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巨人と少年  作者: 暫定とは
四章『解放』
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「陛下に拾われていなければ、俺はとっくに死んでいる。自分は欲求に突き動かされているだけで、実体のない幽霊みたいなものだと、今まで俺は思っていた」

 バーンズとサラマンダーの契約から、一ヶ月強が経過していた。

「その言い訳が自分を守ってくれると、勘違いしていたんだ。必死でやっていた精霊学の研究も、世界中の非難から逃げるようにやめてしまった腰抜けさ」

 自嘲気味(じちょうぎみ)に笑いながら、シンは俯き加減にそう言った。

「……でも違った。俺たちの研究は間違ってなどいなかったし、その時に得た知識と技術を以て、俺は現に、こうして大精霊を目覚めさせている。そして、それを喜びとして噛み締めている自分は、幽霊なんかじゃないと、今ならば思える」

 浅緑の光を放ちながら眼前で羽ばたく、(とび)の姿の生命体の瞳を真っ直ぐに見つめると、シンは続けた。

「最後の最後まで、諦めてはいけない。リリはそれを俺に教えてくれた。そんなリリが選んだ道を、俺も信じたい。その為なら俺は、最後まで諦めないで、戦い続ける」

 シンの言葉に、リリは驚いた。直接自分に向けられた言葉ではないにせよ、シンが自分の言動を、そんな風に感じているとは思っていなかったからだ。

 一拍を置いて、シンは言った。「それが、俺の誓いだ」

 クラスィア大陸を西に向けて出航したドボロ号は、アンモス・クラスィア・パラムの三大陸に囲まれた世界最大の海洋、アンモス海の上で、大嵐に見舞われた。元々嵐が発生しやすい海域だった為に、一同が船旅にも慣れていないことを考慮したバーンズとシンは、パラム大陸行きを最後に回したのだったが、これは正解だったと、二人はしみじみと感じていた。ヴェッセルを旅立ってすぐにこの嵐に遭っていたら、今頃自分たちは、ドボロ号もろとも海の底に沈んでいるだろう、と。

 難航に難航を重ね、パラム大陸に上陸したリリたちの行く手は、今度は険しい山脈に遮られた。パラム大陸は四大陸の中で、最も広い面積を有する世界最大の大陸でありながら、その広大な陸地の中に九つの大きな山脈を持っている。リリたちが目指すヴィントミューレ大高原は、港町から一つ、山を越えた先にあった。苛酷な道のりと夜の寒さに牙を剥かれながら、困難極まる登山を終えた一行の眼前には、浅い草を撫でる柔らかな風がそよぐ、美しい高原風景が広がっていた。

「崖の上の舞台が、シルフの伝承の地じゃ。古の時代、人々の祈りに応えて、草原色に輝く鳶の姿でそこに舞い降りたと伝え聞く」

 高原の中心に形成された小さな農村、『ヴィント村』の長老・パニーニはそう言った。陸の孤島であるヴィント村に訪れたリリたちを、彼女らは歓迎し、よく持て成してくれた。夕食に出された、高原羊の搾り立ての乳で作ったホットミルクを、リリは特に気に入った。

 到着したのが夜だったので、翌朝になって漸く、リリはヴィント村の暮らしぶりを視認するに至った。四〇人強いる村民たちは、白い土の壁と、赤い瓦屋根で出来た家屋で生活している。村には羊や山羊、牛などが放牧されており、それぞれの家はその脇に、小規模な畑を有していた。外界との交流が殆ど断絶されているので、ヴィント村の人々は互いに助け合いながら、自給自足の暮らしを送っているのだという。のどかで良いところだと、リリは思った。

 早朝にヴィント村を発ったリリたちは、昼を過ぎた頃、遥かに広がるヴィントミューレ大高原の東端、切り立った崖の上に、四本の柱に囲まれた石の舞台を見つけた。崖の向こう側が海であるからか、柱と舞台は酷く風化しており、舞台に入った小さなヒビの隙間からは、所狭しと草花が茂っていた。

 封印を解除したシンの前には、浅緑に輝く小さな球体が現れた。球体は瞬く間にその姿を変化させ、巨大な鳶の姿となって、舞台の上に羽ばたいて滞空(たいくう)した。

(すっごい良い夢見てたところだったんだけどなあ)

 他の大精霊同様に、シルフの声はリリたちの頭の中に、直接響いてきた。その声の雰囲気からは、無邪気な少年の姿が想像出来た。

「俺は精霊術士のシン。ジークフリードによる封印から、貴殿を目覚めさせた。風の大精霊・シルフとお見受けする」

(そうだよ~、僕はシルフ。そういえば、ジークに封印されてたんだっけ)

「……」

 荘厳(そうごん)な見た目とは裏腹に、自由奔放なシルフの喋りに、シンのペースは崩された。シンによる、これまでの自分たちの動きとジークの野望の解説を挟んで、会話は冒頭に戻る。

(平和が一番だもんねえ。人とアーツを滅ぼすなんて物騒だよ。いいよ、契約しよう)

 シルフをその身に宿したシンの瞳は、その色を黒から浅緑に変え、光を放っていた。

(僕の力を使う時は~、えーっと、『風神招来(ふうじんしょうらい)』って呼んでね。出来るだけ急いで行って力を貸すからね。それが僕の誓い~)

 こうして、シンと最後の大精霊・シルフとの契約は結ばれた。

 神殿からヴィント村への帰り道、先頭を足早に進むシンの背中に、リリは誓いの言葉について尋ねようとしたが、それはシンによって遮られた。が、結果的にその答えを聞くことは、リリには叶った。

「シン、さっきの誓いって」

「――事実を述べたまでだ。それ以上も以下もない」

 「素直じゃないなあ」とルチカは文句ありげに、然し嬉しそうに言った。風に揺れる前髪を、首を振るって払いのけながら、シンはリリを振り返った。右手人差し指でリリを指差すと、忠告するようにシンは言う。

「一度しか言わないし、今後何があっても、もう二度と言わないから、よく聞いておけ」

「う、うん」

 クーランを助けてもらった礼を言った時のように、シンは頭を下げはしなかった。その代わりに、リリの瞳から眼を逸らすこともしなかった。続く言葉を紡ぐと、シンはまたすぐに向こうを向いて、スタスタと歩いて行ってしまったが、リリはその言葉の中に、シンの確かな変化を感じた。静かな風が、リリたちの間には吹いていた。

「ありがとう、リリ」

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