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巨人と少年  作者: 暫定とは
一章『邂逅』
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 その日の夕刻には、三人は一日目の移動距離の目安となる地点に辿り着いていた。空は夕焼けに赤黒く染まっていたが、ここまでの進捗(しんちょく)は悪くなかった。

 昨夜、バーンズはリリに、帝都までの地図を渡してくれた。バーンズが何度も使い古しているようで、かなり草臥(くたび)れているものだ。

「バルド教修道院……」

 眼前に聳える建物の門に掘られた『アシリア文字』を、リリは読み上げた。バーンズから貰った地図と見合わせ、間違いないことを確認すると、二人を振り返ってリリは言った。「ここだ。入ろう」

 このアシリアでは、アシリア文字と呼ばれる文字が、世界共通で使われていた。これは現代の人々の手によって作られたものであり、千年前の太陽王の時代に使われていたとされる『古代文字』を基に作られている。当時と文法は殆ど変わっておらず、文字も概ね共通のものが多かったので、改めて勉強をせずとも、普段アシリア文字を使用するリリたちは、或る程度の古代文字なら解読することも可能だった。

「ようこそ、バルド教修道院へ」

 門をくぐって建物の中に入ると、赤と黄を基調(きちょう)とした、聖者風の衣裳を纏った男――というよりも、本当に聖者なのだろうが――が、広間の奥から辞儀をした。建物は二階建てになっており、一階部分は打ち抜きの広間になっている。教会の修道院というだけあって、屋内は荘厳(そうごん)とした装飾と雰囲気に包まれていた。男の背後、広間の奥側になっている壁には、何やら巨大な壁画も描かれている。

「えっと、……旅の者です。ベッドが空いていれば宿泊したいんですが」

 リリはバーンズに教えられた通りに、その男にそう告げた。男は広間の左手奥にある扉を手で示すと、静かに言った。

「今夜は全部屋空いております。二階が休憩室になっております。どうぞごゆっくり」

 「良かった」と小さく呟くと、ルチカは細く溜め息を吹き出した。初日とはいえ、一日歩き続けた一行には、流石に疲れが溜まっていた。これから先は殆どテントでの寝泊りとなる予定だったが、まずは一日目の終わりをベッドで迎えられることに、ルチカは安心していた。

「じゃあドボロ、悪いけど」

「オデは外で寝るだな」

 バーンズ曰く、ここにはアーツが寝られるベッドはないので、ドボロは外で寝るように、とのことだった。ドボロに「おやすみ」と告げると、リリとルチカは二階へと上がった。

 二階は中心の廊下を挟んで、両側に小部屋が二つずつ、計四つの部屋が並ぶ形となっていた。リリとルチカは右手前の扉を開けて部屋に入った。部屋には二つのベッドのほか、小さな机とランプが設置されている。

 鞄を床に下ろすと、リリは左手で右の肩を揉みつつ、首を回しながらベッドに座り込んだ。筋肉の強張った臀部(でんぶ)が、吸い込まれるようにベッドに沈んでいくのを、リリは感じた。

 『バルド教』は、アシリアで最大の宗教団体である。千年前から歴史を持つ由緒ある教団で、『太陽神』なる存在を、唯一神として彼らは信仰している。リリもルチカも詳しいことまでは知らなかったが、その名前自体は、物心ついた頃には耳に馴染んでいた。

 世界中のあらゆる地域に、バルド教は修道院や教会を置いており、その多くは今リリたちがいるこの修道院のように、小規模な宿泊施設を併設していた。旅人は信者かどうかを問わず、無料で利用することが出来る。曰く、「彼の太陽神は全ての生命に、等しく慈愛を注ぎ賜られる」ということだ。バーンズも、特にバルド教の信者というわけではなかったが、帝都に赴く際の一夜目は、必ずここで過ごしているのだという。

「疲れた~、もーう歩けない」

 重いリュックを下ろしたルチカは、リリが腰かけたベッドの向かい側のベッドに、仰向けに倒れながらそう言った。同じようにして、リリはルチカと対になるような形で、仰向けにベッドに倒れ込んだ。が、ルチカの声には、リリは反応をしなかった。

(もう寝たの?)

 普段であれば、自分の声にはその内容が何であれ、何かしらの反応を示すリリが、何も答えないことを不審に思い、ルチカは半身を起こして、リリのほうに目をやった。嬉しそうに口角を上げ、濃紺の瞳を輝かせて括目(かつもく)するリリの姿が、そこにはあった。

「……すごい」

 呟くようなリリの声を聞き取れずに、ルチカは思わず、「え?」と尋ね返した。

「僕たち、村の外にいるんだ。子供だけで旅をしてる」

 部屋の天井には天窓が付いており、その向こう側では、遠い空の星たちが少しずつ光を放ち始めていた。外は大分暗くなってきたらしい。が、まだランプを付けるほどの暗さではなかった。

 表情を変えずに、リリは続ける。「ドボロの戦い、凄かった。カッコ良かった……! 僕、もっとドボロの力を見てみたい」

 昼間の戦闘のあと、数度魔物の群れに遭遇したが、ドボロはその力を以て、魔物たちを一掃してくれた。リリはその都度、(しき)りに感動していた。

 ベッドから身体を起こしてそこに胡坐をかくと、ルチカは呆れたような様子で返した。

「はいはいすごいすごい。お腹空いちゃったから、ご飯食べて今日はもう寝よ?」

 とはいえルチカも、ドボロの力には感心していたし、自分たちが置かれている今の状況に、高揚感のようなものを感じてもいた。結果として、その晩意外にもすんなり寝入ったリリに対して、ルチカはその胸の高鳴りから、なかなか寝付くことが出来ずに、何度も目を覚ました。

 翌朝、準備を整えたリリは出発の前に、修道院一階の広間の、奥の壁に描かれた壁画を、改めてよく見てみることにした。

 巨大な鳥のような生き物が、そこには描かれていた。黄金(おうごん)に彩られたしなやかな体躯(たいく)には、二対の翼と、流れるような長い尾をその生き物は持っている。そしてその頭部からは、その存在を讃える栄冠のように、燃え上がる炎を思わせる、赤いトサカを生やしていた。

 全体的に見て、それは酷く抽象的な壁画だった。欠けたり汚れたりしているわけではなく――勿論、経年による相応の擦れや、細かい傷は見受けられた――、形自体は古代の姿のままに残っているのだが、その鳥の姿は、リリには何となく、背景に入り混じるようにぼんやりとして見えた。壁画が描かれた時点で、この鳥は人々にとって、抽象的な存在だったのかも知れないと、リリは仮説を立ててみた。

 壁画の下には、何やら古代文字が彫られていたので、リリはそれを読み取ろうと試みた。

(た、……たい……)

 修道院の入り口から、ルチカがリリを呼ぶ。「リリー、もう行くよー」

(よ、う……しん……。太陽神……? あ、……ぽ……)

「リリってば!」

 苛々している風に、ルチカはもう一度リリを呼んだ。仕方なしに、リリはルチカを振り返って、そちらへと向かった。

「分かったよ!」

 修道院の外では、ドボロとルチカがリリを待っていた。この日、空は少しだけ曇っていた。

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