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巨人と少年  作者: 暫定とは
三章『覚醒』
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 翌日、一行は昨日までの悪天候が嘘であるかのような晴天に恵まれた。

 ニルバニアの奥に続く山道を上って数時間、ノームの祀られる神殿へと、リリたちは辿り着いていた。山の麓に広がる平原が、そこからは一望出来る。菖蒲色(あやめいろ)と白を基調としたアルバティクスの街並みも、リリはその景色の中に見つけることが出来た。間近で見た時はあれだけ大きかった王城が、米粒の一つのように小さく見え、リリは上ってきた山の高さを、改めて感ぜざるを得なかった。

 木々の生い茂る山道は、ニルバニアに辿り着くまでのものよりも幾らか幅が広く、天気の良さも相まって歩きやすかった。神殿にはニルバニアの人々が週に一度、供え物をしに来ることになっているそうで、その為に山道は整えられているのだという。

祭壇(さいだん)は一番奥にある。行こう」

 カレタカの案内で、岩窟(がんくつ)の中に作られた神殿へと、リリたちは足を踏み入れた。岩窟の中はかなり湿気ており、黒く湿った岩肌には、緑の苔がびっしりと生えていた。「ドボロとお揃いだね」、とリリが言うと、ドボロは自らの頭頂部に生えた苔を掻きながら、少し恥ずかしそうに「ンだ」と答えた。何を恥ずかしがっているのかはよく分からなかったが、リリはその反応が気に入った。

「着いたぞ。ここがノームの祭壇だ」

 ものの十数分で、一同は岩窟の突き当りへと辿り着いた。四本の石柱に囲まれた、断面が美しく削られた石材で造られたその祭壇は、五段ほどの段差の上に、五メートル四方ほどの大きな舞台で形成されている。何も口にすることなく、シンはその段を中ほどまで登って、舞台の中心辺りをじっと見つめた。

 「どうだ、シン」とバーンズ。シンは何も答えないまま、暫くそのままの姿勢で、舞台の中央を見つめていた。

 大精霊かどうかは兎も角として、本当に精霊がそこに存在するのなら、自分はそれを認識することが出来ると、ニルバニアに着く数日前に、シンは語っていた。

 段の上から、シンはリリたちのほうを振り返ると、険しい表情になって言った。

「確かに、精霊の気配のようなものは感じる。それもかなり大きいものだ。少なくとも、俺が知る限りのものとは桁が違う。だが……」

 シンは言葉を濁した。「だが?」とリリが聞き返す。

「……こちらの呼びかけに全く応じない。見えない壁のようなものに、コンタクトを遮断されているような感覚がある。恐らく封印という奴だろう。こいつをどうにかしない限りは、ノームと会話をすることは出来ない」

 それからシンは「ちょっと待っていてくれ」とだけ告げると、その場に座り込んで、念じるように目を閉じた。リリたちはそれが終わるのを――無論、終わらせることが出来れば、の話だが――待たざるを得なくなった。何が起こっているのかは分からないが、恐らくシンは、シンの言葉で言うところの『見えない壁をどうにかしようとしている』のだろう、とリリは推察した。それを待つ間、リリはファンテーヌで聞いたことも含めて、精霊術に関してフランクやシンが語っていたことを、頭の中で整理してみた。

 精霊は、アーツ同様に身体のほぼ全てがフォルスで構成されているフォルス(たい)であり、アーツ同様にアシリアに宿るフォルスと直接干渉することが出来る希少な存在である。リリたちが普段、フォルスチェインを媒介にアーツと〝共鳴(チェイン)〟をした上でアーツを使役し、アーツから受け取ったフォルスを操るのと同じように、精霊と契約を結んで精霊を使役し、精霊から受け取ったフォルスを操ることの出来る技術を、精霊術と呼ぶ。そして精霊術を扱うことの出来る者は、同様に精霊術士と呼ばれる。波長が合っていれば特別の技術を必要とせずに使役することが出来るアーツに対し、精霊との契約には特別の技術が必要になってくる。それが『精霊言語(せいれいげんご)』である。

 精霊言語とは、読んで字の如く精霊同士がコミュニケーションを取る際に使う言語であり、人間が精霊と会話をしようとする時には、必然的に精霊言語を学ぶことが必要になってくる。これがただの言語であるなら、語学を学べばいいだけなので話は簡単だが、精霊言語は便宜的に『言語』と呼ばれているだけであり、実際に使う言葉は人間同士が使うそれと同一のものである。重要なのは〝精神的な深度の深さ〟であり、超原始的生命体である精霊は、本来なら人間の到達しえない領域で、コミュニケーションを取り合う。学問としての精霊術は、まずこの概念の理解から始まる。それ故に精霊術は習得が非常に困難で、敷居の高い学問なのだという。

 シンがそこに坐してから、五分以上が経過した。シンは時折、ゆっくりと深い呼吸を挟みながら、祈るように目を閉じて動かなかった。岩窟内は湿気でひんやりとしているが、シンはその額に汗を浮かべていた。

「彼は何をしている?」

 カレタカは痺れを切らしたように、リリに尋ねた。

「多分、ノームに掛けられた封印を解こうとしてくれています」

 不安に駆られながらも、リリの中ではシンを信じる気持ちのほうが強かった。彼は自分と四歳しか離れていないし、口は非常に悪いが、研究者としての手腕は一流だ。頭もよく切れるし、何よりも自分と同じで、何かを成し遂げたいという思いが強い。そして自分とは違い、その為の技術を持ち合わせている。持ち合わせていなかったとしても、自分の中にある知識と経験から、解答を見つけ出すだけの能力を、彼は持っている。

「――(ひら)いた」

 シンはそう言いながら、勢いよく目を見開くと、息を切らしながらその場を立ち上がって、後ずさるように階段を下りた。その視線は依然として、祭壇の中央を見つめている。リリはその視線の先を追った。祭壇の中央には、山吹色(やまぶきいろ)に光を放つ、小さな球体が浮遊していた。

 「何が起こる?」とバーンズ。

「覚醒だ。土の大精霊ノームが、目覚める」

 高音と共に山吹色の光を発しながら、球体は肥大化を始めた。余りの眩しさに、リリたちは腕で目元を覆わざるを得なくなった。球体は元の形を思い出そうと模索するように、(ゆが)みと(なら)しを繰り返しながら、ゆっくりとその大きさを増していく。数秒間に渡る変化の(のち)、或る一つの姿に落ち着いたそれは、(ほとばし)る光と音を落ち着かせながら、祭壇の中に何とか収まるほどの巨躯(きょく)を以て、四本の足でそこに立った。

 顔を覆っていた腕をゆっくりと除けて、リリが目を開けると、そこには山吹色に光り輝く、巨大な鹿のような生き物の姿があった。自身の胴体とほぼ変わらないほどに広がった、非常に大きな角を有しており、それは悠久(ゆうきゅう)を生きた大樹のように、荘厳(そうごん)な雰囲気を持っていた。

(……リリーシアか?)

 その声は、リリたちの頭の中に、テレパシーのように響いてきた。低いとも高いともなく、そもそもそれが声であるのかどうかすら、リリには分からなかった。然し、その言葉が自分に向けられたものであることは、リリは最早、理解せざるを得なくなっていた。リリーシアという人物が何者なのかは分からないが、恐らく自分はその人物と、嫌と言うほど酷似しているのだろう、と。そしてリザやジークだけではなく、ノームと思われる彼の口からもその名が出たことについて、リリは驚いた。

「あなたが、土の大精霊・ノーム……?」

 神々(こうごう)しいその姿に畏怖(いふ)を覚えながらも、リリは恐る恐る尋ねた。が、ノームは答えなかった。

「普通の言葉では聞こえない。俺が仲介しよう」

 シンがそう言ってから、リリは精霊言語のことを思い出してハッとした。シンは一度呼吸を整えてから、ノームの瞳を真っ直ぐに見つめると、声を張って言った。

「彼はリリ。リリーシアなる人物ではない。俺は精霊術士のシン。貴殿を土の大精霊・ノームとお見受けする」

(いかにも。我を千年の封印から目覚めさせたのはそなたか)

 『千年』、という言葉に、とリリはやはり、と思った。大精霊は千年前――太陽王の時代に、何者かによって封印されていた。フランクや先人たちの研究は、間違いではなかったのだ。

「そうだ。俺たちは或る人物の悪事を止める為に動いている。その為に力を貸してほしい。ノームが、リリと契約を結ぶことを望む」

 リリは息を飲んだ。大精霊は――ノームは存在した。そして封印されていたノームを目覚めさせることも出来た。然し、ノームが契約を結んでくれるかどうか、ということは、また別の問題なのだ。

 暫く黙り込んでから、ノームはシンに問うた。

(或る人物とやらの目的と、それをそなたらが止めんとする、その理由を聞きたい)

 「分かった」と答えてから、シンはここまでの経緯(いきさつ)を解説した。一番の問題はやはり、敵の真の目的が、未だ読めていないということだった。目先の問題はアーツが盗まれることと、それが無理矢理に使役されているということだけであって、実際に彼らがそれで破壊や殺戮といった行動に出ているわけではない。然し、彼らに対抗していく為には、より大きな力が、大精霊の力が必要になってくる。シンはそう説明した。

(……成程、大筋は理解した。そしてそなたらが知り得ないその人物らの目的も、我には概ね、想像が付く)

 その言葉に、シンは不思議そうに首を傾げた。「どういうことだ?」

(そなたらの前に姿を現した、諸悪の根源らしきその人物、ジークフリードといったな)

「ああ、そう名乗っていた」

(ジークフリードは、我の先代の契約者であり、我をこの地に封印した男だ)

 一同は耳を疑った。

「なんだって?」

 シンすらも、ノームの言っている意味を理解出来ていない様子でそう尋ね返した。

 ノームの言うことが事実だとして、ノームと契約を結び、ノームを封印したジークフリードが、先日ファンテーヌに現れたジークフリードと同一の人物であった場合、彼は千年以上もの間、この星の上で生きているということになる。大精霊の存在を受け入れたシンとて、それには流石に、素直に頷くことは出来なかった。

「そんなこと、有り得る筈がないだろう」

(過去のものとはいえ、我とジークの間にも契約がある。幾ら裏切られ、封印された身とは言っても、たった今知り合ったばかりのそなたらに、全てを語ることは出来ない。が、我の知る限りでも、ジークはそれを可能とするだけの能力を持っている。そして、ジークが千年前から考えを改めていないのであれば、彼奴(きゃつ)の目的はただ一つ……)

 最早、それが事実であるかどうかなど、リリには関係なくなっていた。リリは純粋に、ノームがこれから紡ぐ言葉が何なのか、それだけが気になった。

 千年もの間を生きる能力を持っていたとして、そうまでして叶えたい野望とは何なのか。その対岸に立つ存在として、自分たちはそれを、どう受け止めるべきなのか。ジークフリードという人間と、自分たちはどうあっても、剣を交えなければならないのか。

 然し、その言葉を続きを聞いた時、リリには決心せざるを得なくなった。理由がどうあれ、例えジークを、この手で(あや)めることになったとして、自らの命を賭してでも、自分たちはそれを、確実に阻止せねばならない、と。

(人類とアーツの歴史を……、今度こそ完全に、終わらせることだ)

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