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シンの解説は、一時間以上に及んだ。
まず、ここ十年で、アーツと『フォルス』に関する研究は飛躍的に進歩している、というところから、シンの話は始まった。そして恐らく、辺境であるコントゥリには、それらの情報が行き届いていないのだろうと、彼は言った。
千年前――太陽王の時代の文明を研究するに当たり、アーツはほぼ唯一と言っていいほどの重要な手掛かりだった。数十年間続けられたアーツの研究だが、判明したのは、ドルミールと呼ばれる休眠体の状態で眠っていること、限られた人間にしか目覚めさせることが出来ないこと、火・水・風・土の四つの属性の不思議な力のうち、いずれか一つをその身に宿しているということ、――これらの情報はコントゥリにも伝わっている――くらいであった。大きな進展がないまま研究は続けられていたが、或る時ついに、投じる予算に対して成果が少ないことを歎じた前帝王の取り決めによって、アーツの研究は一度は幕を下ろした。
国家機関による大々的なアーツ研究はそこで終わったのだが、有志の団体が細々と研究を続けるうちに、アーツが持つ不思議な力について、今から十年前に、大きな発見をした。
それまでは〝アーツに宿っている〟、と誰もが信じて疑わなかったその不思議な力が、この〝惑星アシリア自体に宿っている〟ものだということが判明したのだ。現ライラット王はこれを高く評価し、再び莫大な予算を投じて、アーツ研究を再開させた。そして現在までの十年で、アーツ研究は目覚ましい発展を遂げている。辛うじて残っていた文献によると、その力はかつて、『フォルス』と呼ばれていたという。
フォルスはそもそも全ての生命に宿っており、その身体を構成する要素の中の一つである。然し、実際にその身に宿るフォルスは極めて微量であり、それを直接顕現したり、操ったりすることが出来る者はいない。人工生命体であるアーツは、身体のほぼ全てがフォルスのみで構成されているが、然しそれでも、そのフォルスを顕現するには至らないのだそうだ。ではドボロを始め、アーツが操っているフォルスは、一体何なのか。
アーツは自身の身体が持つ、〝自然に存在するフォルスに対する融和性の高さ〟を活かし、惑星アシリアに宿っている厖大な量のフォルスと、直接干渉することが出来た。そして実際には彼らは、その身に宿すフォルスを直接使うのではなく、星に宿るフォルスと干渉することにより、星が持つフォルスを操っているのだという。無論、何も知らずにその力を行使しているドボロがそうであるように、その理論を知らずとも、アーツは本能的にそうすることを理解している。特に、使役者を守らねばならない局面に於いて。
アーツと同じく、人間にも四つの属性のうちのいずれかのフォルスが宿っており、またフォルスには、アーツか人間かを問わず、個人特有の波長が存在する。アーツを目覚めさせるには、アーツと同じ属性のフォルスをその身に宿しており、尚且つその波長がアーツと或る程度合致していることが条件とされる。このことから、アーツは開発される段階で、特定の人物の波長に合わせて造られていたのではないか、と考えられている。また、このフォルスの波長のパターンは、或る程度の波形を遺伝することが確認されており、現代でアーツを使役できる人間は、そのアーツのかつての使役者の子孫である可能性が極めて高い、ともされているのだとか。
「本題はここからだ」
仕切り直すようにそう言うと、シンは続けた。
使役者である人間は――戦闘中のリリやシン、ミドのように――、星に宿るフォルスをアーツを介して受け取り、アーツと同じように操ることが出来る。これは『〝共鳴〟』と呼ばれる現象で、『フォルスチェイン』と呼ばれる装飾品を身に着けることによって、初めて可能になる。
フォルスチェインの形状・素材は多種多様で、使役者とアーツの名前、そしてそれを結ぶように『=』の記号を彫ったものに、バルド教の修道院や教会で無償で受けることが出来る『精霊のまじない』を施すことによって、基本的にどんなものであれ、それがフォルスチェインになる。アーツを造る技術こそ失われているものの、フォルスチェイン自体は、現代に於いても比較的簡単に造ることが出来るのだという。シンの場合は、右腕に着けた金のバングルがそれであり、解説しながらシンが見せてくれたそのバングルには、アシリア文字で『シン=クーラン』と刻まれていた。
ミドのフォルスチェインは恐らく、右手中指の指輪だろう、ともシンは言った。また、戦闘終盤でミドが使っていた、もう一つの指輪による『〝第二共鳴〟』というものに関しては、シンにも全くの不明であるということだった。
使役者がフォルスチェインに手を翳し、「〝共鳴〟」と口にすることによって〝共鳴〟は発動し、その身体からは受け取った力を示すように光が溢れ出る。また、フォルスチェインは使役者がフォルスを受け取る為だけのものではなく、使役者とアーツを双方向に繋ぐものであり、フォルスの増幅器としての役割も担っている。その為〝共鳴〟中は、アーツが扱えるフォルス量も、通常時の倍以上に膨れ上がり、使役者同様、アーツもその身体に光を纏う。また、〝共鳴〟は使役者の意思により、いつでも解除することが出来る。
アーツをドルミールの状態に戻す機能も、フォルスチェインには備わっており、それをイメージしながらフォルスチェインに手を翳すことにより、アーツはドルミールの姿に変わる。ドルミールの状態から活動体である巨人の姿に戻す時には、リリが初めてドボロを目覚めさせた時のように、ドルミールに触れることでそれは叶う。
「然しだ、へっぽこ。お前はフォルスチェインを持っていないどころか、その存在すら今まで知らなかった。当然、ドボロをドルミールの状態にすることは出来るまいな」
リリとドボロは顔を見合わせてから、シンに頷き返した。
リリは初め、『へっぽこ』と呼ばれる度に苦い顔をして反応をしていたが、何度も呼ばれるうちに、その呼び名に慣れてしまっていた。
シンの話は、リリたちにとっては寝耳に水の内容ばかりではあったが、要点要点に於いては、リリは納得することが出来たし、抱えていた幾つかの疑問も解消することが叶った。アルバティクスの役場で、どうしてドボロはドルミールに戻らないのか、とリリは考えていたが、成程、道理で戻らない筈である。然し、シンが本当に言いたいことはそこではなかった。話の流れからして、リリにもそれは分かった。次のように、シンは続けた。
「が、どういうわけかお前とドボロは戦闘中、本来フォルスチェインを着けていなければ発動しない筈の〝共鳴〟を、お互いの拳をぶつけ合うことにより体現することが出来る」
難しそうに眉間に皺を寄せると、シンは更に続けた。
「いや、それが本当に〝共鳴〟であるのか分からない現状、『〝共鳴〟にしか見えない現象』、としか言いようがないが……。兎に角、ミドとか言ったか、あの喧しいアーツ泥棒とのやり合いを見た時から、どうもおかしいとは思っていたんだ。然しまさか、フォルスチェインを着けずに〝共鳴〟しているどころか、それが〝共鳴〟であることすら知らなかったとはな」
呆れるように眉間を指で押さえながらそう言い終えると、シンは考え込むようにして、口元を手で覆った。数秒間そうしたあとで、改めてリリに視線を向けると、シンは言った。
「いずれにせよ、まだ観察と研究が必要そうだ。暫くは様子を見させてもらう」
リリから見ても、シンのその言葉からは、学問に対する強い探究心が滲み出ていた。
然しそれは、好奇心の強いリリとて同じことであった。自分とドボロに起こっている現象が何なのかは漸く分かったが、どうしてそれを起こすことが出来るのかは、依然として不明なままだ。リリもシンも、そのことに関しては、等しく強い関心を抱いていた。ただリリは、道具に頼らずとも力を発動することが出来る、自分とドボロとの間に存在する絆を、嬉しく、誇らしくも思えていた。




