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巨人と少年  作者: 暫定とは
一章『邂逅』
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 平原を歩き始めて(およ)そ二時間。三人は和気藹藹(わきあいあい)としながら、遥か帝都への道を辿っていた。風景には殆ど変化は見られない。見渡す限りの平原には、リリたちの靴ほどの高さの草が生い茂っており、その上には点々と、背の高い針葉樹が生えているほか、時折地面からは大岩が突き出している。

 ふと、先頭を歩いていたルチカが、首を半回転だけ、ドボロを振り返って尋ねる。

「そう言えば、ドボロは眠りに就く前は何をしていたの?」

 (きょ)()かれたように、ポカンとした表情になると、ドボロは数秒間考えた後に、あっけらかんとして答えた。「覚えてないだ」

 「ふーん」とルチカは納得したような、そうでないような表情を浮かべた。続けて、彼女は尋ねる。

「ドボロは、どうしてドボロって名前なの?」

 同じく、ドボロは数秒間の思案の後で、あくまでその回答が当然であるかのように答えた。「分からないだ」

 くい、と首を傾げると、ルチカは更に尋ねた。

「ドボロはどうして、言葉の最後に〝だ〟が付くの?」

「……分からないだ」

「ドボロは誰に作られたの?」

「……覚えてないだ」

 変わり映えのないドボロの返答に、困ったような表情を浮かべると、ルチカは「うーん」と唸った。

「アーツって、みんなそういうものなのかしら」

 これにはドボロも眉間を顰めた。然し、その答えは依然として変わらない。

「分からないだ」

 「ふふ」と静かに笑いを溢してから、「まあいいや」と呟いて、ルチカは身体ごと、リリとドボロを振り返った。そのまま後ろ向きの姿勢で、器用に歩を進めながら、人差し指を突き立ててルチカは言う。

「ねえ、帝都ってどんなところかな! アタシ、実は結構楽しみなんだよね~」

 その時、リリは数メートル先の大岩の後ろに隠れ入った、中型犬ほどの大きさの、四足歩行の魔物、数匹の影を見逃さなかった。

「ルチカ、止まって」

「え? どうして?」

 後ろの岩陰に魔物がいる、とリリが言い始める前に、ルチカは背中を向けたままの姿勢で、その大岩の真横に差し掛かってしまった。大岩の後ろから、一匹の魔物が飛び出す。黒い体毛を(まと)った狼のような魔物だと、リリの目には確認出来た。

「ルチカッ!」

 リリは魔物に跳び蹴りを入れるべく駆け出した。ルチカは真横に跳び退()けたが、もうひと押し、とでも言うように、魔物は跳躍の足を緩めなかった。大きな口を目一杯に開き、鋭い牙をルチカの左脚に向ける。

(クソッ、間に合わない!)

 あれがルチカの脚を(えぐ)れば、取り返しのつかないことになるのは明白だった。リリは焦燥(しょうそう)に駆られ、表情を顰めた。その時だった。

「フンッ!!」

 ドボロの唸り声と共に、何かを殴りつけるような鈍い音が響く。ドボロが勢いを付けて、地面を殴った音だった。と、ルチカに飛び掛かりかけていた魔物の真下の地面が、瞬時に一メートルほど隆起(りゅうき)し、その魔物を高く打ち上げた。

 リリは数秒間、何が起こったのかを理解出来なかった。落ちてきた魔物は地面に叩き付けられるなり、少しだけ呻いた後で息絶えた。それから漸く、リリはそれがドボロの持つ、アーツとしての力なのだと気が付いて驚愕した。

(すごい……! これが、ドボロの力……!)

 然し、(うつつ)を抜かしている暇は、リリたちにはなかった。岩陰にはまだ、何匹かの魔物が隠れている筈なのだ。

「ルチカ、下がって!」

 リリに言われるがままに、ルチカは後方へと退いた。鞄を地面に下ろすと、リリは指無しグローブの両手を握って身構える。大岩の後ろからは、同じ種類の魔物が四匹、姿を現した。低い唸り声を上げ、彼らはこちらを威嚇(いかく)している。

 昨晩のバーンズの話にも登場したその魔物の名前を、リリは『ヴォルフ』と記憶していた。肉食の獰猛(どうもう)な魔物だ、とバーンズは言っていた。また、牙を剥いて襲い掛かってくるが、本当に危険なのは発達した前足に備えられた、強靭(きょうじん)な爪のほうだ、とも。

「いくよ、ドボロ!」

「ンだ!」

 リリが駆け出すのと同時に、一匹のヴォルフがリリに向かって跳躍した。

「リリ、そのまま突っ込むだ!」

 ドボロは言いながら、右手で地面に正拳突きをした。リリを目掛けて跳びかかっていたヴォルフの真下の地面から、拳の形をした土の塊が突き出し、先と同じように、ヴォルフの肢体(したい)を高く上空へと吹き飛ばす。拳を模した土塊(どかい)の影に身を隠しながら、リリはすかさず左手へ回り込んだ。

 リリに気付いて跳びかかってきた一匹のヴォルフに対して、リリは流れるようにしゃがみ込みながらそれを躱し、ヴォルフの右側へと回り込む。と、リリはその横腹に右の拳で、強烈なカウンターを放った。ヴォルフは二メートルほど吹き飛んだが、まだ絶命には至らない。

 リリの背後ではドボロが、残る二匹のヴォルフの相手を同時にしていた。ドボロがパンチやキックを繰り出す度に、付近の空間が歪み、そこから捻り出されるように鋭利な岩の塊が現れる。そしてそれは、ドボロの攻撃を受けたヴォルフに追撃を加えるように、ドボロの腕や足に追従(ついじゅう)して動いた。後方からそれを眺めていたルチカは、それがドボロの意思によって動かされているものなのだと理解した。

 リリが吹き飛ばしたヴォルフは、すぐさま起き上がって体勢を立て直すと、再びリリに向かって走り出していた。リリは二度のバック転でそれを躱し、牙を剥いて跳躍したそのヴォルフに――、

「ラァッ!!」

 強烈な回し蹴りをヒットさせた。吐血をしながら吹き飛んだヴォルフは、地面に打ち付けられるなり絶命した。その後方ではほぼ同じタイミングで、巨大な岩の拳を叩き付けて、残る二匹のヴォルフをドボロが打ち倒したところだった。振り返ってそれを確認したリリは、自分たちの勝利を悟ると共に、安堵の表情を浮かべた。

 肩で息をしながら、鞄を置いた地点まで歩くと、リリはそれを背もたれにするような形で、その場にへたり込んだ。そうして黙ったまま数秒間、呼吸を整えた後、リリはドボロの顔を仰ぎ見ると、驚いたような表情で言った。

「すごい、ドボロ! そんな力を持ってたんだ!」

 「そうみたいだ」と、ドボロはやはり、あっけらかんとして答える。リリと同じく、ドボロの力には感心しつつも、その返答に呆れ顔になって、ルチカは言った。

「そうみたいって……、自分の力でしょ?」

「自分でも、よく分からないだ。二人を守らないと、と思ってたら、身体が勝手に動いてただ」

 リリは丸めた目で、不思議そうにドボロを見つめながら、そのことについて考えてみた。

(アーツには不思議な力が宿っているって、先生は言ってたっけ。ヘルズもいつも手から火を出して、父さんの仕事を手伝ってる。ドボロは土のアーツだから、土や岩を出すことが出来る、……ってことかな)

 それは正しい推論だったが、リリはまだそのことを、はっきりとは理解出来ていなかった。「うーん」と唸ってから、再びドボロを見上げると、リリはクシャッとした笑顔になって言った。

「まあいっか! 兎に角すごいよ、ドボロ」

「そうだか? よく分からないだが、リリが喜ぶならオデも嬉しいだ」

 そう言うと、ドボロは横に長い口を、縫い合わせるようにぴったりと閉じ、ぬるり、と口角を上げて笑った。

 程なくして、呼吸を整えたリリは立ち上がり、改めて鞄を背負うと、ルチカとドボロと共に、再び帝都を目指して平原を歩き出した。

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