6話 化け物
豊穣の儀……ただの祭りであったその日――
何かの気配を感じた瑠奈は警戒をしていた……
だが、それは祠に着いた所で彼女へと牙を剥き実乃里へと魔手を伸ばした。
瑠奈は彼女を護る為、背に傷を受けながらも立ち上がったのだが……?
月の名を持つ少女は月に咆哮を上げる。
本来ならば立ち上がる事も出来ないだろう痛みを感じていないかのように迷いなく鞘に納められた刀の刃が上になるように構えると――
「――――ふっ!!」
ダンッと大地を蹴り、駆け抜けると共に刃を身体の外になる様に構え直し凶刃を振り抜いた。
その居合は人間から遺伝子改造された同じエルフであっても目で追う事は困難だろう……が――
「おっと……中々良い動きするじゃないか」
「……え?」
確かに彼女は万全な状態ではない。
そして、獣も避けたわけでも受け止めたわけでもなく、確実に当たった……仕留めたはずだった。
その証拠に刃は確かに獣に刺さっている……だが、刀の波紋の辺りが肉にめり込んだ所で動かなくなってしまったのだ。
「ん? おおーこりゃぁ痛い訳だ」
瑠奈には予想外とはいえ、刃は食い込んでいる……だというのに獣はまるで喜んでいるかのような声を出した。
いや、喜んでいるのだろう、ニタリと笑みを浮かべて……
「おい! こいつの霊力中々じゃないか? 持って帰ろう」
もう一匹の獣へと声を掛けた。
持って帰ろう、その言葉を聞き瑠奈はすぐに視線を動かすと――
「ほう……そいつは予想外だったが……勿体無いとは思うが、必要ない」
そこにはこちらへと目も向けず実乃里へと手を伸ばす獣の姿が見え――
「瑠奈!!」
彼女はまだ動けないのだろう、必死に瑠奈へと手を伸ばす。
「実乃里!!」
その手を掴むため瑠奈は彼女の元へと駆け寄ろうとするが――
「おっと……大人しくしてもらおうか?」
「っ!? ――ぐぅ!?」
獣に足を掛けられ無様に転び、瑠奈は地へと伏せる。
だが彼女はそんな事で倒れていられないと再び立ち上がろうとするのだが――
「おいおい、化け物かよこの女」
「放せ!!」
ニタリと笑う獣に押さえつけられた彼女は立ち上がることが出来なかった。
「瑠――」
「先ほどから、同じ事を繰り返してそれしか言葉を知らんのか?」
再び瑠奈の名を呼ぼうとする実乃里は獣に何かをされたのか、がくりと力を失い……ソレに担がれる。
「実乃――!!」
幼馴染の名を呼ぼうとする瑠奈は押さえつける獣に口を塞がれた。
「やれやれ、人間……いや、エルフも知能が落ちたものだ。嘗ては機械を作るまでだったというのに……耳が長い方は多少戦えても昔の方が賢い」
そしてもう一匹の獣はやっと顔を向け溜息をつきそう言うと瑠奈を押さえつけるソレに声を掛ける。
「念のために言っておくが、そんな危険なのを持って帰ろうとするなよ? その目を見てみろ友を奪われる間際なのにオレ達を睨んでいる」
当然だ! 瑠奈はその言葉を口に出せずにいたが実乃里を担ぐ化け物を睨み、その瞳はまるで炎の様に揺れている……そう悲しみや絶望、恐怖ではなく紛れもない怒り……
今の彼女にあるのはそれだけだった。
「そう言う女、いや人間は血酒には出来ん」
「だが、女だ容易いだろ?」
瑠奈を押さえる獣はそう口にしたが、実乃里を抱える獣は呆れた様に手で顔を覆った。
「馬鹿か? お前の考えてる方法ではその分、余計な物が混じり酒がまずくなる。それだけじゃない、肉体的な傷は勿論、体重すらも味に繋がる。精神だけを壊さなくてはならん」
ふうっと再び溜息をついた獣は瑠奈へと指を向け――
「お前がそいつにつけた傷、それでもう商品価値は無い……そして、それは霊力を持ちこの状況でも俺達に牙を剥いている精神がある。殺せ――」
「チッ! お前がヤレって言ったんだろうが……」
「そうだったな、なら俺の分から少し分けてやる。それで良いか?」
「ん? ……ああ、そんなら文句は無しだ!」
へへへへ、と笑う獣に対し、どこか冷めた目つきの獣は背を向けると――
「俺は舞首様達にこれを届けて来る……遅れるなよ?」
そう言葉を残すとふわりと宙を浮き、去っていく……
な、何で……空を? だって翼が――
「さてと……さっさと殺すか……」
「――――ッ!!」
その言葉に瑠奈は暴れ拘束を解こうとする。
殺されてたまるかっ!!
口に出したい所だったが、塞がれていて辛うじて出たのは呻き声と睨む事だけだ。
そんな彼女をあざ笑うかのように獣は――
「へへへ、暴れんなよ? 一発でお陀仏だからな?」
と笑い――
「それにしてもお前のその目……前に此処で殺した男に似てるな」
「っ!!」
どくんっ! そう大きく心臓が跳ねた。
やっぱりこいつが――この化け物が――
「いや、似てると思ったがお前とあの男は違うか……アイツは人間の目だった。お前のはまるで俺達の目だ」
そう言う化け物の目を瑠奈は睨む――そこには濁り切っている瞳があり、人でも獣でもないそれを見て瑠奈はそんなはずがある訳が無いと思うが――
「お、あったあった、コレだ」
いつの間にか鞄を探られていたのだろう瑠奈が実乃里に持たされていた手鏡を手に持った化け物は瑠奈へと突き付ける。
提灯の明かりは消え、最早月明りのみで見にくいがそれには――
嘘だ……
鏡を睨む瑠奈の顔があり、その瞳は今そこに居る化け物と同じ瞳で――
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
「お? なんだよ、これで壊れるんだったらあいつに連れてってもらえば良かったな」
彼女が壊れたと確信したのだろう化け物は手を放し拘束を解く。
「今からでも遅くないか? あーでも傷がどうとか言ってたな?」
そして、身体に食い込んだ刃を抜くとそれを砕き、瑠奈の前へと放り投げた。
「ぁぁあ? ああああああああああああ!!」
だが、彼女は自身の刀を折られた事よりも鏡に映る姿が頭から離れずに絶叫し――空を仰ぐ――
「うるさい女だな、やっぱりあの男とは違うな」
が――
「アノ、オトコ……」
「ん? ああーさっき言った男だよ、仲間を守る為に逃げる事はしないって俺を睨んできたのを今でも覚えてる。へへへへ、俺が人間かあいつが違えば面白い勝負になってたんだが、残念だったな」
「マモルタメ……」
自分は醜い、彼女はそう気づき焦点の合わない瞳で見つめるのは月――
そんな彼女は当然獣が言っている言葉は半分以上は頭に入っては来ていなかった。
だが――
『……お前はあの月なんだよ』
その言葉は彼女の耳に届いていた。
「月……」
「ぁあ?」
心臓が小さく跳ねた気がした。
『お月様は優しい光で皆を照らすだろ? 俺は月を見ていると守られているって思うんだよ……だから瑠奈、お前には誰かを優しく……護れるような人になって欲しいと月から名を取ったんだよ』
「護れるような人……」
「テメェなに言ってやがる……」
獣の声は聞こえず、ただ父の言葉が聞こえる。
「私は――」
実乃里は彼女の名を呼び、いや呼ぼうとし連れ攫われた……このままではいずれ殺されてしまうのだろう……
その事が彼女の頭には浮かび――
『今は分からなくても良い、その時が来ない方が良いのが一番だ――』
「――っ!!」
父の言葉が繰り返されると彼女の瞳に正気が戻り、心臓が強く跳ねた。
「そうだ……私は――」
「面倒だな、やっぱりさっさと――」
憎しみも恨みも決して消せるものでは無い。
だが――
「やっておくか!!」
彼女の名の意味は――
「私は月だ……父様がくれた大切な名前の通りに――」
彼女がすべき事はたった一つ。
「――ッ!!」
それは、憎しみの果て仇を討つ事ではなく――
「……なっ!? あの怪我で何処に――」
「なぁ化け物――」
憎悪にのまれる事でもなく――
「お、おいおい……いくら霊力持ちだからってこれがエルフの動きかよ……」
「あんたを倒せば実乃里の場所が聞けるのか?」
護ると決めたものを護る事だ!!
瑠奈はそう心の中で叫び化け物へと拳を叩きこむ、が――
「へ、へへへ、速さにはびっくりしたが所詮は人間、俺を倒すなんて無理だな」
化け物はいとも簡単にその拳を抑え込む。
その様子に舌を討ちながら睨む瑠奈――
「おお、それだその目だ! あの男の目だ!!」
「…………」
化け物はそんな彼女の瞳を見て歓喜の声を上げるが、瑠奈は自分の中に黒い物が広がっていくような感覚に包まれ……それを抑え込む様に意識した。
今は復讐も憎しみも考えない様にしよう……拳じゃ倒せない。でも刀は折られた……まずは武器、武器が必要だ!!