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巨人と少年  作者: 暫定とは
四章『解放』
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 ウンディーネの目覚め、そしてミドの襲撃があってから、更に三週間余りが経過していた。

 リヴィールの街に戻った一行は、一晩の休息を挟んでヒマロス大陸を発ち、再び乗り込んだドボロ号で、北に進路を取った。次なる目的地はクラスィア大陸、『鉱山の街・ルドニーク』だ。一週間と五日に渡る航海を経て、リリたちはクラスィア大陸に上陸した。大陸の南岸に位置する港町にドボロ号を停めると、一行はルドニークを目指して北上した。

 クラスィア大陸は四大陸の中で最も面積が少なく、その陸地の半分以上が砂漠に覆われている。また、大陸を横に分断する形で赤道が通っている為、昼間は非常に暑く、砂漠地帯では夜の冷え込みが激しい。そのギャップが特徴の大陸だった。過酷な環境に適応した生命力の高い魔物も広く生息しており、リリたちの旅路は困難を極めた。上陸から七日目の夜、苦難の末に砂漠越えを果たしたリリたちは、クラスィア大陸の中心部に位置する活火山、ルドニ火山の麓に辿り着いた。

 ルドニ火山は世界最大の活火山として恐れられる一方で、その内部には豊潤(ほうじゅん)鉱脈(こうみゃく)を有してもいる。この鉱山資源を中心に栄えたのが、ルドニ火山の中腹に存在する、鉱山の街・ルドニークだ。現地の古い言葉で、語尾に『ーク』と付けるのは、『~の男たち』という意味で、つまるところルドニークという街の名前は、『ルドニの男たち』を意味する言葉なのだという。それをリリたちに教えてくれたのは、八日目の昼過ぎにルドニークに到着したリリたちを迎えてくれた、この鉱山を取り仕切る女頭領――ジャンヌだった。

「サラマンダーの伝承は、私も小さい頃からよく聞かされたよ。ルドニの鉱脈が豊かなのも、火山がよくよく燃えるのも、元気な子供に恵まれるのも、全てはサラマンダーのお陰だってね」

 赤土のままの地面と、立ち並ぶ木造建築の民家や工場、そしてその煙突から噴き出る白煙(はくえん)に、各坑道(こうどう)を繋ぐ為に敷き詰められた、トロッコのレール。それがこのルドニークの街並みの特徴だった。ルドニークでは古くから、鉱山長を代々女性が務める慣わしがあり、基本的にこれは世襲制なのだという。鉱山長以外の女が鉱山に入るのはご法度(はっと)とされており、街の女たちは基本的に、自営業か専業主婦に従事している。街の男の九割以上が鉱山での仕事を持っており、鉱山長であるジャンヌの厳しくも頼もしい指導の下で、日夜採掘に勤しんでいるのだとか。

 ジャンヌは三十代前半の、褐色(かっしょく)の肌と黒の短髪、そしてスタイルの良い体格を持った女性で、屈強な土のアーツ・デルセンと共に、五年前からこのルドニ鉱山を治めているという。「肉体ばかりが立派で頭の空っぽな男たちにはうんざりしている」らしく、ジャンヌはバーンズのことを大変気に入っていた。

「アンタ、見れば見るほど良い男だね。うちに婿に来ないか、歓迎するよ」

 自分とバーンズが親子であることを教えていないとはいえ、父への突然のプロポーズを目にして、リリは戸惑いを隠せなかった。が、続くバーンズの返答を聞いて安心すると共に、リリはその言葉選びに感心した。

「気持ちは嬉しいが、妻と子供がいるんだ。ちょっとした事情で、妻にはもう何年も会えていないが、俺の気持ちは変わらない」

 病弱だったバーンズの妻、つまりリリの母は、リリを産んで間もなくして亡くなっている。真実を伝えられたジャンヌが気を遣うことを(はばか)って、そうは言わなかったのだろう、とリリは思うのみであったが、さらりと放たれたその言葉の中に潜む、亡き妻へのバーンズの思いに、ルチカは密かに感激していた。

「そうかい、それじゃ仕方ないね」

 うんざりしているとは言いつつも、ジャンヌの眼差しからは、鉱山作業員たちへの信頼と思いやりが見て取れた。お互いに強い絆で結ばれているからこそ、遠慮もなしにうんざりしているなどと言えるのだろう、とリリには感じられた。

 女性であるが故に鉱山に入ることの出来ないルチカを宿屋に待機させたリリたちは、街の奥の山肌に掘られた幾つもの洞穴のうち、最も広い通路を持つ『一番坑道』へと、ジャンヌに案内された。

「サラマンダーの神殿は、鉱脈に入って初めの分岐を左に進んだ先にある。気を付けて行ってくれ」

 ジャンヌはそう言って、リリたちを見送った。鉱道の中は空気が淀んでいるせいか、外よりも更に暑く感じられる。リリたちは水分をしっかりと補給しながら、サラマンダーの神殿を目指して歩いた。暑さにやられて口数も減る中、シンはふと、気にかかっていたことを尋ねた。

「なあバーンズ、言いたくないのなら無理には聞かないが、アンタの奥方は何をしてる? さっきの物言い、単純にコントゥリでお前たちの帰りを待っている、というわけではなさそうだが」

 シンのバーンズへの問いに、リリはドキリとした。と同時に、今度は父はどう切り返すのか、ということが、リリには少し楽しみでもあった。

 先頭を歩くバーンズは、暫く黙りこくって考えた。

 妻がどういう人間で、自分とどう関わり、どう死んでいったのか、バーンズはリリにすら、あまり喋ったことがなかった。シンは仲間だから真実を伝えるべきかと考える半面で、他人(ひと)に喋るようなことではないという自律神経も、バーンズの中には働いた。然し、それをリリにも伝える良い機会なのかも知れないと思い、バーンズはゆっくりと、その口を開いた。

「……リリアは、昔から身体が弱かった。ロダンも出産を勧めなかった。然し、あいつはどうしても産みたいと言ったんだ。だから俺はリリアの意志を尊重した。リリを産んでから三日目の朝、リリアは自分の役目は果たした、とでも言うように、目を覚まさなかった。二十四歳だった」

 母の名前が『リリア』ということくらいは、リリは知っていた。両親によって自分の名前が考えられた時、女性らしい名前ではあるが、母の名前から取りたかったバーンズが譲らなかったということも、リリはルチカの父のダグザから、『俺から聞いたって、バーンズには言うなよ』と釘を刺された上で聞いていた。そして彼女が、自分と同じクリーム色の髪と、濃紺の瞳を有していたということも。

 「……すまない、無神経だった」とシンは言った。「構わないさ」とバーンズ。

「俺とリリアは、一個違いの幼馴染だった。あいつは身体が弱い癖に、昔から好奇心と探究心が人一倍旺盛で、俺はよく振り回された。そういうところはリリ、お前にしっかり遺伝されているよ」

 元々鋭い目つきの両目を更に細めて、何処か遠くを見つめながらそう語るバーンズは、懐かしそうで嬉しそうだった。そんな父を見て、リリも嬉しくなった。ずっと自分が聞けなかったことを、父が自分の口から、話してくれているということにも。「うん」

「そういえば、俺がお前たちに合流して間もない頃、シンに、俺のフォルスチェインはどこにあるのか、と聞かれて、言葉を濁したことがあったな」

 バーンズの言葉に、その時の会話風景を、リリとシンは脳裏に思い浮かべた。

 バーンズが合流して数日間、リザに負わされた傷の癒えを待つ為に、リリたちがファンテーヌの病院で足止めを食らっていた時の話だ。ヘルズと〝共鳴(チェイン)〟する時に、バーンズが自分の胸を殴るのを見たシンは、『アンタのフォルスチェインは、一体何処にある?』とバーンズに尋ねた。それに対してバーンズは、『聞かないほうがいい』としか答えなかったので、言いたくないのかと思ったシンは、それ以来その件についての追及はしなかった。とはいえ、勿論シンにはそれが気にならなくなったわけではない。戦闘に際してバーンズが〝共鳴(チェイン)〟をする度、シンは何となく、その行動を目で追っていた。が、バーンズのフォルスチェインが結局何であるのか、ということは、今日まで依然として分かっていないままだった。

「言わなかったのは、それを聞いたお前たちが引くと思ったからだ。今ならルチカもいないし、リリアの話ついでに、教えてやってもいい」

 やはり、というべきか、バーンズの声は心なしか嬉しそうに上ずっていた。それを聞くべきかシンは迷ったが、シンが答えるよりも先に、ずっとそれを気にしていたリリが「何処にあるの?」と尋ねた。

 右手の親指のみを突き立てて、バーンズは自らの背中を二度、トントンと叩いた。

「俺のフォルスチェインは、背中の火傷痕(やけどこん)だ」

 リリとシンの理解は、暫し追い付かなくなった。数秒を以て漸く、その背中に焼き付けられた『バーンズ=ヘルズ』の文字を思い浮かべると、驚きと気味の悪さに、二人は表情を歪ませた。それからリリは、バーンズが常に胴に包帯を巻いている理由が、背中に大きな火傷痕があるからだということを思い出した。背を向けたまま、バーンズは続ける。「俺がまだ十八だった頃のことだ。どうしてもとせがむリリアを止めることが出来ずに、俺はリリアと二人で、当時から子供だけでの立ち入りが禁止されていた巨大遺跡に忍び込んで、中を探索していた。ヘルズは既に目覚めさせていたが、俺はフォルスチェインを持ってはいなかった。コントゥリで普通に生活する上で、フォルスチェインは必要なかったからな」

 ヘルズのドルミールは、バーンズが十歳だった頃に、亡きバーンズの祖父、つまり自分の曽祖父から譲り受けたものだと、リリは聞いていた。村に古くからあったドルミールだが、目覚めさせた者はそれまでいなかったのだという。

「地下を一通り回り終えて、地上に戻った時のことだ。突然大きな地震が起こった。後ろを歩いていたリリアを咄嗟に振り返ったが、もう遅かった。地震の揺れで剥がれ落ちた天井の岩盤が、リリアに向かって落ちていくところだった。急いで駆け寄った俺は、リリアの身体が完全に潰されてしまう前に、岩盤を支えることは出来た。然し、ヘルズと協力しても、岩盤がそれ以上持ち上がることはなかった。兎に角俺は必死だった。体力が尽きる前に次の手を打たなければ、それこそ取り返しのつかないことになる」

 歩きながらそう語りつつ、バーンズは腰のドルミールに触れてヘルズを目覚めさせた。三メートルを超える岩の巨人は、そこに姿を現すなり、バーンズの隣をのそりのそりと歩き出した。リリは二人の背中に、強い絆のようなものを感じた。ドルミールの状態で話を聞いていたのか、ヘルズは目覚めるなり、「あそこまで慌てたお前の姿は、後にも先にも見たことがないな」と言った。「そうか?」とバーンズ。

 バーンズに代わって、ヘルズが続きを語り出す。

「そしてバーンズは俺に言ったんだ。俺の背中に、お前の炎でフォルスチェインを彫ってくれ、ってな。俺は戸惑ったが、もう他に手はなさそうだったし、バーンズは早くしろと憤慨(ふんがい)していた。目の前で恋人が死にそうになってるんだ、怒りもする。だけど俺からしてみれば、バーンズだって十分死にそうだった。死にそうな人間に、背中を焼いてくれ、なんて懇願(こんがん)されたら、こっちだってどうしようもない。俺も半分自棄(やけ)になりつつ、こいつの背中を焼いた」

 「死ぬかと思ったな」とバーンズは笑って言った。

「死ぬんじゃないかと俺も思ったよ。熱さと痛みに悲鳴を上げながら、アホみたいに重い岩盤を支え続けてるんだからな。でもお前はそれを最後まで耐え抜いた。そして俺たちは、初めての〝共鳴(チェイン)〟をした」

 リリはその様子を思い浮かべながら、話を聞いていた。想像の中で痛みに喘ぐバーンズの姿に、リリは自分まで背中がぞっとした。

「精霊のまじないをせずに、フォルスチェインを使ったっていうのか?」

 ふと、疑問に思ったシンはそう尋ねた。顔を半分だけ振り返りながら、バーンズは答える。

「俺のフォルスチェインには、精霊のまじないは必要ないんだ。そもそも精霊のまじないというのは、元来(がんらい)フォルスを(ほとん)ど通さない無生物である装飾品に精霊の恩恵を宿らせることによって、フォルスの媒介として完成させる為の作業だ。元々フォルスを宿している人間の身体を媒介にする分には、まじないは必要ないらしい。俺もその時に調べて初めて知ったし、こんなことをやっている人間は、流石に世界で俺だけだろうがな」

 「(もっと)もだな」とヘルズは笑った。「なるほどな」とシン。

「それにしても、恋人の窮地(きゅうち)とはいえ、自分の背中に焼き印でフォルスチェインを作らせるとは。アンタ、一見クール系だが、実はかなりの熱血系だよな」

 これにはリリも同意せざるを得なかった。と同時に、リリは改めて、十三年も一緒にいるにも(かかわ)らず、自分が父のことをよく知らないで生きてきたのだな、と感じた。「父ちゃん、カッコいいだ」とドボロは感心していた。当時包帯を巻いて暮らしていたのが癖になってしまい、今でもこうして包帯を巻いているのだと、バーンズは説明した。

 そうこうしているうちに、一行は通路の突き当りの、開けた空間に辿り着いた。空間の中心には、四本の石柱に囲まれた、直径十メートルほどの大きさを持つ噴火口があり、中ではマグマが煮えたぎっている様子も見受けられた。それだけあって空間の気温は凄まじく高く、リリたちはここに到着するまでに、体中が汗でじっとりと濡れてしまっていた。

 「間違いなさそうだな」と言って、シンはすぐさま封印を解除する作業に取り掛かった。シンもこの作業には慣れてきているのか、今回は五分と待たずに、紅蓮の光球は、噴火口の凡そ中心、上空一メートルほどの地点に現れた。(まばゆ)い光と高音を放ちながら、光球はゆっくりと膨れ上がり、紅蓮に光り輝く、巨大な山椒魚(さんしょううお)の形を取ると、リリたちの眼前に、蜷局(とぐろ)を巻くようにして浮遊した。

(……俺は火の大精霊・サラマンダー。俺を目覚めさせたのはどいつだ?)

 脳内に伝わってくるサラマンダーの声は、低く、太かった。精霊にも性格はあるのだな、とリリは思った。シンは例によって、これまでの流れと、ジークを止める為に自分たちが動いていること、その為にバーンズと契約を結んでほしい、という旨を、順を追って解説した。

 (ジークか。懐かしい名だ。奴め千年経った今でも、そんなことを考えているとはな)と、サラマンダーは言った。それから、バーンズの目をまっすぐに見つめると、次のように問うた。

(バーンズ、といったな。俺の火をよく燃やしてくれそうな、良い目をしてやがる。お前の誓いを聞こう)

 バーンズの誓いを聞くために、サラマンダーは光の流動体となって、バーンズの胸の中に飛び込んだ。バーンズの黒の瞳が、紅く輝きを放ち出す。

 口角を上げてニヤリと微笑むと、バーンズは黒い指無しグローブを嵌めた右の手を、胸の前でグッと握って、目を閉じた。

「俺の火は『守る火』だ。例えどんな強敵が相手だろうが、大人として、親として、必ずリリを、この子たちを守り抜く」

 目を開き、決心に燃える瞳を宙へと向けると、バーンズは続けた。「それが俺の誓いだ」

 ふん、と鼻で笑ってから、サラマンダーは静かに言った。

(いいぜ、嫌いじゃない。契約しよう。俺の力を使う時には、『火神招来(かしんしょうらい)』と呼んでくんな。お前の身が滅びるまで、この力を貸してやるよ。それが、俺の誓いだ)

 それからサラマンダーはバーンズに対して、(お前、クールな見た目に反して熱血なんだな)と言った。「よく言われるんだ」とバーンズは返しておいた。

 こうして、バーンズとサラマンダーの契約は結ばれた。残る大精霊はあと一体。次なる目的地はパラム大陸、風の大精霊・シルフの伝承が残る、『ヴィントミューレ大高原(だいこうげん)』だ。

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