、下手をすると死んでしまうかも知れないと、一抹(いちまつ)の不安がリリの胸を過ぎった。然し同時に、ジークを倒せるとしたら最早、あの技を除いて他に手はないと、リリは思い知らされていた。

(この技に、賭けるしかない――)

 決意に燃える瞳で、リリはジークを見つめると、ドボロと共に唱えた。

「〝共鳴(チェイン)〟」

 二人の身体からは、山吹色の光が立ち込める。続けて、リリは繋いでいないほうの右手を、天に翳すと言った。「地神、招来」

 ノームは光の球体となって、再びリリの右手に降り注いだ。リリとドボロの瞳は、山吹色に輝き出す。

「行くよ、ドボロ、ノーム」

(ああ)

「ンだ!」

 ドボロの返事を合図にするように、二人は強く、跳躍した。ジークとそのアーツと同じ高さまで跳び上がったかと思えば、リリはジークに、ドボロはアーツに向き合い、強く握った両の拳を、腰に当てて構えた。強く光を放つ二人の両腕を囲うような形で、握り拳を模した土のフォルスが、それぞれの拳に対して十ほど顕現する。と、リリは空中にその身を保ったまま、身体を大きく(ひね)らせて、右腕を振り被ると強く、強く叫んだ。

「〝地神(ちしん)千烈爆砕拳(せんれつばくさいけん)!〟」

 ジークとアーツに対して、二人は両の拳による打擲を、幾重にも連続で放った。拳を模した土のフォルスは、リリたちが打擲を放つ度、それに追従する形でジークとアーツに襲い掛かった。そしてそれらの全ては、ジークたちの身体に命中するとその都度、山吹色に煌めきを放ちながら、その場で爆裂した。十数秒間に渡り、リリとドボロは、ジークたちの身体を殴り続けた。二人の攻撃は確かにヒットしていたし、痛みに呻くジークの声すら、リリの耳には届いた。体力の消耗に朦朧(もうろう)とする意識の中で、今度こそジークに確かなダメージを与えられていると、リリは確信した。怒涛の連続攻撃の後で、リリとドボロはそれぞれ、ジークとアーツの身体を真下に向かって殴り付け、トリュンマ大空洞の地面へと撃ち落とした。轟音と共にトリュンマの地を抉ったジークとアーツに対し、リリとドボロは滞空したまま、止めの一撃、と言わんばかりに、練られるだけの土のフォルスを、右の拳に強く、纏わせた。

「終わりだ!!」

 巨大な拳を模らせた、密度の高い土のフォルスを、二人は空中からジークたちに向けて打擲を振るい、その拳から一直線に放った。光を(ほとばし)らせながら、凄まじい爆音を立てて、拳を模した土のフォルスは、ジークたちの身体に直撃した。

 力を使い果たし、再び〝共鳴(チェイン)〟とノームの招来が解けてしまったリリとドボロの身体は、(ろく)に受け身を取ることも叶わずに、地面に強く打ち付けられた。それでも、リリはその顔に浮かべた笑みを、絶やしはしなかった。

(これで……どうだ……!)

 息を切らしながら、ぼやけた視界の向こう側に、リリはジークの姿を探った。

 立ち込めた砂埃が落ち着くと、男の姿が見える。地面に撃ち落とした筈のその男は、平然としてそこに立っていた。その肌や服には、傷の類の一切は見受けられず、今の今まで自分が攻撃を加えていた男と同じ人物だとは、リリには到底思えなかった。ゆっくりと口を開いたその男の言葉に、リリの希望は絶たれた。

「これで、終わりか? ならば今度は、こちらから行こう」

 砂埃の全てが飛散すると、ジークの後方では、そのアーツすらも無傷で立ち上がっているのを、一同は見つけた。腹を刺しても、超高密度のフォルスで何度殴っても死なない人間を前にして、最早リリたちに、為す術はなくなった。リリとドボロを含め、一同は失意の底に叩き付けられた。その時――。

「マ――――イ・スイ――――ト・エンジェ―――――ル! リ――リ――――――ッ!!」

 晴天の霹靂の如く突如として、その声は空洞内に大きく響いた。若い男性の、悲鳴にも似たその叫び声に、リリは聞き覚えがあった。それが何を意味する言葉であるのかも、リリは今度は、そう時間を要さずに、理解することが叶った。

 かつてリリたちが開けた、大空洞天井の風穴から跳び下りてきたその少年は、ザッ、と足音を立てて、リリの目の前に、背中を向けて着地した。その腕は、ジークからリリを守るようにして、地面と水平に伸ばされている。

「き、君は……」

 毛先があちこちに向いている、菜種油色の短髪。黒のタンクトップに重ねられた、白い薄手のカーディガン。そして焦げ茶のサルエルパンツ。服屋で見栄を張ったのか、はたまたこれが流行なのか、ということはリリには分からなかったが、恐らくそれが『彼らしさ』なのだと、リリは不本意ながらも、何となく理解し始めていた。

「オレの名前? 忘れちゃった? って言ってる場合じゃないよね~。カモーン、バロン!」

 轟音と共に、ベージュのローブを羽織った鈍色の肌の巨人は、少年の隣の地を穿ちながら着地した。

「言ったよね。必ず再び君の前に現れて、その時は必ず君をオトしてみせる、って。それが今さ! 見てなよ可愛い小猫ちゃん。路地裏のボス猫の、生き様って奴をさあ!」

 シルバーのリングを、右手中指に嵌めながら、少年は叫んだ。「――〝第二共鳴(セカンドチェイン)ッ!〟」

 刹那、巨人と少年の身体からは、山吹色の光が勢いよく放たれた。二人の姿を見つめながら、ジークは複雑に入り混じった心境をそのまま表情に浮かべて、静かに言った。

「ミドよ。命の恩人が誰であるのか、忘れたわけではあるまいな」

「忘れないさ、あの日のことは」

 少年――ミドもまた、懐かしむように目を細めて、ジークを見つめ返す。

如何(いか)な〝第二共鳴(セカンドチェイン)〟と言えど、私の力の前では、無力に過ぎん。それでもやるのか?」

 二、三秒、目を閉じて考え込んでから、ミドは心を決めたように、強い眼差しをジークに向け、答えた。

「オレはずっと考えていた。何が正しいやり方で、戦いを拒むバロンと一緒に、どうしたら世界を守れるのか。……でも昨日の夜、考えるのはやめた! オレは愛の伝道師ミドとして、愛に生きる! バロンや他のアーツたちを消させやしないし、リリちゃんはオレが守る。その為に、オレはアンタを倒す!」

 その言葉に、馬鹿馬鹿しい、とでも言いたげな表情を浮かべながら、ジークはミドとバロンを見つめた。

 ジークとミドの間に、一体どんな過去が存在するのか、リリには分からない。然し、前回ミドの襲撃があった際に、『どうしてそうまでしてジークに味方をするのか』という自分の問いに対して、ミドが不可解な態度を取ったことを、リリは思い出していた。そしてその答えは、今目の前で繰り広げられている、この光景なのかも知れない、とリリは思った。

「バロン、教えた通りに出来るな?」

「おしエたとおリに、デきル」

 ミドの問いに、バロンは強く頷き返した。その表情からは、今までバロンが見せることのなかった、決意のようなものが見て取れる。リリは二人の背中に、頼もしさのようなものを感じていた。

「覚悟しろよ? ジーク!」

 言いながら、ミドは背中に背負った鎚を手に取り、ジークに向かって走り出す。と、バロンはその場にしゃがみ込み、地面に手を着いて、強く土のフォルスを込めた。空洞を覆い尽くすほどの山吹色の光が、地面から放たれる。

 「身の程を思い知るがいい!」と、ジークは白銀のフォルスを込めた杖剣を、大きく振り被った。ミドの鎚と、ジークの杖剣が、激しく打ち合おうというその寸前で、ミドは急速に方向を転換し、バックステップで後退すると、バロンの隣まで戻った。と、ジークとそのアーツを除く一同の足元の地面は、光を放ちながらその地質を大きく変化させた。沼のように柔らかく変化した土の中に、ずぶり、と身体が飲み込まれていくのを、リリは感じた。

「え、ちょっとミド、これは――」

 驚きに周りを見渡すと、他の皆の身体も、同じようにして地面に飲み込まれつつあった。然し、リリは不思議と、それを恐怖とは感じなかった。口や鼻が覆われる前に、リリは一度、大きく息を吸っておいた。グッと瞼を閉じると間もなくして、リリの身体は完全に、泥のような土の中に沈んだ。憔悴(しょうすい)しきった身体を優しく包み込むような泥の感触に身を委ねながら、遠のいていく意識の中で、リリの耳は微かに、ミドの声を感じ取っていた。

「悪いねジーク、ハッタリだ。オレにはアンタは倒せない。その代わり、アンタを倒すことの出来る可能性を、生かして逃がすことは出来る。リリちゃんが信じる、人とアーツの未来の可能性に、オレは賭けてみることにしたよ」

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