12
修道院の更に東には、広大な森が広がっていた。
バーンズ曰く、森の中には凶暴な魔物が多く、野営はアーツがいても危険なので、朝一で森に入り、日が暮れるまでには森を抜けるように、とのことだった。
『バウムの森』と呼ばれるこの森は、豊かな広葉樹の茂る美しい森だ。総面積はこのアンモス大陸の十分の一ほどを占めているが、最短距離ならばバーンズの言う通り、抜けるのに半日も掛からないルートも存在する。
リリは初め、静かで涼しいし、魔物も多くない良いところだ、などと呑気に考えていた。が、それは大きな間違いであった。
このバウムの森は、旅人の間では『惑いの森』とも呼ばれており、抜けるまでのルートをしっかりと確認していても、迷ってなかなか抜けられない旅人が多数いた。森に迷ってどうにか出てきた者は、『森自体が意思を持って動いている』、『森に誘われた』などと口を揃えて言う。事実、この森には特殊な磁場が発生しており、コンパスが効かない。そのことも勿論、リリはバーンズから聞いていた。「地図をしっかり見て進めば迷うことはない筈だ」と、バーンズは言っていた。
「うーん」
バーンズから受け取った地図を広げながら、リリは唸っていた。
ルチカが不安そうに、背後から地図を覗き込む。「ちょっと、リリ?」
「う――ん……?」
ぐるり、と地図を回してみるが、リリの頭に浮かんだクエスチョンマークが消えることはなかった。
昼はとうに回り、徐々に夕方が近付いていた。リリたちは順調に歩を進めている、筈だった。昼前まで、日差しの差し込む明るい森の中を進んでいたリリたちは現在、静かで美しかった森の入り口とはかけ離れた、霧の煙る鬱葱とした、深い森の中にいた。
地図を下ろし、正面の道の先に目を向けると、リリは真顔になって言った。
「迷った。」
「やっぱりィ!!」
悲鳴にも似たルチカの嘆きに呼応するように、頭上の樹枝に止まっていたカラスが数羽、鳴き声を上げて飛び立った。
リリたちには、殆ど勘になりかけた方向感覚を信じて進むほかなかった。然し、歩けば歩くほど霧は濃くなり、森は深くなっていった。そうこうしているうちに日は沈みかけ、濃霧による影響も相まって、リリたちの視界は、酷化の一途を辿った。バーンズから『護身用に』と渡された短剣で、リリは数メートルおきに、樹の幹に×印を付けてみることにした。
「ごめん……。完全に僕のせいだ……」
リリの謝罪は的外れではなかったが、ルチカはそれを肯定するわけにはいかなかった。地図をリリに任せた自分にも責任はあったし、何よりも、リリとルチカの疲労は限界に近付いていた。こんなところで責任の擦り合いをしても、体力を削ることにしかならないのは目に見えている。
「リリは悪くないだ。頑張って歩けば、きっと森を抜けられるだ」
ぼうっとした頭で、ドボロには多分、責任とかいう概念はないのだろう、とリリは思った。無言になって、三人は歩き続けた。徐々に足取りが重くなり、そのうちに日は完全に沈んだ。辛うじて、朧がかった月明かりが森の中を照らしていたが、その視界の悪さはリリたちの疲弊を、一層加速させた。そのまま数時間が経過したが、景色に変化はなかった。日付が変わり、十三歳の二人には、体力的にも厳しい時間帯に差し掛かってきていた。幸いにも今のところ、魔物はドボロ一人で対処出来るほどのレベルのものしか現れていない。
「ねえ、ドボロの土の力で、方角が分かったりはしないのかな!」
突如、ルチカは思い付いたようにそう言った。ドボロは「うーん」と唸ってから、「やってみるだ」、と言ってしゃがみ込むと、目を閉じて地面に手を着いた。数秒の後で、何かを感じ取るかのように、「んんん?」と声を上げると、ドボロは瞼を開いて立ち上がった。
「どう? 何か分かった?」
「方角は、分からないだ」
ドボロは言いながら、頻りに辺りを気にし始めた。何かを察したリリは、ルチカを守るように背後に回して、ドボロを倣って辺りを見回した。
「な、なになにどうしたの? 二人とも」
ドボロが、『方角〝は〟分からない』と言ったのを、リリは聞き逃さなかった。その言葉の裏には、『方角は分からないが、分かったことが他にある』という意味が隠れている。
「……何か居るだ」
声を絞って、ドボロはそう言った。漸くその意味を理解すると、リリとドボロの背中に挟まれる形で、ルチカは構えを取った。が、そのまま一分ほどが経過しても、その『何か』が、リリたちの目に留まることはなかった。視界には先ほどから、変わらないままの風景が映っている。
直径十メートルほどの、開けた広場のような空間の中心には、一際大きな樹が一本生えているのみで、他には何もない。リリたちはその大樹の傍らに、陣形を取って身構えていた。
誰も一言も、発することはなかった。視界にこそ何も捉えられないが、何かの気配だけは、変わらずに存在し続けていたからである。リリの首筋を、嫌な汗が伝った、その刹那であった。
轟音と共に、ルチカの足元の地が瞬間的に凹み崩れた。リリとドボロは慌てて飛び退け、崩落を免れた。が、ルチカはそのまま、何処からか伸びてきた蔦にその身を巻き取られ、広場中央の大樹に縛り付けられるような形となった。
「ちょ、何よこれ放しなさいよ! この変態!」
リリとドボロは数秒を経て、何が起こったのかを理解した。その大樹に茂った枝葉が、大きく音を立てて揺れていることに気が付いたからだ。そしてそれは、風や地震などによる揺れではなかった。この〝大樹自体が、意思を持って動いている〟のだ。否、そもそもこれは大樹ではなく、大樹に擬態した魔物だったのである。
「あっちょっと、苦しい、ぐ……」
ルチカの表情が、苦痛に歪む。ルチカの身体を巻き取ったその蔦も、よく見ればこの大樹の魔物から伸びたものであった。魔物の大きさに驚愕しながらも、リリの脳裏にはバーンズの言葉が、呪文のように反芻されていた。
『魔物との戦闘は基本的にドボロに任せて、お前は自分の身を守ることだけを考えろ。この短剣は護身用だ。いざという時以外には使わないように』
〝いざ〟の基準を聞いておくべきだったかも知れない、と後悔を噛み締めながら、リリはルチカを助けるべく、腰のベルトに携えられた鞘から、短剣を引き抜きながら大樹に詰め寄った。
「ルチカ、動かないでよ!」
(父さんゴメンッ!)
ルチカを強く締め付けるその蔦を、リリは振り下ろした短剣で勢いよく搔き切った。ドボロは既に、魔物に向かってドスドスと足音を立てながら駆け出している。
「ありがと、リリ!」
ルチカは言いながら、すぐさまその大樹から距離を取った。大樹はざわざわと音を立てながら、四本の太い根を地面から這い出すと、それを脚のようにしてその場に立ち上がった。リリはルチカに続いて、一旦魔物との距離を取ると、離れた位置からその全貌を確認した。正確な大きさが分からなければ、魔物との間合いが分からないからだ。
(こんなのって……)
然し、距離を取ってその大きさを確認したところで、リリにはこの魔物との間合いは読めなかった。大樹の魔物の大きさは、常軌を逸していた。
幹回りは目測でも一五〇センチほどあり、その高さはリリの目には読めなかったが、少なくとも三メートルはあるように見えた。樹木としては馬鹿げているほど大きいわけではない、至極一般的なスケール感ではあるが、これは樹木のように見えるだけで、実際には魔物なのだ。極めつけに幹の中ほどには、先ほどまではなかった筈の目と口のような穴が開き、その両脇の幹に当たる部分からは、太い枝が二本、腕のように生え出してもいた。
(――やるしかない)
鞄を下ろすなり、リリは右手の短剣を握り直し、――大樹の幹に土塊を纏わせた打擲を連続で放つ――ドボロの左手に回った。が、ドボロの拳を食らっても微動だにしないこの魔物に、どう対処していいものか、リリには分からなかった。様子見に、無数に伸びてくる緑の蔦を、リリは舞うようにして、短剣で切り裂いた。
体液を撒きながら、蔦は地面に飛び散っていく。が、それも束の間、蔦は切られた傍からすぐに伸び、元の長さを取り戻した。その光景に、リリは思わず眉間を顰めた。
「ヌンッ」と唸りながら、ドボロは力を込めて、両の拳を突き合わせる。幹を挟み込むような形で、左右の空間から拳を模した岩塊が出現し、大樹の幹を押し潰した、かのように見えた。大樹はその両腕を以て、ドボロが出現させた岩の拳を塞ぎ止めていた。その表情は心なしか、リリたちを嘲笑っているかのようにも見える。
「きゃあっ」
ルチカの悲鳴に、リリとドボロは慌てて後ろを振り返った。と、ルチカの足元の地面から這い出た蔦が、彼女の身体を再び締め付けに掛かっていた。
「クソッ!」
リリは先と同様にルチカに駆け寄ったが、ルチカの下へと辿り着く前に、その背中を一本の根によって殴打され、前方へと吹き飛んだ。ルチカが叫ぶようにリリを呼ぶ。リリは靴で土の地面を抉りながらも、何とか倒れずに体勢を立て直し、改めてルチカに駆け寄ると、その蔦を搔き切った。然し、背中へのダメージが大きく、リリの表情は痛みに歪んでいた。
「リリ、後ろッ!!」
張り裂けるような声で、ルチカは叫んだ。リリの背後では、リリに追撃を加えるべく、先の根が再びその背中を目掛けて振り被られていた。後ろを振り返るなり、リリは即座に防御の姿勢を取った。が、直撃すれば今度こそ、立ち上がれないほどのダメージになるだろうと、リリにははっきりと理解出来た。が、避けようはなかった。祈るように、リリは目を閉じた。
結果として、その攻撃がリリに当たることはなかった。リリが再び目を開いた時、リリはルチカと共に、暗闇の中にいた。数秒を以て、リリはそれが、ドボロの造り出した土のドームの中なのだということに気が付いた。
「ドボロありがとう! ここを開けて!」
ドームの壁を内側から殴りながら、リリは叫ぶように言った。
その瞬間、周り一帯に轟音が響いた。全身を駆るような嫌な予感に、リリは身震いした。何も見えなくても分かる。先ほどの根が、ドボロの身体を殴り付けた音だ。
「ドボロ!!」
そしてリリたちの入っているドームの外壁に、吹き飛んだドボロは叩き付けられたらしい。リリが身体を向けていたその壁は、ドン、と鈍い音を立てて揺れた。土の壁が僅かに崩れ、光が差し込む。その隙間からは、ドームに背中を預けるドボロの後頭部が、はっきりと見えた。
「ドボロ! はやくここから出して!」
「だ……、だめだ……」
ドボロの声は、か細く擦れていた。恐らくあの根による一撃を、まともに腹部に喰らったのだろう。
「どうして! はやくしないとドボロが――」
「こいつは、強すぎるだ……。リリと、ルチカは、そこから出ちゃ、だめだ……」
ドボロの身体がゆっくりと起き上がるのを、リリは感じ取った。
「ドボロダメだよ! ドボロが壊れちゃう!」
リリの後ろから、ルチカもそう声を張り上げた。返事をしないまま、ドボロは走り出した。
「ドボロ、待って!」
然し、この巨大すぎる魔物の力を前に、ドボロは無力であった。
ドームの向こう側から聞こえてくる音で、ドボロの身体が、何かを叩き付けられては、地面を抉りながら吹き飛ばされているのが、リリには分かった。焦燥に駆られながらも、リリは短剣でドームの壁を崩すことを試みたが、土で出来たその壁は恐ろしく硬く、歯が立たなかった。
「クソッ、クソッ! こんなもの……!」
リリは涙声になっていた。ルチカはどうすることも出来ずに、ただただ茫然としていた。唾を飲み込んでみるが、状況は変わらない。
幾度吹き飛ばされようとも、ドボロは立ち上がった。辛うじて数発の攻撃を加えるが、同じように吹き飛ばされ、それでも尚立ち上がる。ドボロは不屈であった。然し、アーツといえど生き物だ。限界はあるし、死ぬこともある。リリもルチカも、そのことくらいは知っていた。
「ドボロもうやめて! こいつは倒せないよ! ここから逃げよう!」
涙を流しながら、リリは叫んだ。そんな提案が何にもならないことを、リリは勿論理解していた。重い身体を引き摺って、奴の蔦から逃げ延びることは十中八九不可能だ。それでも兎に角、リリはドボロがこのドームを開けてくれるように、我武者羅にでも頼むほかなかった。
土で出来たドボロの身体は、衝撃にところどころが崩れ落ち、それはドボロにとって、深い痛みを伴った。然し、ドボロには諦めることは思い付きもしなかった。自分が戦うことをやめれば、この魔物はリリとルチカに牙を向ける。それだけは避けねばならない理由が、ドボロにはあった。
「ドボロ! ドボロ……ッ! ……馬鹿野郎! 僕のアーツなのに! 僕の言うことが聞けないのかよ!」
そして再び、ドボロはその身体を、土のドームに叩き付けられた。僅かに空いていた壁の隙間が、ほんの数センチ広がる。リリはそこに短剣を差し入れてはみたが、やはりその壁が削れることはなかった。
「どうして……、こんな……」
リリの問いに、壁にもたれかかったドボロは、擦れ声で答えた。
「父ちゃんと、約束しただ……。リリと、ルチカは、……オデが守るって……!」
言いながら立ち上がると、ドボロは再び、大樹の魔物に向かって駆け出した。喚くように、リリは吠えた。
「そんなの、ここでやられたら何の意味もないだろ!!」
リリの声はもう、ドボロの耳には届いていなかった。自身の不甲斐無さに、堪え切れなくなった大粒の涙が、リリの目から零れ落ちる。悔しさをぶつけるように、リリは土の壁を、何度も叩いた。
(クソ、くそくそ! どうして僕は弱いんだ……。どうしてこんなにも、無力なんだ……!)
ドボロは地面を殴って岩の棘を出現させ、下方からのダメージを狙った。が、最早その力も限界に近付いているらしい。現れた棘は、ドボロが出現させたかったものよりも、遥かに小さかった。
(オデはいつも、肝心な時に役に立てないだ。落ちこぼれだった……。今だってそうだ……)
最後の力を使い果たしたドボロには、武器といえるものは最早、自分の身体しか残っていなかった。それでも尚、ドボロは立ち上がり、魔物へと向かって再び走り出した。
(力が欲しい……、オデを眠りから目覚めさせてくれた――)
強く目を閉じると共に、リリは奥歯を噛み締めた。壁に押し当てた右の拳は、固く握り締められている。戦慄と苛立ちに、その手は小刻みに、小さく震えていた。
(力が欲しい……、僕をこの旅へと導いてくれた――)
空になった筈の力が、全身に漲ってくるのをドボロは感じていた。握り締めた右の拳を、ドボロは大きく振り翳す。
同じく、身体の奥底から力が湧き上がってくるのを、リリもまた感じていた。壁に押し当てたその右手が、強く輝き出す。
(――キミを守れる力が……!!)
迷いを払うように、俯いていた顔を勢いよく上げると、リリは括目した。
「もう、落ちこぼれなんかでいたくないんだ!」
二人の言葉が重なる。リリはその壁を、ドボロは大樹の魔物を、強く、強く、殴った。
轟音と共に、ドボロの一撃は確かなダメージとなって、その魔物を襲った。その背後では土のドームが崩れ落ち、リリとルチカは、漸くその外へと出ることが叶った。
リリとドボロの右手は、山吹色の光を纏っていた。光は徐々に全身に巡り、やがて煙のように、二人の身体を覆い尽くした。
「……すごい……、全身に力が漲ってくる……!」
土のドームを崩した自身の右の手を、何かを確かめるように、繰り返し握っては開きながら、リリは言った。
「リリ……、その力は……?」
何が起きたのかを、ルチカは理解出来ていないようだった。然しそれは、当事者であるリリにも同じことであった。この力が何なのかは、定かではない。が――、
(――これならいける)
心を決めるように、リリはその右手を、今一度強く握った。煙のような光が、揺らめきと共に輝きを増していく。腰の鞘に戻してあった短剣を引き抜くと、リリは姿勢を屈め、魔物に向かって駆け出した。
「いくよ、ドボロっ!」
その声に、ドボロはリリを振り返ると、大きく頷いた。
「ンだ!」
短剣を逆手に持つと、リリは魔物に向かって跳躍し、大樹の幹の凡そ中心を、天に向かって切り上げた。と、ドボロが力を使う時と同じように、短剣の残像を追うようにして岩塊が現れ、その幹を大きく削り取る。唸るような悲鳴を上げながら、魔物は大きく仰け反った。
(効いてる……!)
同じく輝きを放つドボロの身体は、その力と共に、戦闘が始まる前のように回復していた。大樹の魔物を挟み込むようにして、ドボロはリリと共に、左右からの挟み撃ちによる連撃を見舞った。
凄まじい速度で魔物を斬り付けながら、自身の身体に羽根が生えたかのように軽くなったのを、リリは感じていた。その力量や移動速度、跳躍力や滞空時間は、常人のそれとは明らかに、一線を画している。リリは短剣だけではなく、拳や蹴りでの攻撃も試みた。と、短剣で攻撃した時と同様に、それに追随する形で岩や土の塊が現れ、それは大樹の魔物を襲った。そしてそれは或る程度、リリの意思によって形状や性質、動きをコントロール出来るようでもあった。
ドボロの力強い鉄槌と、リリの素早い連撃を前に、最早魔物に、反撃の余地はなかった。
「次で決めるよ!」
「行くだ、リリ!」
ドボロは姿勢を低く屈め、その身体の下で右の拳を握り固めた。リリは高く跳躍し、上空で身体を捻りつつ、右手を大きく振り被る。
「ラァッ!!」
ドボロは拳を振り上げ、リリは拳を振り下ろした。その軌道を追うようにして現れた、鋭く尖った岩の塊が、轟音と共に大樹の幹を大きく削り、ついにはその魔物を横倒しにした。
そのまま息を引き取ると、魔物はそれ以上、動くことはなくなった。と、辺りを覆っていた霧が晴れていく。どうやらこの霧も、魔物の力によって出現していたものらしかった。
肌着の袖で額の汗を拭いながら、リリは呼吸を整えると、ドボロへと歩み寄るなり、彼に右の拳を向けて見せた。ドボロはニンマリと笑って、同じように右の拳を握って見せる。二人はその拳を、静かに当て合った。リリとドボロの身体を覆っていた煙のような光が、ゆっくりと散っていく。と、緊張が一気に解けたように、リリの表情は崩れた。
「つかれたァ~」
溜め息を吐き出すようにそう言いながら、リリは魂まで抜けたかのようによろめいて、その場に倒れた。地面に倒れ切る寸前で、ドボロが右腕で、それを受け止めた。
「ちょっとリリ、今のなんだったの!?」
二人に駆け寄ったルチカが、間髪も入れずにそう尋ねる。つい数分前には絶望に暮れていたその表情は、今は再び、喜びと希望に満ちていた。
「分かんないし、もう無理……。寝る……」
消え入るような声でそう告げると、リリはそのまま、ドボロの腕の中で眠りに落ちた。
「あーもう……。ドボロ、リリは一回寝ちゃうと、暫くは絶対起きないのよ」
仕方のなさそうにそう言いながら、ルチカは笑った。斯く言う彼女自身も、その下瞼に隈を浮かべており、眠気が限界に近付いているのが見て取れた。
東の空は、朝焼けに染まり始めている。視界が明るく開けると、森の向こう側に広がる平原が見えた。もう、森の出口のすぐそこまで来ていたのだ。
「ルチカもオデの腕で寝てるといいだ。森の外まで運んでおくだ」
言いながらドボロは、傍にあったリリの鞄を手に取ると共に、ルチカの細い身体を、空いている左の腕で、ひょいとすくい上げた。
「わっわっ、大丈夫? アタシ、重くないかな?」
二人を両手に立ち上がると、ドボロは森の出口に向かって、のそのそと歩き出した。
「全然重くないだ~。ゆっくり寝てるといいだ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」、と呟くように言いながら、ルチカはもう眠りに入っていた。長かった夜が、漸く明ける。
森の出口にテントを張って、ドボロはその中に、リリとルチカを寝かせた。テントの外に座り込んで、二人が起きるのを待つ間、ドボロは先の戦闘について、自分なりの考えを巡らせてみた。
リリが使ったあの力は、どうやら自分の使う力と、同一のものらしかった。そしてドボロは戦闘中、一つの力を分け合って使っている、というような感覚を覚えてもいた。それが何なのか、今はまだ分からないが、兎角、リリと共に戦えたことを、ドボロは嬉しく思っていた。朝日に照らされる巨人の横顔は、強かな喜びを讃えていた。




