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「高潮、という奴だろう」
昨晩、シンはそう語っていた。急速な低気圧の発達で、猛烈な高波と共に、海面が上昇することがある、と。
翌日である今日、リリたちは帝都への道を辿っていた。昨晩は、ドボロが作り出した岩窟で、リリたちは一夜を過ごした。雨は明け方には止み、この日は久々によく晴れた。
「ハウルとヒエンは、死んじゃったのかな……」
敵対する相手ではありながらも、突如牙を剥いた自然の脅威に飲まれていった二人に、ルチカは哀れむような表情で思いを馳せていた。
「自分たちを殺そうとした奴らの心配か? お人好しも度が過ぎれば命取りになるぞ」
顔を半分だけルチカを振り返りながら、シンは嘲るようにそう言った。俯き加減で地を見つめていたルチカは、それを聞くなり鋭い目つきで、シンを見つめた。
「そんな言い方しなくても……!」
シンの右隣を歩くクーランは、ルチカを振り返ると諭すように言う。「気を悪くしないでくれ。シンはこういう奴なんだ、すまない」
「構うなクーラン。事実だ」
クーランに宥められて苛立ちを喪失したルチカだったが、シンのその言葉には、再び湧き上がる怒りを覚え、今度こそ怒鳴るつもりで言った。
「だから、そういう言い方は――」
「へっぽこ、お前はどう思う?」
ルチカの言葉を遮って、シンは今度は、リリの意見を求めた。判断を仰ぐように、顰め面のルチカもリリを振り返った。リリは最後尾をドボロと共に歩きながら、昨夜のハウル・ヒエンとの戦闘について考えていた。そして、或る一つの結論に辿り着きかけていた。顔を上げてシンを向き直すと、リリは言った。
「――奴らは、生きている」
『この人はまた全然関係のないことを考えてる』とでも言いたげに、ルチカは細目になって睨むようにリリを見つめた。
「フ」と乾いた笑いを口の端から漏らすと、腕を組み直してから、シンは答える。
「同意見だ。水量自体は莫大だったが、大空洞が崩れ落ちるほどではなかったことから考えると、波の勢いはそこまで強くはなかった。そして奴らはあの時、〝共鳴〟の上位互換と見られる〝第二共鳴〟の能力を発動していた。あれだけ分厚い空気の膜を張れば、身を守ることは難しくなかった筈だ。そして、今推察すべき問題は、奴らが生きているかどうか、ということだけではない」
シンはそう言いながら、――決して良いとは言い難い目付きで――クーランを見上げた。昨晩、事件の顛末を聞いていたクーランには、不本意ながらシンの黒い瞳の奥に、疑念のような感情もが垣間見えた。数秒の後、シンは無表情になって前を見つめ直すと、言葉の続きを紡いだ。
「自分自身すら命の危機に晒されているというのに、奴らが必死になって守ったあの岩の洞。あの中には、奴らが身を挺して守らなければならない何かがある。恐らく、クーランと同じように、奴らが盗み出したドルミールだろう」
それからシンは、「盗まれたドルミールの総数は不明だが、自分の知るところでも既に一〇件以上の被害が出ている」とか、「奴らが作り出した空気の壁から考えて、奴らの属性は自分と同じ風だ」という話をした。
クーランは改めて、「俺のせいで大事に巻き込んでしまって申し訳ない。助けてくれて感謝している」と、リリたちに頭を下げた。然し、リリはそんなことは、もうどうでもよくなっていた。シンの話を聞きながら、リリはずっと考え込むように地を見つめて、右手で口元を隠すように覆っていた。
少なくともリリと、そしてシンには、ミドやハウルの目的を探らねばならない、という使命感があった。このことを知る、数少ない人物の一人として。




