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巨人と少年  作者: 暫定とは
二章『遭逢』
17/93

17

 事件は凡そ、一時間後に起こった。

「おいっ、何するんだよ!」

 観衆の中の或る男から、その声は上がった。大通りには納物者たちが、未だ長く列を作っている。舞台では何処かの町の納物者が、特産の果物を王へと納めているところだった。

「うるさいな~、大きい声を出すなよ!」

 男へと言い返すその声は、まだ幼く、リリよりも少し年上くらいの少年のものと思われた。

「何してるんだよお前ら」

「ちょっとどうしたの?」

 騒ぎは徐々に大きくなる。それを知らしめるように、男は大きな声で言った。

「こいつが俺のアーツを取ろうとしたんだよ!」

 何やら誰かが騒いでいる、くらいにしか考えていなかったリリだったが、流石にこの言葉からは、聞き捨てならないというべきか、ただならぬ違和感を感じて、騒ぎのほうを振り返った。役場で見かけたポスターの見出しが、リリの脳裏をよぎっていた。『アーツ泥棒に注意喚起』だ。

「……ドボロ、ちょっと」

「ンだ?」

 ドボロの緋色(ひいろ)のマントの裾を引き、リリは人混みをかき分け、騒ぎのある方へと歩み寄った。リリの動きに気付いたルチカが声を掛ける。

「リリ、どうしたの?」

 リリは返事をすることなく、喧騒の中へと向かっていってしまったので、仕方なしにルチカは、それを追いかけることにした。

 リリがそこに辿り着いた時、開けた人混みの中心には、ドルミールを抱えた一人の男と、――ベージュで革製のローブを羽織り、そのフードを深く被った――怪しげな少年、そしてその隣には、同じようにベージュのローブのフードで顔を隠す、二メートルほどの大男がいた。

「おいおい、お蔭で騒ぎが大きくなっちゃったじゃん」

 無邪気な声色(こわいろ)には到底そぐわない、少年の物騒な物言いに、リリは己の耳を疑った。が、どうやら男が被害者で、少年と大男がグルの加害者、ということで間違いはなさそうだった。

「なに言ってんだよお前! それに隣の男! お前はなんとか言わないのかよ!」

 右腕にドルミールを抱えた男は、左手で少年と大男を、順に指さしながらそう怒鳴った。首を傾げると、大男は尋ね返す。

「……んン? ナんとカ?」

 その喋り方は何処か不気味で、人間らしさ、とでも言うべきものが欠落しているように、リリには感じられた。

 溜め息交じりに「あーあ」と呟くと、少年は両の手を差し出すように、前に広げて見せた。お手上げ、とでも言いたげなポーズだ。

「話しかけちゃったよ。俺は知らないからね」

 と、大男はその太い右腕を、被害者の男に向かって振り上げ始めた。ざわめきと共に、人だかりは徐々に広がっていき、少年は数度のバック転で、大男からその人だかりの端の辺りまで距離を取った。

「お、おい……、何するんだよ……」

 目の前で拳を振り上げる二メートルの巨体に、男は足が(すく)んで動けないようだった。少年は少年で、右の拳と左の掌を、胸の前で構え、打ち付けんとしている。その右手の中指には、細い金色の指輪が嵌められていた。

 「リリ、あいつ……」とドボロ。

 少年のほうに夢中だったリリは、大男が腕を振り上げていることには気付きもしていなかったし、ドボロの『あいつ』という言葉すらも、少年を指しているものだと思い込んでいた。が、ドボロが見ていたのは少年ではなく、腕を振り上げる大男のほうだった。

 右の拳と左の掌を、胸の前で勢いよく打ち付けると、少年はニヤリ、と微笑みながら、次を口にした。

「――〝共鳴(チェイン)〟」

 開けた人だかりの中心から、轟音が鳴り響く。振り上げていた右の腕を、大男が振り下ろした音だった。音に驚き、身体(からだ)を震わせて反応したリリは、後方を振り返って状況を把握すると共に、大男の身体に纏わりつく、煙のような山吹色(やまぶきいろ)の光に目を疑った。その光には、リリは見覚えがあった。括目(かつもく)したドボロが、先の言葉の続きを、「――アーツだ」と引き取った。

 大男改め、そのアーツが殴った石畳の地面は、亀裂を起こすと共に大きく凹んでいた。幸いにも被害者の男には当たらなかったようで、腰を抜かして倒れ込んではいるものの、彼に怪我はなかった。恐怖と戦慄(せんりつ)に、民衆は悲鳴を上げながら瞬く間に()(おお)せ、一分もしない間に、大広場には数えられるほどの人影のみが残った。リリ、ドボロ、ルチカ、少年とそのアーツ、そして被害者の男だ。

 衝撃でフードが外れたそのアーツの顔は、鈍色(にびいろ)の肌を持っていた。大きな顔の両脇からは、ドボロと同じような尖った耳が、斜め上に向かって付いており、前頭部からは枯草色(かれくさいろ)の頭髪が生えている。下顎は異常にしゃくれており、口は常に半開きで、隙間からは並びの悪い歯が覗いていた。鼻筋はなく、鼻の穴だけが小さく空いている。大きく開いた両の目は、瞳と白目の境目がなく、全面が白い。

 アーツは再び、恐怖に震えるその男に、同じように右腕を振り上げた。男の顔は愕然としているが、身体が動かないようだ。すかさずに、リリはドボロを呼んだ。「ドボロッ!」

 既に()(かざ)していた右の拳を、ドボロはそのまま地に叩き付けた。男に向かって振り下ろされていたアーツの腕は、すんでのところで食い止められた。ドボロが地中から出現させた、掌を模した土塊(どかい)によって。

「早く逃げて!」

 怒鳴るように、リリが叫ぶ。敵のアーツは腕を食い止められているにも拘らず、力を緩めていない。この土塊がいつまでもつか、リリにも分からなかったのだ。涙声で礼を言いながら、男は何とか立ち上がると、全速力で建物の隙間の路地へと逃げ込んでいった。と同時に、ドボロが出現させた土塊は、大きな音を立てて崩れ落ちた。

「へえ、そっちもアーツ使いなんだね」

 鈍色のアーツを使役(しえき)する少年は、そう言いながらリリのほうへと歩き出した。その身にはアーツと同じく、山吹色の煙のような光を纏っている。ベルトの短剣に手を掛けると、リリは数歩退(しりぞ)いて身構えた。

「まあまあ、そう慌てないで、って……、んん?」

 大きく一歩、リリに歩み寄ると、少年はリリの顔を確認するように覗き込んだ。並んでみると彼の背丈は、リリよりも一〇センチほど高いことが分かった。

「んんん?」

「な、なに」

 腰を(かが)め、フードの端を指で摘まみ上げて、少年は更にリリの顔を覗き込んだ。リリの顔を、今一度しっかりと確認すると、彼はその瞳を輝かせて、驚くように目を見張った。

「か……、可愛い……!」

 そう言った少年の気が知れずに、リリは思わず、眉間を顰めて聞き返した。「ハァ……?」

 「フンッ」と(うな)りながら、ローブを勢いよく脱いで投げ捨てると、少年はその姿を見せた。

 菜種油色(なたねゆいろ)の短髪は、軽薄な彼の性格を(あらわ)すように、好き放題に跳ねている。瞳は緑青色(ろくしょういろ)をしており、服装は全体的にゆったり、というよりも、ダボッとしておりだらしがない。黒のタンクトップは、今にも肩から落ちそうなほどにサイズが大きいし、その上に羽織っている――袖を捲り上げられた――白い薄手のカーディガンは、これもまたサイズが大きく、裾は彼の膝辺りまである。極め付けは焦げ茶のサルエルパンツだ。少なくとも、リリやルチカには理解し難い服装であった。帝都では流行っているのかも知れないと、リリは思うことにした。

 くるり、と一回りしながら、踊るようにリリの前に跪くと、彼はリリの左手を取って、囁くように言った。

「君はこの世で一番美しい。花のように可憐だ。オレのフィアンセに、これほど相応(ふさわ)しい人はいない……」

 傍目(はため)にその光景を見ていたルチカは、心底気味悪そうに言う。「リリ、こいつ何か勘違いを……」

 左手を掴まれたまま、リリは怪訝(けげん)な顔でルチカに頷き返すが、それを余所目(よそめ)に少年の弁は、更にヒートアップしていく。

「リリ……! 名前までなんて可憐なんだろう! ますます愛しい愛らしい、狂おしいほど麗しい! ああ出逢い、ああ芽生え、嬉しさもとい()()()さ! これが恋というものなのか!」

 舞うようにして、リリの周りをくるくると回りながら、少年はべらべらとそう続けた、かと思いきや――。

「でも――」

 閉じていた目をパッチリと開くと、彼は勢いよく、リリから距離を取った。背中に携えた、戦闘用らしい柄の長い金鎚(かなづち)を右手に取ると、彼はリリに身体を向けて、それを構えた。柄の部分は木製で、頭部の金属は金色に輝いている。彼が戦うつもりらしいということを悟ると、リリは改めて身構えた。

「オレたちの計画を邪魔するのなら、容赦はしない。美人に手を上げるのはシュミじゃないが……、諦めろミド、これは禁じられた恋だったのだ……、嗚呼(ああ)

 悩ましい表情の眉間を、左の手で押さえながら少年は言うと、右手に持っていた(つち)を、わざとらしく地に落とした。ドン、と鈍い音を立てて、鎚は硬い石畳を凹ませる。それは見た目からでは判断が付かない、その鎚の重量を物語っており、これにはリリもルチカも驚いた。呆れ顔になって、然し緊張は緩めることなく、リリは尋ねた。

「それで……、戦うの、戦わないの」

 再び鎚を持ち上げると、少年はそれを肩に抱えながら、ニヤリ、笑みを浮かべた。

「勿論、戦う。計画の妨げになる者は排除する。例えその相手が……――」

 言いながら、鎚を構え直した少年は、リリに向かって凄まじい速度で駆け出した。そう、彼はリリとドボロが繋がるのと同じ力で、鈍色のアーツと繋がっているのだ。身体能力は通常の人間とは比べ物にならない。それを思い出したリリは、すぐに構えの体制を取ったが、どうやらそれは、間に合いそうもなかった。

「絶世の美女だったとしてもッ!」

 少年はリリに向かって、勢いよく鎚を振り下ろした。悲鳴のように、ルチカがリリを呼ぶ。が、鎚はリリに接触する直前で、ドボロの手によって防ぎ止められていた。

「オデのパートナーに……」

 そのまま鎚の頭部を掴んで持ち上げると、ドボロは宙を裂くようにして、鎚を反対方向に振り下ろしながら吠えた。

「何するだァ!」

 鎚の柄を掴んだまま、少年は地面に叩き落とされたかに見えた。が、ドボロは手応えのなさに違和感を覚えていた。リリに負けずとも劣らない軽い身のこなしで、彼は掴んでいた筈の鎚の柄の部分に、器用に片足で立っていた。

「乱暴だなあ」

 鎚の柄から跳び下りると、「それじゃあ今度は」と言いながら、少年は再びその柄を掴んだ。長い柄の先に付いた金属の頭部には、がっちりとドボロの手が絡まっている。そしていつの間にかドボロの手は、土でその頭部に固められていた。ドボロの表情は、不可解を示している。

 先のドボロと同じように、少年はドボロが掴まったままの鎚を、ゆっくりと振り上げた。まさか華奢(きゃしゃ)な体型のその少年の力だけで、二メートルを越えるドボロを鎚ごと持ち上げることなど出来る筈がない。それは彼が、アーツとの力を上手く使いこなしているからこそ成せる(わざ)なのだろうと、驚きながらもリリは理解した。

「こっちの番だねッ!」

 言いながら、少年は鎚の頭部を、宙に弧を描くようにして振るい、ドボロもろとも反対側の地に叩き付けた。

「ドボロッ!!」

 リリとルチカが叫ぶ。轟音と共に土埃が舞い、ドボロの姿は隠れて見えなくなった。数秒を以て土埃が落ち着くと、何とか両脚を着いて着地出来ていたドボロの姿が、そこにはあった。

「まだまだ行けるだ……!」

「へえ、そこそこやるみたいだね」

 ドボロの手から鎚を引き抜くと、数度のバック転をして、少年は鈍色のアーツのところまで引き下がった。左の手で自身とアーツを順に指し示しながら、彼は解説する。

「オレはミド。こいつは土のアーツのバロン。喋るのと走るのは得意じゃないが、パワーは半端ない」

 「それじゃ」と言いながら、その少年――ミドは、腰を屈めた。険しい表情になって、リリは身構える。

「――続きと行こうか!」

 先と同じく、ミドはその俊足(しゅんそく)で、リリとの間合いを詰めた。リリは今度は、その鎚による縦の一撃を見切って、左手に(かわ)した。右の拳で正拳突きを入れるが、しゃがんで躱される。右の拳を振り翳しながら、ドボロがミドに向かって走ってきていた。

「バーロン」

 バックステップで距離を取りつつ、目配せもなしに、ミドは鈍色のアーツ――バロンに呼びかけた。

「ミド、マもル」

 バロンはその場を動かずに、地面に手を着いた。その動きは決して速いとは言えない。が――、

「ンだ!?」

 ドボロの声は上ずっていた。驚いたリリが振り返ると、ドボロの足元の地が、ドロドロに溶け出していた。沼にでも嵌ったかのように、ドボロの太い脚はみるみるうちに、地面の中へと沈んでいく。ドボロを助けるべく、リリは駆け寄ろうとしたが、ドボロがそれを制止した。「リリ、後ろだ!」

 リリの後方からは、ミドが再びこちらに向かってきていた。今度は彼は、その鎚を横に構えている。

「クッソ!」

 避けきれないと判断したリリは、短剣を縦にして、ミドの鎚の柄を受け止めた。鈍い振動が、骨まで響いてくる。

 ドボロは地面を溶かすのとは反対の力を、強くイメージした。「フンッ」というドボロの唸り声と共に、その膝までを飲み込んでいた地面が凝固(ぎょうこ)する。バキバキと音を立ててそれを崩しながら、ドボロは地上へと這い出た。

 「おまエのあイて、オレ」と、バロンはドボロを挑発するように投げかける。

「やってやるだ!」

 ドボロはバロンに向かって走り出す。ミドは続けて、リリに鎚による連撃(れんげき)を仕掛けていた。

「あっちで見てる子はッ、アーツ使いってワケじゃないんだッ?」

「それが……、どうかしたッ!」

 リリは言いながら、それを躱すので精一杯だった。左右に屈み、転がり、隙を見て蹴りや打擲(ちょうちゃく)を入れるが、掠る程度で大きなダメージにはならない。向こうがアーツと繋がっているのに対し、こちらは生身の人間だ。戦闘能力の差に限界を感じると共に、リリの息は、徐々に上がり始めていた。

「二人はッ、どういう関係? 姉妹? ……まさか恋人?」

 少なくとも姉妹ではない、と思いながら、リリは顔を顰ませた。リリが息を切らしているいる一方で、ミドは余裕そうに、ヘラヘラと笑っている。

「違うよ。昔からの付き合いで……、幼馴染ッ!」

 一瞬の隙を突いて、リリはミドの足元にローキックを入れた。ミドは足元を崩されながらも、どうにか体勢を立て直す。

「おおっと! やるねえリリちゃん、そうこなくちゃ」

 言いながら、ミドはリリとの距離を取りつつ、鎚を一旦背中のホルダーに戻しながら、「それじゃこうしたら――」と続けた。そのまま身体を大きく(しな)らせて、ミドはロンダートを放つ。

「――どうなるのかなッ?」

 起き上がりざま、ミドは手を地に着いた際に拾い上げていたのであろう小石を、ルチカに向かって指で弾いた。ミドの身体に纏わりつく光を微かに受け取ると、小石は弾丸のような凄まじい速度となって、ルチカを目掛けて一直線に飛んでいく。

「ルチカッ!!」

 判断を誤ってはいけないその一瞬は、スローモーションのように、リリには感じられた。小石は纏った光と共に肥大化し、矢尻のように鋭く尖った。そこには素早い回転もかかっているようだ。あんなものが当たれば、ルチカの身体はまず間違いなく貫かれ、位置によっては致命傷にもなり得る。ドボロもリリの声に反応して振り返り、それに気付いたようだった。

 リリは先の件でも、無抵抗な男に攻撃を仕掛けたミドとバロンに対して、強い怒りを感じていた。そして今回、彼は再び、攻撃の手段を持たないルチカを戦いに巻き込んだ。リリの中の、ミドに対する怒りは、瞬間的に増大し、燃え上がった。

(許せない――)

 視線を交わすと、リリとドボロは互いに頷きかける。

「ドボロ!」

「ンだ!」

 数秒の後、恐怖に目を閉じてしまったルチカが再び目を開いた時、リリはルチカの目の前にいた。その手には、ルチカに向かって飛来していた小石が握られている。ジュウ、という擦れた音と共に、リリの手からは白煙と、焼け焦げたような香りが立ち込めた。リリとドボロの身体は、山吹色の光を纏っている。

「怪我はない? ルチカ」

「う、うん。ありがとう……、リリは……?」

 リリは頷きながら、矢尻のようになった小石を地に落とし、ミドを振り返った。小石を掴む前、リリは即座に手に土を纏わせていたので、幸い傷や火傷には至らなかった。睨み付けるようにミドを見据えると、相変わらずにニヒルな笑みを浮かべる彼に向かって、リリは再び駆け出した。

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