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巨人と少年  作者: 暫定とは
二章『遭逢』
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 午前十時丁度、金管楽器による短いファンファーレが、アルバティクスの大広場に、そして広場から続く大通りに響き渡った。続いて進行役の男が、叫ぶように声を張って告げる。

「ただいまより、第五十八回・フォックシャル帝国納物祭を開催します!」

 銅鑼(どら)のような轟音が鳴り、広場から大通りにかけて集まっていた民衆からは、歓声が上がった。

 リリたちは納物者入場門がある、街の入り口広場のほうで控えていた。納物者だけでも数え切れないほどの人数が集まっており、それに加えてこの広い帝都のほぼ全住民、また世界各地からの観光客も集まっているのだろうから、その歓声の声量たるや、リリは鼓膜が破れてしまうのではないか、とさえ思った。ルチカとドボロも、その声には驚いて目を見張り、三人はその顔を見合わせた。

 大通りには納物者隊列の為に柵が敷かれ、柵の向こう側には観覧客がすし詰めになっている。更にその向こう側には、昨日と同じく様々な屋台が立ち並んでもいた。十一時を回ると、三十分後の出番に向け、リリたちはその列をゆっくりと進み出した。

 リリは納物者の中でも特に背が低かった為――基本的にどの町からも、大人が納物に来ていた為である――、出来る限り胸を張って歩いた。その腕には大きな風呂敷包(ふろしきづつ)みが抱えられており、包みの中には国王へと献上する、大量の土器や金属加工物が入っていた。また、リリの左隣を歩くドボロの腕にも、その十倍ほどもある同じような包みが抱えられていた。中身は同様である。二人の背中を静かな目で見つめながら、ルチカはその後ろを付いて歩いた。この日の為に母が(つくろ)ってくれた、パステルブルーを基調とした優雅なドレスを、彼女はその身に纏わせている。ドレスの背中は大きく開いており、十三歳とはいえ、それを着こなすルチカの姿は(みやび)であった。

 三人の、特にルチカの緊張は、徐々に高まっていた。同じ舞台とはいえ、歌を披露するルチカにかかるプレッシャーは、納物を渡すだけのリリとドボロとは、比べ物にならない。コントゥリの自宅では毎晩練習していたし、村で皆に披露した時も、皆の反応は上々だった。旅の道中も、就寝前など、ルチカはリリに聞いてもらいながら、何度もそれを練習していた。だから――、

(――大丈夫。上手くいく)

 ルチカは繰り返し、そう自分に言い聞かせた。

 いよいよ、視界の奥に大広場が見えてくる。広場の中心には納物者の為の、大きな舞台が設置されており、その奥側の壇上には、()()ぬこのフォックシャル帝国を統べる王がいる筈だった。

 壇上から、進行役が声を張って、納物品の紹介をする。「鉱山の街・ルドニークより、特産品である鉱石、宝石類の納物です!」

 舞台の上で納物者は、王に品物ひとつひとつの解説をしているようだった。その度に広場の観衆からは、黄色い声援が上がる。

 リリは王の名を『ライラット王』と記憶していた。バーンズに教えられた納物時の台詞(せりふ)も、大通りを歩いている間に何度も頭の中で復唱し、完璧に記憶している。

「納物者は左手より、舞台からお下がりください」

(いよいよだ)

 リリは最後に、と息を飲んだ。咳払いもしておくべきか迷ったが、「次の納物です」と、進行役がこちらを向いて言ったので、リリはそのタイミングを失ってしまった。ドボロと共に、リリは舞台への階段を(のぼ)り始めた。台詞が全て飛ぶのではないか、と思うほどに、リリは緊張していた。階段を上り切ると、広場に集まった何千何万という民衆の視線が、自分に注がれる。舞台奥側の壇上で、王座に座るライラット王を見つめながら歩き、リリは父に教えられた通りに、舞台の中央で(ひざまず)いた。

 王は真紅の衣を身に纏った老人だった。すっかり白くなった長い髪と、(しわ)の奥の目には青い瞳を持ち、髪と同じく白く長い髭を、彼は鼻の下から顎にかけて蓄えている。六十から七十歳ほどに見えるが、その顔と姿には、まだ威厳が保たれていた。また、彼は自身の周りを、数十名の護衛に取り囲ませてもいた。剣や槍を携えた鎧の騎士たちが、王に背を向けて円を作っている。それとは別に、壇上からリリのいる舞台を向いて立っている者や、舞台の下から見上げる者もいた。壇の右手奥には、楽団が陣を作っているのもリリには見えた。

「遺跡の村・コントゥリより、特産品である土器・金属加工物の納物です!」

 進行役の言葉を合図に、リリは包みを広げ、納物品の数々を綺麗に並べ替えた。リリの隣で、ドボロも同じようにした。ドボロがこの動きをこなせるか、リリは案じていたが、その必要はなかった。流れるような動きで、とは言えずとも、練習の成果もあってか、ドボロは失敗することなく、リリが教えた通りに動くことが出来ていた。

 す、と息を吸い込むと、声が裏返らぬよう、腹部に力を込めて、リリは言った。

「偉大なるライラット王よ。このアンモス大陸の西端、遺跡の村コントゥリより、大地の恵みを受けた土器と金属をお持ちいたしました。お納めください」

 何とか噛まずに言い終え、リリは安堵の溜め息を吹き出した。本来ならばここから、一つ一つの作品の素材や拘りについての解説をする予定だったのだが、バーンズからリリへの気遣いにより、それはカットされることとなっていた。ライラットが、王座からリリに声を掛ける。

「よろしい。バーンズ村長は元気かね」

 予想外の事態に、リリは慌てて目を見張り、ライラットの顔を見上げた。険しい表情をしているわけではないが、その姿から漂う威厳は、やはりこの大国を統べているだけある、と思わせると共に、再びの緊張を、リリには余儀なくさせた。

「父は、あっ、……バーンズは、現在怪我の療養中です。予定を変更し、息子であるこの僕……、私がっ、こうして納物を、させていただいております」

 言いながら、リリは冷や汗をかいていた。言葉は選んだつもりだが、正しいのかどうかは分からない。が、ライラットはその顔を綻ばせてニッコリと笑うと、「よろしい」と言ってくれた。

「然しコントゥリの方々の腕は衰えていないようだ。今年も素晴らしいものを、どうもありがとう。村長の御子息(ごしそく)である君の作品にも、期待しているよ」

 それを聞いて、リリの心臓は一層高鳴った。然し悪い気はしない。喜びを隠し切れずに笑みを浮かべてしまっていた顔を、リリは慌てて下に向かせた。

「はいっ、ありがとうございます」

 舞台の端に立っていたライラットの家来が、リリの納めた納物品を回収して、何処かへ持ち去っていく。リリとドボロはそれを合図に立ち上がると、左方の階段から舞台を降りた。最後の一段を降りると、リリは風船の空気が抜けるかのような、長い溜め息を吹き出した。

「王様は、父さんのことを覚えてたんだ」

 リリは声を絞ってそう言った。バーンズが納物祭に来るようになってもう十年以上が経っているので、それは当然と言えば当然なのかも知れなかった。

 丸い目を更に丸くして、ドボロは返す。「ンだな。オデもビックリしただ」

 続けて、リリは何かを言おうとしたが、思い出したようにハッとした表情を浮かべると、すぐさま後ろを振り返って、舞台の上に目をやった。ルチカの出番だ。

 彼女は既に舞台に上がっていた。そして先のリリと同じように、その中央に跪いている。

「同じく、コントゥリより伝統の歌をお聞かせに参りました」

 そう言うとルチカは立ち上がり、改めて深々と辞儀をした。リリから見てもその姿は美しく、それがいつも一緒になって騒いでいるルチカと同一人物であるとは、一見してリリには思えなかった。壮麗(そうれい)なドレスに応えるように、見慣れてしまっている金のピアスさえも、リリの目には普段よりも輝いて見えた。観客からも、「待ってました」、「頑張れ」などの歓声が上がる。リリにはルチカの緊張が、手に取るように伝わってきた。観衆が静まり返ると、ルチカの歌は始まった。

 この歌の歌詞は、現在このアシリア上に存在するどの言語にも、欠片も当て嵌まらない。コントゥリに古くから伝わるこの歌を、リリも幼い頃からよく耳にしていたが、リリも、ましてやそれを披露するルチカすらも、歌詞の意味は理解していなかった。それは村長であるバーンズにも、村で最年長の者にも同じことだ。誰も言葉の意味を知らないし、解読する方法もない。残っているのは旋律と、意味を持たない音としての歌詞だけであった。

 この歌は、大きく五つの節に分かれている。

 初め、ゆったりとしたテンポでこの歌は始まる。儚げな歌声と旋律に、切なさを感じる者も多い。その後の曲調の変化を知っているリリすらも、冒頭の旋律には毎度、心を打たれた。音階は徐々に低くなり、然し不安を煽るような暗い旋律ではなく、その節にリリは、大地の雄大さのようなものを感じもした。低く長い音をルチカが伸ばし終えると、歌はその姿を大きく変える。それまでとは打って変わって、アップテンポの曲調へと変わったかと思えば、旋律も明るく、愉快なものへと変化する。ルチカはこの部分を歌うのが好きで、道中でもよく口ずさんでいた。

「La~La~La~LaLa~~♪」

 三番目にあたるこの節は、この『LaLaLa』の繰り返しだった。ルチカは歌いながら、手拍子を始める。リリは観衆の中から、それに合わせて歌って、手拍子をした。その輪は徐々に広がっていき、やがて広場中の人々は皆、同じように歌いながら手を叩き出した。その音が皆の耳に馴染んだのを見計らって、ルチカは和音でハーモニーを取った。ルチカが舞台の淵を舞うように歩き始めると、観衆はその動きに合わせて、舞台の周りを回り出した。知っている人も知らない人も、手を取り合って大きく揺れたり、回ったりしながら、その歌に身を任せる。「LaLaLa」を「OhOhOh」に変えて歌う者や、手拍子に合わせて「ハイ!」と声を張り上げる者もいた。いつの間にか、楽団の奏者(そうしゃ)たちもアドリブで演奏をしてくれている。ルチカの立つ舞台を中心とした大広場は、喜びに満ちていた。

 腕を大きく使いながら、ルチカは舞台の上を舞うように走った。リリは数度、ルチカの目配せを受けた。その度二人は嬉しそうに笑い合った。ドボロはリリを抱き上げて肩車の形に背負うと、手拍子をしながらその場でくるくると回った。三番目の旋律には不思議な力が込められていると、リリはいつも思っていた。この旋律は、聞いている人を幸せにする。誰もが楽しい気分になれる。リリもルチカと同様に、そんな三番目の旋律が好きだった。

 歌はそのまま四つ目の節へと、流れるように移り変わった。旋律は明るい雰囲気ではあったが、ゆったりとしたテンポに戻った為、皆は徐々に静まり返り、動きを止めてまた歌に聞き入った。五つ目の節は始まりの節と同じ内容で、ルチカはそれを更にゆったりと、切なげに歌い上げる。そして最後にもう一度、ルチカは舞台の中心に立って、深々と頭を下げた。

 広場は、大きな歓声と拍手に包まれた。

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