32
「お前たちの怪我が治り次第、コントゥリに戻る」
王立学院傍の病院の一室で、ベッドに横たわるリリとルチカに向かって、椅子に腰かけたバーンズは言った。
騒ぎが完全に落ち着く頃には、リリたちは病院へと運び出されていた。フランクは今頃、関係者への説明に追われていることだろう。ことの大きさと事件の突発性から考えるに、ドルミール安置室の存在は、世界に公表されることにもなるかも知れない、とシンは推察していた。
「でも父さん、これは僕たちだけの問題じゃないんだ。世界中で、沢山のアーツが盗まれてる」
リリは事件の深刻さを、どうにか父に理解してもらおうと必死だった。ここまで来て、故郷に連れ帰されるわけにはいかなかったのだ。
然し、その深刻さを知れば知るほど、バーンズは益々引けなくなっていた。自分と親友の子供が危険な目に晒されるのを、バーンズは黙って見過ごせるような人間ではない。そもそもその為に、バーンズはコントゥリからわざわざこのファンテーヌまで来たのである。
リリの反抗に、バーンズは苛付きを感じ始めていた。
「ダメだ。村の皆も心配して待っている。お前たちだけの問題じゃないなら尚更だ。こんなことは、騎士団か帝都警察にでも任せておけばいい」
「その話は陛下ともしてあるんだよ。騎士団も警察も、簡単に手が出せないところまで来てるんだ。僕たちしかいないんだよ!」
リリの言葉に、バーンズの怒りは頂点に達した。そして、言うまいと思っていた言葉までも、そのまま口にしてしまった。
「お前たちはまだ十三歳なんだ! あんな化け物みたいな連中を、相手に出来やしない!」
言い終えてから、バーンズはハッとした。それは事実ではあったが、リリにとっては認めたくないことであっただろうし、リリの今後の可能性を潰しかねない言葉でもあった。後悔の念が身体を駆ったが、バーンズは視線は揺るがせずに、リリの瞳を真っ直ぐに見つめた。
リリは父の言葉に、一瞬だけ戸惑いを見せた。現状、〝第二共鳴〟を持つミドたちにも敵わない今の自分たちでは、ジークと呼ばれていたあの男の、足元にも及ばないだろう。然しリリは、自分とドボロとの間に芽生え始めている絆に、強い可能性を感じてもいた。そしてその熱意を込めた鋭い眼光で、バーンズの瞳を見つめ返した。
「ドボロと一緒なら、出来るよ。それに……」
痛みに顔を顰めながらも、リリはベッドから身体を起こした。そして続ける。「子供とか大人とか、そんなこともう関係ないんだ。僕たちは、それを知ってしまった。そしてたまたま、僕たちには一緒に戦ってくれる、心強い味方が――相棒がいる」
リリの言葉と、意志のこもった視線に、バーンズの心は揺らいだ。
旅立つ前のリリなら、きっと自分の言葉に折れていただろう、とバーンズは思った。この旅は、そしてドボロの存在は、この短期間で、リリを大きく成長させてくれていたのかも知れない、と。
それにリリの言っていることは、バーンズからしてみても、丸切りに的外れというわけでもなかった。騎士団や警察が手を出しにくい状況になっているのは事実なのだろうし、このことを知ってしまったという点で、大人にも子供にも違いはない。本当は、自分だってその一人なのだ。そしてその隣には、ヘルズだっていてくれる。村長という立場に縛られるあまり、本当に守るべきものを見失ってしまっていたのかも知れない、とバーンズは省みた。
(……こんな簡単なことを、息子に気付かされるとはな)
閉じていた目を開くと、吹っ切れた様子でバーンズは立ち上がった。
「仕方ない。やれるところまで、やってみるといい」
予想だにしなかった父の許しに、リリは濃紺の瞳を輝かせて聞き返した。「ホントに!?」
「――但し、条件が二つある」
右手の人差し指と中指を突き立てると、バーンズは続けた。
「一つ目は、ルチカが一ヶ月に一回以上、ダグザに手紙を書くことだ。奴はルチカを心配し過ぎて、精神的に大分やられている」
ルチカは父の様子を思い浮かべて苦笑しながらも、「はい」と頷いた。
「そしてもう一つ。……俺も、この旅に同行させてもらう。お前たちだけを、危険な目に遭わせるわけにはいかない」
リリはその言葉に驚いて括目したが、然しすぐにその顔に喜びを湛えた。
父が何かに拳を向けているところを、リリは先のリザとの戦いに於いて初めてまともに目にしたが、その力量は凄まじかった。険しい旅路を共にする上で、これほどまでに心強い味方はいないと、リリには思えた。
「シン、と言ったな。息子たちが世話を掛けたようだ。今の話だが、納得してくれるか」
バーンズは静かな瞳をシンに向けた。シンがそれを拒むのでは、とリリは思ったが、それは杞憂に終わった。シンも勿論、先の戦闘でバーンズの実力を理解していたし、それを頼もしくも思っていたからだ。
シンはベッドからその身体を起こすと、足を床に下ろして、そこに腰を掛ける形になって言った。
「こちらこそ、彼らが村に帰らねばならないことを知らずに連れ回してしまって済まなかった。先の戦いでも見せてもらったが、アンタは相当に腕が立つようだ。是非、頼りにさせてもらおう。よろしく頼む、バーンズ」
それからシンは、バーンズに右手を差し出して、「シンだ」と名乗った。それを握り返すと共に、「よろしく頼む」とバーンズは答えた。
「まずはここまでの流れを、詳しく教えてもらえるか。そしてこれから、どういう動きを取っていくつもりなのか」
バーンズの問いに、シンは順を追って解説した。
納物祭へのミドの襲撃、〝第二共鳴〟、クーランの収奪と奪還、トリュンマ大空洞でのハウルとの戦い、ライラット王とリリたちの出会い、ファンテーヌへの出発、そして先ほどの、ドルミール安置室へのリザの襲撃、ジークの出現。
それに加えて、敵の目的が不明瞭であることと、〝第二共鳴〟や波長をズラす技術への対抗策がないことの二点が大きな問題となっていること、リリとドボロがフォルスチェインなしで〝共鳴〟出来る理由が未だに謎であることを説明し、全てをひっくるめて、自分の意向としては、傷が癒え次第一度帝都に戻って、今回のことの顛末をライラット王に報告しようと考えている、とシンは話した。
「それが間違いないだろうな。彼のライラット王ならば、別の対抗策も講じているかも知れん」
「オデは、リザとかジークフリードって奴がリリに似てるって言ってた、『リリーシア』って奴のことも気になるだ」
ドボロの言葉を聞いたリリは、リザとジークの発言の中でも意味不明だったものを、一通り頭に思い浮かべながら口にした。
「それだけじゃない。あのジークって奴は、僕の服の刺繍を見て『王家の紋章』とも言ってたし、ドボロと面識があるようなことも言ってた。自分では『世界の玉座に坐す君主』を名乗って、多分僕のことを指して、『若き王』とも言ってた。最後には、宿命が僕たちを導かないように、って……」
一同はそれぞれ、顎を擦ったり、目を伏せたりしながら、「うーん」と唸った。今のところ、リリたちにはこれらの言葉について、思い当たる節は一切なかった。唯一共通していないようにも見えないものは、『若き王』とされるリリのケープに、『王家の紋章』とされる刺繍が為されている、ということくらいで、いずれにしても、リリが王家とはかけ離れた存在であることからも、幾ら考えたところでこれについての解答が得られないのは明らかであった。
ジークの発言について、あと一つだけ考えられるとすれば、あの男と面識があるということは、ドボロがドルミールに戻ったのは、今までリリが考察していた太陽王の時代の出来事ではないのではないか、ということだった。異様なオーラを放ちはしていたものの、何処からどう見ても人間であったあのジークという男が、太陽王の時代から生きていると考えるのは、余りにも無理がある。「いずれにしても、現段階ではヒントが少なすぎるな」というシンの言葉で、ジークについての議論は幕を閉じた。
「ところで」とシン。「どうしてフォルスチェインのことを、旅立つ前にリリたちに教えてやらなかった? 先のリザとの戦いでアンタが〝共鳴〟していたことから考えると、コントゥリに伝わっていない、というわけではなさそうだが」
流石のシンも、バーンズとの会話中にリリのことを『へっぽこ』と呼ぶことは避けていた。バーンズは答える。
「済まない。子供たちの安全の為に、学校では教えないように村長の俺から伝えてあったんだ。それに、基本的にコントゥリと帝都の間には、そこまで危険な魔物は出現しない。ここまで大がかりな旅になるとも想定していなかったから、魔物との戦闘はドボロだけで対処出来ると踏んでいたんだ。ドボロと〝共鳴〟すれば、確かにリリもフォルスを操ることが出来るし、戦闘は楽になる。然し、それは同時にリリを危険に晒すことにもなる。親として、それは出来れば避けたかったんだ。分かってくれ」
その言葉に納得すると共に、「気になっただけだ。責めるつもりはない」とシンは返した。
「然し、わざわざバーンズが気遣って教えなかったことを、勝手に使えるようになってしまうとは、お前たちも相当捻くれているな」
シンは薄く笑みを浮かべながら、向かいのベッドに座るリリと、その隣のドボロに向かってそう言った。
「あの時は必死だったんだ。兎に角ドボロを助けなくちゃって思って……。でも、今はそれで良かったって思ってる」
バウムの森での戦いを思い出しながら、左後方に立つドボロに、リリは笑いかけた。「ンだ」とドボロはニッコリと笑いながら返す。
思い出したように目を見張ると、ルチカは言った。
「フォルスチェインと言えば、ファンテーヌを出る前に、アタシとラメールのフォルスチェインを作っておきたいんだよね。これから先、絶対必要になってくるだろうし」
その発言に関しては、リリも考えていたところであった。これまでは推察でしかなかったが、自分とシンの力だけでは〝第二共鳴〟には敵わない、ということは、先の戦いでかなり現実味を帯びてきた。バーンズとヘルズが旅の仲間になることを加味しても、ルチカとラメールの力は、必要不可欠と言っても過言ではない。何よりも、ルチカが生身の人間である以上、戦闘中、リリとシンの意識はどうしても、ルチカを守ることにいってしまいがちであった。ルチカのフォルスチェインを作ることは、戦力の増強だけではなく、リリとシンが戦いに集中するという点に於いても、重要な役割を持っていたのだ。そしてリリは、それについて一つの案を持っていた。
「そのことについて考えてたんだけど、父さんに作ってもらうのはどうかな。加工の腕についてはルチカも知ってる筈だし。……勿論、ルチカと父さんがそれで良ければ、だけど」
バーンズはベッドの縁に腰を預けて、腕を組み直すと、ルチカを見て答えた。「俺は構わない」
「アタシも、ずっとバーンズさんに作ってもらうことを考えてたんです。それから、フォルスチェインを持つ時が来たら、お父さんが作ってくれたこのピアスを使おう、って」
ルチカは頬を綻ばせながら、右耳のピアスを外すと、それをベッドの上からバーンズに差し出して続けた。
「バーンズさん、お願いしても良いですか?」
ルチカの手から金のピアスと受け取ると、バーンズはそれを確かに握り締めた。
ルチカの十歳の誕生日に、ダグザがルチカの為にそれを作ったことを、バーンズは知っていた。娘を想うダグザの意思が、ピアスを通して伝わってくるのを感じながら、バーンズはルチカに頷き返した。
「俺とダグザの合作になるわけだ。手持ちの工具は限られているが、出来る範囲で、心を込めて作らせてもらおう」
ファンテーヌの医師によれば、リリたちの傷が癒えるのには一週間はかかる。リリはすぐに動き出せないことに歯痒さを感じてはいたが、敵の首領がいよいよその姿を現したことや、父を迎えた一行との新たな旅路に向けて、不思議な気持ちの昂りを感じていた。




