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巨人と少年  作者: 暫定とは
四章『解放』
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 更に時は流れ、現在。

 ドボロ号でヴェッセルを出発したリリたちは、南東に進路を取り、凡そ二週間に渡る航海の末、ヒマロス大陸の西端に位置する、『繁華の港町・リヴィール』に辿り着いていた。

 ヒマロス大陸はアンモス大陸と同じく、そのほぼ全域がフォックシャル帝国並びに傘下の国々の領土となっている大陸で、東西に長い地形の大陸を、南北に連なる『ヒュペルボレイオス山脈』が、ほぼ真っ二つに分断しているような形をしていた。広大な陸地の多くが平地であり、広く温暖な気候を持つアンモス大陸と比較すると、ヒマロス大陸はやや寒冷な気候で、豊かな山岳地帯と水源に恵まれている。またヒマロス大陸には、特徴の異なる小国(しょうこく)が無数に存在し、国家間での貿易が盛んに行われていた。これには古くから、幾つもの支流を持つ川の流域に沿って、異なる文化を持った様々な部族が形成されてきたという背景がある。

 そんなヒマロス大陸の玄関口である、繁華の港町・リヴィールは、緑の外壁に赤い瓦屋根というエスニックな外観の建築と、その見た目に準ずる雑多な内容の店舗が立ち並ぶ、良い意味で混沌(こんとん)とした街であった。大陸を代表する三つの河川のうち、最も長く最も広い流域を持つリヴィール川の河口に作られたこの街は、(いにしえ)の時代から必然的に、様々な部族が集まってくる場所であり、長い歴史の中で、現在のようなエスニックで混沌とした姿に落ち着いたのだという。

「お話はお聞きしております。確かに、このリヴィール川には水の神が宿っている、との言い伝えがあります。が、真偽は定かではありません。上流への道は険しい岩場になっています。どうぞお気を付けて」

 品の良い領主に停泊の許可を貰うと――リリたちの到着前にライラットからの連絡があった為、話はすんなりと通った――、リヴィール川の源流に存在するという伝承のあるウンディーネの神殿を目指して、一行は翌朝にはリヴィールを発った。

 出発前に繁華街を見て回ろうと思っていたルチカは、出発の前夜、シンの言葉に思わず顔を顰めた。

「明日の朝、七時にはここを発つ。遅れないように準備をしてくれ」

「えーっ、こんなに面白そうなお店があるんだから、ちょっとくらい見ていこうよ!」

「俺たちは観光に来ているわけじゃないんだ。どうしてもというのなら、お前だけここに置いていっても構わないんだぞ、ルチカ」

 翌朝になってもルチカは、「あたしがいなかったら、誰がウンディーネと契約するのよ」と不機嫌そうにぼやいていた。リリとドボロが、ラメールと共にルチカを宥めた。

 領主の言っていた通り、リリたちの行く手には険しい岩壁(がんぺき)洞穴(どうけつ)が連なっていた。然し、リリたちは決してその速度を緩めることなく、歩を進め続けた。一ヶ月に渡るヴェッセルでの修行の成果もあってか、体力的にはリリたちには、或る程度の余裕が出来ていた。が、アンモス大陸では見たこともないような種類の魔物や、慣れない夜の冷え込みは、リリたちの身体に堪えた。リヴィールを発って五日目、ヒュペルボレイオス山脈の(ふもと)にある巨大な瀑布(ばくふ)の向こう側に、リリたちはウンディーネ伝承の発祥の地とされる洞窟を発見した。

 「着いたぞ。ここだ」とシン。バーンズが続く。

「着いたには着いたが、これでは入れないな」

 少なく見積もっても、滝壺の奥行は十メートル以上あり、深さは知れない。リリたちはここで足止めを食らった。

 周囲は広大な岩場になっており、これまでの道に比べると比較的段差も少なく歩きやすい。岩場の向こう側には木々の茂る鬱葱(うっそう)とした森も見える。大瀑布へと水が流れ落ちる音が、辺り一帯には響き渡っていた。

「ドボロと僕で橋をかけることは出来る。でも滝の勢いで、作った傍から崩れるね」

「あたしとラメールが、滝の流れを一時的に押し退ける。そこに二人が橋をかける。全員が橋を渡り切ったら、元に戻す。橋は壊れるけど、帰りの橋はまた帰りに作ればいいよね」

 ルチカはそう言いながら、腰のホルダーに付けられたドルミールに触れ、ラメールを目覚めさせた。リリたちはルチカの提案した方法で、滝の向こう側の洞窟――ウンディーネの神殿へと入ることが出来た。

 洞窟内は広々とした通路になっており、石灰(せっかい)によるものなのか、天井から地面にかけての全面が白濁色(はくだくしょく)をしていた。通路には水の細流(さいりゅう)も形成されており、白濁色によるライトアップ効果を受けたそのせせらぎは、美しい天色(あまいろ)に輝いている。天井からは大小様々な鍾乳石(しょうにゅうせき)が無数に垂れ下がっており、その神秘的な光景に、ルチカは瞠目(どうもく)した。

「すごい……。御伽噺(おとぎばなし)の世界みたい」

 「不思議な雰囲気ね。確かに、滝の外と同じ世界とは思えない」と、ラメールはルチカ同様に洞窟内を見回しながら言った。

「感動している暇があったら足を動かせ」

 足早に先頭を進むシンは、ルチカたちを振り返ることもなく、ぶっきらぼうにそう言った。顰め面になって、ルチカは返す。

「アンタね、もう少し優しい言い方ってものが出来ないの?」

「仕方ないわ、ルチカ。シンはお子様だから」

 何でもなさそうにそう言い放つラメールの横顔を、ルチカは微笑みながら仰ぎ見ると、「そうね」と笑った。

 普段はおっとりとしているが、ラメールは時折鋭く刺さるような皮肉で、大人らしい余裕を見せる。ルチカはそれが気に入っていた。

「……御伽噺かどうかは()(かく)として、〝いかにも〟な雰囲気ではあるな。ウンディーネの伝承まで、御伽噺じゃないといいんだが」

 やはり後ろを振り返らないまま、シンがぼやくようにそう言ってから、凡そ一時間。一行は洞窟の突き当りまで辿り着いていた。そこには四本の柱に囲まれた、天色に輝く直径十メートルほどの泉があった。底のほうからは水が湧いているらしく、その水面(みなも)は中心から外側に向かって、微かな波紋(はもん)を描き続けている。

 (しばら)く黙り込んで泉を見つめたあとで、「間違いない、ここだ」と言ってから、シンはノームの神殿で行ったのと同じように、泉の中心に顔を向けて目を閉じた。その水面の向こう側、ないしはこちら側に、一体シンにしか見えない何があるというのか、ルチカには知る由もなかった。が、基本的にどんなことも、狼狽(うろた)えることなく涼しい顔で(こな)すこの男が、険しい表情で息を切らしながら、額に汗を浮かべているのだから、それは大変複雑な作業であり、その内容を聞いたところで、きっと自分には理解出来るものではないのだろう、とルチカは思っていた。口の悪さこそ聞くに堪えないが、シンの実力は、ルチカとて認めざるを得ないことは理解していたのだ。

 シンがウンディーネに掛けられた封印を解くのを待つ間、ルチカの脳裏にはふと、これから自分がウンディーネと契約を結び、新たな力を手に入れることに対する、不安感のようなものが()ぎった。

「どうしたの? ルチカ」

 ルチカの表情の変化に気付いたラメールが、心配そうにそう尋ねた。

 封印が解けるのが近いのか、水面の波紋は、その速度と勢いを徐々に増していく。泉の中央には、水色に輝く小さな光の球が、見えない壁からもがき出るようにして出現した。「あと少しだ」とシン。

「ねえ、ラメール」

 光球(こうきゅう)から発生する水色の光に、その表情を照らされながら、ルチカは左後方に立つラメールの横顔を仰いだ。

「ウンディーネとの契約を結んでも、変わらないよね。アタシたち」

 そんなことか、とでも言いたげに、ラメールはその頬に笑みを浮かべると、静かに言った。「ルチカがそれを望まなければ、私は変わらないわ。いつまでもルチカの隣で、ルチカや皆を守る」

 ラメールの言葉に、ルチカは安心しきった表情になって笑い返した。大人びた落ち着きを持っているラメールの言葉は、いつもルチカの心を安らげてくれた。ルチカはそんなラメールを、いつしか頼れる姉のように感じていた。

 水色の光球は輝きを増しながら、耳鳴りのような高音と共に風を発生させている。そしてそれは或る時、内包するエネルギーの増加に耐え切れなくなったかのように、その形をぐにゃりと歪ませた。様々な形状へと変化を繰り返しながら、少しずつその光は膨張していく。数秒間に渡って、変化と膨大(ぼうだい)を繰り返したそれは、ついには水色に光り輝く大きな鯨の姿を取って、一同の眼前に浮遊した。そのスケールの大きさに、ルチカは初め、言葉を失って息を飲んだ。

 荒れた呼吸を、二度の深呼吸で整えると、シンは尋ねた。「俺は精霊術士のシン。貴殿を、水の大精霊・ウンディーネとお見受けする」

 ゆっくりとその顔をシンへと向けると、光の鯨は答えた。

(まさしく。ジークに掛けられた封印を解いてくれたのは、あなたですか?)

 ウンディーネの声はノームのそれと同じく、リリたちの脳内に直接届いた。そしてノームのものと同じく、高いとも低いとも形容しがたい不思議な声色であったが、どちらかといえば女性的な声であると、ルチカはそこに感じた。

「ああ、そうだ」

 アシリアが今どういう状況なのか、ジークがそこで何をしようとしているのか、そしてジークに対抗する為には大精霊の力が必要であり、自分たちは既にノームとの契約を結んでいるということを、シンは順を追って説明した上で、「ウンディーネが、ルチカと契約することを望む」と述べた。緊張にルチカの胸は高鳴ったが、ウンディーネの返答は、意外にもあっさりとしていた。

(勿論です。ジークの思い通りにさせるわけにはいきません。是非、私にも協力させてください)

 再びその姿を歪ませて、流動的な光の形を取ると、ウンディーネはルチカの胸の中へと入り込んだ。萌黄色(もえぎいろ)だったルチカの瞳は、水色に変わると共に輝きを放ち始める。

 自分の中に脈打つもう一つの生命を感じると共に、自らの両の手の平を見つめながら、ルチカは呟いた。

「これが、大精霊の力……」

(私の力が必要な時には、『水神招来(すいじんしょうらい)』と呼んでください。必ずルチカの下へと駆け付け、この力を貸し与えます。……これが私の誓いです。ルチカの誓いは、何ですか?)

 リリとノームの契約を見ていたルチカは、誓いの内容を既に考えてきていた。唾を飲み込み、一度小さく息を吐き戻すと、祈るように目を閉じて、ルチカは言った。

「この道の先に何があっても、絶対に皆でコントゥリに戻って、平和な暮らしを、平和な世界を取り戻す。それがアタシの誓い」

(……ルチカの誓い、確かに聞き届けました)

 と、ウンディーネは再びルチカの胸を飛び出すと、泉の中央に溶けるように消えた。それに呼応するように、泉は輝きと共に、大きく一度だけ波打った。

(私を目覚めさせてくれてありがとう。必ずや、ジークの野望を止めましょう)

 こうして、ルチカとウンディーネの契約は結ばれた。残る大精霊は、あと二体だ。

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