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巨人と少年  作者: 暫定とは
二章『遭逢』
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「すっごーい! 広い街! 大きい建物!」

 萌黄色(もえぎいろ)の瞳を輝かせて、ルチカはその豪勢で絢爛(けんらん)な街並みに、(しき)りに感動していた。苦い表情になって、リリはそれに返す。

「ちょっとルチカ、あんまりはしゃがないでよ。田舎者がバレる……」

 アシリア歴二〇四八年、五の月十二の日。

 フルリオを発って三日日の昼過ぎ、リリたちは予定通り、このフォックシャル帝国の都である、『光の帝都(ていと)・アルバティクス』へと到着した。入り口の検問で用件を告げると、案外すんなりと、リリたちは街の中へと入ることが出来た。

 帝都の周りには深い堀が造られており、リリたちは市街へと入るべく、そこに架けられた幅広の橋を渡っていた。橋の入り口には石造りの――ヘルズでも楽にくぐり抜けられそうな――巨大な門があり、それはリリたちが見たこともないような、(きら)びやかな宝石で装飾が()されていた。橋の下の堀には水路が造られており、美しく透き通った水の底には、色とりどりの石が敷き詰められた石畳が見える。

「だってすごいじゃない! 見て、あんなキラキラした石、コントゥリじゃ見たことない……。何で出来てるのかな?」

 橋の下の水路を指差して、ルチカはそう言った。それから息つく間もなく、再び街のほうへと顔を向けると、ルチカは感嘆(かんたん)の声を漏らしながら、首を左右に振り回すようにして、アルバティクスの壮大な街並みのあちこちに目を向ける。ルチカが首を振るう度、両耳に付いた、リングと板状に連なった黄金(おうごん)のピアスが、金属音を立てながら揺れた。悩ましい表情になって溜め息を吐き出すと、橋の先に見える帝都の街並みに、リリは然し、自分でも視線を向けてみた。

(でも……)

 街の中央には、(そび)えるように城が建っている。あの城に、このフォックシャル帝国の王様が住んでいるのだろう、とリリは思った。広大な街並みに立ち並ぶ建造物は、その(およ)(ほとん)どが菖蒲色(あやめいろ)の屋根と、白い外壁に統一されており美しい。景観豊かな街を見渡しているうち、リリの濃紺の瞳にも、期待と希望の光が輝き出した。

(確かにすごい……!)

 橋を渡り切り、橋の入り口にあったものと同じような門をもう一度くぐり抜けると、リリたちは広場のように開けた、街の入り口に出た。

 まずリリが驚いたのは、街中に敷き詰められた石畳だった。成程、これがあれば靴が土で汚れずに済むのである。また、これは堀の水底に敷き詰められているものとは、また違うもののようだった。表面は歩き易いようにか、平たく削られており、リリはこれが気に入った。

 立ち並ぶ建物の材質にも、リリは目を見張った。コントゥリの我が家ように、木材で作られた家など一つもなく、その多くは土や、加工された石材などで造られている。リリたちはそれを、本の中でしか見たことがなかったので驚いた。しかも、それぞれが別の形を取っているコントゥリの家々とは違い、まるで複製でもしたかのように、ここには同じものが、幾つも並んでいるのだ。

 塞がらない口から、驚きに声を漏らしながら、三人はその広場を渡り歩いた。納物祭(のうもつさい)を控えているからか、街は大勢の人で賑わっていた。中にはアーツを連れている人もいる。リリもルチカも、ヘルズとドボロ以外のアーツを見るのは初めてだった。それぞれのアーツは異なる特徴を持っており、二人のまだ出会ったことがない、水や風の属性と思しきアーツも、その中にはいた。

 広場を囲うような形で、商人たちによって様々な屋台が構えられていた。これも納物祭を控えているからかも知れない、とリリは思った。多くはアルバティクスに在住する者の出店のようだったが、納物祭の為に各地から赴いた人々の屋台もあるようだった。店頭にはそれぞれの土地の特産品や、それを加工した品々が、所狭しと並んでいる。

 そしてよくよく見てみれば、街の入り口の門や、この広場、いや、恐らくこの街全体には、納物祭を祝っているのであろう装飾や掲示が為されてもいた。アシリア文字で『ようこそアルバティクスへ!』、『年に一度の納物祭』などと書かれた旗や看板も、リリたちの目には映った。

 広場からは左右に二本ずつの通りと、中央に一本、一際大きな通りが伸びていた。街を隅から隅まで見て回りたい衝動を、リリは抑え付けながら、バーンズに教えられた通り、中央の大通りへと進んだ。納物祭への来訪者がしなければならない、『納物者(のうもつしゃ)登録』をする為に、リリたちはひとまず、役場に赴く必要があったのだ。

「ねえ見て、『図書館』だって。図書館って何かな!」

「あの屋台、カエルの卵を売ってるよ! 珍味だってさ!」

「ドボロ、今のアーツ見た!? 土で出来てたよ! ドボロとどっちが強いのかなあ!」

 発見したものの全てに、ルチカは激しく反応しながら歩いた。

「もールチカ! ちょっとは静かにして!」

 そう言ったリリとて、本当は周りが気になって仕方がなかった。然し父の言い付けは、『帝都に着いたら、何よりもまず納物者登録をしろ。それから宿を取って、街を見て回るのはそれからだ』ということだったので、リリはそれに従った。また、確かにそのほうが、余裕を持ってゆっくり回れる筈だと、この騒がしいほどの賑わいを前にして、リリにも分かった。寧ろ今から街を回り始めれば、恐らく納物者登録に行く頃には、役場は閉まっているだろうとさえ、リリには思えた。帝都の広大さ、そして豊かさは、リリの想像を絶していた。

「だってこんなの、今まで見たこと、あっ――」

 リリとドボロを振り返り、後ろ向きに歩いていたルチカは、前方から歩いてきた青年にぶつかり、その場に倒れ込んだ。

「すっ、スミマセン!」

 リリは謝りながら、慌ててルチカに駆け寄った。然し、ルチカにぶつかられたその青年は、リリがルチカに辿り着くよりも早く、無駄のないスマートな動きと柔らかな物腰で、ルチカに向かって手を差し出すと、次のように尋ねた。

「――大丈夫か?」

 ミディアムショートで深緑の髪――前髪はやや長めで、目に掛かりかけている――と、黒い瞳を彼は持っていた。背は一七〇センチに届かないほどで、体格は細身だ。声は低く、見た目からは十六か、十七歳くらいであることが見て取れる。が、その見た目年齢の割には落ち着いている印象を、リリは受けた。また、その顔は端整に整っており、美形であった。

 彼はリリたちが見たこともない、松葉色(まつばいろ)の地に白い雲の紋様が描かれた、異国風の衣裳を(まと)っていた。襟が詰められており、前側は開くようだったがボタンで留められている。その裾は膝の辺りまで伸びているが、腰にまで及ぶ深いスリットが入っており、然程(さほど)動きづらくはなさそうにも見える。袖は長く、手の甲を中ほどまで覆っており、ダークグレーのズボンは裾の部分だけが僅かにゆったりとしている。スリットの隙間から覗くベルトには、刃先に向かって末広がりに湾曲(わんきょく)している不思議な形状の刀――柳葉刀(りゅうようとう)と、白と緑を基調(きちょう)とした、楕円体(だえんたい)が携えられていた。その服装はリリの頭に、かつて学校の授業で耳にしたことがある、『カンフー』という異国の格闘技を思い起こさせた。

「いったたたた、す、すみません……」

 石畳に打ち付けた臀部(でんぶ)を右手で(さす)りながら、ルチカはその青年に左の手を差し出した。と同時に顔を上げ、青年の顔を初めて認識したルチカは、余りにも整った彼の顔に驚いた。そして、彼女は少しだけ、頬を紅潮(こうちょう)させた。

 その光景は、普段ルチカのことを幼馴染としか認識していないリリにも、僅かにジェラシーを感じさせた。然し、その青年の顔の美しさと、その後の行動には大きなギャップがあった。ルチカの手を掴むなり、乱暴と言ってもいいほどに勢いよく引き上げると、彼は両の手の平を数度(はた)()わせながら、「気を付けろよ」と不愛想に言った。

「はっはい」

 背中を向けて歩いていく青年の後ろ姿に、ルチカはまだ、先の言葉との温度差を理解出来ていなかったようで、茫然(ぼうぜん)としたままそう答えた。そして去り際その青年は、聞こえよがしにこう言った。

「大変だな、田舎者は」

 リリとルチカは、出来る限りにその顔を顰めて、彼の後ろ姿を見送るしかなかった。ドボロも珍しく、恐怖と不審の入り混じった表情を浮かべ、次のように言った。

「と、都会の人は怖いだ……」

 数秒を経て状況を飲み込んだルチカは、雷が落ちたように、帝都中に響き渡るような怒号を上げた。

「な、……なッ、なんなのよ、あの男は――ッ!!」

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