8話 街へと……
妖魔を討つことが出来た瑠奈。
だが、実乃里は攫われてしまい、その居場所は掴めていない。
唯一の手掛かりとなりそうなのは父の書斎なのだが……問題があるようで?
暗闇の中、彼女の目にようやく映った光……オオゲツヒメへと着いたその事に安堵しつつも彼女は迷った。
主を仕留めたのは良い、だが実乃里は攫われてしまった。
父の書斎を頼りにしようと思っていた彼女だが……仕留めてしまった事を後悔していた。
後先を考えない行動だった。
そう反省しつつも、足を止めることは出来ない……
「帰って来たぞ!」
「なんだ? 火はどうした?」
「巫女が居ない?」
「何か持っているんじゃないか?」
そんな言葉が飛び交い、瑠奈は下唇を噛みながら街の中へと足を踏み入れた。
すると飛び交うのは悲鳴……同然だ。
瑠奈は傷はないのに血塗れであり、その手には妖魔の首を持っている。
「瑠奈! お前……それは? それに実乃里ちゃんは……」
兄である瑠騎は血相を変えて瑠奈へと近づき、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「これが……主、実乃里は……これの仲間に攫われた……」
瑠奈の言葉に絶句した瑠騎、それとは対照的にざわつきを大きくし始めた民達は瑠奈達の周りへと集まった。
そして、やっと正気を取り戻したのか瑠騎は瑠奈の肩を掴み問う。
「さ、攫われたって……獣の巣に――」
「妖魔――」
彼女の言葉に瑠騎、そして民はぴたりと止まった。
そして瑠奈は良く見える様に妖魔の首を持ち上げる。
「これは獣じゃない、妖魔だ……実乃里は妖魔に攫われた……」
「お、お前……妖魔……って」
兄は信じられないと言った顔で妹に問い、妹は何を思ったのか首から手を放し……それは地へと転がった……
「父様を殺したのも妖魔! 宗助さんを壊したのも妖魔だった! 獣じゃないからあれから姿を消したんだ! そして今日……実乃里を攫うため姿を現した!!」
彼女は叫ぶ――!
それが事実だったと……そして――
「ぁ……ぁあ?」
騒ぎを聞きつけてきたのだろう、うつろな目をした痩せ細った男性は人垣を避けよろよろと首の元まで近づいて来た……
「こいつだ……」
その首を見て、彼は呟く……
「宗助さん……?」
瑠奈は彼が来ていた事に声を聞いた事でやっと気が付き、彼の方へと向くすると……そこには壊れた瞳でそれを見つめる男性の姿があり……
「この化け物が!!」
もはや動かぬそれへと拳を振り抜いた。
だが……それは形を歪める事無く……宗助を良く見れば殴っている左手は包帯で巻かれていてこのままでは拳が壊れてしまうと焦ったのだろう瑠奈は慌てて宗助を止めた。
「もう良いから、それ以上やったら手が……」
すると真っ黒に染まったその瞳はようやく瑠奈を捉え……
「あ、あああ……」
彼はそう呻き膝を付くと――
「すまない……すまない……」
何時もの様に謝り始めてしまった。
もう、この人は助ける事は出来ないの? ……この人は一生このまま……そんなの酷いよ……
瑠奈は嘗て笑顔で父と酒を飲み合っていた彼を思い出しながら、落ち込む……すると――
「アンタ、また瑠奈ちゃん困らせて!!」
宗助の嫁夏帆が駆けつけてくれ、彼女は無理やり土下座を辞めさせると――
「あの子は瑠威さんの子だよ? あの子がアンタを恨んでない事ぐらい知ってるだろうに!」
そう言って身体を揺する……それを見て瑠奈はますます落ち込んだ。
主を殺しても何の意味も無かったのだと……
「お、おい……なんでこれ歪んでないんだ?」
そんな時、首を確かめたのだろう男の声が聞こえた……勿論その声は瑠奈へと向けられていて……
「それはそいつが妖魔だから、人間の力だけじゃ傷が付けれない……」
なら何故最初の一撃で刀による傷を負わせられたのかという疑問は瑠奈には浮かばなかった。
霊力……それが妖魔を倒すもう一つの術なのだろう、そして同時に妖魔の嗜好ともなってしまう諸刃の剣である事も彼女は理解していた。
「でも、この月桂樹で倒すことが出来た……私はこれから実乃里を助けに行く……でも……」
情報が無い、いや実際にはあるかもしれないのだが、冷静になってみれば彼女はどうしたら良いのか分からなかった。
なぜなら――
「父様の書斎に入れれば……なにか見つかるかもしれないのに……」
「親父の書斎? でもあそこは……」
瑠奈の呟きに瑠威は答えを詰まらせた……
そう、その理由は書斎……いや、扉にあったのだ。
「鍵さえあれば……でも時間も……み、実乃里を助けないと……そ、そそそうだ! 壊して入るしか!?」
その事を口にし焦ったのだろう、瑠奈は慌てふためきそう口にする。
「いや、待て待て待て待て待て!? 家を壊すなよ!?」
当然兄はそれは無いだろうと妹を止めに入るが……
「だってどんなに探しても鍵だけは無かったんだよ!? 父様の遺品……」
そう、父の遺品の中には鍵だけが無かった……
だが父は確かに肌身離さず鍵を持っており、書斎へと入る為にそれを使っていたのだ。
「か、鍵?」
困り果てる瑠奈の耳に入ったのは宗助の嫁……夏帆の声。
「はい、父様は困ったら書斎に行けって……でもそこに入るには鍵が……」
「瑠威さんが? じゃ、この人の持ってるのは……」
「……え?」
瑠奈は夏帆の声に釣られ宗助を見る。
「この人、帰ってから左手をずっと開かないんだよ……ご飯の時もお椀を持たずに食べるんだ……」
「帰ってから?」
「瑠威さんの事故の時だよ……何か持ってるようだったから無理矢理開かせようとしたら怒って……包帯で縛っちまってね、私ももう勝手にしな! って……」
思えば疑問だった。
困ったら祠に行けと言うのは月桂樹を手に入れろと言う事だと理解出来た……だが、書斎へは鍵がかかっている。
その事を知る父が鍵を無くすなんて事をするだろうか? いや、しないだろう……
なら、身を挺して庇った父は何をした? 簡単だ……それが妖魔だと気が付いた父は娘に何かを託すために仲間を頼るのではないか?
そして、その時傍にいたのは恐らく瑠奈の父瑠威が最も信頼していたであろう親友宗助。
そう思うと瑠奈は何故鍵が見つからなかったのか……理解出来たような気がした。
そして……何故彼がここまで悔いているのか?
多分父様は宗助さんに鍵を託して逃げろと言ったんだ……そして宗助さんは逃げた……
でも心配になって戻ったら父様は変わり果てた姿で……
きっとその事を悔いているのだろう、逃げた自分を……逃げなければ助けられたかもしれない父に……そして、瑠威の家族に……
だが、そうだとしてもそれは父の意志であり、それを理解出来た瑠奈はやはり宗助を憎もうとは思えなかった……
だから彼女は夏帆の支えを失い崩れている彼へと近づき前に腰を下ろすと――
「宗助さん……貴方が守ってくれていた父様の形見を鍵をください」
「ぁ? ぁああぁああ、鍵? そう、だ……か、ぎ……瑠、瑠奈ちゃんが……大きく、なったら……」
壊れてしまっていもそれを思い出すことは出来たのだろう、まかれた包帯を解いて行く宗助の手には……汗の所為か錆びてはいたが古びた鍵が握られていた。
それを受け取った瑠奈は立ち上がり……
「父様の代わりに言うよ、ありがとう……きっと父様も草葉の陰で宗助さんにお礼を言ってるはず……だからもう「すまない」なんて言わないでください」
真っ黒な瞳から涙を流す宗助に礼を告げる瑠奈は微笑み――
「それに何度も同じ事を言ってたら、父様に笑われますよ? 酒の席で絶対に……」
瑠奈の目に広がる光景は幼い頃、宗助の失敗談を本人の目の前で瑠奈へと伝えていた事。
宗助はそれに笑い声を上げ、お前も――と良く続けたものだ。
だから、きっと今回の事もそうやって笑うのだろう……過去の失敗として笑い話に変えてしまうのだろう……
その事が分かってしまう彼女達だったからこそ……その言葉は通じたのか……
「…………ぁあ……そう、だな……その、通りだ……」
あの日、帰って来てから瑠奈の前では同じ言葉を繰り返していた宗助は初めて違う言葉を口にした。